第1601話

 ギルムに行くというのは、レイが思っていたよりも多くの者に賛同を得られた。

 当然その場にいた全員が……という訳ではない。

 自分の故郷に帰りたいと希望する者もいたし、レジスタンスの中には、故郷であるレーブルリナ国に残りたいと希望する者もいた。

 それでも、全体で見れば八割……もしかしたら九割程の人員がギルムに行くことを承知したのだ。

 それはレイにとって嬉しい誤算だったが、人数が多いということは、その者達を引き連れていくのは目立つということでもある。


「いい? 私達が戻ってくるまでは、レジスタンスとしての活動は極力しないでいてね」

「分かったよ、スーラ。心配するなって。俺達だって、スーラがいなければ何も出来ないって訳じゃないんだ。スーラが戻ってくるまではしっかりと隠れてるさ。それに……レイの言ってることが真実なら……」


 そこで一度言葉を止めた男は、三人の女――それも全員が極上の美女――と話しているレイに視線を向ける。

 どこかレイに声が聞こえないようにと、声を潜めながら再び口を開く。


「ミレアーナ王国から使節団が向かってるんだろ? それに関連してレーブルリナ国とジャーヤは敵対したって話だし。どっちにも俺達に手を出す余裕があるとは思えねえよ」

「だと、いいんだけど。けど、決して安心は出来ないわ」


 レーブルリナ国にしろ、ジャーヤにしろ、レジスタンスという組織は非常に邪魔な存在なのは間違いなかった。

 また、自分達が行ったこと……他国から女を強引に連れ去り、奴隷の首輪を使って強制的に娼婦をさせ、黒水晶を使って妊娠した子供を巨人にし、最終的にはその巨人に母親を生きたまま内側から喰らわせるという、非道。……いや、外道と表現する方が正しいか。

 それらの事実の詳細をレイから知らされただろうレジスタンスを、レーブルリナ国やジャーヤが放っておくとは、到底スーラには思えなかった。


「心配するなって。お前がいなくても何とかなる。少しは俺達を信じろ」

「それは……分かってるけど」


 そう言いながら、スーラはどうしても仲間の心配をしてしまう。

 やっぱり自分もレイと一緒にギルムに向かうのではなく、ここに残った方がいいのでは?

 そんな風にも思ってしまうのだ。

 だが、レジスタンスの中にもギルムに移住することを決めた者はいる。

 家族や恋人がいる者達の中には移住しようとすぐに決められる者はいなかったが、それは逆に言えば残していく者がいない者にとっては移住を決意するには十分でもあった。

 そのような者達と、今回レーブルリナ国で起こった出来事をしっかりと報告する為にも、スーラはレジスタンスを率いる者として自らが出向く必要があった。

 勿論ただダスカーと話をするだけであれば、対のオーブという手段がある。

 しかし、今回のような場合は、直接スーラが出向くことにこそ意味がある。

 ……これで、レジスタンスとしてレーブルリナ国を離れることが出来ないような事態でもあれば話は別だったのだが、今回の一連の騒動でレジスタンスは大きな目的を既に果たしており、現在急いでやるべきことはない。

 敢えて言うのであれば、今回の一件に関わっていたことにより復讐されるかもしれないということだろうが……それは息を潜めていれば大丈夫な筈だった。


「ま、こっちは俺達に任せて、スーラはレジスタンスの代表として、頼むぞ」

「ええ。……気をつけて」


 スーラは、話していた男と……それ以外にも近くにいたレジスタンスの者達に対しても視線を向け、その場で踵を返す。

 出発するまでにはまだ多少時間があるが、それでもこれ以上仲間と一緒にいれば色々と駄目なところを見せてしまうと思った為だ。

 そうして仲間と離れたスーラを見送ったレイは、エレーナ達との話を終え、一旦メジョウゴに戻っていた女達から手渡される荷物を次々にミスティリングへと収納していた。

 もっとも、千人近い人数だ。一人一人の荷物を預かっている時間はないので、適当な入れ物に纏めてそれを収納するといった形だが。

 また、女達もメジョウゴで自分の荷物となると、そこまで多くはない。

 それこそ、娼婦として働いていた時の服を下着代わりに着替えとして持ってくる程度だろう。


「レイ、こっちは終わったわ。それで、そっちはどのくらい掛かりそう?」

「そんなに時間は掛からない。ただ……途中で服を買ってくる必要はあるだろうな」


 メジョウゴにいたジャーヤの兵士達から服を奪った者、先程の戦いで死んだジャーヤの兵士達の中でも、大きな傷のついていない服を着ていた死体から奪った者、レジスタンスから差し入れされた服にありつけた者。

 そのような者達もいたが、千人近い人数だけに、全員に服が行き渡るわけではない。

 そうなれば、当然どこかで服を用意する必要があった。

 ミスティリングの中には多少は服が入っているが、とてもではないが全員に行き渡らせるだけの量はない。


(一応布は何かに使えるかもってことでミスティリングの中にある。針は……ビューネの長針で何とか出来なくもないか? 糸があれば、適当に服らしいものを作ることは出来るか?)


 服を纏めて買うよりも、布で服を作った方が早いのではないかと思うレイだったが、そもそも服を作ることが出来る者がいるという前提での話になるし、服を持っていない全員分をというのも、また厳しいものがあるだろう。


「夜になる前には出発するから、それまでは休んでいてくれ」


 そう告げるレイの言葉に、ギルムに行く者達はそれぞれが返事をして身体を休める。

 そんな者達を一瞥し、自分の方に近づいてくるスーラを見て、ふと気が付く。


「ん? なぁ、スーラ。シャリアはどうしたんだ?」


 戦場でもかなりの活躍を見せていた、顔見知りの獣人の名前を出すレイ。

 だが、そんなレイの言葉に、スーラは視線を少し離れた場所に集まっている集団に向ける。

 様々な女の獣人達が集まってるその中央で、シャリアは夏の夕日をものともせずに横になっていた。

 戦いの疲れを癒やしているのだろうというのは、レイにも理解出来る。


「向こうか。……で、シャリア達もギルムに来るのか? 個人的には、出来れば来て欲しいんだけど」


 シャリア率いる獣人部隊は、レイの目から見ても先程の戦闘でかなりの活躍をしていた。

 レイにとっては、是非一緒に来て欲しい者達だ。

 ここからギルムまでは、馬車で一ヶ月程度。

 千人近い人数で移動するのに馬車を使える訳もない以上、歩いて移動することになる。

 そうなると、二ヶ月、三ヶ月……場合によってはもっと掛かるのは間違いない。

 ギルムに到着するのは秋、もしくは初冬となる可能性も決して低くはないのだ。

 そんな状況でレイが一緒にいられる筈もなく、恐らくレイは早い内にこの集団から離れてギルムに戻り、増築工事の手伝いに回ることになる。

 その後もセトに乗ってこの集団にやってくることはあれど、ずっと一緒に行動するというのはまず不可能だろう。

 だからこそ、腕の立つ護衛は必要だった。


(最悪、どこかで冒険者を雇わなきゃいけないだろうけど……出来ればあまり部外者は入れたくないんだよな)


 この一行の九割……いや、九割五分以上が女で構成されている集団だ。

 おまけに娼婦をさせる為に強引に連れてこられた女達だけあって、顔立ちが整っている者の方が多い。

 勿論、それで美人と感じるかどうかというのは、その人の感性によっても違ってくるだろう。

 だからこそ、絶対にという訳ではないのだが、それでもこれだけの女がいるとなれば、妙な考えをする者が集まってくるのは避けられない。

 余計な騒動を起こさない為には、護衛も女だけで結成されたパーティに頼むのがいいのだが……女だけのパーティで、更には一定以上腕も立つというのは、そんなに多くはない。

 そういう意味で、やはりシャリア率いる獣人の女達は非常に魅力的な戦力なのは間違いなかった。


「安心して。全員ギルムに行ってくれるそうよ」

「そうか」


 スーラの言葉に、レイは安堵する。

 勿論シャリア達だけでこれだけの人数全員を守れるとは思っていないが、それでも戦力としてはかなり有力な者達なのだと、そう安心出来たのだ。


「それで、食料とか飲み物とかは、レイに任せてもいいのよね?」

「ああ、そっちは問題ない。それに最悪、動物かモンスターを狩って食料にすることも出来るしな」


 レイのミスティリングの中には、大量の食べ物が入っている。

 それこそこの程度の人数であれば、半年やそこらは余裕で食べさせることが出来る程度には。

 ましてや、レイと一緒に行動しているのは、グリフォンのセトなのだ。

 動物やモンスターといった存在を狩るのは、非常に容易いのは間違いない。


「そう、ならよかった。それにしても、よくこれだけの人数の食料と飲み物をどうにか出来るわね。……それも、アイテムボックスの力?」

「そうだな。それは間違いじゃない」


 実際、ミスティリングがなければ、これだけの人数の食料をどうにかするというのはまず無理な話だ。

 食料を用意することは出来ても、今は夏だ。

 時間が経てば腐ってしまうのは確実だった。

 ミスティリングの中にあれば時間が停まったままだからこそ、必要な時に必要な食べ物を取り出すといった真似が出来るのだ。


「羨ましいわね」


 しみじみと呟くスーラ。

 レジスタンスを率いている者として、アイテムボックスがあれば……と、そう思ったことが、今まで何度もあったのだろう。

 生物を収納することは出来ないが、武器や防具、食べ物……それ以外にも様々な物を収納出来るのだ。

 組織を……それもレジスタンスのような、秘密裏に動く必要がある組織を率いる者としては、それを羨ましく思うのは間違いなかった。


「まぁ、希少なのは間違いないしな。ただ、アイテムボックスじゃなくても、劣化版とかは売ってるんだろ?」

「……売ってるけど、とてもじゃないけど私には手が出せない値段なのよ。貴族とか、稼いでいる冒険者なら何とかなるでしょうけど」


 金持ちめ……といった視線をレイに向けるスーラ。

 もっとも、レイの持っているミスティリングは、別に金で入手した訳ではない。

 レイがこの世界に来た時、既に用意されていた物だ。

 もっとも、それを知れば余計にレイを羨ましく思うだろうが。

 寧ろ余計に恨めしそうな視線を向けてもおかしくはない。


「とにかく、何度も言うようだが出来るだけ準備は急いでくれ。ちなみに、基本的に野宿になるから、そのつもりでな。……俺は自分のテントがあるから、それを使うけど」


 女に……それもジャーヤの被害者と言っていい女達に、お前達は外で寝ろ。自分はテントで寝る。

 そう言ったレイだったが、スーラはアイテムボックスの時と違い、不満そうな様子は見せない。

 スーラにも、分かっているのだ。レイ達が自分達の為に出来るだけ手を打ってくれているということは。

 実際、千人近い人数の食べ物を数ヶ月分用意するというだけで、普通であればとんでもない出費となるのだ。

 ……もっとも、レイの場合は出した分の料金は後で依頼主に要求する予定ではあるのだが。

 食料だけではない。人間が生きるに当たって必須の、水ですらレイは無料で渡すと言っている。

 普通であれば、それこそ専用の部隊か何かがいなければ、そのような真似は出来ない。

 レジスタンスの協力があろうが、数人の冒険者達でやるべき仕事ではないのだ。

 もっとも、それが出来るのはあくまでも今が夏だからだ。

 これが冬で、しかも雪が降っていたりするのであれば、そもそもギルムまで旅をするという選択自体有り得ない。


(そういう意味では、この時季にレイ達がレーブルリナ国に来てくれたのは幸運だったんでしょうね)


 レイの言葉に頷き、自分と一緒に旅立つレジスタンスにそれぞれ指示を出しながらスーラはタイミングの良さに感謝する。


「急いでちょうだい! 出来るだけ早く出発の準備を整えるのよ! 水筒の類は忘れないで! 当然水の補給もよ!」


 夏に外を歩いて旅をする以上、水分補給は必須となる。

 勿論レイが水も用意すると言ってはいるが、だからと言ってそれに完全に甘えるような真似は出来ない。

 これだけの人数の移動なのだから、出来ることはきちんとやらなければならないのだ。


「レイ、ロッシから少し行った場所に川があるから、今日はそこで泊まるってことでいいかしら?」

「ああ、俺はそれで構わないぞ。セトがいれば、ゴブリンとかのような馬鹿じゃない限り、自分から近づいてきたりはしないし」

「……助かるわ」


 勿論夜の見張りは必須だが、それでもゴブリン程度のモンスターしか近づいてこないというのは、見張りをする方にとっては幸いだった。

 てきぱきと味方に指示を出していくスーラ。

 結局完全にメジョウゴを出発したのは、それから三十分程後のことだった。

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