第1749話

「そのまま走って、右翼は盗賊達の退路を断ちながら矢を射続けなさい! 左翼、盗賊達の数は少ないわ! 向こうの横から食らいつきなさい!」


 スーラの指示に従って、それぞれ数十台の馬車が移動する。

 それを見た盗賊達は、自分達の逃走経路を馬車によって塞がれたことを理解し、混乱する。


「おい、後ろに回り込まれたぞ!」

「ぎゃああ、矢が、矢がぁっ!」

「畜生、誰だよ、あんな凶悪な集団を襲おうなんて言ったのは!」


 背後に回り込んだ馬車から、それこそ雨の如く大量に降り注ぐ矢を、近くにいた仲間を盾にすることで防いだ盗賊の罵声が周囲に響く。

 ……盾にされた盗賊は、最初こそ何か文句を言おうとしたのだが……顔に何本もの矢が突き刺さってしまえば、生き延びることは出来ない。


「知るかっ! サブルスタの近くは最高の稼ぎ場なのに、盗賊の姿がいないって言った、お頭に言えよ!」


 四方八方から矢を射かけられ、次々に仲間が死んでいくのを見ながら、生き残りの盗賊の一人が叫び……次の瞬間、自分達に真っ直ぐ向かってくる馬車の集団を目にして、頬を引き攣らせる。


「あの連中、突っ込んでくるぞ! 全員、散れぇっ!」


 そう叫んだ盗賊の言葉通り、馬車が……それも数十台もの馬車が真っ直ぐ盗賊達の集団に向かって突っ込んできたのだ。

 咄嗟に叫んだ盗賊の行動は、決して間違ってはいない。間違ってはいないのだが……もしこの場で盗賊達がそれぞれ逃げ出せば、それは各個撃破……という名の蹂躙を許すことになるのは間違いない。

 それが分かっているだけに、盗賊達はどうすればいいのか迷い……その迷いの結果、盗賊達は馬車の突入を許して、蹂躙されることになる。

 何とか逃げ出した者達も、それぞれの馬車から射られる矢によって次々と死んでいき……無謀にも集団のほぼ全てが女だという理由で襲いかかった盗賊達が全滅するまでに、そう時間は掛からなかった。






「それで、被害は?」

「ある訳ないでしょ、全く」


 この一団を率いるスーラの言葉に、狼の獣人の女が呆れたように返し、それ以外の面々も同意して頷く。

 盗賊との戦い……という名の蹂躙が終わった後、この一行の主要人物達は現在この場に集まっていた。

 周囲では盗賊の死体を一ヶ所に纏め、アンデッド化しないようにと燃やしていたり、武器や防具、何らかの金目の物を剥ぎ取っていたりしている。

 本来なら盗賊達からアジトの場所を聞き出し、そこを襲撃する……といったように、自分達を救ってくれたレイの行動を真似るところなのだが、この盗賊達はちょうど今日この場にやってきたらしく、アジトはまだ存在していないというのが盗賊の生き残りから聞き出されていたので、省略されている。

 盗賊達にとっては、百台以上の馬車や、その馬車を牽く馬が、そしてこの集団のほぼ全てが顔立ちの整っている女達ということで、まさに涎の出るような獲物と判断し、盗賊達にとって最大の稼ぎ場たるサブルスタの近くに自分達がやってきたと派手に知らしめようとして、スーラ達に襲い掛かったのだが……その結果が、盗賊団の全滅だった。

 襲ってきた盗賊達も、思いも寄らなかったのだろう。

 まさか、この百台以上の馬車に乗っている者のほぼ全てが戦闘要員であったなどと。

 戦闘要員ではあっても、長剣や槍のような武器を手にして、近接戦闘を出来る者は少ない。

 それこそ、護衛として雇われている冒険者達や、女達の中の少数にすぎない。

 その代わり……女達は、ほぼ全員が弓の心得がある。

 この旅をしている途中から弓の練習を始めたのだから、その技量は決して高いものではない。

 中には、それこそ前に飛ばす程度の腕しか持たない者も少なくはなかった。

 だが……前に矢を飛ばすことができるのであれば……それも、数人、十数人、数十人といった数、もしくはそれ以上が纏まって矢を前に射れば……それは十分に矢の雨とでも表現してもおかしくはない代物となる。

 結果として、先制の一撃として放たれた矢の雨により、盗賊達は完全に混乱し……最終的にはろくに戦うことも出来ないまま、一方的に攻撃されることになってしまった。


「さて、少し前に寄った場所で聞いた情報によると、この辺りは安全って話だったんだけど……どう思う?」


 そう言い、スーラはこの場にいる者達に視線で尋ねる。

 ジャーヤによって連れ去られ、メジョウゴで娼婦をさせられていたものの、何らかの理由で奴隷の首輪が外れ、後日レイの仲介もあってレジスタンスに合流して有数の戦力を持つことになった、狼の獣人のシャリア。

 この一行を財政的な面で支援し、最大の武器たる弓や矢、馬車、護衛の冒険者……それ以外にも様々なものを用意したゾルゲー商会のギメカラ。

 ギルム所属の冒険者で、旅の途中で雇った護衛の冒険者達を纏め上げている、戦力の中心と言っても間違いではないロックス。

 そして、メジョウゴでレジスタンスを率いていたことから、自然とこの一行の中でもリーダーとなってしまったスーラ。

 他にもまだ何人かそれなりに重要な人物といった者はいるが、取りあえずこの場にいるのが、この集団の中心人物と呼ぶべき者達だった。


「そうだな。俺が知ってる限りでも、サブルスタの周辺は盗賊がかなりいた」


 ギルム所属の冒険者だからこそ、ロックスはこの辺りの事情についてもそれなりに詳しい。

 そんなロックスの言葉に、全員がやっぱりといった表情を浮かべる。

 もっとも、その表情に絶望や諦めといった色はない。

 ……当然だろう。実際、こうして襲ってきた盗賊を一人の被害も出さずに全滅させることが出来たのだから。


「となると、どうする? もう少し急いでサブルスタに行った方がいいのかしら?」


 シャリアのその言葉に、スーラは難しそうな表情を浮かべる。


「サブルスタの近くに盗賊がいた以上、他にもまだ別の盗賊がいないとも限らないんじゃない? 急いで移動すると、どうしても警戒が疎かになるから……今まで通りでいいんじゃないの?」

「私もそれに賛成します。この辺りにはもう、ゾルゲー商会の支店はありません。一応、繋がりのある商会はいるので、何の情報も手に入れられないということはないと思いますが……」


 確実性はありません、と。そう締める。

 繋がりがあるというのは、あくまでもゾルゲー商会とは別の商会であるということに他ならない。

 そうなると、当然のようにゾルゲー商会よりも自分の商会の利益を優先するようになり……場合によっては、ゾルゲー商会を何らかの罠に嵌めないとも限らない。

 だからこそ、ゾルゲー商会の支店からの情報のように完全に信じることは出来ないのだ。


「サブルスタには、盗賊と繋がっている者も多いという話を聞くしな。……ギルドの方でちょっと様子を探ってみるのはありか?」


 ロックスの言葉に、ギメカラが少し迷いながらも頷きを返す。


「そうですね。辺境が近くなってきたということは、当然のようにギルドの力も強くなっている筈です。……まぁ、ギルドにも盗賊と繋がりのある者がいないとも限りませんが……」


 言葉を濁すギメカラだったが、本心では何人かが盗賊と繋がっているのは間違いないだろうと考えている。

 もっとも、情報というのは多ければ多い程に信頼性が増す。

 そういう意味では、複数から情報を仕入れるというのは、決して間違っていないのだ。

 であれば、ロックスの言葉にギメカラが反対する筈もない。


「とにかく、ギルムに到着すればレイがいる筈です。それまでは頑張るしかないでしょうね」


 スーラの言葉に、その場にいる全員が頷きを返す。

 すると、そこに一人の女が姿を現す。

 それは、別に敵……という訳でもなく、スーラにとっても見覚えのある人物だった。


「スーラさん、剥ぎ取りを終わりました。死体の処理も完了したので、すぐにでも出発出来ます」

「そう。なら……進みましょう。今はとにかく、少しでもギルムに近づく必要があるのだから。もっとも、ここをすぎれば、盗賊の心配はしなくてもいいのよね?」


 スーラの視線がロックスに向けられるが、その視線を向けられた本人は少し難しい表情で口を開く。


「どうだろうな。正直、増築工事が始まる前なら、自信をもって頷けたんだが。今となっては商人とかも多く通ってるから、それを目当てにした盗賊がいないとも限らない。特にこの時季になると、急いでやって来て、急いで去っていく商人も多いからな。そういう商人は護衛を付けなかったりすることもあるから、盗賊にとってはいい餌だ」


 ロックスにしてみれば、辺境を護衛もなしに移動するというのは自殺行為にしか思えない。

 思えないのだが……金を少しでも使いたくないという商人や、そもそも商品の仕入れに金を使いすぎて護衛を雇う余裕がないといった者達は、この時季には珍しくないのだ。

 そんな訳で、辺境の中に入ってでも一攫千金を狙う者がいないとは限らない。

 もっとも、ここまでの訓練によってこの集団は弓騎兵ならぬ、馬車騎兵とでも呼ぶ集団になってしまった。

 そしてこれだけの人数がいれば、当然元猟師、元冒険者といった者もいるし、今までは弓を使ったことがなかったが、実は弓の才能を持っていた……という者もある程度はいる。

 そうである以上、もしサブルスタの先に盗賊がいても、結局今回のように一方的な虐殺になるだろうというのが、ロックスの予想だったが。


「とにかく、今は急いで……」


 進んだ方がいい。

 そうスーラが言おうとした言葉を遮るように、ギメカラが口を開く。


「ちょっと待って下さい。今すぐ出発しないで、少しここで休憩するのが、今は最善の選択らしいですよ」


 唐突にそう言ってきたギメカラだったが、その視線が向けられているのは空だ。

 そしてこの一行で空を見上げてそのようなことを言うというのは、とある事実を意味していた。

 それを理解したスーラや他の面々が、反射的に空に視線を向ける。

 するとそこには、予想通り……翼を羽ばたかせている、セトの姿があった。

 今日はセトとレイだけで来たのか、セト籠をぶら下げていない為、地上からでもしっかりとセトの姿を確認出来たのだろう。


「どうやら、ギメカラの選択が正解だったみたいね」


 スーラの言葉に、皆が頷く。

 当然この一行の幹部と呼ぶべき者達がそのように空を見上げていれば、他の者達もそれに習って空を見上げる。

 そうなれば、レイとセトがやって来たのが他の者達に広まるのは難しい話ではない。

 そして……この一行の中には、セト好きな面々が集まっており、久しぶりに見るセトに、歓声が上がる。


「きゃーっ! セトちゃんよ、セトちゃん!」

「セトちゃん、こっちこっち! ほら、こっちに来て!」

「こっちには美味しい干し肉があるわよ! 私達が作った手作りの干し肉!」


 それぞれがセトに向かって、自分の方に来てとアピールするも……セトは当然のようにスーラ達の近くに降下した。

 レイがそう頼んだからなのだが、女達にとってはそれを残念に思うことしか出来ない。

 もっとも、セトがレイを大好きだというのは知っていた為、そこまで落ち込むようなことはなかったのだが。

 ……それどころか、女達は何とかしてスーラ達のいる場所に行く用件がないのかと、頭を悩ませるのだった。






「何か騒ぎでもあったのか?」


 セトから降りたレイは、何となくその騒ぎがどのようなものなのかを想像しながらも、そう尋ねる。


「ええ。盗賊にね。……この辺りの盗賊は、誰かさん含めた冒険者が殆ど退治したって聞いてたんだけど……」


 そう言うスーラの視線は、若干責める色を宿している。

 もっとも、それが若干程度で済んでいるのは、レイ達がここで盗賊の討伐を行ってから時間が経っていると理解しているからだろう。

 倒した直後であればまだしも、今はもう随分と時間が経っているのだ。

 その状況で盗賊が出て来たことを責めても、それは自分勝手でしかないと、そうスーラも理解してた。

 それに盗賊を倒すというのは、色々な面で利益にもなる。

 まず、倒した盗賊からの剥ぎ取り……もっとも、基本的にこの集団は弓の攻撃がメインである以上、近接攻撃用の武器を貰っても、それこそ売る程度にしか使えないが。

 盗賊のアジトの探索……それなりに金目の物を持っている盗賊もいるし、捕まっている者がいる場合もある。

 生け捕りにした盗賊を奴隷として売る……のは、この集団の殆どが女である以上、色々と危険が多いので、近くに街や村がある場合に限る。

 ……結果として、使用した矢の代金の方が高くなるのだが……盗賊喰いとして有名なレイの教えを受けた集団が、徐々に生まれつつあるのは事実だった。

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