第1557話
出荷日。
それは、当然のように巨人を出荷するという意味なのだろう。
レゼルに……いや、ジャーヤの者達にしてみれば、巨人というのは自分達の商品だ。
それも、極めて強力な商品であり、買う相手はもう決まっている商品。
そう予想しながらも、レイは不快感を抱く。
勿論レイから見ても、巨人は知識の類はない。
それこそ、モンスターのようにこちらと意思疎通をすることも出来ない。
そう思い……ふと、レイの中に一つの疑問が浮かぶ。
(うん? 意思疎通出来ない? なら、どうやって巨人を運んでるんだ? いや、そうか。さっきの口笛か)
レゼルが巨人を呼び出した時、口笛を吹いていたことを思い出す。
……実際には普通の人間には聞こえない特殊な口笛だったのだが、レイの身体はゼパイル一門の技術を使って生み出されたものだ。
それを聞くくらいは問題ないし、他の面々もビューネ以外は多かれ少なかれ人外と呼ぶに相応しい存在だ。……マリーナの場合はダークエルフなので、文字通りの意味で人外なのだが。
「出荷日か。巨人を出荷するってことは、当然この国に出荷するんだな?」
「そうなる。……元々、ここはその為に作られた街なのだからな」
「その割には、随分と金も稼いでるみたいだが?」
奴隷の首輪を付けて娼婦にした女に巨人の子供を妊娠させるだけにしては、娼館や酒場で大きく稼いでいるのは間違いない。
「ジャーヤは国の後ろ盾があっても、結局裏の組織であるのに変わりはない。そうである以上、当然のように金儲け出来るところではするんだろう」
「まぁ、そんなところだろうな」
一種のカモフラージュにもなっているんだろうし、と。
その言葉は口にせず、改めてレイはレゼルに向かって口を開く。
「それで、巨人の出荷って話だったが、具体的にどこに集めてるんだ? あれだけの大きさなんだから、その辺に置いておくなんてことは出来ないと思うが」
「普通に考えれば、ロッシにある城かしらね?」
戦闘の興奮が収まったヴィヘラがそう告げてくるが、レゼルは首を横に振る。
「宰相によると、当初はその予定だったらしいが、優に千人を超える巨人だから城に入るような余裕はないということになってな。それに上層部には巨人が近くにいるのを怖がる者もいる」
「自分達で生み出した巨人を怖がるのか? いや、巨人という存在に完全に気を許せというのは難しいかもしれないが」
そう言いながらも、エレーナの視線には多少の軽蔑が浮かんでいる。
自分達の都合で生み出したにも関わらず、その巨人を怖がるというのはどうかと、そう思っているのだろう。
だが、エレーナの話を聞いていたマリーナは、それも仕方がないと口を開く。
「エレーナ、しょうがないわよ。こっちの言葉が分かるのならまだしも、巨人は言葉を理解出来ないんでしょう? なら、いつ巨人が暴れるなんてことになるか、分からないだろうし」
「だが……」
それでもまだ不満そうな様子のエレーナは、自分の右肩のイエロを撫でる。
竜言語魔法にとってイエロという存在を生み出したエレーナにとって、巨人を生み出したにも関わらず、それを邪魔者扱いしているというのは納得出来ないことなのだろう。
そんなエレーナの気持ちを理解したレイは、首を横に振る。
「イエロやセトと巨人は違う。……エレーナがそこまで気に病むことはないと思うぞ」
「レイ……」
まだ何か言いたい様子のエレーナではあったが、それでもこれ以上は意味がないと理解したのだろう。
まだ若干不満を抱いてはいたが、それ以上は巨人の扱いについて何も言うことはない。
それを確認したレイは、レゼルの視線を向ける。
「それで、城じゃないならどこに巨人達はいるんだ? それこそ、あれだけの大きさだ。迂闊に街中に待機させておくなんてことは出来ないだろ? そもそも巨人だって生きてるんだ。食料とかも必要になるだろうし」
「あの巨人が一日にどれだけ食べるのか……少なくても、私達とは比べものにならないだけの量を食べる必要はあるだろうな。まぁ、レイやビューネはともかくとして」
エレーナの声が聞こえてくるが、レイはそれを全く気にした様子もなくレゼルの反応を確認していた。
本来であれば、間違いなく他人に漏らしてはいけないような、機密度の高い情報だった筈だが……心をへし折られたレゼルは、レイの問いに答えないという選択肢は存在しなかった。
「ジャーヤとロッシの街道の近くに、幾つか林があるのは知ってるな? その林の一つにここよりは小さいが地下施設があって、そこに巨人が……? っ!? な……に……」
つい数秒前まで饒舌に話していたレゼルだったが、突然その言葉が止まる。
何があったのかレゼルの方を見るレイ達だったが、その視界に入ってきたのは、目、鼻、耳、口と、顔のあらゆる場所から血を流しているレゼルの姿だった。
その姿は、まさに頭部に浸魔掌を食らった、先程の巨人を思い出すような光景。
だが、そんなレゼルの姿を見たレイ達の反応は早い。
即座にそれぞれの武器を手に、周囲の様子を警戒したのだ。
だが……周囲を警戒すること、十数秒。
レイ達は何も攻撃をされるようなことはない。
「攻撃……じゃないのか?」
「矢とか毒針とか長針とか……そういうのはなかったと思うけど」
レイの疑問に、マリーナが否定する。
次に、それを聞いていたヴィヘラがならば、と口を開く。
「じゃあ、魔法?」
「残ってるのはそれしかないだろうけど……今この場で直接魔法を使われたということは……」
一旦言葉を止めたマリーナが、精霊魔法を使って周囲の様子を確認する。
微かに眉を顰めながらも、やがて首を横に振る。
「こういう密封されたような場所だと、やっぱり風の精霊に頼むのも色々と大変ね。……取りあえずここの様子を窺ってる人や、ここから急いで逃げようとしている人はいないわ」
「となると、他の場所から遠隔攻撃をしたのか?」
「それは……どうかしら。色々と条件があるけど、ちょっと考えにくいわ。それに……」
レイの言葉に、マリーナは床に視線を向ける。
その視線を追ったレイは、レゼルの取り巻き達……レイの放った殺気によって意識を失っていたその者達もレゼルと同様に顔中から血を流して死んでいるのを発見する。
「これは……」
「分かったでしょう? レゼルだけを狙ったのならともかく、他の人達も……それも綺麗に私達以外をこうして殺したのよ。だとすれば、恐らく遠くから攻撃してきたのではなく、何らかの条件を付けており、その条件が整えば魔法が発動するといったことになってたんでしょうね」
「なるほど」
マリーナの説明は、レイにとってもすんなりと理解出来るものだった。
何故なら、レイにも何らかの条件が整えば発動するといった魔法があるのだから。
例えば、『戒めの種』や『断罪の焔』のような魔法が。
だが、他の者達は理解出来ないこともあったのか、首を傾げている者もいる。
「例えば、何らかの情報を口にしようとすれば、裏切ったと見なして発動するとか、そういう魔法だよ」
「……だが、その割にはレゼルはこちらに色々と情報を話していたが?」
「エレーナの言いたいことも分かるけど、多分この場合魔法が発動する原因となったのは、巨人達がどこに出荷されているか、だろうな。……他にも色々と聞きたいことがあったんだがな」
情報を聞き出せば、恐らくレイもレゼルのことを殺していただろう。
それだけレイから見て、レゼルのやっていたことは許せるものではなかったし、それはレイ以外の他の面々にしても同様だった。
だが、肝心の情報を聞き出す前に始末されたとなると……非常に面倒なことになる。
「俺達が情報を聞き出そうとして、それが理由でレゼルが死んだというのは、その魔法を仕込んだ奴に知られたと思うか?」
「間違いなく知られたでしょうね。そのくらいの仕掛けはしていてもおかしくない筈よ」
「……厄介だな。レーブルリナ国にはそこまで強力な魔法使いがいるとは思わなかったんだが」
面倒臭そうに呟いたレイだったが、周囲から聞こえてくる声を耳にし、そちらに視線を向ける。
そこでは、既に全ての妊婦が腹の内部から食い破られ、巨人の子供が生まれていた。
腹を食い破られた妊婦は当然死ぬのだが、巨人の子供はその母親の死体すら食い始める。
現在聞こえてくるのは、己の母親の死体を食っている音だけ。
レイの視線を追い、それに気が付いたエレーナは、自らの中で暴れている感情を押し殺すようにしながら口を開く。
「レイ、頼む」
それが何を頼んでいるのかというのは、レイにも理解出来た。
いや、現在目の前に広がっている光景を見て、想像出来ない方がおかしいだろう。
一応、と他の仲間達にも視線を向けたレイだったが、戻ってきたのは当然のようにエレーナの言葉に同意するような頷きのみ。
それを確認したレイは、ミスティリングの中から取りだしたデスサイズを手に、意識を集中させる。
『炎よ、汝のあるべき姿の1つである破壊をその身で示せ、汝は全てを燃やし尽くし、消し去り、消滅させるもの。大いなる破壊をもたらし、それをもって即ち新たなる再生への贄と化せ』
呪文を唱えるのと同時に、デスサイズの上には一つの火球が生み出される。
ただし、その火球はただの火球ではなく、かなりの魔力が込められた火球だ。
火球が燃やす範囲を設定し、魔法は完成する。
『灼熱の業火!』
その言葉と共に放たれた火球は、部屋の中央に向かう。
火球の移動を確認したレイは、エレーナ達を引き連れて部屋を出る。
そして部屋を出て扉を閉めてから数秒後……轟っ、という音が周囲に響き渡った。
扉の向こう側からは、悲鳴が聞こえてくる。
いや、もしかしたらそれは悲鳴ではないのかもしれないが、それでもレイの耳には悲鳴に聞こえた。
(まぁ、悲鳴だとしても……それは巨人の子供の悲鳴だろうけどな)
レイが見た限り、ベッドに縛り付けられていた妊婦は既に全員が死んでいた。
それこそ、腹を食い破られて生きているような生命力の強い妊婦はどこにも存在しなかったのだ。
「……嫌な気分になるわね」
小さく呟いたのは、マリーナだ。
長年冒険者として活動し、その後はギルドマスターとしても活動してきた結果、多くの凄惨な光景を目にしたマリーナにとっても、この中で行われていることは到底許せることではなかったのだろう。
それは、他の面々も同様だ。
現在部屋の中で燃やされているのは、これ以上ないくらい最悪な光景なのは間違いないのだ。
「レゼルを殺されてしまったのは……痛かったな。殺すにしても、もっと情報を聞き出してからにしたかったところだ」
話題を変えようと告げるレイの言葉に、他の者達も頷く。
「間違いなく何らかの情報を口にしようとすれば、死ぬようにされてたんだろうな。……ああ、魔法じゃなくて、もしかしたらそういうマジックアイテムを持っていたのかもしれない」
エレーナがそう告げるも、既に死んでしまった以上は今更何を言ってもどうしようもない。
今レイ達が出来るのは、巨人の件をどうにかしてしまうことだ。
それがジャーヤにとっても、レーブルリナ国にとっても、大きな被害を与えることになるだろう。
「それと、この施設にあるっていう黒水晶だな。この黒水晶があるからこそ巨人が産まれるんだ。それはつまり、黒水晶をどうにかすれば巨人はこれ以上産まれてこないということになる。……今、妊娠している妊婦がどうなるかは、分からないが」
「そうね。黒水晶がなければ……もしかしたら、本当にもしかしたらだけど、巨人の子供にはならない可能性もあるわね」
ヴィヘラが周囲の様子を見ながら、呟く。
その言葉に、レイはマリーナに視線を向ける。
何を尋ねられているのか分かっていたマリーナだったが、それでもレイの視線に対して首を横に振ることしか出来ない。
「ヴィヘラの言葉通りになる可能性もあるけど、全くならない可能性もあるわ。そもそも、黒水晶というマジックアイテムそのものがどのような効果を持ってるのか、分からないもの」
そこまで告げると、小さく息を吸ってから改めて口を開く。
「上手くいけば、妊娠している妊婦達の子供は普通の子供として産まれてくるかもしれない。けど、下手をすれば黒水晶の与えている効果が暴走して、すぐに巨人の子供として産まれてくる可能性もある。勿論その場合は十分に成長してから産まれてくる訳じゃないでしょうけど」
つまり、産まれてきてもすぐに死ぬということだ。
そう、マリーナは言葉を続け……レイ達は黙ってそれを聞くのだった。
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