第1707話

【セトは『ウィンドアロー Lv.四』のスキルを習得した】


 そのアナウンスが流れ、レイは少しだけ驚く。

 イエローバードはランクDモンスターだ。

 レイやセトにしてみれば、決して強くはなく……寧ろ、雑魚に等しいモンスターでしかない。

 だから、まさかそんなイエローバードの魔石でセトがスキルを習得出来るというのは、レイにとって驚きだった。


(いやまぁ、ゴブリンの希少種とかでもスキルを習得したんだから、ランクDモンスターの魔石でスキルを習得しても、おかしなことはないんだろうけど)


 スキルの習得――正確には強化――されたセトは、嬉しそうに喉を鳴らしながらレイに顔を擦りつける。

 そんなセトを撫でながら、レイは周囲の様子を見る。

 何人かの冒険者が訓練をしているが、まだ早朝ということもあって緑の沢水亭の中庭に人の姿はあまり多くはない。


「はぁっ!」

「甘いわよ、エレーナ!」



 ……そんな何人かの中には、エレーナやヴィヘラといった者達もいるのだが。

 ゴルツの中でもセトを泊めることが出来る厩舎があるだけあって、緑の沢水亭はそれなりに大きな中庭があった。

 いつもであれば、魔石の吸収は人目の付かないところでやるのだが……今のレイ達は、ゴルツに泊まってダンジョンを攻略することになっている。

 そしてダンジョンを攻略するのは疾風の異名を持つレリューと共にということになっているので、出来るだけ怪しまれないで魔石を吸収する余裕は殆どない。

 そんな訳で、早朝から魔石の吸収と洒落込んでいたのだが……低ランクモンスターだし、どうせ駄目だろうというレイの予想はあっさりと裏切られ、セトはスキルを習得した。

 当然のように、中庭には人が少ないので、誰もセトが魔石を呑み込んだ光景は見ていない。

 数少ない者達も、自分の用事に専念している結果だった。


「さて、そうなると……もしかしたら、もしかするか?」


 呟き、ミスティリングからデスサイズを取り出すと、その勢いのまま空中に放り投げた魔石を切断する。


【デスサイズは『風の手 Lv.四』のスキルを習得した】


 先程同様、脳裏に流れるアナウンスメッセージ。


「ゴルツの冒険者や住人達の信頼を得る為に受けた討伐依頼だったが、予想外の結果が出たな。……いや、それともあの崖の壁面にあるダンジョンのモンスターがそれだけ強力なのか?」


 そう考えるも、ゴブリンを始めとしたモンスターが、次から次に地上に落下して死ぬような、間の抜けたという表現が相応しいダンジョンだ。


(まぁ、ゲームとかだと、普通では行けない場所にあるダンジョンってのは、大体は高難易度のダンジョンだし……そう間違った予想でもない、のか?)


 日本にいた時にやったゲームの内容を思い出しながら考えるレイだったが、それはあくまでもゲームの内容にすぎず、それをこの世界の常識に当て嵌めるのは相応しくない。

 それでも警戒することはないかと考えながら、レイはアナウンスメッセージが聞こえてデスサイズがスキルを習得したことで嬉しそうにしているセトを撫でる。


「ま、何はともあれ……風の手のレベルが上がったのは、俺にとっては嬉しいことだよな」


 それは、レイの正直な感想だった。

 風の手というのは、レイの持つ奥の手の一つ、火災旋風を生み出す時に使用するスキルだ。

 そうである以上、そのスキルレベルが上がるというのは、火災旋風を生み出す時に間違いなく有効な筈だった。


(にしても、デスサイズは風の手。セトはウィンドアロー。どっちも風属性の攻撃だということを考えれば、イエローバードはその手の攻撃が得意だったんだろうな。……昨日は奇襲で、それを発揮するような余裕は全くなかったが)


 離れた場所からの投石を使った援護とはいえ、ゴルツの冒険者達にイエローバードの風を使った攻撃で被害が出なかったというのは、幸運だったのだろう。

 突然の奇襲により、イエローバードが何も反応出来なかったというのが大きな理由だろうが。


「セトのウィンドアローは……今ここで確認するのは、ちょっと難しいな」

「グルゥ」


 レイの言葉に、セトが少しだけ残念そうに鳴き声を上げる。

 そんなセトを撫でながら、レイはデスサイズを手にして風の手を試す。


「風の手」


 デスサイズから伸びる、風によって出来た触手。

 レベル一では百m、レベル二では百五十m、レベル三では二百m。

 そうなれば、レベル四でどうなるのかはレイにも予想するのは難しくなく……


「二百五十mくらい、か」


 その予想は、決して間違っていなかった。

 もっとも正確に計った訳でもないので、数cm、場合によっては数m程度の誤差はあるのだろうが。


(けど、今はレベル四だ。そしてレベル五になれば、どのスキルも性能が跳ね上がる。だとすれば、風の手もレベル五になれば、一気に五百mくらいまで伸びたりするのか?)


 風の手が他人に見つからないように消去しつつ、デスサイズを見ながら考える。

 もしレイの予想が正しいのであれば、レイの切り札の火災旋風をより強力に、そして遠距離から使用可能かもしれないだけに、出来るだけ早くレベル五に上げたいところだった。


「グルルゥ?」


 セトが、どうしたの? とレイに顔を擦りつける。

 そんなセトを撫でながら、レイは風の手に関しての意識を切り替えて、今日のダンジョン攻略を考える。

 ダンジョンそのものは、昨日見た。

 入り口を見る限り、幸いにもセトであっても楽に入ることが出来る程度の広さはあった。

 それは、レイ達がダンジョンを攻略する時に、セトを外に残していかなくてもいいということを意味しており、レイにとっては……そしてレイと離れたくないセトにとっても、助かったと思えることだ。

 セトという存在は色々な意味で頼りになる。

 それこそ、ダンジョンの中で低い場所や高い場所に移動する時に、セトの存在が非常に心強いのは間違いない。

 もっとも、レイとエレーナのようにスレイプニルの靴を持っている者もいるので、セトがいなければどうしようもない……という訳ではないのだが。

 そんな風に考えているレイの視線の先で、エレーナとヴィヘラの模擬戦は終わる。

 そこまで真剣に見ていた訳ではなかったのだが、こうして今レイが見ている限りでは、ミラージュの刀身がヴィヘラの喉元に突きつけられており、どちらが勝利したのかというのは、誰が見ても明らかだった。

 レイにとっては見慣れた模擬戦だったが、緑の沢水亭という高級宿に泊まってはいても、結局ゴルツを中心にして活動している冒険者達にしてみれば、それは自分の想像以上の腕を持つ者達の戦いだった。

 模擬戦であっても……いや、この場合は模擬戦だからと言うべきか、二人の美女が踊るようにして戦っている光景は、目を奪う。

 ましてや、鎧を身につけているエレーナはともかく、ヴィヘラは踊り子か娼婦が着るような薄衣を身に纏っているだけだ。……手甲と足甲は装備しているが。

 そんな状態のヴィヘラが派手に動き回っているのを見て、何人かの男は前屈みにすらなっている。

 もっとも、そのような光景はヴィヘラにとっては見飽きた光景なので、欲望の視線を向けられた本人は特に気にした様子もないのだが。


「さて、じゃあ模擬戦も終わったことだし、そろそろ食堂にでも行くか? 今日からダンジョンなんだから、しっかりと食べて英気を養う必要があるしな」

「……英気を養うと言っても、レイの場合はダンジョンの中でも温かい、出来たての料理があるのだから、食事に関して士気の低下は考えなくても問題ないと思うが」

「ダンジョンで食べるのと食堂で食べるのは、どうしても気分が違ってくるんだよ」


 レイにそう言われれば、エレーナも納得する。

 アーラやレイと食事をするのと、貴族の特権意識に凝り固まっている相手と食事をするのとでは、メニューが同じでも……いや、後者の方が豪華であっても、エレーナであれば即座に前者をとるのだから。


「そうね。じゃあ、食事にしましょうか。……さて、ダンジョンではどんなモンスターが出てくるのか、少し楽しみね」


 こちらは、食事よりも強いモンスターと戦う方が士気の上がるヴィヘラの言葉だったが、レイとエレーナも、ヴィヘラがそういう性格をしているというのは理解しているので、それをどうこう言うつもりはない。


「そうだな。マリーナとビューネ、レリューも待ってるかもしれないし、食堂に行くか」

「あら、ビューネはまだ寝てるんじゃないかしら。あの子、普段は朝に弱いから」


 そう言いながら、ヴィヘラはレイに視線を向ける。

 それが何を意味しての視線だったのかは、言われなくてもレイには分かった。

 レイもまた、依頼を行っている時はともかく、普段は朝に決して強くはないのだから。

 別に寝るのが遅い訳ではない。

 それこそ、日本にいた頃に比べれば、明らかに今の方が早く眠っている。

 そんなレイが、今日はこうして早起きしている理由。……それは、当然のようにダンジョンだった。


(遠足を楽しみにして、夜に眠れなかったり、早起きしたりといった感じなんだろうな)


 小学生の時の運動会や遠足、修学旅行……そういった時に、同じようなことになったことが何度かある。

 別にこれが初めてのダンジョンという訳ではないのに、それでもそんな状況になってしまうのは……何となく、としか言いようがないだろう。

 もしくは、崖の壁面に存在するというダンジョンに物珍しさを覚えているのか。

 その理由はどうあれ、レイが今日これから行くダンジョンを楽しみにしているというのは、間違いのない事実だ。

 秋晴れというのが相応しい天気の中、レイはダンジョンに挑む為に腹を満たすべく食堂に向かうのだった。






「おう、レイ。遅かったな。嬢ちゃんはしっかりと食事を終わらせて……」


 食堂にやって来たレイ達を見たレリューは、そう言い掛け……途中で再びビューネがパンに手を伸ばしたのを見て、改めて口を開く。


「食事の最中だぞ」

「キュウ!」


 そんなビューネの横に、エレーナの肩から飛び立ったイエロが着地する。


「ん」


 そしてビューネは、そんなイエロに自分の食べていたパンを千切って渡す。

 嬉しそうな声を上げつつパンを食べるイエロは、周囲のテーブルで朝食を食べていた者達からも、どこか和む視線を向けられていた。

 ……中には黒竜の子供ということで良からぬことを考えている者も何人かいたのだが、そのような者達もすぐにレイ達が誰なのかということを思い出し、馬鹿な考えをすぐに取り消す。


「マリーナは?」


 テーブルにマリーナの姿がないのを見て尋ねるレイだったが、レリューは首を横に振る。

 そんなレリューを見ながら、レイは食堂の中を見回す。

 まだ朝早い……それこそ、丁度午前六時の鐘がなるかどうかといった時間なだけに、食堂の中にはこれから宿を出る者がそれなりに集まっている。

 もっとも、ゴルツと比べて人の多いギルムの、それも夕暮れの小麦亭に比べれば、どうしても人の数は少なく感じるが。

 ともあれ、急いでパンやスープを口の中に押し込んでいる者、今日は仕事がないのか、少し豪華な朝食をゆっくりと楽しんでいる者、他にも仲間と今日の相談をしながら串焼きを口に運んでいる者……といった風に、様々な者達がいる。

 そんな中でも、もしマリーナがいれば間違いなく目立った筈だ。

 それだけマリーナの存在感というのは高く、周囲にいる者達がそれを無視することは出来ない。


「まだ寝てる……かどうかは分からねえが、食堂には来てねえよ。まさか、俺が部屋に行く訳にもいかねえしな」


 レリューにしてみれば、何か緊急の用件があるのであればまだしも、そのようなことがない状況でマリーナの部屋に行くような真似はしたくなかった。

 何がどう間違って、妻に顔向け出来ないようなことが起きないとも限らないのだから。


「分かった、じゃあ……」

「あら、心配はいらないみたいよ? ほら」


 ヴィヘラの視線の先には、丁度食堂に姿を現した、マリーナの姿がある。

 いつものようにパーティドレスを身に纏っているその姿は、とてもではないが朝の食堂に相応しいとは思えない姿だ。

 食堂にいる者達も、レイに……いや、エレーナやヴィヘラに視線を向けていた者達も、新たに現れたマリーナに視線を向け、そちらに意識が集中する。

 だが、本人はそんな視線には慣れているだろう。特に気にした様子もなく、レイ達のいるテーブルに近づいてくる。


「時間はちょうどよかったみたいね」

「……精霊魔法か、便利だな」


 マリーナの言葉から、どうやってこうもタイミング良く食堂に来たのかを理解したエレーナの言葉。

 それに返ってくるのは笑みだ。


「さて、今日からいよいよダンジョンの攻略なんだから、しっかりと朝は食べましょう」


 そう言い、マリーナは椅子に座って注文をするのだった。






【セト】

『水球 Lv.五』『ファイアブレス Lv.三』『ウィンドアロー Lv.四』new『王の威圧 Lv.三』『毒の爪 Lv.五』『サイズ変更 Lv.一』『トルネード Lv.二』『アイスアロー Lv.三』『光学迷彩 Lv.五』『衝撃の魔眼 Lv.一』『パワークラッシュ Lv.五』『嗅覚上昇 Lv.四』『バブルブレス Lv.一』『クリスタルブレス Lv.一』『アースアロー Lv.一』


【デスサイズ】

『腐食 Lv.四』『飛斬 Lv.五』『マジックシールド Lv.一』『パワースラッシュ Lv.三』『風の手 Lv.四』new『地形操作 Lv.三』『ペインバースト Lv.三』『ペネトレイト Lv.三』『多連斬 Lv.一』


ウィンドアロー:レベル四で最大二十本の風の矢を射出する。威力自体はそれ程高くはないが、風で作られた矢なので敵が視認しにくいという効果や、矢の飛ぶ速度が速いという特徴がある。


風の手:風の魔力で編み込まれた無色透明の触手のような物がデスサイズから生える。触手の先端部分で触れている物のみ風を使った干渉が可能。Lv.四で二百五十m程まで触手を伸ばせる。

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