第1708話

 ダンジョンの近くまでやってきたレイ達は、途中で何人もの冒険者とすれ違う。

 冒険者の中には、不満そうな表情をしている者もいれば、嬉しそうに笑みを浮かべている者もいる。

 それが何を意味しているのかは、ダンジョンのある場所を考えれば明らかだった


(つまり、ダンジョンから落ちたモンスターの死体を確保出来た者と、出来なかった者。もしくは、確保出来た者でもゴブリンとオークだと結構な差があるしな)


 歩きながらそう思っていると、そんなレイの側を歩いていたヴィヘラが、呆れたような表情を浮かべる。

 強敵との戦いを望むヴィヘラにとって、自分が倒した訳でもないモンスターの死体から素材や魔石を手に入れるというのは、正直なところ愉快な思いはしない。


「それで、ダンジョンに向かう訳だな。下で待ってる冒険者達に、妙な邪魔をされないといいんだけどな」


 そんなヴィヘラの様子を理解しながらも、レイは話題を逸らす。

 ……もっとも、本当に話題を逸らせたとは言えないのだが。


「そうね。モンスターが落ちてくるのを待ってる人達にしてみれば、ダンジョンに突入する私達は面白くない相手でしょうし」


 そう告げるマリーナの服装は、珍しくズボンを履いている。

 ダンジョンが地上にあるのであれば、いつものパーティドレスで構わなかっただろう。

 だが、ダンジョンがあるのが壁面で、そのダンジョンに入る為にはセトの足に掴まって移動する必要がある。

 そんな状況でいつものようなパーティドレスを着ていれば、下にいる者達に下着を覗かれてしまう。

 レイに見られるのであればともかく、それ以外の男にそのような姿を見せるつもりは毛頭ないマリーナは、不承不承ズボンを履いたのだ。


「まぁ、俺達が誰かってのは冒険者なら知ってるし、絡んでくるような馬鹿は……」


 いないだろう。そう言おうとしたレイだったが、何人かの冒険者がレイ達の方に近づいてくるのを見て、最後まで言うことが出来ずにいた。


「おう、あんた達がこれからダンジョンに挑むって連中だよな?」

「ああ、そうだが。何かあるのか?」


 男達にそう返したのは、レイ……ではなく、レリュー。

 レイの外見では男達に侮られる可能性が高いと判断し、見ただけでランク相応の迫力を醸し出すことが出来るレリューが前に出たのだ。

 そんなレリューの姿を見て、男達は一瞬驚いたように動きを止めたが……次の瞬間、再び先頭の男が口を開く。


「そうか。なら、頑張ってくれ」

「……へぇ。てっきり、ダンジョンを攻略するなって言われるのかと思ったんだがな」

「まぁ、そんな気持ちがないって言えば、嘘になるけどな」


 そう言う男だったが、その顔には惜しいといったような表情はない。

 男は、ここからでも見えるダンジョンに視線を向けつつ、言葉を続ける。


「けど、ダンジョンがこのまま成長していけばどうなるかってのは、俺でも分かる。……ゴルツには迷宮都市としてやっていくだけの余裕もないしな」


 ミレアーナ王国に幾つかある迷宮都市。

 それが幾つかという程度であるのは、当然のように迷宮都市として成立させるのが難しいからだ。

 少なくても、ゴルツにいる冒険者の能力では迷宮都市としてやっていくのは不可能だと、レリューに話し掛けた男は理解していた。

 そして迷宮都市としてやっていくのが無理である以上、ダンジョンはまだそこまで成長していないうちに攻略する必要がある。

 今はまだ、ゴブリンのようなモンスターが勝手にダンジョンから落ちて死んでくれているのが、これからもそうだとは限らない。

 事実、昨日はイエローバードという鳥のモンスターがダンジョンから出て来たのだから。

 それを見ても、まだダンジョンを攻略することに反対する者がいるのは、やはり今の状況であれば楽に金を稼げるから、というのが一番大きい。

 当然のようにそのように思っている者はそこまで多い訳ではないが、全く誰もいない訳ではない。

 レリューに話し掛けてきた相手は、幸いその類の者ではなかったが。


「つまり、だ。……その、頑張ってくれって言いたかったんだよ」


 男が少し照れくさそうにそう告げる。

 そんな男を見たレリューは、自分が出て来たからそんなことを言ったのではないかと思いもしたが、今の男の様子を見る限りではそのようには見えない。


「そうか。その応援の言葉はありがたくいただいておこう。……で、俺達はそろそろダンジョンに向かおうと思うんだが、構わないか?」

「ああ、ダンジョンを頼む」


 そう言い、話し掛けてきた男達はそのまま去っていく。


「てっきり絡まれるかと思ったんだけどな」


 そんな男達の姿が見えなくなったところで、レイが呟く。

 今までのパターンから考えると、こういう時は大抵が絡まれていた。

 だからこそ今回も同様なのではないかと、そう思っていたのだが……結果として、レイの予想は思い切り外れた。


「まぁ、ダンジョンがあれば危険だと、そう思ってる人がいるのは当然でしょうね。中にはさっき言ってたみたいに、ゴルツを迷宮都市にしようと考える人もいるのかもしれないけど……ゴルツの現状を考えれば、少数派だと思うわ」


 迷宮都市を作る為には、当然のように大勢の力が必要となる。

 ゴルツのような田舎でそれをやるのは、不可能……ではないが、難しい。


(まぁ、ここは中立派の貴族が治める領地だって話だから、ギルムが増築工事中とかでなければ、もしかしたら……本当にもしかしたら、可能性はあったのかもしれないけどな)


 そんな風に考えている間にも、次第に崖は近づいてくる。

 近くでモンスターの解体をしている冒険者の姿も何人かあるが、そのような者達もレイ達の姿を見れば、当然のようにそちらに視線を奪われる。

 もっとも、体長三mを超えるセトがいるのだから、幾らモンスターの解体に集中していても、そんなセトの存在に気が付かないということは有り得ない。

 解体に集中しすぎて周囲の警戒を疎かにするようでは、それこそ冒険者としてやっていくのは難しいだろう。

 もっとも、レイ達はそんな視線を気にした様子もなく、崖の真下に到着する。


「さて、いよいよダンジョンの攻略だ。準備はいいよな?」


 セトを撫でながらそう尋ねるレイの言葉に、皆が頷く。

 その中でも、表情は変えずとも特に気合いが入っているのは、ビューネだろう。

 盗賊であるビューネにとって、ダンジョンというのはその本領を発揮するべき場所だ。

 ……もっとも、ビューネは戦闘力に特化した盗賊である以上、ダンジョンの探索のようなことには向かないのかもしれないが。

 とはいえ、現在レイ達の中で盗賊の技能を持っているのは、あくまでもビューネだけだ。

 それに戦闘に特化しているとはいっても、別にそれで他の盗賊としての能力が下がった訳ではない。


(ゲームとかだと、戦闘とかに特化させれば他の能力が低くなるというのはよくあるんだけどな。ここは現実だし)


 そんな風に思いつつ、それぞれ準備を整えるのを見ながら、レイはセトに向かって口を開く。


「じゃあ、まずは俺がセトに乗ってダンジョンの中に入ってから、安全を確認する。そうしたら、セトに掴まって入ってきてくれ。……いいよな?」

「このパーティリーダーのレイがそう言うのなら、俺は構わないが……いいのか? それこそ、普通ならこういう時は俺みたいに雇われの奴が真っ先にそういう役目をさせられるもんだと思ってたんだが」

「まさか、ダスカー様から預けられた異名持ちの冒険者をそんな風に使う訳にもいかないだろ。それに……」

「それに?」


 途中で言葉を切ったレイに疑問を抱いたレリューが尋ねるが、レイはそれに対して特に何を言うでもなく首を横に振る。


「いや、何でもない。ただ、これまでレリューと一緒に行動して、信頼出来る相手だというのは分かったが、それでもやっぱりこういう時は俺が自分で行ってみたいと思うんだよ。誰も入ったことのないダンジョンだし」


 それなりに好奇心を露わにしているレイの顔を見て、レリューはそれ以上は何も言わないことにした。

 ……いや、レリューも何も言えなくなった、というのが正しい。

 何だかんだと言いつつ、レリューもレイの言った、誰も入ったことのないダンジョンという言葉には魅力を感じているのを否定することは出来ないのだから。


「じゃ、セト頼む」

「グルゥ!」


 レイの言葉にセトが鳴き声を上げ、そのまま背中にレイを乗せたまま走り、翼を羽ばたかせる。

 まさに空を駆け上がるという表現が正しい姿で、セトは瞬く間にダンジョンの入り口まで到着した。

 そして動きを止めたセトの背の上から、レイは降りる。

 もっとも、そのままダンジョンの中に飛び込むのではなく、途中でスレイプニルの靴を使って空中を蹴りながら……それこそ、いつダンジョンの中からモンスターが出て来ても対処出来るようにしながらだが。

 手に持つのは、いつものデスサイズではなく、ダンジョンの中がどれくらいの広さはまだ判明してないので、黄昏の槍だけ。

 黄昏の槍を手にダンジョンの中に入ったレイは、素早く周囲を見回す……までもなく、自分に向かって襲いかかってくる存在に気が付く。

 殆ど無意識のうちに、レイは黄昏の槍を襲ってきた相手に突き刺す。


「ギョガ!?」


 貫かれた胴体を押さえ、悲鳴を上げたのはゴブリン。

 腹を貫かれたゴブリンは、そのまま床に倒れ……次の瞬間、その背後から迫ってきていた別のゴブリンに踏まれる。

 踏んだ方もゴブリンだということもあり、踏まれた方は致命傷を負うまではいかなかった。

 だが、腹部を貫かれたという時点で既に致命傷である以上、それは大した差にはならないだろう。

 レイもまた、腹部を押さえて倒れ込んだゴブリンを特に気にした様子もなく、その背後から襲いかかってきたゴブリンに向けて再度槍を突き出した。

 その槍の素早さは、それこそゴブリン程度でどうにかなる筈がなく……最初に胴体を貫かれたゴブリンと同じ運命を辿る。

 襲ってきた二匹のゴブリンを倒したレイは、警戒を崩さずに改めて周囲を見回す。

 だが、その二匹以外に近づいてくるモンスターの姿はなく、それでようやく構えていた槍を下ろす。


「もう数十秒俺が来るのが遅ければ、このゴブリンも地上に落ちていたのか。……そう考えると、運が良かったのは間違いないな」


 もしこれからダンジョンに入ろうとしている時に、頭上からゴブリンが降ってくるなどということになっていれば、それで困るのは間違いなくレイ達だ。

 ダンジョンに挑むというやる気そのものにダメージを受けていた可能性もあるだろう。


(いや、ダンジョンにしてみればそれが最適の選択だったのか? まぁ、ダンジョンに意思があるかどうかは微妙だが)


 ゴブリン二匹の消耗でレイ達のやる気を削ぐことが出来たのであれば、それは大きな利益となるのは間違いない。

 もっとも、レイが自分で口にした通り、ダンジョンに自分の意思があるのかどうかは分からない。

 少なくてもレイがこれまで潜ってきたダンジョンではそのようなことがなかったのだが、ダンジョンの核を切断すれば地形操作のスキルを習得し、パワーアップしたのは間違いない。

 つまりダンジョンの核と魔石は似たようなものであり……モンスターに自分の意思があるということを考えれば、ダンジョンに意思があるという可能性も決して否定は出来ないのだ。


「ともあれ、あのゴブリン以外に問題はないみたいだな」


 周囲に危険がないと判断し、レイはダンジョンの外で待っているセトを見る。

 ダンジョンという場所に移動したレイを見ているセトは、特に心配らしい心配はしていない。

 元々レイに懐いているセトだったが、レイと共にいた時間が長く、それだけレイの強さを知っているということも意味している。

 そうである以上、それこそレイが一人でダンジョンに潜っても、それでどうこうなるとは全く思っていなかったのだ。

 ……まぁ、出てくるモンスターが高ランクモンスターであれば多少話は違ったかもしれないが、今のところこのダンジョンで確認されてるのはゴブリン、コボルト、オーク……そして昨日のイエローバードのみだ。

 そうである以上、それこそ集団で襲いかかってもレイにかすり傷一つ付けることすら難しいのは明らかだ。


「セト、他の連中を連れて来てくれ。俺は念の為にここでダンジョンの中を警戒してるから」

「グルルルゥ!」


 レイの言葉に、セトは分かったと鳴き声を上げ、地上に降下していく。

 そんなセトを見送ったレイは、改めて周囲を見て……やはりここは洞窟ではなくダンジョンであると、改めて確信するのだった。

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