第1738話
ゴルツからの頼まれたポーションはとっくに送ったと言うウォックの言葉に、レイが感じたのはやっぱりか……といった思いだった。
(恐らく、盗賊か何かにやられたんだろうな。もしくはモンスターか、この辺りでも、ゴブリンとかのモンスターは普通にいるらしいし)
勿論、ウォックが嘘を吐いてるという可能性もある。
だが、そのような真似をすれば、後でそれが知られた時にウォックの評判は地に落ちるだろう。
そのような真似を、何の利益もなしにやるとは思えない。
ましてや、頼まれていたのはこの近辺ではウォックくらいしか作れないという特殊なポーションであることを考えれば、余計にその思いは強くなる。
「盗賊か」
「……盗賊? いや、だが……」
レイの言葉に反応したのは、ウォック……ではなく、警備兵のウェルザスだった。
警備兵として、やはり盗賊という話に敏感になるのだろう。
「最近この辺りで盗賊が出たという話は聞いていない。勿論、生き残りが一人もいなくて、盗賊の存在そのものが知られていない可能性はあるが」
「ソーミスからゴルツまではかなりの距離があるからな。そのソーミスから離れた場所で盗賊に襲撃されたという可能性は決して少なくない。……にしても、盗賊か。どこにいるのか分かればな」
普通の商人にとって、盗賊というのは恐るべき相手だ。
それこそ、出来れば遭遇したくない相手なのは間違いない。
だが、盗賊達から盗賊喰いと呼ばれることも多いレイは、寧ろ盗賊の存在は大歓迎ですらある。
盗賊を倒せば、その辺りを通る旅人や商人といった者達は助かるし、レイも盗賊の貯め込んでいたお宝を自分の物にすることが出来るし、盗賊を生け捕りにすれば奴隷として売り払うことも出来る。
まさに、レイにとって盗賊というのは捨てるべき場所がない存在なのだ。
……もっとも、レイが倒すまでに多くの者が被害に遭ってる以上、盗賊の出現をあからさまに喜んだりは出来ないのだが。
(それに、今回の場合はどこに盗賊がいるのか分からない。なら、盗賊狩りをするのはちょっと難しいか)
少しだけ残念に思いながら、レイはミスティリングから特殊なポーションを作る為の素材を取り出す。
その材料を見たウォックは、腕利き――少なくてもゴルツにいる錬金術師よりは――らしく、しっかりとレイの取り出した素材を吟味していく。
どこか軽い、もしくはお気楽な性格をしているウォックだったが、素材を見る目は厳しい。
だが……ゴルツのマジックアイテム屋で受け取った素材は十分ウォックにとって満足出来るものだったのか、やがてレイの方を見ながら満足そうな笑みを浮かべて口を開く。
「うん、うん。……どの素材も問題なし、と。……じゃあ、ちょっとポーションを作ってくるから、待っててくれ」
「待っててくれって、具体的にどれくらいだ? 宿を取ったりする必要もあるのか?」
明日にはゴルツを発つ予定になっていたが、それでもポーションを作るのに時間が掛かるのであれば、最悪の場合はゴルツを発つのが明後日になるかもしれない。
そんな風に思いつつ、レイは尋ねたのだが……
「ああ、いや。そんなに時間は掛からないよ。すぐに出来るから」
「……え?」
それは、レイにとっても予想外の言葉。
特殊なポーションで、この辺りではウォックしか作れないと言われていたのだから、てっきり数時間……場合によっては一晩掛かってもおかしくはないだろうと、そう思っていた。
だが、それがすぐに出来ると言うのだから、驚くなという方が無理だった。
そんなレイの様子を見て、何を驚いているのかを理解したのだろう。ウォックは笑みを浮かべつつ口を開く。
「別に特殊なポーションだからって、作るのに時間が必要な訳じゃない。錬金術を行う際の精密な魔力操作がもっとも必要とされているのさ。少なくても、今回作ろうとしているポーションはね。それと、ポーションを作る上での材料の特殊さってのも関係あるかな」
そう言うウォックは、レイがミスティリングから取り出した素材のうちの一つ、乾燥させた何らかの植物の根を手に取る。
「これは、ちょっと珍しい素材でね。これをポーションの素材として使うには特殊な工程が必要なんだけど……」
「ああ、いい。説明はいいから、早くポーションの作成に入ってくれ」
ウォックの言葉を遮ったのは、ウェルザス。
同じ街の顔見知りだからこそ、ウェルザスはウォックが何か説明を始めれば、それがかなり長くなることを知っていた。
だからこそ、それを避ける為にこうした行動に出た。
もっとも、それは特殊なポーションを早く手に入れたいレイの為ではなく、あくまでも錬金術について難しい話を聞きたくはないウェルザスの考えからだったが。
「そう? じゃあ、まぁ……しょうがないね。取りあえずポーションを作ってくるから待ってて」
そう言い、ウォックは素材を持って奥の部屋に向かう。
その後ろ姿を見送り、ウェルザスは安堵の息を吐いた。
どうした? そうレイが聞こうとしたのだが、それよりも前にウェルザスが口を開く。
「取りあえず、ポーションが出来るまでは暇だし、今のうちに俺はお前が食いたいって言ってた、この街の料理を適当に買ってくる。金は……」
「取りあえず、これだけあれば足りるか?」
ミスティリングから取り出した、金貨一枚を渡す。
「いや、多い。多すぎだ。こんなにいらねえよ。銀貨が二枚あれば、取りあえず大丈夫だから」
「そうか? まぁ、気に入ったら後で纏めて買って貰えばいいか」
金貨の代わりに銀貨を取り出し、ウェルザスに渡す。
それを受け取ったウェルザスは、工房を出ていく。
「あんなに急がなくてもいいと思うんだが……もしかして、何かあるのか? そんな風には見えないけど」
呟くレイの声が、工房の中に響く。
だが、既にここにいるのはレイだけだ。
そうである以上、レイの呟きに反応する者は誰もいない。
(にしても……俺をここに一人にしていいのか? 勿論、何かをするつもりはないけど)
周囲の様子を見ながら、レイはウォックの不用心さに呆れる。
もしレイが悪人であれば、それこそ誰もいない錬金術師の工房というのは、宝の山でしかない。
それだけレイを信じているということなのかもしれないが、会ったばかりの相手にそこまで信用されるというのは、レイにとっても疑問だ。
(単純に一つのことに熱中すれば、それ以外はどうでもよくなるってタイプなのか? さっきの話を聞いている限りだと、そんな感じもしたけど)
ウォックについて考えながら、レイは工房……その中でも自分がいる事務所とでも呼ぶべき場所を見回す。
訪れた人に自分がどのようなマジックアイテムを作っているのか説明する為だろう。壁の近くには棚が幾つもあり、その上に様々なマジックアイテムが置かれていた。
もっとも、ぱっと見ただけではレイにはどのような効果があるのか分からない、そんなマジックアイテムも多かったが。
特に木の人形と思しき物は、マジックアイテムではなく、ただの人形ではないかとすら思う。
「これは……何だ?」
そう呟くも、ここにはレイしかいない以上、誰もそれに答えるようなことはない。
だからといって、そのマジックアイテムに勝手に手を伸ばす気にもならず、レイは別のマジックアイテムに視線を向ける。
次に目に付いたのは、指輪やネックレスといった装飾類で、こちらも見るからにマジックアイテムという印象を受けた。
もっとも、この手のマジックアイテムの中には、相手を呪う為に身につけた相手の首を締めるネックレスの類があるという話を、以前図書館にある本で読んだことがある。
それこそ、木の人形以上に説明を聞く前に触れたくないと思える代物だ。
「ん?」
棚にあるマジックアイテムを見ていると、不意にレイはこの工房に近づいてくる気配があることに気が付いた。
工房のある場所は、人通りがそう多くない場所だ。
もっとも、敵意の類を感じない以上、取りあえず敵ではないと判断し、レイはそのままマジックアイテムの鑑賞を続ける。
「ちょっ、ちょちょちょちょちょ! ちょ、お師匠様!? 表にグリフォンがいるんですけど、あれって一体何なんですかぁっ!?」
そう叫びながら、一人の女……十代後半といった年代の女が姿を現す。
見るからに焦っている、もしくは興奮している様子は、その言葉から工房の近くにいたセトを見てのものだと、そうレイにも理解出来た。
「お師匠様、お師匠様、お師匠様ぁっ! ……あれ?」
慌てたように工房の中を見回した女は、やがて工房の中にいるレイに気が付く。
「えっと……お客さん、ですか?」
「そんな感じだ。で、お前のお師匠様だが、現在特殊なポーションを作って貰っているところだから、こうして騒いでいても聞こえてないと思うぞ」
レイの言葉に、女は『あちゃぁ……』と呟きながら、顔を押さえる。
その様子に、やはりウォックが女の師匠で間違いないのだろうとレイは判断する。
だが、レイの見ている前で、女はふと何かに気が付いたかのようにレイに視線を向け、口を開く。
「ちょっと待って下さい。お師匠様がポーションを作っていて、貴方がここにいるということは……表にいるグリフォンって、もしかして……」
「ああ、俺の従魔のセトだ」
「やっぱり! あの、グリフォンの素材をちょーっと貰うようなことは出来ませんかね」
レイに顔を近づけ……それこそ、もう少し近づければキスをしてしまってもおかしくないというくらいの距離で、女が叫ぶ。
そんな女からレイは少し身体を遠ざけつつ、首を横に振る。
「残念だけど、そのつもりはない。そんな真似をすれば、それこそ色んな奴がセトに群がってくるだろうしな」
「そんなぁ……」
心の底から残念そうにする女だったが、不意に目を潤ませてレイを見てくる。
「お願い、どうにかグリフォンの素材を私に譲ってくれませんか?」
「そう言われてもな……」
「フレメナ、その辺にしておきなさい」
どう断ればいいのかと迷うレイだったが、不意にそんな声が工房の中に響く。
声のした方にレイが視線を向けると、そこには濃い緑色のポーションが入った容器を手にしたウォックの姿がある。
「お師匠様! でも、グリフォンですよ!? その素材を得る為なら、私はどんなことだって出来ます!」
「こらこら、女の子がそんなことを言うもんじゃないよ。……うん? あれ、ウェルザスは?」
ここに残していった警備兵の姿がないことに気が付いたウォックに、レイはフレメナと呼ばれた女を視界から離しつつ、口を開く。
「ちょっと食べ物を買ってきて貰うことになってな。お使いだよ」
「……警備兵をお使いに出すってのは、正直どうかと思うけど……まぁ、いいか。取りあえず、はいこれ。約束のポーションだよ。あまった素材の方は、手紙に書かれていた通り、僕が貰うから」
そう言われたレイは、特に何も不満はない。
盗賊に襲われたのだろう結果として、特殊なポーションはなくなった。
だが、それは別にウォックが何かをした訳ではないのだ。
ウォックが果たすべき仕事はしっかりとこなしているのだから、更に追加で仕事を頼めば、そこに再度報酬が発生するのは当然だった。
もっとも、ウォックにしてみればそこまで大変な仕事という訳ではないので、あまった素材を自分の物にするという程度で妥協したのだが。
「分かった。それで、俺が持っていくのはそのポーションでいいのか?」
「ああ。……フレメナ、よく見ておくといい」
そう告げるウォックに、フレメナは疑問の視線を向ける。
だが、ウォックはそんな視線に構わず、レイにポーションを手渡す。
次の瞬間……ミスティリングに収納されたポーションは、レイの手から完全に消えていた。
「え?」
フレメナの、若干間の抜けた声が工房の中に響く。
「ええっと、マジックバッグとかですか?」
「はぁ……違う」
ウォックが呆れたように、首を横に振る。
「フレメナ、君も錬金術の勉強だけに熱中していないで、それ以外のことにも目を向けてみたらどうだい? レイ……深紅の異名を持つ彼はアイテムボックス持ちだというのは、有名な話だよ?」
「え……ええ……ええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」
本当にレイがアイテムボックスを持っているということを知らなかったのか、フレメナの口からは驚愕の声が周囲に響き渡る。
その声は、当然のように工房の外にも響いており……色々と食べ物を買ったウェルザスが、半ば呆れつつ工房の中に入ってくるのだった。
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