第1575話

 メジョウゴで前代未聞の騒動が起きている頃……それとはまた別の場所でも同じような騒動が起きていた。

 地下に広がる広大な空間。

 そこには、数えるのも馬鹿らしくなるだけの無数の巨人が存在していた。

 それでいて、巨人が騒ぐような声が一切聞こえてこないのは、巨人達が眠っているからだろう。

 今までは、それで特に問題もなく済んでいた。

 巨人の身体に外科手術で埋め込まれた、黒水晶の欠片があった為に。

 勿論外科手術といっても、日本の医者のように高い技術がある訳ではない。

 やってることは、単純に巨人の身体を短剣で切り裂き、そこに指先程度の大きさの黒水晶の欠片を埋め込むだけだ。

 短剣で数cm切り裂いた程度の傷であれば、巨人の回復力があれば、それこそ十分もしないうちに完全に回復する。

 それこそ、それを手術と呼ぶのは大袈裟すぎると言ってもいいような、そんな手術。

 だが……膝を抱えるようにして眠っていた巨人の内の一匹の肩が、小さく動く。

 黒水晶の破片の効果があるのなら、絶対に有り得ないだろう行動。

 もしこの洞窟にいるジャーヤの人間がその光景を見れば、それだけで大きな騒動になってもおかしくないだろう行動。

 だが、ここにいるのは巨人だけであり、それを見て驚くような者は誰もいない。

 そんな巨人の動きは止まらず……一匹だけではなく、他の何匹かの巨人もまた、小さく動く。

 そうして動く巨人には、ある共通点があった。

 即ち、身体に埋め込まれた筈の黒水晶の破片が、身体から消滅しているのだということ。

 本来であれば、巨人をしっかりとコントロールする為の最大のキーとも呼べる黒水晶。

 それがあるからこそ、巨人達はここで大人しく寝ており、食料を必要としなかった。

 だが……今この瞬間、黒水晶の欠片は消え去ったのだ。

 そして黒水晶の欠片が消えた巨人は、次第に動きを取り戻していく。

 小さく身体が動く巨人が次第に増えていき、やがてその動きはとてもではないが小さなものとは呼べなくなる。

 それこそ、まるで今まで寝ていた状態が目覚めに向かっているかのような、そんな動き。

 巨人の一匹や二匹だけではなく、それこそここに集められている全ての巨人にそれは広がっている。

 千匹程の巨人の目覚め。それが一体何をもたらすのか……その悲劇を知る者は、今はまだいない。

 だが、その悲劇はすぐ近くまで迫っていた。






「うーん、何だかんだと結構多いな、見張り」


 意識を失っている兵士を見て、レイが呟く。

 兵士にとっては幸いなことに、意識は刈り取られているものの、手足の骨が折られているといった様子はない。

 娼婦云々といったことを口にしていなかった為に、打ち身程度の怪我で済んだのだろう。

 洞窟は一本道ではあったが、何度か兵士達に遭遇する。

 どうやら兵士達は巡回をするのではなく、待機している持ち場が決まっているのだろう。

 おかげでこの狭い中、大量の敵と戦うといった行為をせずに済んでいる。


(漫画とかだと、敵の拠点の塔とかで一階ごとに敵が待ち受けていて、それを順番に倒していく展開とかあったけど……それとちょっと似てるか?)


 ふとそんな風に思うレイだったが、決して足場がいい洞窟という訳ではない以上、巡回ではなく一定の範囲内に兵士達を置いておく方が効率的だと、ここの責任者は考えたのだろう。

 実際、それは決して間違っている訳ではない。

 普通であれば、仲間が襲われている隙に援軍を呼びに行くなり、何らかの手段で敵襲を知らせるなりといった行為が可能な筈だったのだから。

 ただ……唯一にして最大の誤算は、襲撃してきたのがレイ達のような圧倒的な強さを持つ者達だったということか。

 おかげで何か行動を起こすよりも早く、兵士達はそれぞれ意識を刈り取られていく。

 意識を失った兵士の多くが、かなりの傷を負っている。

 これは、多くの兵士達が待機している場所で特に何かする必要もなく、結果として仲間との雑談を行っていた為だ。

 いや、ただの雑談であれば、そこまで気にすることはない。

 だが、その雑談の内容がメジョウゴの娼婦に対するものだったことにより、エレーナ達を激しく刺激してしまった。


「メジョウゴの地下施設に結構な人数を援軍で送ってきたのに、まだこれだけの余裕があるのね」

「正確には、ここの見張りに必要な兵士達を残して、それ以外は全員を送ってきたんじゃないかしら」


 ヴィヘラの言葉に、マリーナはそう返す。

 実際、まだジャーヤに……より正確にはこの洞窟に兵士の余裕があるのであれば、援軍をもっと増やしている筈だった。

 そうである以上、ここに残っている兵士は少ない。

 それがマリーナの考えだったのだが……問題なのは、その少ないと感じている兵士の数が、マリーナの予想を上回っていたことだろう。


(そもそもの話、ここは巨人を待機……保存? 保管? しておくような重要な施設なんだから、兵士の数が多いってのは当然だよな)


 そんな風に思いながら、洞窟の中を進む。

 不思議な程に分かれ道のないその通路は、当然のようにレイに疑問を抱かせる。

 何故ここまで不自然な程に分かれ道がないのか、と。

 洞窟に入ってから巨人達のいる方に続く分かれ道があって以降、全く分かれ道がないのだ。

 明らかに不自然と呼ぶべき光景としか思えない。


「なぁ、この洞窟……やっぱり手を入れられてるよな?」

「私もそう思う。……もっとも、その割には地面が歩きにくいままなのが気になるが。もし本当に手を入れるのであれば、もっと歩きやすいようにしてもいいと思うのだが」


 レイと同じスレイプニルの靴を履いたエレーナが、洞窟の地面を軽く踏む。

 そこにあるのは、普通であれば走ったりするのは難しいだろうと思えるくらいの悪路。

 もしここにいるジャーヤの者達が資材や生活用品、食料、飲み物といった物資を運び込んでいるのであれば、この地面の歩きにくさは大きな欠点となる筈だった。

 一応馬車が通れる程度の広さはあるが、馬車がいても間違いなく車輪が嵌まって動けなくなるだろう。

 そう考え、ふとレイは気が付く。


「物資を運び込むのは、巨人を使ってるのか?」


 ジャーヤが自由に巨人を操れるというのは、レジスタンスを襲撃した件を考えれば明らかだ。

 そして巨人の大きさを考えれば、持てる荷物の量もかなり多くなるだろう。

 ましてや、巨人はその全てが同じ大きさである以上、荷車の類に荷物を積み込み、それを素手で持って運ぶといった真似も出来る。


「可能性はあるでしょうね。もっとも、そんなことに巨人を使うのは、ジャーヤという組織からして、ちょっと難しいと思うけど」


 基本的に戦力として用意した巨人だけに、そのような真似はしないのでは?

 そう告げてくるマリーナに、レイも否定は出来ない。


(ともあれ、先に進めば……うん?)


 通路を進んでいたレイは、そっと手を伸ばして後ろに止まるように合図を出す。

 その合図を見て、エレーナ達は足を止める。

 どうしたの? と視線を向けてきたエレーナ達に、レイは通路の先を示す。

 そこにあるのは、巨大な扉。

 それこそ、巨人であっても楽に入るだけの大きさを持つ扉だった。

 ……もっとも、メジョウゴの地下施設で同じような扉を何度も見ている以上、それがどうした? というのが正直なところなのだが。

 ただ、そのような扉があるということは、間違いなく扉の向こうにはジャーヤの人間が……それもリュータスの言葉が正しければ、巨人の件に深く関わった者達がいるということになる。

 そして当然のように、扉の前には兵士達の姿がある。

 だが、今までレイ達が遭遇していた兵士達とは違い、時間を潰す為に同僚と下らない話をするといった真似はしていない。

 この扉を任されるだけあって、精鋭だというのもあるのだろうが……同時に、扉の向こうにはジャーヤの中でも一定以上の地位を持つ者達がいる。

 そのような者達の前で不真面目な姿を見せるというのは、兵士達にとっては自殺行為に等しかった。

 何しろ、ここは通常の軍隊ではなく、裏の組織ジャーヤだ。

 本来の軍隊であれば信じられないようなことであっても、裏の組織である以上容易に実行することが出来る。

 それこそ見張りを真面目にやってないから、気にくわない。お前はいらない。

 だから、巨人の戦闘力を確かめる為に、命懸けで巨人と戦え……といった風に。

 そう考えれば、当然兵士達も真面目に仕事をするのも当然だろう。


「厄介だな」


 小さく呟くレイの言葉に、エレーナ達も頷きを返す。

 真面目に警備をしているということは、当然ながら今までのように相手の隙を突いて一気に接近し、倒すという訳にはいかない。

 勿論その気になればどうとでも出来る自信はあったが、ここで派手に動けば扉の向こうにいる者達に自分達の存在を気取られる可能性がある。

 

「魔法を使うにしても、俺の場合これ以上ない程に派手だしな」


 レイが使うことが出来る魔法は、炎の魔法のみだ。

 当然のように派手な魔法となることが多い。


「エレーナとマリーナは?」

「やってやれないことはないと思うが、あの兵士達が倒れたりすれば、やはり扉の向こう側に気が付かれるのではないか?」

「そうね。倒すのであれば、一撃で……それも音を立てないように倒す必要があるわ。それか、音を立てられなくするように一気に消滅させるとか」


 平気な顔で消滅と告げるマリーナは、やはりジャーヤという組織について色々と思うところがあるのだろう。










「そんな真似をするのはちょっとな。……しょうがない。多少音を立ててもいいから、出来るだけ早く全員倒してしまうか」


 結局魔法を使うよりも、普通に倒してしまった方がいいだろうと判断する。


「いいの? すぐに見つかるわよ?」

「そうだな。普通に向こうに近づけばみつかるだろ。ただ……上からならどうだ?」


 この洞窟は、巨人が余裕で移動出来るだけの高さがある。

 上までの高さは、五mから六m程。

 ただし、上には石の氷柱のような物……鍾乳石が伸びているところもある。

 そのような場所だけに、レイが考えている方法は色々と危険な可能性もあった。


「俺とエレーナは、空を歩けるスレイプニルの靴がある。これを使って、上から奇襲を仕掛ければ……見つからないとは言わないけど、見つかりにくいとは思わないか?」


 幸い、現在レイ達がいるのは巨大な門のある道から曲がり角になっている場所だ。

 緩いカーブではあるが、レイ達の姿を隠すには全く問題はない。

 唯一の難点は、曲がり角を曲がってから門のある場所まである程度の距離があるということか。

 天井がなければ、もっと高い場所を移動して兵士達に見つからないように行動出来るのだが、今の天井の高さだと見つかるかもしれない可能性は十分にある。

 だが、結局それが一番なのだと判断すると、レイはエレーナに視線を向ける。

 その視線の意味を理解したのか、エレーナもすぐに頷く。


「俺達が攻撃を仕掛けたら、ヴィヘラ達も行動を開始してくれ。多分大丈夫だと思うけど、向こうが妙な真似をしてこないとも限らないし」

「ええ、分かった。ただし、出来るだけ静かに行動する必要があるのね」


 確認を求めるようなマリーナの言葉に、レイは頷きを返す。


「そうだ。……エレーナ、準備はいいか?」

「ああ」


 レイの言葉に頷き、エレーナはレイと共に後ろに下がっていく。

 スレイプニルの靴を使うにも、少しでも距離を稼ぐ為に移動距離はあった方がいいのだ。

 それを理解しての動き。

 そうして十歩分程後ろに下がると、そのまま二人揃って走り出す。

 数歩で最大速度まで上がると、出来るだけ音を立てないようにしながら跳躍。

 そうして跳躍した状態でスレイプニルの靴を発動し、まず一歩空中を踏む。

 その一歩で一気に天井近くまで上がり、次の一歩で空中で三角飛びするかのように蹴り、扉のある通路に姿を現す。

 真面目に周囲の状況に異常がないかどうかを監視している兵士達だったが、ふと何か違和感に気が付く。


「何だ?」


 だが、違和感があっても、そこに何があるのかは分からない。

 近くにいる同僚に視線を向けると、そこでは同じように何か違和感を抱いたのか、周囲の様子を見ていた。

 そして、何気なく……本当に何気なく上の方に視線を向けた瞬間、目に入ってきたのは天井近くを移動している二つの人影。

 その人影があるのが天井近くだったこともあり、ただ唖然とそちらに視線を向け……次の瞬間、兵士の上から人影が降ってきて、兵士は意識を失うのだった。

 何か声を上げる必要があると、そう考えながらも……

 そうして意識を失った兵士を眺め、レイは自分と同様に意識を失った兵士の前にいるエレーナに視線を向けるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る