第1597話
今日メジョウゴを襲撃するという話は、当然ながら前もってダスカーには知らせてある。
そうである以上、当然のようにすぐにその結果を知りたいダスカーは、レイの対のオーブを預けられているアーラを領主の館に来るようにと手配させていた。
だからこそエレーナが対のオーブを使うと、すぐに向こうからの反応がある。
『エレーナ様、どうやら無事だったようですね』
対のオーブに映し出されたエレーナの姿を見て、アーラは心の底から安堵の息を吐く。
勿論、アーラはエレーナがどれだけの力を持っているのか知っている。
それでも、やはりエレーナに心酔している者として、無事な姿を見れば安堵するのだろう。
「ああ、こちらは全く問題がない……という訳ではないが、それでも予定通りの行動は無事に完了した。予定外の結果も幾つかあったがな」
『予定外の結果、ですか?』
少し離れた場所にいるリュータスやその護衛達の姿は、アーラには見えないのだろう。
どこか心配しているように尋ねるアーラに、エレーナは問題ないと首を横に振る。
「こちらは問題がない、とそう言っただろう? その言葉に嘘はない。だが、多少ダスカー殿に相談をする必要があることが出来てな。アーラ、お前が今いるのは領主の館か?」
『はい、今日はこちらに詰めるようにと言われてましたので』
これが自分の利益しか考えていないような貴族の言葉であれば、アーラも聞くようなことはなかっただろう。
だが、ダスカーがそのような貴族ではないと、アーラは知っている。
何だかんだと、関わることが多くなったからそれも当然なのだろう。
エレーナも、そんなアーラの気持ちは理解しているのか、笑みを浮かべて口を開く。
「そうか、では早速だがダスカー殿に代わってくれ」
『分かりました』
そう言いながら、アーラは少しだけ残念そうな表情を浮かべる。
エレーナに心酔しているアーラとしては、出来ればもっとエレーナと話したかったのだろう。
だが、普段ならともかく、今は長々と話をしているような暇はない。
「アーラとの話は今夜にでも出来るだろう?」
『はい!』
エレーナのその言葉がアーラには嬉しかったのだろう。満面の笑みを浮かべて頷くと、すぐに人を呼び、ダスカーにエレーナからの連絡があったと知らせるように頼む。
普段であれば、ダスカーは領主としての仕事もあるので、非常に忙しい。
ここが普通の街であればまだしも、ギルムは辺境に存在してる街だ。
ましてや、今はギルムの増築工事をしている影響で、普段よりも仕事の数も多い。
工事に関わって少しでも利益を得ようと、貴族や商人の面会も多い。
現在の状況でダスカーと会うのは、相当に難しい筈だった。
だが……アーラがエレーナから連絡があったと知らせるようにと人を向かわせてから、数分も経たずにダスカーはアーラのいた部屋に現れる。
商人と会っていたのだが、顔見せといったもので、そこまで重要な話をしていなかったというのも影響しているのだろう。
商人の方も、普通であれば面会中にその相手が席を立つというのは不愉快な思いを抱いてもおかしくはないのだが、商人の方は何とかダスカーに覚えをめでたくして貰いたいのだから、普通であれば抗議をしたりはしない。
寧ろ、自分のことは気にせずにと言うことで、ダスカーに好印象を与えることに成功してすらいた。
もっとも、出来るだけ早くまた会うという約束を取り付ける辺り、商人らしいのだが。
ともあれ、商人との会談を中断して姿を現したダスカーは、アーラが座っていた場所を譲ってくれたことに感謝の視線を送り、対のオーブの前に座る。
その時には、ダスカーがやってきたことを知り、エレーナもレイと代わる。
ジャーヤに対する報復というのは、レイがダスカーから受けた仕事だ。
そうである以上、あくまで手伝いでしかない自分が報告する訳にはいかないと、そのような判断からなのだろう。
『ご苦労だったな、レイ。それで早速だが報告を聞かせてくれ』
「はい。まず、ジャーヤに対する報復という意味では、十分な結果を出せたかと」
そう告げ、レイは巨人の巣に潜入――突撃という表現の方が正しいが――した時のことから話し始める。
レイの口から出た報告は、まさに凄惨と呼ぶのが相応しい。
母親の腹を食い破って生まれてくる巨人の子は、特にそうだった。
それ以外にも黒水晶や巨人の巣での巨人の暴走、娼婦達の洗脳の解除、レジスタンスとジャーヤの戦い。
それらの説明を聞いたダスカーは、少し考えてから口を開く。
『レイ、メジョウゴから脱出した娼婦達は、これからどうするのか聞いているのか?』
「いえ、ジャーヤとの小競り合いで援護した後は、すぐにここに来たので……」
レイの言葉を聞くと、ダスカーは少し考え……やがて、口を開く。
『レイ、その娼婦達だが、行く場所がないのは間違いないのか?』
「あれだけの人数なので、恐らく。可能性としては、メジョウゴに残ることでしょうが、それを望まない者の方が多いでしょうし」
メジョウゴというのは、娼婦達が自分の意思とは関係なく好きでもない男に自分の身体を好き放題に抱かれていた場所だ。
そのような記憶の残る場所に残りたいという者は、皆無とは言わないが少数派の筈だった。
『ふむ、そうなると……レイ、悪いがもう一働き頼む。その娼婦とレジスタンスを、こっちで保護してくれ』
「いいんですか? そうなると、レーブルリナ国の内政に首を突っ込むことになって、向こうから文句が来そうですが」
『何を言ってるんだ? ジャーヤの連中はギルムからも女を連れて行こうとしたんだぞ? あの時は防ぐことが出来たが、あれが最初とは限らない。もしかしたら、こっちが把握する以前に連れて行かれている可能性は十分にある』
その言葉は、レイも否定出来るものではない。
だが、ダスカーの口から出たその言葉が本当の狙いではないだろうというのも、レイには理解出来た。
「つまり、証拠固めですか?」
『それもある。それに、折角有能な人材を手に入れられるかもしれないんだ。ここで手をこまねくような真似はしなくてもいいだろう』
そちらが本命か。
そう思うレイだったが、それでも微妙に納得出来ないことはある。
今回の一件だけを考えれば、レジスタンスは有能な人物が揃っているように思える。
実際、今のレジスタンスを率いているスーラと接触したことのあるレイから見ても、それは否定出来ない事実だ。
だが……レジスタンスの主戦力は既に巨人達によって潰されており、純粋な戦力という意味では決して優れている訳ではない。
それに、幾らダスカーがレジスタンスを確保しても、自分が生まれ育ったレーブルリナ国を出て、ギルムに……いや、ミレアーナ王国に来る者がいるかと言われれば、微妙なところだろう。
そのような相手に恩を売ってどうするのか、というのがレイの疑問だった。
間違っても、娼婦達が可哀想だからレジスタンスに手を貸す……と、それだけが理由ではないのは間違いなかったが。
勿論それは、ダスカーが娼婦程度どうなってもいいと考えるからではない。
ダスカー自身は間違いなく娼婦達を哀れに思っているだろうが、今のダスカーはあくまでも領主という立場なのだ。
その立場故に、自分の感情だけで物事を判断する訳にいかなくなっているのは、間違いのない事実だった。
(となると、間違いなくそれ以外にも何かあるんだろうけど……何だ?)
その疑問を解消するべく、レイは率直に尋ねる。
「何が目的ですか?」
『人材だな。……知っての通り、現在ギルムでは増築工事が行われている。だが、これだけの大きな工事だけに、どのような人材であっても、あればあるだけいい。勿論ギルムに来たくなく、自分の故郷に帰りたいという者がいるのであれば、無理にとは言わないが』
「つまり、故郷に帰りたいという者がいた場合は途中で別れるという形になるんですか?」
『こちらとしては、どちらでもいい。その場で別れても、ギルムで金を貯めてから自分の故郷に帰ってもいい』
ダスカーにしてみれば、ある程度の人数をギルムに連れてくることが出来れば、それでいいという判断なのだろう。
それを聞いたレイは、やがて頷く。
レジスタンスに保護されていた女は、全てジャーヤの被害者だ。
そうである以上、出来ればどうにかしてやりたいという思いはあるのだが、それでも自分で帰ると決めたのであれば、レイはそれに何かをいうつもりはない。
「分かりました。レジスタンスの方にはこっちで協力して、ダスカー様からの提案も伝えておきます。それと、もう一つ……リュータス」
レイの言葉に、名前を呼ばれたリュータスが姿を現す。
対のオーブの向こう側では、初めて見る人物の顔に、ダスカーが不思議そうな表情を浮かべる。
強面と呼ぶに相応しいダスカーだったが、そんな不思議そうな表情はどこかユーモラスを感じさせた。
「初めまして、ダスカー・ラルクス辺境伯。私はリュータスと言いまして、現在レイに保護されている者です」
『レイに保護を? つまり、何らかの理由があってのことか』
もしリュータスがその辺の一般人であれば、わざわざレイが保護するような真似はしなくてもいい。
そんな判断からの言葉に、リュータスは笑みを浮かべる。
当然その笑みも心の底から嬉しかったり面白くて浮かべているものではなく、いつものようにそうした方が相手に不快感を与えないだろうという計算からのものだ。
「はい。実は私、こう見えても現在ジャーヤを率いている者の息子なのです」
『ほう』
リュータスの言葉に、ダスカーは短く呟く。
もっとも、その表情は先程までのものとは違い、目の前――正確には対のオーブの前だが――にいるリュータスという人物の心の底まで見抜くかのような視線を向けていた。
そんなダスカーの視線に、リュータスは一瞬息を呑む。
表情を作るのが得意なリュータスだったが、ダスカーの視線から感じる眼力にはそれだけの力があったのだろう。
それでも相手に呑まれたのが一瞬だったのは、リュータスだからこそか。
『率いている者の息子という表現を使うということは、後継者ではない、と?』
「ええ。後継者候補と目されている子供は、私の他に何人もいます。……もっとも、私の場合は元々そこまで期待されてなかった訳ですし、こうしてレイに協力してジャーヤに逆らった以上、もう後継者という地位には戻れませんけどね」
『何故、そのような真似を? お前さんの立場からすれば、ジャーヤを裏切るというのは致命的ではないのか? もっとも、そのジャーヤが国に切り捨てられたというのが本当なら、的確に情勢を見切っていたと言うべきなんだろうが』
「父のやり方には、もうついていけないと思ったのが大きいですね。実際、こうして国に切り捨てられている訳ですし」
リュータスの言葉に、ダスカーは小さく頷く。
そもそも、他国から女を強引に連れ去るという行為を国ぐるみ――ジャーヤという表向きの顔はあったが――でやるということ自体が無茶なのだ。
今までは黒水晶と奴隷の首飾りがあったおかげで大きな騒ぎになることはなかったが、その黒水晶も既にレイに破壊され、女達が自由になった……ばかりか、巨人というレーブルリナ国にとっての切り札すら暴走してしまった。
もっとも、その暴走した巨人は既にレイ達の手で殲滅してしまったのだが。
ジャーヤにつけば、レーブルリナ国の軍隊を……そして国そのものを相手にする必要がある。
レーブルリナ国につけば、ジャーヤはともかく、ミレアーナ王国という存在と敵対する可能性が非常に高い。それも切り札の巨人もなしに、だ。
レーブルリナ国の者達は、ミレアーナ王国と共通の敵としてジャーヤという存在をでっち上げようとしているが、それに関しては既にレイがダスカーに報告している。
そうである以上、策――と呼ぶのには稚拙だ――が失敗するのは確実だろう。
であれば、やはり現状で最善の選択はレイ達に味方することなのは間違いない。
そんな意味を込めて向けられる視線を、ダスカーはしっかりと受け止める。
男と男の間で交わされる、視線のやり取り。
そんな二人の邪魔をしてはいけないと、その場にいる全員は口を閉じ……やがて、沈黙を破るようにダスカーが口を開く。
『分かった、お前の身はこちらで保護しよう』
そう、重厚な口調で告げる。
その言葉を引き出せたと、リュータスは小さく笑みを浮かべた。
もしここでダスカーにリュータスはいらないと言われれば、リュータスの……そして護衛達の行き場はあの世しかなかっただろう。
それが回避出来ただけでも、リュータスは命を懸けた甲斐があったと安堵するのだった。
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