第1602話
夕日が街道を赤く染め上げる中、レイ達はメジョウゴを出発し、まずはロッシを目指していた。
もっとも、ロッシを目指してはいるのだが、別にロッシに入る予定はない。
……千人近い人数がロッシに入ろうとしても、手続きだけで大きな騒動になるのは間違いないだろう。
そもそも、この一行の殆どがジャーヤによって無理矢理この地に連れ去られた者達だ。
当然のようにギルドカードのような身分証を持っている者は少ない。
もっとも、もしギルドカードの類があっても、ロッシに入るという選択肢はなかっただろうが。
ロッシはレーブルリナ国の首都であり、レーブルリナ国の上層部はジャーヤと繋がっていたのだ。
過去形となったのは、それこそ今日からであり、もしレーブルリナ国の上層部がレイ達のことを知れば、どのようにかして利用しようと……もしくは自分達のことを知られているのであればと、口封じに掛かってもおかしくはない。
勿論レイもそのような真似をさせる気はないし、向こうがそのような真似をしようとするのであれば、反撃はするつもりだ。
だが、最初からロッシに寄らなければ、そのようなことにはまずならないのも事実なのだ。
そうである以上、わざわざ今のような状況でレイがロッシに寄るという選択肢は、有り得なかった。
「ちょっと、疲れたー! 休ませてよー!」
歩いていると、そんな声が聞こえてくる。
メジョウゴを出発してから、まだ一時間も経っていないにも関わらず、そんな声が聞こえてきたのだ。
だが……レイはそんな声が聞こえてきても、足を止めたりはしない。
まだ殆ど歩いていないにも関わらず、そのような泣き言を口にするのは、それこそ我が儘に育ってきた経験からのものだと理解しているからだ。
もっとも、実際に怪我や病気で動けないのであれば、レイも多少はどうするかを考えただろう。
だが、スーラに視線を向けたレイは、そのスーラが首を横に振っているのを見て、足を止める必要はないという確信を得た。
「おい、いい加減にしろ。まだ殆ど歩いてないだろ。なのに、何でもう休もうとか言うんだよ。俺達の状況がどんなのか、お前は分かってるのか?」
近くにいたレジスタンスの男が、騒いでいる女に向かってそう告げる。
だが、その女の近くにいた別の女がそれに言葉を返す。
「何よ。元々は私達が平和に暮らしていたのを、レーブルリナ国の人間が強引に連れてきたんでしょ。なら、その分レーブルリナ国のあんた達が私達の為に働くのは当然でしょ」
「あのなぁ……なら聞くが、お前の住んでいた国のお偉いさんが何か失敗して、その責任をお前が取るのか?」
呆れたようにレジスタンスの男が呟くが、女の方は意味不明とばかりに不満そうな表情を浮かべる。
「は? 何言ってるのよ。そんな訳ないじゃない」
「……なら、それが答えだろ」
レジスタンスの男の言葉に、近くにいた別の女がまた不満を口に出す。
「それが答えって何よ。大体、私達を助けたんだから、最後まで責任を取りなさいよね」
「……おーい、スーラ。こいつらどうする? このまま連れていくのは、まず無理だぞ!」
聞こえてきたその声に、スーラはどうする? とレイに視線を向ける。
この集団を率いているのは、実質的にレイだ。
食料や水といった物もレイに頼っており、ギルムで受け入れてくれるように手を回したのもレイだ。
そうである以上、何か決める時にレイの意見を優先するのは当然だった。
「そいつらを気にする必要はない。ここからなら、メジョウゴまで戻るのも難しくないだろ。放り出せ」
だが、レイの口から出たのはそんな言葉。
その言葉に驚いたのは、スーラもそうだが、やはり不満を口にしていた女達だろう。
まさか、いきなり放り出されることになるとは思わなかったのだ。
「ちょっ、ちょっと、何でいきなりそんなことになるのよ! 私達は被害者なのよ!」
慌てたように言ってくる女の言葉を無視し、レイはその女と言い争っていた男に向かって声を掛ける。
「その女の周辺にいる奴は排除しろ。そいつらはいらない」
「ちょっ、待って、待ってってば! 何でいきなりそうなるのよ!」
「え? おい、いいのかよ本当に」
混乱した様子を見せるレジスタンスの男だったが、レイは頷き……そこで初めて女に視線を向けて口を開く。
「勘違いしているようだから言っておくが、この集団はギルムに来て下さいって俺が頼んで来て貰ってるんじゃない。行く場所、稼ぐ場所がないならギルムで引き受けてやってもいいって思ってるからこそギルムに連れていくんだ」
歩きながらの言葉である以上、誰もその足を止めたりはしていない。
実際、レイの声が届く範囲はそこまで広くないのだから、その声が聞こえているのはあくまでもレイのいる先頭付近の者達だけだったというのもあるのだが。
「この程度で弱音を吐いてるようじゃ、それこそギルムまで歩いて移動するというのは、まず無理だ。俺達と一緒にいても自分勝手な行動で周囲に迷惑を掛けるだけだから、メジョウゴに戻って暮らしてろ。取りあえずメジョウゴにいれば、家とかに困ることはないだろうし」
もっとも、メジョウゴに残っていた場合、ジャーヤの者達に見つかればどのような扱いを受けるかは分からないし、それはレーブルリナ国の軍に見つかっても同様なのだが。
その辺りは口にせず、レイは媚びる視線を向けてくる女達に向かって言葉を続ける。
「この先もずっと甘えられるのは、こっちにとっても面白くない。だから、お前達は一緒に来なくていい。分かったな? なら、さっさと戻れ」
「ちょっ、ちょっと待って! 冗談、冗談だから! 本気じゃないって!」
レイの様子から、限りなく本気で言っているというのが分かったのだろう。
最初に疲れたと口にした女が、慌てたようにそう告げる。
口を開いた女とその周辺にいる女達を見て、レイはどうするか迷う。
本音を言えば、このまま連れてくと面倒なことになりそうな気がする。
レイがいるうちはいいだろう。
だが、レイがいなくなれば、恐らくは再び我が儘を言うのは間違いないと思えた。
もっとも、この集団にその我が儘を聞くような余裕はない。
女達が身体を使って男を取り込もうにも、集団の九割以上が女なのだから、そのような相手も非常に少ない。
……ただし、それだけに男に取り入ることが出来れば美味しい思いを出来るかもしれないと考えている者もいるのだが。
ただ、強引に娼婦をさせられていた女達にしてみれば、そうやって身体を使って男に取り入るということには嫌悪感を覚えている者の方が多い。
(出来ればここで排除してしまった方がいいんだが……ここでいきなり強権を振るってしまうと、この先で他の連中が萎縮する可能性もあるか。そうなると、俺がいる時はいいけど、いない時には色々と面倒なことになりそうだし)
少し考え、レイはスーラに視線を向ける。
「この判断はお前に任せる。俺がいない時はスーラがこの集団を引っ張っていくことになるんだから、お前のやりやすいようにしてくれ」
結局スーラに任せることにする。
面倒そうな女に関わるのが嫌だったというのもあるが、やはりレイがいない時のことを考えると、スーラの判断に任せた方がいいと考えた為だ。
もっとも、集団を仕切るという点においては、レジスタンスを仕切っていたスーラの方がレイよりも慣れているのも事実なのだが。
「え? ちょっと、私? えっと……そうね」
突然話を振られたスーラは、驚きながらも女達の方を見る。
女達も、スーラの判断によってはここで切り捨てられる以上、迂闊な言葉を発するわけにはいかない。
スーラは不満を口にし、それに同意した女達に視線を向ける。
年齢では、同年代か……もしくは、スーラの方が年下だろう。
それでもこの場において力があるのは、明らかにスーラの方だった。
それが分かっているだけに、女達も迂闊なことは口に出せないのだろう。
やがて、スーラが言い聞かせるように口を開く。
「今回は見逃すけど、これから我が儘を言ったら出ていって貰うわ。勿論、それが嫌だからといって、途中で寄る村や街で自分から離れていくのは構わないわ。いいわよね?」
最後通牒……といった様子のスーラの言葉に、女達は黙って頷く。
実際、この程度で最後通牒は厳しいのでは? とスーラも思ってはいる。
だが、今この場で妥協をすれば、この先も同じような騒動を引き起こす者が多くなり、その度に妥協をしていかなければならなくなるのではないか。
そんな思いが、最後通牒としての言葉を口に出したのだ。
「これでいい?」
「いいんじゃないか? 不満を持っている奴は、旅の途中で離れていくだろうし」
現在は千人近い人数がいるこの集団だが、レイの予想ではギルムに到着するのは半分……とまではいかないが、それでも七百人くらいになるのではないかと、そう予想している。
ギルムに到着するまでに自分の故郷がある者は、当然そこでレイ達と別れるだろう。
また、その途中で寄った村や街を気に入り、そこに住むということを考える者がいてもおかしくはない。
この集団を率いているレイやスーラ達が気に食わず、離れていく者もいるだろう。
中には、病気になったり怪我をしたり……何より盗賊に襲われるという可能性も決して低くはない。
モンスターや動物といった者達は、今はセトがいるので襲われる心配はない。
だが、盗賊にとってこの集団は絶好の獲物以外のなにものでもないだろう。
大勢で守っているのであればまだしも、これだけの人数を少数で守るというのはどうしても無理がある。
(可能なら、レーブルリナ国を出てどこかの村や街で護衛の冒険者を雇った方がいいだろうな。いや、村だと冒険者の数は少ないし、質もそこまでは高くないか?)
スーラの様子を見ながら、レイはこれからのことを考える。
ギルムからレイ達が出発するよりも先に出た使節団が、今どこにいるのか。
その辺りが分かれば、どの辺りで合流したのかといったことも分かるようになるのだろうが……それは難しい。
ギルムにいるダスカーとであれば、対のオーブを使って連絡を取ることが出来るのだが、それはあくまでも特別だ。
結局のところ、レイ達が使節団を見つけて接触するしかないだろう。
(具体的に、今どこまで来ているのかを知ることが出来れば、ある程度の位置も特定出来るんだけど)
使節団というのは、レーブルリナ国に見つからないような道を通ったりしなければならない訳ではなく、堂々と街道を通ることが出来る。
勿論、場合によっては人目に付かない方がいい場合の使節団の類もあるのだが、今回に限ってはそのようなことは一切ない。
正々堂々とレーブルリナ国を訪ねることが出来るのだ。
そうである以上、街道を辿っていけばレイ達は自然と使節団と合流出来る筈だった。……もっとも、使節団が妙な場所に寄り道をしていなければの話だが。
ダスカーがわざわざ派遣した使節団である以上、そのような真似をするとはレイには思えなかった。
「グルゥ」
どうやって合流したものかと考えていたレイだったが、隣を歩いていたセトが喉を鳴らす。
そんなセトの視線を追えば、その視線の先にあるのは夕日に照らされて、まるで燃えているかのように見える、赤い林。
だが、レイにはセトが夕日に染まった林を見て喉を鳴らした訳ではないことは、その鳴き声から理解していた。
「敵?」
レイとセトの様子を見て、そう判断したのだろう。近くを歩いていたヴィヘラがレイに尋ねる。
「ああ。ただ、問題なのはどこの勢力か、だな」
「考えられるのは、ジャーヤの追っ手か、それともレーブルリナ国の軍隊か」
「意外と、どっちとも関係のない盗賊とかって可能性もあるかもしれないな」
そう告げるレイだったが、本人がそれを事実だとは思っていない。
一応、レイが以前ジャーヤの息の掛かっていない盗賊に襲われたことはあったのだから、可能性としては皆無という訳ではないのだろう。
だが、あのこと自体がイレギュラーなものであり、そのようなイレギュラーは非常に希だからこそイレギュラーなのだ。
「で? どうするの? 殲滅する? 燃やしつくす?」
「あのな……何でそう、物騒な方向に話を持っていくんだ?」
そう言いつつ、レイも殲滅した方が手っ取り早いのでは? という思いはあった。
レイが得意とする炎の魔法は延焼が怖いので、魔法を使うという選択肢はなかったが。
「そう? でも、向こうに渡るこっちの情報は、少なければ少ない程いいんじゃない?」
「それは否定しない。……そうだな、ならあの林の近くまで行って、まだ向こうが動かないようなら殲滅を任せる。ただ、一応向こうがどこの所属なのかを確認してから頼むぞ。実は、俺達に驚いて隠れているだけって可能性もあるんだし」
客観的に見れば、殆どが女だけで構成された、千人近い集団。
しかもその先頭にはグリフォンのセト。
何も知らないのであれば、危険な集団と判断して近くの林に避難してもおかしな話ではなかった。
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