第1725話

 ガランギガの放った、毒のウォーターカッター。

 それは、当然のようにレイ達が少し前までいた場所を斬り裂き、同時に弾けた毒の飛沫が触れた場所は溶ける。

 毒ではなく溶解液ではないのかと思ってしまうような光景だったが、岸からレイとセトがガランギガをここに誘き寄せる時に一度使われた攻撃だ。

 若干の溜めが必要なこともあり、レイ達であればそれを見てから回避するのは難しい話ではない。

 それこそ、今のように。


「全員、攻撃開始だ! 攻撃方法は前もって話した通りに!」


 レイの叫びが周囲に響き、それを聞いた者達は即座に攻撃に移る。

 レイ、エレーナ、ヴィヘラ、レリューの四人は地面を走ってガランギガとの間合いを詰め、セトは空からその四人の攻撃の援護をするべく再び空を飛ぶ。

 マリーナは先程同様に精霊魔法と弓を使って後方から援護を。

 そして一行の中で最も戦闘力の低いビューネは、イエロと共に遠距離から細かく移動しながら長針を使ってガランギガの目を狙う。

 イエロの鱗は非常に頑丈で、表現は悪いが、いざという時にビューネの盾となる役割をエレーナに命じられている。

 そしてビューネが長針でガランギガの眼球を狙うのは、正直なところ、そこくらいしかビューネの持つ長針で攻撃出来る場所がないからだ。

 マリーナの後衛に対して、中衛……といったところか。

 長針はどうしても弓に比べれば有効攻撃範囲に劣る以上、それは仕方がないことだった。

 もっとも、だからこそエレーナはイエロに盾代わりになれと命じたのだが。


(ビューネがエグジルで使ってた、クロスボウ。ギルムに来た時はもう持ってなかったけど、改めて用意するべきかもしれないな)


 ガランギガとの間合いを詰めているレイの視界に、一瞬だけ映ったビューネの姿を見ながら、レイは頭の片隅で考える。

 クロスボウは弓としてはかなり強力だが、構造上の問題や、何よりビューネの膂力では連射が出来ない。

 また、それなりの大きさがある為、身軽さを重視しているビューネにとっては動くのにかなり邪魔でもあった。

 恐らくビューネがクロスボウを手放した理由はその辺りにあったのだろうが……一発だけであっても強力な一撃を遠距離から与えることが出来るというのは、非常に大きい。

 また、持ち歩くのに邪魔であっても、紅蓮の翼というパーティにはミスティリングを持っているレイがいる。

 つまり、普段はクロスボウはミスティリングの中に収納しておき、いざという時……それこそ、今のような状況の時だけ、ビューネはクロスボウを使うという方法もあるのだ。

 ビューネの戦闘力が劣っているというのもあるが、紅蓮の翼では前衛で戦う者が非常に多いというのも、レイがそう考えた理由だった。

 ……正確には、レイの魔法やスキル、エレーナの魔法といったように、本人達がその気になれば十分後衛を任せられるだけの能力は持っている。

 いや、寧ろヴィヘラ以外の面々――正確には、エレーナはパーティメンバーではないのだが――が後衛や中衛を務めることが出来るという点で、紅蓮の翼はかなり恵まれた戦力を持っているパーティだろう。

 ただ、後方から援護するよりも直接攻撃した方が効果的なので、それが有効利用されることは滅多にないが。

 そんなレイの考えもすぐに頭の中から消え、今はとにかくガランギガを倒すことを最優先にする。


「シャアアアアアアアアア!」

「散れ!」


 レイ達が近づいてくるのを見たガランギガが、額にある第三の目を開く。

 それを見た瞬間にレイが叫び、エレーナ、ヴィヘラ、レリューの三人は即座に走っていた場所から離れる。

 一瞬前までヴィヘラの身体があった場所の地面が、まるで爆発したかのように弾け、周囲に小石を跳ね飛ばす。

 これも、毒のウォーターカッターと同様に、レイとセトが見た攻撃だ。

 セトが持つスキルの一つ、衝撃の魔眼と同じ攻撃方法。

 もっとも、威力という点ではレベル一の衝撃の魔眼しか持たないセトとは、比べものにならない程の強さを持っているのだが。

 スキルが発動した瞬間にはその衝撃が放たれているということもあり、それを回避するのは難しい。

 だが……このガランギガの場合に限っては、スキルを使用するのに額の第三の目が開くということもあり、発動を察知可能だった。

 地面が爆発したにも関わらず、レイ達は一切速度を緩めるようなこともないまま、ガランギガとの間合いを詰める。

 ガランギガの方も、そんなレイ達の存在に脅威を抱いたのか、それとも単純に邪魔な相手だと思ったのかは分からなかったが、その巨体を使った直接攻撃を放たんとして、レイ達の方に向かって突撃してきた。

 ガランギガが真っ先に狙ったのは、先頭を走っていたレイ。

 牙を露わに、一呑みにしてやろうというのか大きく口を開けながらレイに襲いかかる。


「そんな大ぶりの攻撃を、俺が回避出来ないと思ってるのか!?」


 噛みつき攻撃を横に跳躍して回避し、スレイプニルの靴を発動させて空中を蹴り、三角跳びの要領でデスサイズを振るう。


「多連斬!」


 振るわれたデスサイズの回数は一度。

 だが、ガランギガの鱗を斬り裂いた傷は合計三つ。

 一度の斬撃で複数回の効果を発揮するというそのスキルは、まだレベルが二ということもあり、斬撃の数は本物を入れても三つにすぎない。

 すぎないのだが、それでもデスサイズによる斬撃が一度に三つも放たれるということは、その一撃はかなりの威力を持っているということだ。


「シャアアアアア!?」


 自慢の……それこそ、大抵の攻撃では何ともないだろう鱗に包まれた身体が、あっさりと斬り裂かれたのだ。

 ガランギガにしてみれば、完全に予想外の激痛だ。


(よし。銀獅子に比べれば、やっぱり弱い!)


 魔力の流されたデスサイズであれば、鱗に包まれたガランギガの身体もあっさりと斬り裂くことが出来る。

 そう確信したレイは、これなら予想していたよりも楽に倒せるか? と思ったが……次の瞬間に自分の斬り裂いた傷が緑色の泡に包まれ、急速に回復していくのを見て、唖然とする。

 勿論、全てが完全に回復したという訳ではない。

 鱗の下にあった肉の部分は間違いなく回復しているが、デスサイズによって斬り裂かれた鱗は周囲の鱗と比べると、明らかに柔らかそうだ。

 一瞬、ガランギガの鱗は高く売れそうだと考えるも、とにかく今は金勘定よりもガランギガを倒してここを生き残ることを最優先にする必要がある。


「このガランギガは、高い治癒能力……再生能力を持っている!」


 迫ってくるガランギガの胴体を回避しつつ、レイは叫ぶ。


「その代わり、身体は回復しても、身体を守っている鱗は完全に再生するのは無理だ! 多連斬!」


 叫びながら、再び自分に向かって迫ってきたガランギガの身体に、多連斬を放つ。

 曲がりなりにもボスモンスター……それもランクAモンスター相当ということもあり、デスサイズの一撃で傷は付けられるものの、胴体を切断するところまではいかない。

 それだけ、ガランギガの身体を覆っている鱗が強靱だということなのだろう。


「はっ! 幾ら身体が頑丈でもなぁっ!」


 レイに攻撃をしたガランギガは、その反動で大きく身体をくねらせる。

 それが自分の方に向かって近づいてきたレリューは、素早く長剣を振るう。

 レイ程に極端な派手な一撃という訳でもないが、それでもガランギガの鱗をあっさりと斬り裂き、その下にある棘を切断し、肉を切る。


「私に、防御力は無意味よ!」


 鱗にそっと手を触れたヴィヘラは、相手の体内に直接魔力による衝撃を打ち込む、浸魔掌を放つ。

 その言葉通り、浸魔掌は厚い鎧を着ていても、ましてやガランギガのように攻撃を防ぐ鱗があっても、意味はない。


「ジャアアアアアアアア!」


 レイが今まで聞いた中では、もっとも鈍いガランギガの悲鳴。

 それだけ、体内に受けた衝撃がガランギガにとって想像も出来ないような痛みだったのだろう。


「よし、効いてるぞ! このまま……」


 一気に畳みかけろ。

 ヴィヘラの浸魔掌を見てレイが叫ぼうとした時、不意にガランギガの鱗が全て逆立つ。

 鱗が逆立つという、普通であれば有り得ない現象。

 それを見た瞬間、ガランギガに近接戦闘を挑んでいた全員が一気に距離を取る。

 半ば本能的な動きではあったが、マリーナにガランギガについての情報を聞いていたというのが、この場合は大きい。

 そう、逆立った鱗の隙間から、鋭い棘が飛び出してきたのだ。

 その棘も、一mを超える長さのものがあるかと思えば、その半分程度の長さしかないものもある。 

 全ての棘の長さが一定ではないというのは、攻撃をされる方にしてみれば、回避の感覚を狂わせられるという点で非常に厄介な攻撃方法だった。

 もっとも、今は幸い全員がガランギガから大きく距離を取っていたので、それが最悪の結果を迎えるということにはならなかったが。


「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 一際大きな鳴き声を上げながら、ガランギガはその場でのたうち回る。

 痛みでのたうち回っている訳ではなく、純粋に自分の周囲にいる相手に向かっての攻撃。

 もしその場に誰かがいれば、ガランギガの巨体と、身体から伸びている棘によって大きなダメージを受けただろう。

 だが、レイを含めてその場にいた者達は、全員が退避しており……


「グルルルルルルルルルルルルルルゥッ!」」


 地面でのたうち回っているガランギガに対し、セトが空中からファイアブレスを放つ。

 水球やアイスアロー、多少変則的だがバブルブレス。

 セトは何気に水や氷系統の攻撃をそれなりに多く持っているのだが、地底湖を住処としているガランギガにそれらの攻撃が効果があると思えず、選んだ攻撃手段がファイアブレスだった。

 放たれたファイアブレスは、地上でのたうち回っているガランギガにまともに当たる。

 のたうち回っている以上はガランギガも動き回っているのだが、ファイアブレス使っているセトも、当然のように翼を羽ばたかせながら移動が可能だ。

 結果として、ガランギガはかなり大きなダメージを負うことになる。

 鱗の中から針を伸ばしているということは、攻撃をするにはいいのだが、本来なら身体を守る鱗を逆立てている関係から、防御力という点で考えれば明確に劣る。

 そんな鱗の隙間から、ガランギガの身体はセトのファイアブレスによって焼かれていく。

 ガランギガも、そんな痛みを理解したのだろう。先程までのように攻撃の為にのたうち回るのではなく、痛みによって地面をのたうち回りながら、鱗の間から伸ばしていた棘を身体の中に収容する。


「シャアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 怒りと悲鳴を上げつつ、ガランギガは自分に痛みを与えた存在……空中にいるセトに向けて、毒のウォーターカッターを放つ。

 勿論痛みを与えた存在という一点だけで考えれば、レイを含めて地上にいる者達にも多いし、後方から精霊魔法や弓による攻撃を繰り返しているマリーナもいる。

 だが、今のところガランギガに対して最も痛みを感じさせたのは、空を飛ぶセトのファイアブレスだった。

 鱗を逆立たせていた状態だったからこそ、広範囲攻撃をまともに食らってしまったのだ。

 だからこそ……セトを許すことは出来ず、ガランギガが使える中でも最強の攻撃で反撃をしようとした。

 毒のウォーターカッターは、触れれば岩であろうと容易に切断するだけの威力を持つ。

 レイがそれを見た感想は、レーザー兵器? というものだ。

 勿論現実世界に存在するものではなく、アニメや漫画といったもので出てくるレーザー兵器だが。

 そんな印象すら受ける攻撃だけに、幾らセトでも命中すれば無傷でいるなどということは出来ない。

 ……もっとも、それはあくまでも命中すればの話だが。


「グルルルルルルルゥ!」


 ファイアブレスを中断し、毒のウォーターカッターの攻撃を回避しつつ、大きく鳴く。

 同時に、セトの身体は見て分かる程に縮まった。

 体長三m以上だったその身体が、七十cmにまで縮んだのだ。


「え?」


 セトの持つサイズ変更のスキルを初めて見たレリューの口から、間の抜けた声が出る。

 当然だろう。ファイアブレスやウィンドアローのようなスキルであれば、それこそ見ただけで非常に分かりやすい、スキルらしいスキルだ。

 だが、いきなり身体の大きさが変わるというのは、スキルとして考えても明らかに異常だった。

 レリューの困惑とは裏腹に、戦いはまだ続く。

 小さくなったセトを仕留めようと、何発も続けて放たれる毒のウォーターカッター。


「地形操作!」


 ガランギガがセトに集中しているのを見たレイが、デスサイズの石突きを地面に突き刺してスキルを発動する。

 ガランギガの身体の下の地面が一m盛り上がり、その側が一m沈下する。

 そんな状況で身体をくねらせれば、バランスを崩すのは当然だった。

 差にして、二mの高度。

 ガランギガにしてみれば、とてもではないが致命傷とは呼べない程度の落下だったが、セトから目を逸らすには十分すぎる行動。


「グルルルルルルルルゥッ!」


 そうしてセトから視線を逸らした一瞬……セトの身体は元の大きさに戻り、剛力の腕輪と落下速度、そしてパワークラッシュのスキルを使った一撃が命中し……ガランギガの頭部は、砕けるのだった。

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