第1712話

 結局、レイは二階に上がった先にある木から、果実を採れるだけ採った。

 その間、他の面々は何をしていたのかといえば、果実を採る手伝いをしたり、周辺の様子を探ったりといった感じか。

 ある程度果実を採った後は、レイもそちらに回ろうか? と話し掛けたのだが……エレーナ、マリーナ、ヴィヘラ、ビューネの四人に揃って反対されてしまう。

 レイは、果実を採ってミスティリングに収納することに集中しろ、と。

 普段は無表情のビューネですら、レイに向かって鬼気迫ると呼ぶに相応しい表情を浮かべたのだから、一行の女性陣がどれだけ果実を重視していたのかを示しているだろう。

 レイと一緒に行動するようになってから、金に困るようなことはなかった――エレーナやマリーナはそれ以前から金に困ってはいなかったが――にも関わらず、ここで果実は採れるだけ採っておくべきと、そう考えていたのだろう。

 甘い物は別腹という言葉を思い浮かべたレイだったが、賢明なことに余計な口は利かず、黙々と果実を採ることに専念した。

 また、様々な果実が実っている木は、最初にレイが見つけた一本だけではない。

 他にも何本かあり、それを収穫し続け……結果として、今日はダンジョンの探索ではなく、果実の採取日とでも呼ぶべき日になってしまう。

 もっとも、レイがそれを嫌っているのかと言えば、答えは否なのだが。

 ともあれ、ダンジョンの二階にある森は、外と時間を合わせるようにして日が沈みかけ……それを見たレイ達は、今日はこの辺でゴルツに戻ることにしたのだ。

 マジックテントがある以上、その場で野営をしても問題はなかったし、イエローバードやオークの肉もある。野菜も森を探せば山菜の類がある筈で、その場で野営――と呼ぶには豪華すぎるが――をしても問題はなかったのだが、結局はゴルツに戻ることにしたのだ。

 その理由は、ギルドの方にダンジョンの説明をしておいた方がいいだろうということもあったし、マジックテントの中で寝た場合はレイは床やソファで寝ることになるというのが大きい。

 必要であればレイも野営を躊躇うつもりはないが、どうせ寝るのであればしっかりとしたベッドで眠りたいというのもあった。

 ……唯一、レリューだけは野営に賛成していたが。

 レリューが野営に賛成した理由は、野営をすれば自分がマジックテントの外で周囲の見張りをする……という名目で、セトを愛でることが出来るからというのが大きいだろう。

 既にセト愛好家であることを隠そうともしなくなったレリューだったが、結局その提案は却下されてしまうのだった。

 ともあれ、ダンジョンから無事に脱出してゴルツに戻ったレイ達は、ギルドに向かい……そのまま、ギルドマスターの執務室に通される。


「すまないわね。本来なら昨日来た時に挨拶をしておくべきだったんだけど……代官とちょっと打ち合わせをしていて、帰ったのが夜中だったのよ」


 ギルドマスターの執務室で、応接用のソファに座ったレイ達に向かってそう言ったのは、四十代程の女。

 元冒険者らしく、その身体には見間違えようがない程の筋肉がついている。


「いや、気にしないでくれ。こっちも昨日は色々と忙しかったからな」


 パーティリーダーとしてレイがそう言うが、実際には特に何かが忙しかったというようなことはない。

 あくまでも、ギルドマスターが忙しいのと同様に自分達も忙しかったということにするだけのものだ。

 向こうが高圧的な態度で接してくれば、レイもそれに相応しい態度で返すが、今回は友好的に接してきたのだからレイもそれに倣った形だ。

 ギルドマスターもそれは分かっているのだろうが、特にその件に関して言うことはない。


「そう言って貰えると助かるよ。さて、今更だが私はゴルツのギルドマスターをしている、バニラスという。まぁ、ギルドマスターと呼んでくれれば、それでいいよ」


 笑みを浮かべながらバニラスはそう言うも、すぐにその態度は真剣なものに変わる。


「さて、早速聞きたいんだが……やはりあの崖の壁面にあったのはダンジョンで間違いなかったのかい?」


 そう尋ねてはいるが、バニラスの表情にはダンジョンで間違いないという確信があった。

 冒険者として、その辺りの予想はしているだろう。

 レイも、特にあそこがダンジョンであるというのを隠そうとは思っていない為、素直に頷く。


「ああ。ダンジョンで間違いないと思う。それも、一階は分かれ道が一つあるだけの単純な構造だったが、二階には森が広がっていた。それこそ、出来たばかりのダンジョンとは思えないくらいにな」

「森が……? それは、幻とかそういうのではなく、実際に木が生えているような森がということかい?」


 バニラスの言葉にレイは頷き、ミスティリングの中から一つの果実を取り出す。

 黄色の斑点模様が皮についている果実で、どの街でも普通に扱われている果実だ。……春が旬の果実ではあるが。

 その果実をテーブルの上に置くと、バニラスは疑問を感じながらその果実を手に取る。

 レイがアイテムボックスを持っているというのは知っているので、春が旬の果実が今の時季に瑞々しいままでここにあったとしても、特に驚くべきことはない。


「これは?」

「それは、今日ダンジョンの中にある森に生えている木から採ってきた奴だ。……見ての通り、本物だろう? まぁ、そうは言っても、俺の言葉を信じて貰わないと意味はないんだが」

「いや、信じるよ。そっちにいるのは有名人ばかりだ。そのような状況で嘘を吐くような真似はしないだろう」


 エレーナやマリーナといった面々は、このようなことで嘘を吐くような人物ではない。

 特にマリーナとは、ギルドマスターとして何度か話したこともあり、その性格をよく知っている。

 それ以外の面々も、色々と事情はあるが有名な者達が多い。

 そのような事情を考えれば、森があるというのであれば間違いなくあるのだと判断出来た。


(出来れば直接人をやって確認したいけど……ゴルツの冒険者じゃ無理だろうね。行くとしたら私くらいだけど、私もそんな時間的余裕はないし)


 ゴルツにいる冒険者は、決して強い訳ではない。

 それこそ、最強がランクC冒険者なのだから、平均的な冒険者の質がどれくらいのものなのかは、考えるまでもなく明らかだった。


「だが……そうなると、あのダンジョンは出来たばかりではないのか?」

「どうかしらね。ダンジョンなんて、解明されてないことの方が多いんだろうし。それこそ、最初からああいう形式のダンジョンであってもおかしくはないでしょ」


 マリーナの言葉を聞いたバニラスは、少し難しい表情で考える。

 バニラスにしてみれば、自分がギルドマスターをしているゴルツの近くに、本格的に育ったダンジョンがあるというのは非常に面白くはない。

 だからこそ、今のうちにと伝手を使ってワーカーを始めとした何人かに連絡をとって、こうして冒険者を送ってもらったのだから。

 だというのに、今の時点でダンジョンが自分の想像以上に成長しているのは、完全に誤算なのだ。


(また明日……いや、今日これからか。とにかく、代官に相談に行かなきゃいけないね)


 面倒臭いと思うも、この情報はなるべく早く代官に知らせておく方がいいのは確実だった。

 ゴルツを治めている貴族の代わりに派遣されてる代官は、能力的にはそこそこ、可もなく不可もなくといったところだ。

 多少金に厳しく、そこがギルドマスターをしているバニラスにとっては困らされていたが、客観的に見て優良な人物であるのは間違いない。

 性格の方も、貴族らしい貴族……貴族派にいるような選民思想を持っている貴族ではない。

 もっとも貴族の五男だという話だから、選民思想を持つようなことはなかったのかもしれないが。

 ともあれ、決して悪い人物ではない以上、実はダンジョンが成長していたと聞けば、相応の対処をすることになるのは確実だった。


「それで、出てくるモンスターは今まで知られているものの他に何かいたかい?」

「いや、新しいのは見なかったな。ああ、でも昨日のイエローバードとは遭遇した。……森なんだし、鳥のモンスターが多くいてもおかしくはないけど」

「そもそも、階段を上がってすぐの場所で果物をずっと採ってたくらいだしね」


 ヴィヘラの言葉に、レイは何か反論しようとするも……それが事実である以上、何も反論は出来ない。

 実際、果実の採取に一生懸命になっていて、それが結果として殆ど二階の探索が出来なかったことに繋がったのは間違いないのだ。

 ……ただし、今レイに悪戯っぽく笑みを向けているヴィヘラも、甘い果実を採取することに賛成し……いや、寧ろ積極的に賛成していたのだが。

 そういう意味では、ヴィヘラも共犯と言ってもいいだろう。

 本人が認めるかどうかは、別として。

 

「まぁ、それはそれとして、だ」


 バニラスは果実の採取に専念していたレイを特に責めるでもなく、話を戻す。

 元々ギルドの依頼でダンジョンを攻略している訳ではない以上、レイ達が自分のペースでダンジョンを攻略しているのに、文句を言える立場ではないのだ。

 勿論ゴルツのギルドマスターとして、出来ればもっとダンジョンの探索を進めて欲しいという思いはあったが、そこまで無理は言えない。

 実際、現在のところはダンジョンに挑めるのがレイ達しかいない以上、そちらに頼るしかないのだから。


「明日もダンジョンに潜るということでいいのかい?」

「特に緊急の用件がなければ、そのつもりだよ。……あの森にどういうモンスターがいるのか、しっかりと調べる必要もあるだろうし」



































 レイにとって、未知のモンスターを探すというのは魔獣術的な意味で非常に重要なことだ。

 勿論最重要なのは、地形操作のスキルを習得出来るダンジョンの核なのだが、それ以外にもダンジョンであれば未知のモンスターがいるのは珍しいことではない。

 実際、ゴルツに来た当日にダンジョンから出て来たイエローバードという未知のモンスターを見つけることが出来たのだから。

 そのイエローバードが生息しているだろう二階の森は、恐らくまだ他にも未知のモンスターがいるという可能性は非常に高い。

 そういう意味でも、レイとしては森の探索を進めたいところだった。


(俺達が初めてあのダンジョンに挑むってのは、痛いよな。誰か先に挑戦している奴がいれば、何らかの情報があったりするんだろうけど)


 森を思い出しながら面倒だと感じるレイだったが、レイ達が初めて挑戦するからこそ、ダンジョンにある未発見の代物を独り占めすることが出来るのだが。


「ああ、そう言えば」


 未知の代物……というところで、レイはダンジョンで手に入れた物を思い出し、ミスティリングからダンジョンの一階で入手した岩の植物を取り出す。

 途中で切断されてはいるが、それでも植物が岩で出来ているというのは見れば分かった。

 その植物を見たバニラスは、瞬間的に顔を引き攣らせる。


「も、もしかして……バジリスクのような、相手を石化させる能力を持つモンスターがいる、とかかしら?」


 恐る恐るといった様子で尋ねられたその言葉で、バニラスが何を心配しているのか分かったレイは、即座にそれを否定する。


「いや、これはそういうのじゃない。見ての通り岩で出来た植物だが、石化能力とか関係なく、この岩の状態のままで生きてたんだ。それも、近づけば岩で出来た葉とかを飛ばして攻撃してくるような感じで」


 レイの説明に、バニラスは心の底から安堵する。

 バジリスクやコカトリスといった、石化能力を持つモンスターは非常に強力だ。

 それこそ、ゴルツにいる冒険者では、倒すことが出来ないだろうと確信する程に。

 そのようなモンスターがいるのであれば、最悪ゴルツという街を移転させる必要も出てくるかもしれない。

 一瞬でそこまで考えたバニラスだったが、レイの言葉でそのような心配をしなくてもいいと、そう思ったのだ。


「それで、岩で出来た植物? モンスターなの?」


 植物のモンスターとして有名なのは、やはりトレントだろう。

 目の前にある植物もそのようなモンスターだったのかという疑問だったが、レイはそれに首を横に振る。


「いや、魔石を持っていなかったから、モンスターの類ではない。ただの植物だと思う」

「……岩で、出来てるのよね?」


 信じられないといった様子で尋ねてくるバニラスだったが、レイはそれに頷きを返す。


「ダンジョンという場所だけに、そこで何があっても不思議じゃないとは思っていたが……これには驚いたよ。取りあえず、ギルドの方で調べて貰えないか? もし貴重なものなら、他にもないか探してみようと思うし」


 そう要望するレイの言葉に、バニラスは小さく息を呑んでから頷くのだった。

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