第1681話

「グルルルルルゥ!」


 セトが高く鳴き、放たれる水球。

 レベル五になったことにより、その性能は以前よりも遙かに強くなっていた。

 直径一m程の水球が四つ、海面にぶつかった次の瞬間、その衝撃により海中に強烈な衝撃が放たれる。

 その衝撃によって気絶した魚が、海面に浮かぶ。

 以前に川でやった、岩を叩いてその衝撃で魚を気絶させる漁と同じ理屈の漁。

 そうして浮かび上がってきた魚は、そこまで大きくない魚だ。

 勿論大きくないとはいえ、それはマグロのような大きな魚に比べてのものであり、普通に食べる分には全く問題ない大きさの魚だ。

 そうして浮かび上がってきた魚を、レイはセトの背に乗りながら網を使ってすくっていく。


「グルゥ!」


 レイが網ですくった魚を見て、セトがちょうだい! と喉を鳴らす。

 そんなセトの様子に、レイは笑みを浮かべながら網の中から魚を一匹取り、後ろを振り向いているセトに渡す。

 クチバシで素早く魚を咥えたセトは、そのままこれ以上ない程に新鮮な魚を味わい、嬉しそうに鳴き声を上げる。


(刺身とかならともかく、一匹そのまま躍り食いってのはな……ああ、でもシラスとかは躍り食いとかしたような)


 レイ自身は躍り食いをしたことがないので、あくまでも想像するだけだ。

 口の中で動くのだから、食いにくいだろうなと。

 躍り食いのことを考えつつも、レイは次々と網で海面に浮かんできた魚をすくっていく。

 そうしてすくった魚を、すぐにミスティリングから取り出した網――タモのような網ではなく、獲った魚を入れる網――の中に収納する。

 全ての魚を完全に確保した訳ではないが、それでも海面に浮かんでいた魚の九割近くを網の中に入れることに成功する。


(ミスティリングに収納出来ればいいんだけど……まだ生きてるから、無理なんだよな)


 生きている生物が収納出来ないミスティリングは、当然ながら気絶している魚も収納出来ない。

 よって、魚を殺すまでは網に入れておく必要があった。


(鯖折りだっけ? 日本にいた時にTVで見た奴)


 この場合の鯖折りというのは、相撲の技のことではなく、その語源となった行為を示す。

 腐りやすい鯖は、釣ってすぐに首の骨を折って血抜きをした。

 それが鯖折りで、今レイが思いついた行為だった。

 もっとも、基本的に鯖折りというのは冷蔵・冷凍技術が発達していない時に行われたもので、ミスティリングという、収納してしまえば時間の流れがなく、鮮度はそのままという反則的なマジックアイテムを持っているレイにとっては、そこまで必須という訳ではないのだが。


「セト、かなり魚が溜まってきたし、一旦戻るぞ」

「グルゥ!」


 セトが鳴き声を上げ、そのまま翼を羽ばたかせて戻ろうとし……だが、不意にその動きを止める。

 一瞬遅れて、レイもまたミスティリングからデスサイズを取り出した。


「グルルルルゥ!」


 海面が爆発した瞬間、セトは翼を羽ばたかせて一瞬前までいた場所から上空に向かう。

 すると、セトの身体のあった場所を、大きな……それこそ体長三mを超えるセトと同じくらいの大きさの魚と思しき存在が通りすぎる。


「魚……違う、モンスター!?」

 

 正確にはそれが魚なのか、モンスターなのか、レイは一瞬で判断することは出来なかった。

 だが、とにかく襲ってきた相手であるのは間違いないのだから、大人しくやられっぱなしになる訳にもいかない。

 そして何より……


「魚かモンスターか分からないが、あれだけ食いでがある奴を逃してたまるか! セト、倒すぞ!」

「グルルルルゥ!」


 レイの言葉は、セトにとっても同意だったのだろう。鋭い鳴き声を上げ、海面に向かって水球を飛ばす。

 先程の魚の群れを襲ったのと同じ、強力な水球の一撃。

 ただ違うのは、先程は衝撃だけを魚の群れに与えるようにという狙いであり、今回は敵の身体に直接水球を当てようとしていることだった。

 今の水球の威力を考えれば、襲ってきた相手の身体を砕くのは間違いなく、食べる場所が少なくなるのは確実だろう。

 だが、海中にいる相手に対して一番効果的な攻撃がなんなのかと考えれば、現時点では水球で間違いなかった。

 姿を現しているのであれば、他に幾らでも攻撃手段はあったのだが……今の状況では、残念ながら海中にいる敵に有効なダメージを与える為の手段は多くない。

 アイスアローやウィンドアロー、衝撃の魔眼といった風に、攻撃するだけというのであれば、他に幾つか方法がある。

 だが、それはあくまでも攻撃出来る手段というだけであって、大きなダメージを与えられるかと言われれば難しい。


「ちっ、直撃は避けたか。セト、向こうが出て来たら……っと!」


 先程のように海面から飛び出してきたら、直接攻撃をと、そう言おうとしたレイだったが、向こうはまるでそんなレイの言葉を読んでいたかのように海中から何かを飛ばしてくる。

 その何かをはっきりと確認することが出来なかったレイだが、それでもデスサイズを振るって攻撃を弾くことは出来た。

 そしてデスサイズで攻撃を弾いたことで、ようやくレイは海中の存在が何を飛ばしてきたのかを知る。


「鱗、だと?」


 そう、デスサイズによって斬り裂かれ、切断された破片が太陽の光を反射し、そこでようやくレイは海中から敵が飛ばしてきたものが鱗だと知る。


(となると、モンスターか? いや、鱗を飛ばしてきたからモンスターだとは断言出来ないか。とにかく、今は敵が次の手段に出るかどうかを……)


 そう思いつつ、次々に海中から飛ばされてくる鱗をデスサイズで斬り裂いていく。

 当然のように、レイが乗っているセトも一方的にやられている訳ではない。

 向こうから攻撃が届くということは、当然のようにこちらからも攻撃が届くということ。

 次々に放たれる鱗の対処をレイに任せながら、セトは海中に水球を連続して叩き込んでいく。


「セト、王の威圧は無理か?」

「グルルルゥ!」


 レイの言葉に、水球を繰り出し、たまにアイスアローを放ちながらも、セトは無理だと鳴き声で告げてくる。

 自分より弱い相手に対しては、その動きを止めることが出来る王の威圧。

 動きを止めることが出来なくても、相手の動きを鈍らせることは可能だったのだが……それは、あくまでも王の威圧を放ちながらセトが上げる雄叫びを聞けばの話だ。

 もしくは、耳栓をしていても直接そのセトの放つ威圧感を向けられるか。

 だが……今回の敵は、海という圧倒的に自分に有利なフィールドの中に隠れている。

 最初の一撃こそ海中から飛び出すといった真似をしてきたが、それ以後は全く海中から姿を現す様子がない。

 初撃でセトとレイを食い殺す……もしくは咥えて海中に引き込むことが出来なかった以上、向こうがレイ達を警戒したのは明らかだ。

 だからこそ、こうして自分は絶対に安全だと判断している海中から、一方的に攻撃しているのだろう。


「厄介な真似をしてくれる。けど……大物としては、丁度いい。セト、一旦距離を取ってくれ! 向こうを諦めさせない程度にな!」


 レイの口から出た難しい注文。

 だが、セトはそんなレイの言葉に従ってすぐに翼を羽ばたかせながらより高い位置に……それでいて、海中から自分を狙っている相手が諦めないような位置まで上がる。


「グルゥ?」


 どうするの? と小首を傾げるセトに、レイはデスサイズを収納して、代わりに銛を取り出す。

 エモシオンで作って貰った銛……そして、レイがすっかりとその存在を忘れていた銛だ。


(モンスターなら、普通はセトの気配を感じて攻撃してこないものなんだけどな。……こうして攻撃してきてるってことは、やっぱりモンスターじゃないのか? けど、普通の魚が自分の鱗を飛ばして遠距離攻撃とかするか?)


 そう考えつつ、レイは銛を構える。

 柄の先端にはワイヤーがあり、銛を投擲した後でもなくすことがないようになっている優れものだ。

 ……何故かガランカでも同じような銛があったのだが。

 ただ、その辺はやはり田舎の村というべきか、銛についているのはワイヤーの類ではなく、細いロープだったが。


「あいつが海面近くまでやってきたら、この銛を投擲する。後はセトの力で海岸の方に引っ張っていけばそれでいい」


 レイが説明している間も、海中にいる存在からは次々と鱗が放たれている。

 だが、ある程度高度をとったこともあり、現在のセトは海中から飛ばされる鱗を悠々と回避することに成功していた。


「グルルルゥ!」


 レイの言葉にセトは鳴き声を上げ、海中の敵に向かって海から出て来いと意思表示をする。

 そんなセトの挑発ともとれる行動に、海中の存在はやがてその姿を大きくした。

 最初のように海面から飛び出すような真似はしないが、それでも上空に移動したセトとの距離を少しでも縮めるべく海面近くまではやって来たのだ。

 勿論、何かあればすぐにでも再び海中に潜れるようにしながらだが。

 しかし……レイの放つ銛は、一度刺さればそれで十分なのだ。

 銛が刺されば、後はセトの力で海岸の方に向かえば、ワイヤー付きの銛で強引に向こうを引っ張っていけるのだから。

 そうして一瞬の緊張が走り……やがてセトは、翼を羽ばたかせながら一気に海面に向かって飛ぶ。

 それこそ、傍から見ればそのまま海の中に突っ込むのではないかと、そう思える程の速度の飛翔。

 だが、それだけの速度を出すセトの背に乗っているレイは、一切動じることなく、急速に近づいてくる海面の巨大な魚影に向けて銛を構える。

 海中にいたその存在も、セトが急速に自分に近づいていることに気が付いたのだろう。

 慌てたように、海面近くからより深い場所に向かって潜ろうとする。

 しかし、既に動き出しているセトとこれから深い場所に潜ろうとするのでは、どうしても後者の方が不利だ。

 この場合、今までセトの攻撃から身を守ってくれた海水が、動きを阻害する敵となる。

 そうして真っ直ぐに降下していったセトは……海面にぶつかる直前、大きく翼を羽ばたかせて急降下から一転真上に向かって飛ぶ。

 もし何も知らない者が今のセトを見れば、まるでセトが海面にぶつかって跳ね返ったようにすら見えただろう。

 それこそ、海を使った三角跳びをしたかのように。

 そんなセトの背に乗っていたレイは、三角跳びの如き動きをセトがした瞬間、一番海面に近くなったその瞬間に、銛を海中に向けて投擲していた。

 いつも行っている槍の投擲であれば、足から身体、身体から腕といった具合に身体の捻りを伝えて、最大限の一撃を放っていただろう。

 だが、今回はセトに乗っているということもあり、そこまでの威力は出せない。

 代わりに、セトが限界近くまで海面に向かって接近しており、その速度がレイの放つ銛の威力に加算されていた。

 そしてワイヤーを通じて銛が敵の身体に突き刺さる感触がレイの手の中に残り、同時にセトが急上昇したことによって手の中にはワイヤーを通じて敵の重量がそのまま掛かる。

 体長三mを超えるセトと同程度の大きさの敵だ。当然その重量はセトと同様……いや、海から引き上げられるということで、その抵抗力も考えれば、その重量は明らかにセトより上だろう。

 そんな重量の掛かったワイヤーを、レイは自分の手だけで捕まえていた。

 もしそのワイヤーを握っているのが普通の漁師であれば、手に大きな怪我をしてもおかしくはないだろう、それ程の強烈な圧迫感。

 だが、そのワイヤーを握っているのは、魔人と呼ばれたゼパイルやその一門の技術を結集して生み出された、レイの肉体だ。

 その程度のことで、どうにかなる筈がない。


「痛っ! くそっ、随分と強い引きだな!」


 ……もっとも、痛みがないという訳ではないのだが。


「グルゥ!?」


 大丈夫!? とセトが自分の背中に乗っているレイを見る。

 そんなセトに対し、レイは問題ないと頷いてから口を開く。


「セト、岸の方に移動してくれ!」

「グルルルゥ!」


 レイの頼みに、セトは即座に岸に向かって飛び始める。

 そうなればセトの背に乗っているレイも岸の方に向かい、レイが握っているワイヤーも……そしてワイヤーと繋がっている銛が突き刺さっている相手も、一緒に岸に向かうことになるのは当然だった。

 当然、銛の刺さっている相手はそれを嫌がって何とか抗おうとするが……先程のように完全にセトと離れている状況であればまだしも、今は銛とワイヤーとレイで、セトと相手は繋がっている。

 そうである以上、そう簡単にセトの力に抗える筈もなく……次第にレイとセトは岸に向かって近づいていく。

 岸に近づけば海の深さも浅くなり、それでも尚セトは速度を緩めるようなことはなく……最終的にレイとセトが岸に到着した時、銛の突き刺さった相手は身体中を岩で擦られ、傷だらけとなっていたのだった。

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