第1598話
「さて、まだ無事だといいんだけどな」
対のオーブを使っての、ダスカーとの会談が終わってから数分……レイの姿は、空にあった。
勿論レイが直接飛んでいるのではなく、いつものようにセトに乗っての移動となる。
そしてセトの足の先には、エレーナ達が入っているセト籠の姿。
本来なら、リュータス達を戦場に連れていくというつもりはなかった。
レイ達にしてみれば、常人よりは腕が立つが、腕利きとは呼べない程度の強さしかないリュータスや護衛達は、邪魔ですらあったのだから。
もしレイ達と一緒に戦場に向かうのであれば、最低でもビューネくらいの技量は欲しいというのが、レイを含めた紅蓮の翼の正直なところだ。
そのような状況にも関わらずリュータスを連れてきたのは、やはりリュータス達の立場がある。
ダスカーから、リュータスは色々と使える人物なので、ジャーヤの暗殺者といった者達から守るようにという依頼を追加で受けたのだ。
レイ達がメジョウゴに戻るのであれば、刺客が来た場合を考えると、リュータス達を森に残していく訳にもいかない。
戦場ではジャーヤの兵士とレジスタンスが戦っているので、そちらも安全とは言いがたいのだが……それでも、森に残しておくよりはレイ達の側にいた方が安全だろうと判断し、こうして行動を共にしている。
(後衛のマリーナの側に置いておけば、元々の護衛もいることだし、多分安全だろ)
そんな計算もある。
「っと、見えてきたな。……厄介な。いや、当然かもしれないけど」
森を飛び立ってから、数分と掛からずメジョウゴの姿が見えてくる。
メジョウゴが見えれば、当然ながらその門の側で行われている戦いも見て取れる。
それを見てレイが微かに眉を顰めたのは、戦場が乱戦になっているからだろう。
レイ達がメジョウゴを脱出する際、馬車を空中から落とすといった真似をした時は、まだお互いの陣営が接触していない状態だった。
だからこそ馬車を落とすといった真似が出来たのだが。
しかし、今は乱戦状態となってお互いの陣営が混じり合っている。
つまり、ここでレイが得意とする広範囲殲滅魔法の類を使えば、ジャーヤだけではなくレジスタンスや女達に対しても被害を与えることになってしまうのだ。
レジスタンスを……正確にはレジスタンスが率いている女達をギルムに連れてくるように要請されているレイとしては、そのような真似が出来る筈もない。
もしそのような真似をしてしまえば、レジスタンスや女達がレイを信じるといった真似はしなくなるだろう。
そうならないようにする為には、やはり纏めて燃やしつくすなどという真似をする訳にはいかなかった。
「しょうがない。セト、戦場から少し離れた場所に下りてくれ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かったと鳴き声を上げ、まずはセト籠を下ろすべく地上に下りていく。
そうしてまずはセト籠を地上に降ろすと、一旦上空に戻ってから、再び地上に下りる。
セト籠があれば、カモフラージュ能力でそのような姿も目立たなかっただろう。
だが、セト籠を地面に置いた為に、そんなセトの姿は戦場の中からでも気が付く者が出てきた。
それは、レジスタンスであろうが、ジャーヤの兵士であろうが、変わらない。
……もしレイ達が馬車を落とした者達であると知っていれば、ジャーヤの兵士達にも大きな混乱は起きたのだろう。
だが、レイが馬車を空中から落とした時には、セト籠の存在があった。
レジスタンス側からは見えたその光景も、ジャーヤの兵士達からは見えない。
よって、この時点でジャーヤの兵士達は、この戦いの最初に自分達に大きな被害と混乱を与えたのがレイ達だとは、全く理解していなかった。
そんな者達の視線を受けつつ、レイ達は行動に移る。
もっとも、何も言わずに戦場に乱入するような真似をすれば、最悪どちらからも敵扱いされかねない。
そうされない為には、前もって話を通しておく必要があった。
「俺はレジスタンスを率いてるスーラに話を通してくる。マリーナはここでリュータスの護衛をしながら援護。エレーナとヴィヘラ、ビューネの三人は戦場に向かってくれ。ただし、あくまでも攻撃するのはジャーヤの兵士達な」
「どうやって見分けろと?」
そう尋ねたエレーナの視線は、戦場に向けられている。
勿論レジスタンス側の戦力は、女が多い。
だが、ジャーヤの兵士全員が男という訳ではなく、レジスタンス全員が女という訳でもない。
そうである以上、下手に攻撃すればジャーヤの兵士ではなくレジスタンスの兵士に攻撃するという可能性も十分にあった。
「単純に聞けばいいんじゃないか? それと……美人なのはレジスタンス側に多いと考えてもいい」
当然ながら、娼婦というのは美人であれば人気が出る。
恋人にするのなら性格も必要になるが、娼婦は基本的に一晩の相手なのだから、どうしても美人が必須となるのだ。
ましてや、ジャーヤは奴隷の首輪で洗脳することが出来たのだから、性格は問題にならなかった。
つまり、美人や可愛いと言われる者達を優先して連れ去っていた筈だった。
(彼女達から美人だと見られるのは……色々と複雑だろうな)
早速乱戦の中に向かった三人の姿を、そしてセトに乗ってレジスタンスの本陣に向かったレイを見ながら、リュータスはそんな風に思ってしまう。
美人を探しているエレーナ達自身が、とてつもない……それこそ戦闘の途中であっても目を奪われてしまう程の美人なのだ。
そのような人物に美人として探されるのは、女としてのプライドが傷ついてもおかしくはないだろう。
そういう意味では、エレーナやヴィヘラよりは、ビューネに探される方が多少なりともマシだった。
ただ、それもビューネがまだ小さく、美人ではなく可愛いと呼ぶべき容姿だからであって、将来的にどうなるのかは分からなかったが。
(そうなると、マリーナが向こうに行かなかったのは……せめてもの救いといったところか)
精霊魔法を使い、ジャーヤの兵士だと思われる何人かの男を風の刃で斬り裂いているマリーナを眺めつつ、リュータスは一応何があっても対応出来るように護衛達と周囲の様子を警戒するのだった。
「ちょっ、何よあれ!」
突然戦場に降下してきたセトの姿を見て、レジスタンスの指揮を執っていたスーラが驚く。
勿論そのセトが何を意味しているのかというのは知っていたが、まさか戦場に再び戻ってくるというのは、予想外だったのだろう。
一応レイ達とは協力関係にある以上、敵に回るということは考えていなかったが、それでも一度去ったレイ達が再び戦場にやってきたのだ。
そこには何らかの意味があると考えるのは当然であり、もしかしたら……本当にもしかしたらだが、何らかの理由でジャーヤに協力をすることになったという可能性も皆無ではなかった。
その為に警戒していたのだが、やがてセトに乗ったレイが自分のいるレジスタンスの本陣にやってくるのを見て。取りあえず敵対する意思はないのだろうと判断する。
もし敵対するのであれば、それこそ武器を手にしている筈なのだから。
……もっとも、レイの場合はミスティリングからいつでも武器を取り出すことが出来るし、何より素手であってもその人外の身体能力で凶悪な殺傷能力を持つ。
何より、素手であっても乗っているセトの能力を考えれば、それこそ敵対しないと考えるのは甘いだろう。
それでもスーラが近づいてくるレイとセトの姿に迎撃の態勢を取ろうとした味方を抑えたのは、レイに対する信頼が多少なりともあったからだろう。
「通して! そのグリフォンは味方よ!」
正確にはまだ味方だと決まった訳ではなかったのだが、スーラはそう叫ぶ。
グリフォンのような高ランクモンスターがいきなり姿を現したことにより、混乱するのではないかと、そう思ったからの叫び。
実際、レイと行動を連携しているというのを知っているのは、あくまでもレジスタンスの者達だけだ。
現在多くいる、娼婦から解放された女達にしてみればレイと協力しているということは知らされていない。
である以上、下手をすれば高ランクモンスターが自分達に向かって襲い掛かってくると判断し、混乱し……下手をすれば、レイに向かって攻撃をする可能性もある。
それを避ける為のスーラの叫びだった。
幸いにもそんなスーラの叫びは、周囲にいる者達が混乱するよりも前に耳に入り、セトの進路上にいる者達は大人しく道を空ける。
自分のすぐ側をグリフォンが……ランクAモンスターが通るということで、皆が夏にも関わらず冷たい汗を流す。
だが、当然セトがそのような者達に攻撃をするようなことはなく、あっさりとスーラの前に到着する。
「どうやらまだ無事だったみたいだな」
「……無事も何も、いきなりグリフォンに乗って現れた相手に突撃されたんだけど」
不満そうに告げるスーラだったが、それに対してレイは不敵な笑みを浮かべて口を開く。
「俺達がここから脱出する時、お前達の援護をしてやっただろ?」
「そうね。あれは助かったわ」
実際、数台の馬車が空高くから落下してくることにより、ジャーヤの兵士達が受けた被害がかなり大きい。
直接的なダメージだけではなく、自分達が予想もしていなかった場所から不意を突かれたというのが精神的にも大きなダメージとなったのだ。
戦っている最中に、もしまた同じような攻撃をされたら? と、そう思えば、ジャーヤの兵士達は無傷の者でも目の前の戦闘に集中は出来ない。
それが、戦力において劣っているレジスタンスが、多少押され気味であっても互角に戦えている理由の一つであるのは間違いなかった。
「けど、本気で私達に味方をしてくれるのなら……ローラ、シャリアの部隊が囲まれそうよ! 援護に行って!」
レイと話している間も、スーラの視線は細かく戦場に向けられている。
そうして指示を出しながら、再びレイに向かって話し掛ける。
「見ての通り、悠長に話してられる時間はないんだ。率直に聞かせて頂戴。何の為に戻ってきたの?」
「お前達に協力する為だ」
「それは……」
レイの言葉に、スーラは一瞬言葉を詰まらせる。
周囲にいる者達の中で、レイの正体を知っている者の中には喜びの表情を浮かべる者も多い。
当然だろう。一軍とすら個人でやり合えるだけの力を持つ冒険者が、自分達に協力してくれるというのだから。
それこそ、これで戦いは勝ったと断言しても間違いではない。
だが……レジスタンスを率いているスーラは、そう簡単にレイの言葉を信用は出来ない。
「助けてくれるのはありがたいけど、なら何でさっき向こうに攻撃した時に、そのままこっちに協力してくれなかったの?」
それは、暗に何か別の思惑があるのだろうと、そう告げている。
実際、それは間違いではない以上、レイも特に隠しもせずに頷く。
「ああ。俺の雇い主から伝言だ。お前達はメジョウゴを脱出しようと思ってるようだが、これだけの人数を引き連れてどこに行くつもりだ?」
「それは……」
言葉に詰まるスーラ。
当然だろう。元々はこのような事態が起こるとは、一切考えていなかったのだ。
まさか、いきなり奴隷の首輪が全て破壊され、娼婦をさせられていた女達が我に返るとは……と。
もっとも、そうなるように事態を動かしたのはレイなのだが。
「ここを脱出しても、行くべき場所はない。かといって、このメジョウゴに残るのも色々と不味い。違うか?」
「……そうよ」
結局スーラは、そう言ってレイの言葉を認める。
実際、レジスタンスの中でもそのような意見は多かったのだが、当の女達の大半がそもそもここに残るのを嫌がった。
それ以外にも、ここにいてはジャーヤの者達に襲撃される可能性があるという点も大きい。
だからといって、このメジョウゴを脱出しても行くべき場所がないのは間違いないのだが。
「そんなお前達に朗報だ」
「朗報?」
レイの言葉に、スーラは不思議そうにレイを見る。
「ああ。単刀直入にって話だったから、率直に言おう。ギルムの……ミレアーナ王国のギルムの領主ダスカー様が、お前達を迎え入れてもいいと言っている。それも、解放された女達だけじゃない。お前達レジスタンスも含めてだ」
「何で?」
素早い返答だったが、それがスーラにとってはレイの言葉を聞いて感じた疑問だった。
「何で、ミレアーナ王国の貴族がそこまでしてくれるの?」
あまりに条件が良すぎる。
そんなスーラの疑問は、周囲で二人の会話を聞いていた他の者達にとっても同様だった。
「まあな。正直なところ、俺もそう思う。ただ、理由はあるんだよ。知ってるかどうかは分からないが、今ギルムでは増築工事が行われている。その為、人手は幾らあっても構わない。また、これは詳しく言えないが、増築工事が終わった後でもまだ仕事は色々とある」
その言葉は、間違いのない事実だった。
ギガント・タートルの解体、砂上船の改修作業に新規製造作業等々。
他にも、ギルムは増築工事で広がるのだから、当然多く住人が欲しい。
「……さて、どうする? ここからはお前の返答次第だ」
そう告げるレイの言葉に、スーラは少し考え……やがて、意を決したかのように口を開く。
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