第1576話

 巨大な門の前にいる兵士達を倒した後、レイは周囲の様子を探る。

 特に注意を向けるのは、当然ながら門の向こう側だ。

 この門の向こう側にジャーヤの者達がいるのが確実である以上、何か異常を感じればすぐに門の外の様子を見る筈だからだ。

 一応周囲に音が響かないようにして兵士を倒したつもりではあったが、もし何らかの理由で門の外がどのような状況になっているのかを確認出来ているとすれば、門の中で敵が待ち構えている可能性があった。

 勿論ジャーヤの兵士達程度が待ち構えていても、どうとでも対処出来る自信はある。

 だが、門の中で戦いが起きた場合、その中にある施設も破壊される可能性があった。

 即ち、何か大事な物……例えば巨人化や黒水晶に対する研究資料といったものがあった場合、それが破壊されてしまう可能性がある。

 また、既に期待はしていないが、もしかしたら何らかのマジックアイテムがある可能性もある。


(まぁ、そのマジックアイテムが黒水晶とかのレプリカとかだったら、絶対にいらないけど)


 メジョウゴの地下五階で、黒水晶に触れた時のことを思い出す。

 触れた瞬間に黒水晶による精神攻撃を受けたのだ。

 具体的にどれくらいの時間、自分が黒水晶によって精神攻撃を受けていたのかというのは、レイも全く分からない。

 それこそほんの数秒だった気もすれば、数時間、もしかしたら数日、数ヶ月、数年だったような気もする。

 結果として、エレーナ達の声によって我を取り戻したレイが、炎帝の紅鎧を発動して黒水晶を燃やしつくしたことにより、精神攻撃は終わった。

 それでも、黒水晶の精神攻撃はレイにしてみても二度と同じことをされたくないものだったし、その黒水晶のレプリカといったものがあっても、とてもではないが欲しいとは思えない。

 また、それを迂闊に広めるような真似をすれば、どこでどのような騒動が起きるか分からない以上、可能であればレプリカがあった場合、それの破壊を考えていた。


「どうやら、問題はないみたいだな」

「そうだな。……それにしても、レイのスレイプニルの靴は以前よりも性能が上がってないか? 私はここまで届くのに結構危なかったのに、レイは私以上に空気を踏んでもまだ余裕があるように思えたが?」


 兵士程度の相手を倒すのに、愛用のミラージュを使う必要はなかったのだろう。

 素手のまま、エレーナはレイに向かってそう告げる。

 その言葉に、レイは素直に頷きを返す。


「そうだが……俺のスレイプニルの靴は強化されたって、前に言わなかったか?」


 対のオーブで話した時に、言ったような気がするが……と告げるレイに、エレーナは首を横に振る。


「いや、そのようなことはない筈だ」


 今のような例外はともかく、基本的にレイとエレーナは離れて暮らしている。

 そんなエレーナの楽しみが、対のオーブを使った通信だ。

 また、元々の能力が高く……何よりエンシェントドラゴンの魔石を継承したこともあり、その能力は飛躍的に高まっている。

 エレーナがその気になれば、レイが喋った内容を思い出すのは難しい話ではない。

 そんなエレーナだけに、レイがスレイプニルの靴を強化したという話をしたのであれば、自分も使っているマジックアイテムということもあり、それを忘れるようなことはなかった筈だ。

 自分を見てくるエレーナの様子に、スレイプニルの靴の件については自分の勘違いだったと知り、レイはエレーナに謝る。

 ちなみに当然のことながら、この世界にも遠距離恋愛というものは存在している。

 してはいるのだが……貴族でもなければ、途中で破局することが殆どだ。

 距離にもよるが、手紙を出して向こう側に届くまで数ヶ月……下手をすれば半年、一年と時間が掛かることも珍しくはない。

 いや、その途中で盗賊のような存在に襲われる可能性を考えれば、無事に届くかどうかも分からないだろう。

 そのような状態でお互いにお互いを想う恋愛感情を維持し続けるのは、非常に困難だった。


(そう考えれば、メールとか電話とかSNSとか、そういうのがある日本ってのはやっぱりそういうのに向いてたんだろうな)


 そう考えつつも、レイは日本にいる時も遠距離恋愛は破局する可能性が高いというのを、何かで見ていた。

 ……その何かが、友人から聞いたりといったものではなく、TVの情報だったり、アニメや漫画といったものだったりするのは、レイらしいのだろう。

 そもそも、基本的にレイの住んでいる場所は田舎であり、遠距離恋愛をするような者がいなかったというのが大きいのだが。

 あるいは、いてもレイとは全く関わりのない相手だったとか。


「レイ? どうしたの?」


 扉の近くまでやってきたマリーナに話し掛けられ、レイは何でもないと首を横に振る。


「いや、この扉を開ければ、向こうに何があるのかと思ってな」

「そう? ……まぁ、取りあえずそういうことにしておいてあげる」


 レイの口から出た説明に、取りあえず納得してあげると口にしたマリーナは、そのままレイの視線の先にある扉に視線を向けた。

 巨人が出入り出来るように、かなり大きめに作られている扉。

 その扉の向こうには、今回の騒動の原因となった者が何人もいると、リュータスは口にしていた。

 それが本当かどうかは分からないが、それでも誰かジャーヤに所属している者がいるのは確定しているのだ。

 ならば……と、そう思った瞬間、レイは咄嗟に扉から距離を取る。

 いや、レイだけではない。エレーナ、マリーナ、ヴィヘラ、ビューネといったように全員が扉から距離を取った。

 何故なら、扉から強烈な音が聞こえてきたからだ。

 それこそ、扉に向かって何かを力一杯投げつけたかのような、そんな音。


「……何だ?」


 一瞬、自分達が扉の前にいた兵士達を倒したのに気づいて、何らかの手段を打ってきたのではないかと、そう思ったのだが……その割には、扉が開く様子はない。

 それどころか、金属の扉がしっかりと向こう側を封鎖している為に人間離れしたレイの聴覚でようやくだが、悲鳴のようなものすら聞こえてくる。


「さて、私には何があったか思いつかんが……」

「何かしら。何か悲鳴が聞こえてくるけど」

「そうね。何か問題でも起きたとか? レジスタンスが実は忍び込んでいたとか」


 レイの言葉に続き、エレーナ、マリーナ、ヴィヘラがそれぞれ呟く。

 本来なら異変を真っ先に気が付くべき盗賊のビューネのみが、無表情のまま首を傾げている。

 ゼパイル一派の技術で作られたレイの身体と同様に、ビューネ以外の三人も高い能力を備えていた。

 エンシェントドラゴンの魔石を継承したエレーナ、ダークエルフの中でも世界樹の巫女としての血筋のマリーナ、アンブリスを吸収したヴィヘラ。

 三人が三人とも、色々な意味で特殊な力の持ち主であり、今もレイと同じくらいに聴覚の鋭さを発揮していた。


「まさか。レジスタンスの主力は壊滅している筈だ。それこそ、巨人達の襲撃によってな」

「……けど、別に主力が全員殺された訳ではないんでしょう? なら、その生き残りがいるって可能性も否定出来ないんじゃない?」


 ヴィヘラの言葉に、そうか? とレイは首を傾げる。

 実際、その可能性があるか……と考え、恐らくないだろうと結論づける。


「扉の向こうで何かが起きているのであれば、扉を開いてみればすぐにどういうことか分かるだろう」


 扉を見ながら告げるエレーナの言葉に、それもそうかと頷き、レイは扉に手を触れる。

 普通であれば、一人で開けるのは難しいだろう扉だったが、それを開けるのがレイであれば話は変わる。

 内開きの扉を押し……扉は少しずつだが開き始める。

 瞬間、扉の隙間から漂ってきたのは、レイにとっても嗅ぎ慣れた鉄錆臭。

 そして、何人……もしくはそれ以上の者達の悲鳴。


「うわああああああああああああああっ!」

「来るな、来るな! こっちにくるなよぉっ!」

「止めろ! 馬鹿野郎! 止まれ、止まれって言ってるんだ!」

「止めて、食べないで! 私を食べないでよぉっ!」

「くそぉっ! 巨人がいるから防衛戦力に問題はない!? 誰がそんなことを言ったんだよ!」


 そんな、血を吐くかのような、絶望に満ちた悲鳴。

 勿論聞こえてくるのは悲鳴だけではない。


「くそっ! 兵力が足りないぞ! 何だってメジョウゴに援軍なんかだしたんだ!」

「しょうがないだろ! それより、今は何とか皆を守ることだけを考えろ!」

「くそがっ! あの巨人、何だって扉の前から動かねえんだよ!」

「うわあああああっ! くそ、離せ、離せって言ってるんだよ! 命令を聞け! あ、止め……食うな、俺を食うな、ごめんなさい、ごめんなさい……母さん、助けてぇっ!」


 まるで小鳥を肉食獣が食らう時のような、骨を砕く音が扉の隙間から聞こえてきた。

 それが何の音なのかを理解したレイは、少しだけ開いていた扉をそっと閉める。

 そして振り向くと、そこにいたのは何が起きたのか全く理解出来ていない様子のエレーナ達。

 理解出来ていないのは、レイも同様だったが。

 いや、何が起きているのかというのは、レイにも分かっている。

 扉の向こう側にいた巨人が、何らかの理由で暴れているのだろうと。

 そして、メジョウゴに援軍を出した戦力の代わりに、巨人を防衛戦力として用意しておいたのだろうと。

 普通の兵士達よりも圧倒的に強靱な肉体を持っており、それでいて命令する者には絶対服従。

 ここに残っている者達にしてみれば、その辺の兵士達よりも余程使い勝手のいい戦力となるのは間違いない。

 だが……今回は完全にそれが裏目に出てしまった。

 何故か分からないが、突然巨人達が暴れ出したのだ。

 何とかそれを収めようとする者もいたが、そのような者は真っ先に巨人によって食い殺されることになる。

 そして兵士達が何とか巨人を止めようとし、結果として現在レイ達のいる扉の向こう側では、文字通りの意味で血で血を洗う戦いが繰り広げられていた。


「どうする?」

「……どうするって言われてもな」


 ヴィヘラに視線を向けられて尋ねられたレイは、どうするべきかと迷う。

 まさかこのような展開になっているとは思っておらず、呆気にとられているレイという、若干珍しい光景がそこには広がっていた。

 当然だろう。少し前までは、巨人は完全にジャーヤの支配下に置かれていた。

 扉の向こうにいる者達も、その自負があるからこそ巨人を自分達の生活区域に入れていたのだろう。

 だが、その巨人が突然制御を離れて暴れ出したのだ。

 いや、暴れ出しただけではない。それこそ、中から聞こえてきた声を聞く限りでは、食い殺されている者もいるようだ。


「助けるしかないだろうな」


 嫌々……本当に嫌々、レイは方針を決める。

 この扉の向こうにいるのは、巨人を生み出すのに関わった者達であると、そう聞かされている。

 そうである以上、本来ならとてもではないが助けたいとは思えない。

 ましてや、自分が身を張ってそのような者達を助けるのかと言えば、とてもではないが納得出来るものではない。

 だが……巨人や黒水晶についての情報を聞く為には、当然のように生きている者が必要となる。


(自分が生み出した巨人に食い殺されるのは、自業自得だと思うんだけどな)


 そう思いながら、レイはエレーナ達に視線を向ける。

 そこでは、当然だろうが嫌そうな表情を浮かべているエレーナ達の姿があった。

 だが、嫌そうな表情を浮かべつつも、中にいる者達を助けるのは必要な行為だと理解しているのだろう。

 中に突入する為の準備を整えつつあった。


「中の連中から事情を聞く為には仕方がないだろう。当然面白くはないのだがな」


 態度からも不満だといった様子を見せているエレーナだったが、それでも情報を得る為には仕方がないと割り切って考えている。

 そのことに安堵しながら、他の面々にも視線を向ける。

 マリーナとヴィヘラの二人も、嫌そうではあったがレイの視線に頷きを返す。

 唯一ビューネのみは無表情で頷きを返していたが、それは別に喜んで中にいる者達を助けるといったことではなく、いつものように表情が顔に出ていないだけでしかない。


「じゃ、行くか」


 そう告げ、本当に少しだけ開いていた扉を、ゆっくりと開けていく。

 人が一人通れる程度だけ開き、その部屋の中に入る。

 そうして最初に見たのは、まさに地獄絵図と呼ぶに相応しい光景だった。

 巨人によって食い散らかされている者達。

 上半身や下半身だけを食われて、後は興味がないと地面に投げ捨てられている死体。

 いや、その死体はそれ以上の痛みや恐怖を味わわなくてもよかったのだから、運がいいと言えるかもしれない。

 悲惨なのは、身体の一部を食い千切られ……それでも致命傷とはならず、まだ生きている者が多かったことだろう。

 そんな者達を見ながら、レイはミスティリングから取り出したデスサイズを手に、一番近くにいる巨人との間合いを詰めるのだった。

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