第1685話

 海中から、セト目がけて伸びてくる透明な触手。

 それをセトは翼を羽ばたかせながら回避する。

 セトが身体を斜めにしたところで、レイは持っていたデスサイズを振るい、その触手を切断し……


「ちっ!」


 背後から感じた殺気に、反射的にデスサイズを振るう。

 だが、レイのデスサイズが振るった場所には一見して何もないように見える。

 ……それでも、デスサイズを握っていたレイの手には、しっかりと何かを切断した手応えが残っていた。

 それが何なのかは、セトが翼を羽ばたかせながら上空に向かって距離を取れば明らかになる。

 まるで空中から滲み出るように、最初にレイが斬ったのと同じ触手が姿を現したのだ。

 その先端は、デスサイズによって切断されていたが。

 セトに寄りかかって眠った翌日……レイはこれまでと同じように海に出て漁をしていた。

 エモシオンで作った銛により、かなり巨大な……それこそ日本にいた時にTVで見たような巨大なマグロを獲ったりすることにも成功したのだが、そうやって魚を探していると、突然モンスターに襲われたのだ。

 触手を海中から伸ばしてくるという攻撃しかしないのだが、その数と……何より、何本かの触手を透明にして操るというのが問題だった。

 触手の長さが限られているので、より高く飛べば攻撃されるようなことはなく、向こうも諦める可能性が高かったが……レイには、現在襲ってきているモンスターを逃がすという選択肢は一切なかった。

 何故なら、現在自分達を襲っているモンスターは触手を透明にするという能力を持っているのだから。


(恐らく……いや、多分、きっとこのモンスターの魔石をセトに吸収させれば、光学迷彩のスキルがレベルアップする筈だ。これを見逃すという選択肢は、絶対にない)


 レイがこうして断固たる決意と呼ぶべきものを抱いているのは、透明になるような能力を持つモンスターはそれ程数が多くなく、何より現在のセトの光学迷彩のレベルが四だからだ。

 レベルが五になれば一気にそのスキルが強化される以上、ここでその絶好の機会を見逃すというのは、レイにとって有り得ない選択だった。

 だからこそ、こうして海中から延々と触手によって攻撃されつつも、その場から退避するような真似をせず、相手に付き合っているのだ。

 もっとも、海中から伸びてくる触手の数は完全にレイの予想を超えており、何本切断しても全く意味がないように思える程のものだったのだが。


(このまま触手だけを斬り続けるって訳にもいかないか。……触手が無限にあるような気さえするし、もし有限でも触手の数が少なくなれば向こうが逃げる可能性がある)


 当然レイはモンスターを逃がす気はないが、もしモンスターが海中深くに潜って逃げるようなことになれば、それを追うのは難しくなる。

 だからこそ、向こうの気を引くような真似をして逃がさないようにする必要があった。


「セト」

「グルルルゥ!」


 レイの言葉に、セトはすぐに反応して海面近くまで移動する。

 すると海中のモンスターはすぐにそれを察したのか、触手を伸ばしてきた。

 触手の数は、一本、二本、三本、四本……いや、すぐに数え切れない程になる。

 その上、伸びている触手はあくまでも見えている範囲だけでの触手にすぎない。

 中には、このモンスターの特徴である透明になっている触手もあるのは間違いなかった。


(見える触手の数が多ければ、当然そっちに意識を集中する必要がある。……ちっ、厄介極まりないな。触手をあまり大量に斬っても……いや、この数を考えれば、大丈夫なのか?)


 少しだけそう思うも、やはり触手を切断しすぎて向こうに危機感を抱かせ、逃走させる……といった真似はしたくない。

 そうである以上、大量の触手があっても可能な限り攻撃を回避しつつ、どうにか本体に致命的な一撃を与える……といった真似をする必要があった。


(けど、問題はどうやって海の中にいる敵に攻撃を当てるか……なんだよな)


 この海に来てから、色々な魚やモンスターとの戦いを経験したレイだったが、それらの戦いと今の状況では、大きく違うことがある。

 それは、現在レイ達を襲っているモンスターが、海中深くにいるということだ。

 今までは海面からしっかりとその姿を確認出来ていたし、どんなに深く潜っていても薄らとその影は確認出来た。

 だが……今レイとセトを襲っているモンスターは、海の上からではその姿を確認出来ない程に深い場所から攻撃をしてきているのだ。

 だからこそ、下手に攻撃をしても相手に一撃で致命傷を与えられない場合は逃げられてしまう可能性が高く、迂闊に一撃を食らわせるような真似が出来なかった。


(まず、相手の姿をしっかりと確認しないことには……時間が掛かるけど、しょうがないか。今はぱっと思いつくのがこの方法しかないし)


 自分に向かってくる触手の攻撃を回避しつつ、レイは自分が乗っているセトに声を掛ける。

 基本的にセトはレイがその名前を呼べば大体のことは理解してくれるが、それでもこういう場合はしっかりと説明する必要があった。

 ある程度複雑な行動――名前を呼ぶだけで指示するのに比べればだが――である以上、それは当然のことだ。


「グルゥ!?」


 何本も……場合によっては十本近くの触手がセトやレイを捕まえようと……そして海中に引き込もうとしている中、翼を羽ばたかせながらそれを回避しつつ、セトはレイの呼び掛けに答える。

 もし攻撃をしてもいいとレイが指示を出せば、すぐにセトは周囲に伸びている触手を攻撃するだろう。

 触手そのものは、そこまで硬い訳でも、柔軟性が高い訳でもない。

 レイのデスサイズの一閃は当然だが、セトの前足の一撃で十分に破壊出来る。

 それをしないのは、レイから向こうに危機感を与えないようにする為にと、そう指示が出ているからだ。

 どうしても危ない場合はレイがデスサイズを使って迎撃するのだが、それも本当にどうしようもない時だけだ。

 ……もしセトの体長が三mを超える程に大きくなっていなければ……それこそ、極端な話だがイエロ程度の大きさであれば、ここまで必死になることもなかっただろう。

 もっとも、イエロと同じ程度の大きさとなれば、レイを背中に乗せるような真似は出来なかっただろうが。

 ともあれ、現在のセトはその体長の大きさ故に触手を回避し続けるのは酷く難しい。

 それでも何だかんだと回避している辺り、セトの凄さを表しているのだろうが。

 だが、そんな現状がいつまでも続く筈がない。

 このままではいずれセトの身体が触手に捕まるのは確実だった。

 数本程度であれば、セトの身体能力を考えるとあっさり引き千切ることが出来るだろうが。


「敵の攻撃を回避しながら、少しずつ浅瀬の方に向かってくれ。今は海中で敵の姿が見えないが、浅い場所まで行けば向こうの姿も見える筈だ!」

「グルゥ? ……グルルルゥ!」


 レイの言葉を理解したのか、セトは分かったと鳴きながら触手の攻撃を回避しつつ、岸の方に向かって飛ぶ。

 ただし、触手の攻撃を完全に振り切るような真似をすれば、向こうが諦める可能性が高い為に、速度的にはかなりゆっくりとした移動だったが。


「悪いな、セト。じゃあ……俺も少し頑張るか」


 セトが移動しやすいよう、襲ってくる触手に対処する為に、レイはデスサイズをミスティリングに収納すると、代わりに槍を取り出す。

 その槍は、レイがいつも使っている黄昏の槍……ではなく、穂先が欠けている、投擲の時に使い捨てとして使う槍だ。

 穂先で触手を斬るのではなく、槍の柄で触手を叩いて敵の攻撃を防ぐ為の……そんな用途に使う為に選んだ、本来なら廃棄品の槍。

 だが、触手を切断して自分達を狙っているモンスターを警戒させないようにしつつ、それでも触手による攻撃を防ぐ。

 そういう目的として使うのであれば、寧ろレイが取り出した廃棄品の槍の方が相応しかった。


「あ」


 もっとも、触手がレイの予想以上に脆かったのか、もしくはレイが槍を振るう一撃が想定以上に鋭かったのか……斬るのではなく、槍の威力で引き千切るといった真似をすることもあったのだが。

 それでも一度、二度と槍を振るううちに、触手を破壊しないままで弾くといった真似をするだけの力加減は理解出来た。

 ある程度その槍の扱いに――正確には触手を引き千切らないで振るえるという意味で――慣れてきたレイは、セトと共に触手の中をかいくぐりながら岸の方に近づいていく。

 海中にいるモンスターも、そんなレイとセトの行動に翻弄されるだけで苛ついたのか、やがて海中から伸びてくる触手の数は更に増えていった。

 そこら中に触手が……目に見える触手、透明になっている触手も含めて伸びている中を、セトは翼を羽ばたかせながらすり抜けていく。

 何も知らない者が今のセトの光景を見れば、それこそ空を泳いでいる……と、そう表現してもおかしくない。

 そうして触手の海を泳ぎながら岸の方に向かうこと、数分。

 本来の速度で飛んでいれば、それこそ十秒掛かるかどうかといった程度でセトは岸に到着しただろう。

 だが、そのような真似をすれば、間違いなくモンスターはセトを襲うのを諦めて逃げてしまう。

 そうならない為には、セトの飛ぶ速度を調整する必要があった。

 それこそ、かなりゆっくりと。

 速度を調整しながら飛んだ甲斐があり、海中のモンスターはセトを諦めるといったことがないまま岸の方に近づいてきた。


(深さによっては棲めない海中生物とかもいるって聞いたことがあるけど……幸い、このモンスターは違うらしいな)










 レイが思い出していたのは、日本にいた時に見たTV番組だ。

 深海に生息している魚は、急激に海上まで連れていくとその水圧の差によって、死んでしまうこともある。

 だが、現在海中にいるモンスターは、幸いなことに岸に近づいてきても特に影響はない。


(モンスターだからか、それとも単純にそういう性質を持っていたのか……もしくは、エルジィンだからという可能性もあるのか?)


 そんな風に考えつつ、海中にじっと視線を向ける。

 もっとも前後左右上下と、様々な方向に揺れながらの行動なだけに、普通ならしっかりと集中して見ることは出来なかっただろう。

 だが、それはあくまでも普通の者ならの話であり、レイは到底普通という中には入らない。

 結果として、激しく動くセトの上でもしっかりと海中の中を観察することが出来ていた。

 そして、かなり水深が浅くなってきたところで、ようやくレイは敵の正体を理解する。


「触手を見れば予想出来たけど……やっぱりクラゲか! 厄介な!」


 クラゲらしくなく海中を素早い動きで泳ぐその様子は、半透明な身体だけあって非常に見つけにくくなっていた。

 それでも水深の浅さと、常人よりも非常に鋭い五感を持つレイだからこそ、その姿をしっかりと発見出来たのだろう。


「けど、一度見つけてしまえば逃がしたりはしない。セト、一度でいいから海面に近づいてくれ!」


 セトに呼び掛けながら、レイは持っていた槍をミスティリングに収納し、ワイヤー付きの銛を取り出す。

 レイの指示に、セトは鳴き声を上げながら海面に近づいていく。

 当然海面に近づくということは、それだけ多くの触手に攻撃されるということを意味するのだが……


「グルルルルルゥ!」


 セトの口から吐き出されたファイアブレスの炎は、海上に出ていた触手の多くを焼きつくす。

 勿論ファイアブレスの炎が吐き出されるのは、セトの口……つまり、セトの見ている方にしかファイアブレスを吐き出すことは出来ない。

 セトの下や横、更には後ろから迫ってくる触手は無傷となる。

 だが、セトにとってはそんなのは全く関係がない。

 何故なら、触手の速度では翼を羽ばたかせた自分の速度に絶対追いつけないと、そう理解していた為だ。

 そして実際、そんなセトの予想は正しく、触手が追いつくことは出来なかった

 ……もっとも、モンスターの方も今まで逃げ回っているだけだったセトが、まさかいきなり自分目がけて向かってくるとは思っていなかったのだろうが。

 セトの背の上で、レイは銛を手にしてやったりといった笑みを浮かべる。

 今まで散々回避に専念してきた、その結果がこうして相手を油断させることに繋がったのだ。

 そして、レイは海面が近づいてくるのを確認し、自分が握っている銛をしっかりと掴み……


「セト!」

「グルルゥ!」


 レイの呼び掛けにセトは大きく翼を羽ばたかせて、強引に進行方向を変える。

 それこそ、まるでVの字を描くかのような、急激な上昇。

 そして上昇を始めた瞬間にレイの放った銛は、見事にクラゲの胴体を貫く。


「よし、まだ生きてるけど、後はこのまま岸の方に持っていくぞ! あの魚のモンスターの時のようにな!」


 光学迷彩のスキルを入手出来る可能性が高い魔石を持つモンスターを仕留めた――まだ生きてるが――ことに笑みを浮かべながら、レイは嬉しそうにセトに声を掛けるのだった。

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