第1724話

 空中から地底湖に生息しているガランギガに攻撃し、地上まで引っ張ってくる。

 そのような……それこそボスモンスターと戦う為の大前提を任されたセトは、レイを背に乗せて空を飛んでいた。

 本来ならセトだけで行く予定だったのだが、レイを乗せてもセトにとっては殆ど飛ぶ速度や運動性に差がないということや、レイの手があればガランギガが攻撃してきてもそれを防いだり迎撃できたりするということ。……そして何より、レイと一緒にいる時がセトにとっても一番気持ち的に安定しているというのが、このような状況になった最大の決め手だ。


「セト、ガランギガの遠距離攻撃の手段は毒液を飛ばすだけらしいけど、それはあくまでも普通のガランギガならの話だ。あのガランギガが普通と同じとは、到底思えないから注意しろ」

「グルルルゥ!」


 首を撫でながら告げるレイの言葉に、セトは任せて! と喉を鳴らす。

 そんなセトの様子を見ながら、レイは視線の先にある地底湖の上空を……これから自分達が進む場所を、改めて見る。

 地底湖がガランギガのボス部屋で、その上空もボス部屋に分類される。

 それは、あくまでもレイ達の予想でしかない。

 だが、何となくこの地底湖に広がる雰囲気から、恐らくそれは間違いないだろうという予想が、レイにはあった。

 つまり、このまま地底湖の上空に突入すれば、ガランギガが襲ってくる可能性は非常に高い。


(にしても……どこからどう見ても、反則だよな)


 現在の位置からでも、地底湖の中を自由自在に泳ぎ回っているガランギガの魚影――蛇影と呼ぶべきか――は確認することが出来る。

 その大きさは、マリーナから聞いていたガランギガとは全く違う。

 それこそ、文字通りの意味で桁が違うと言ってもいい。


(普通、希少種や上位種は一つ上のランクになるんだけど……とてもそうは見えないよな)


 レイがマリーナから聞いた話によると、ガランギガというのはランクCモンスターだ。

 つまり、分類上は現在地底湖を悠々と泳いでいるガランギガはランクBモンスターという扱いになる。

 だが、とてもではないが視線の先にいるガランギガを見て、ランクBモンスターだと認識する者はいないだろう。


(いっそ、ここから槍の投擲でもしてみるか?)


 そうすれば、安全な場所から一方的に攻撃出来る。

 そう思わないでもなかったが、それはマリーナから出来ればやらないで欲しいと言われている。

 レイの槍の投擲がどれだけの威力を持っているのか、知っているからこその言葉。

 攻撃された時、敵対すべき相手が自分の動ける範囲内……ボス部屋にいないのであれば、ガランギガがどのような反応をするのか分からないというのが、その理由だった。

 もっとも、そう言われた時は地底湖の上空から攻撃するのも、同じようなものではないかとレイは思ったのだが……ともあれ、レイとセトの行動によって既に迎撃の準備が整っているのだ。

 そうである以上、まさかここで勝手に攻撃手段を変える訳にもいかないのは、レイにとっても当然だった。


「さて……行くか」


 レイの言葉にセトは喉を鳴らしながら、いよいよ地底湖の上空に突入する。

 そして地底湖の上空に突入した次の瞬間、地底湖の中を泳いでいたガランギガの動きが、明らかに変わる。

 レイ達に向け、まだ攻撃はしてこない。

 だが、明らかにその動きを止めて、顔をレイ達のいる方に向けていた。

 透明度が高く、イルミネーションの如き苔が存在する地底湖だからこそ、その様子が上空からでも見えたのだろう。


(こっちに意識を集中してるのは間違いないけど、攻撃してくる様子はない。……ガランギガにとっては警戒態勢ってところか?)


 黄昏の槍を手にしながら、レイは上空から地底湖の中で自分の様子を窺っているガランギガの動きに意識を集中する。

 そんなレイの態度に反応した訳ではないだろうが、ガランギガは器用に身体をくねらせながら水中を泳ぎ、セトの真下まで移動してくる。

 明らかに、自分達を狙っている動き。

 それを理解しながら、レイは機先を制するように黄昏の槍に魔力を流していく。

 レイにとって予想外だったのは、黄昏の槍に魔力を流した瞬間にガランギガの動きが変わったことだろう。

 それは、明らかにレイの持つ魔力に……正確には、レイが黄昏の槍に魔力を流すという行為をしたことに反応していた。

 そして、水中にいたガランギガがまるでジャンプするかのような勢いで急速に水面まで上がってくると、水面を破って姿を現す。

 巨大なその頭は、遠くから見た時にも理解はしていたが、そんなレイの予想よりも明らかに大きい。……正確には、ガランギガの迫力がその姿を大きく見せていた、というのが正しい。


「これで、くたばれ!」

「グルルルルルゥ!」


 レイが魔力を流した黄昏の槍を投擲するのと同時に、セトもまた高く鳴き、二十本の風の矢が生み出され、一斉に発射される。

 黄昏の槍を投擲したレイは、少なくてもガランギガに幾らかのダメージを与えられると……上手くいけば、その身体を貫いて致命傷に近いダメージを与えられるのではないかと、そんな風にすら思った。

 だが……ガランギガは跳び上がった空中で素早く身をくねらせる。

 一瞬前までガランギガの身体のあった場所を黄昏の槍が貫くが、貫いたのは結局身体ではなく空間だ。

 もっとも、魔力を込められて強化された黄昏の槍の一撃は、ガランギガに致命傷を与えるようなことはなかったが、槍の通った場所にあった身体の鱗はかなり斬り裂くことには成功していた。

 ……ただ、それは相手の身体を貫くような一撃を与える筈が、皮膚に薄い斬り傷を与えたようなものだ。

 当然のようにガランギガに対する致命傷と呼べる傷を与えた訳ではない。

 そして、セトの放った二十本の風の矢は……


「シャアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ガランギガが鋭く叫ぶと共に、一瞬前までは存在しなかった額に第三の目が現れると、その目が開いた瞬間に風の矢は全てが砕かれる。

 風の矢は、威力そのものはそこまで大きくはない。

 だが、代わりに矢の速度と透明に近い視認性により、迎撃するのはかなり難しい。

 にも関わらず、ガランギガは第三の目を開いただけで、それを纏めて消滅させたのだ。

 いや、その第三の目の攻撃を受けたのは、風の矢だけではない。

 風の矢を放った、空中にいるセト……そしてセトの背に跨がっているレイに対しても、第三の目の攻撃は届く。


「グルゥ!?」


 幸い、風の矢の全てを破壊したことにより、その威力はかなり減少していたのか、攻撃が届いた時にはセトやレイに対して大きなダメージを与えるだけの威力は既に消滅していた。

 それでも空を飛んでいるセトのバランスを崩すのには十分な威力が残っており、セトは翼を羽ばたかせながらバランスを取る。

 レイは黄昏の槍の特殊能力を使って手元に戻しつつ、ミスティリングの中に入っていたデスサイズと入れ替える。

 空中でバランスを崩していたセトが体勢を立て直す動きをしている中でそのような真似が出来たのは、半ば本能的な動きだったからというのもあるのだろう。


「セト、役目は果たした。岸に!」

「グルゥ!」

 

 何とかバランスを立て直したセトは、レイの言葉に素早く頷いて翼を羽ばたかせ、岸に向かう。

 すると、一瞬前までセトの姿のあった場所を、何かの液体が貫く。

 急激に近づいてくる岸を見ながら、嫌な予感がしたレイは上を……天井を見る。

 レイが見た洞窟の天井は、見るからに溶けかかっていた……そして、斬り裂かれた痕跡すらあった。


(毒液を吐くって言ってたけど、ここまで圧縮して撃てるのかよ!? ウォーターカッターじゃないか!?)


 水圧によって斬り裂かれ、それでいて弾けた飛沫に触れれば腐食する。

 その攻撃は、既に毒液を吐くのではなく、毒液によるウォーターブレス、もしくはウォーターカッターとでも呼ぶべき存在だった。

 極めて凶悪なその攻撃は、回避するしか手段がない。

 それも、レイが得意としているようなギリギリの回避といった行為では、飛沫の毒液によってダメージを受ける。

 大きく……それこそ大袈裟な程に余裕を持って回避する必要がある一撃だ。


「セト!」

「グルルルルルルルルゥッ!」


 レイの言葉に、セトは鋭く鳴き声を上げながら岸の方に向かって飛ぶ。

 そんなセトの援護をしようと、レイは後方に向かって飛斬を放つ。


(ちっ、これなら槍の投擲の方が良かったか!?)


 そう思うも、ミスティリングから物を取り出す際には一瞬ではあるがタイムラグが存在する。

 普通の敵程度であれば全く問題ないのだが、現在自分達を追ってきているガランギガのような化け物を相手にした場合、一瞬というのは大きな隙となり、それが致命傷となる可能性も高かった。

 レイにとってせめてもの救いは、ガランギガが予定通りにセトを追ってきているということだろう。

 放たれる飛斬はレベル五になって威力が極端に上がったのだが……ガランギガを相手にしては、鱗の一枚も剥ぐことが出来ていない。

 それでもガランギガが攻撃しようとする時に行われたその攻撃は、セトが無傷で飛ぶという行為に貢献していた。


(最初にセトのウィンドアローを吹き飛ばした、あの衝撃……あれがもしセトの持つ衝撃の魔眼と同系統の攻撃だとすれば、厄介だな)


 セトの持つスキルの衝撃の魔眼は、使用した瞬間に相手に衝撃によるダメージを与えることが出来るという、非常に便利なスキルだ。

 ただ、その便利さと引き替えるようにして、相手に与えるダメージそのものはそこまで大きくはない。

 そんなセトの衝撃の魔眼に比べて、ガランギガが放った同系統の攻撃は二十本の風の矢の全てを衝撃によって消し去り、その上で多少なりともレイ達にその余波を与えたのだ。

 セトの衝撃の魔眼と同系統のスキルではあっても、その威力は大きく違う。

 もっとも、現在ではガランギガの額にある目は閉じており、そこに目があると言われても分からない。

 今の状況で連発されれば非常に厄介なスキルなのだが、それを行わないということは恐らく何らかの理由があるのだろうと、半ば楽観的な予想ではあるが、レイはそう考える。

 そして、セトの飛行速度により、瞬く間に岸に到着する。

 だが、岸のすぐ側にエレーナ達の姿はない。

 ガランギガを陸に誘き寄せて戦うのだから、地底湖からなるべく離れた場所で戦おうとするのは当然だろう。


「セト、速度を!」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは大きく翼を広げて速度を落とす。

 本来なら、ガランギガに追われている現状で飛ぶ速度を落とすというのは、自殺行為でしかない。

 それを承知の上で速度を落としたのは、このままの速度であれば岸の奥……エレーナ達が待ち受けている場所に到着する前に、セトが狭くなっているダンジョンの壁や天井にぶつかる可能性があったからだ。

 そうして地底湖から一番離れている場所にある岸の先に、セトは着地する。

 翼を広げてかなり速度を下げていたので、そのまま地面に着地すると数歩の助走で完全に勢いを殺す。

 獅子の強靱な足を使い、即座に後ろに振り向く。

 そのタイミングで、レイもセトの背から飛び降り、ミスティリングから黄昏の槍を取り出すと、いつもの二槍流となる。

 レイの視線の先では、予想通りにガランギガが地底湖を出て、真っ直ぐにレイ達のいる方に向かって進んでいた。

 その巨体に見合わぬ速度で身体をくねらせながら、地面を進む。


「ちっ、地面に上がっても速度は大して変わらねえか」


 近づいてくるガランギガを前に、レリューが吐き捨てるように言う。

 普段は水中に生息しているのだから、出来れば地上では動きが鈍って欲しかったというのが正直なところなのだろう。


「そんな期待をする方が無駄でしょう。……とにかく、攻撃するわよ!」


 マリーナはそう告げると、レイ達がガランギガを誘き寄せている間に準備していた風の刃を解き放つ。

 それだけでは終わらず、次々に弓に矢を番えて射る。

 エレーナもまた魔法によって風の刃を生み出し、放つ。

 風の刃という点では同じだが、精霊魔法と普通の魔法という点で大きく違う。

 生み出された風の刃も、マリーナが放ったのに比べると刃の数は少ないが、その分一つ当たりの大きさはエレーナの方が上だ。

 セトも再び風の矢を放ち、レイもまた飛斬を放ち、それに負けじとレリューも風斬りを放つ。

 一斉に放たれた攻撃は、真っ直ぐガランギガに向かい……


「避けろっ!」


 ガランギガがレイ達に迫りながら口を開けたのを見たレイは、先程の光景を思い出し、咄嗟に叫ぶ。

 そんなレイの言葉に皆が即座に反応出来たのは、流石に強者の集まりといったところだろう。

 ……ビューネは、ヴィヘラが捕まえて引っ張っていたが。

 そして、レイ達が一瞬前までいた場所を、毒液のウォーターカッターが斬り裂くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る