第1556話

「何だ……俺に何をするつもりだ。さっきも言ったが、俺は国から派遣されている研究者だぞ。俺に妙な真似をすれば、それこそ国を敵に回すことになる。それを理解してるのか?」


 自分を冷たい――それこそ絶対零度と表現するのに相応しい――目で見ているレイ達に向かい、レゼルは告げる。

 少し前までの、自信に満ちた表情は既にない。

 ……あれだけ自信満々だった巨人が、あっさりとヴィヘラに倒されてしまったのだから、それも当然だろう。

 そして今、レゼルの前に立っているのは、そのヴィヘラと……そして同じだけの力を持つと思われるレイ達なのだから。


「国を敵に回す、か。そうだな。それこそミレアーナ王国やベスティア帝国みたいな国なら、敵に回すのも怖かっただろうが……結局のところ、このレーブルリナ国は小国の中の小国でしかないしな」


 そう告げるレイの言葉に、レゼルは本来は強面の……それも筋骨隆々とした、とてもではないが研究者には見えない様子からは信じられない程に震わせる。

 国を敵に回すと言われても、全く動じた様子のないレイが、それこそ自分の知っている巨人以上の化け物に見えたからだ。

 実際、レイはレーブルリナ国という国を敵に回しても、自分には全く問題がないと判断している。

 いや、それどころかミレアーナ王国やベスティア帝国を敵に回しても問題ないとすら思っている。

 そもそも、空を飛ぶセトがいる時点で、国と敵対してもそうそう攻撃されることはない。

 竜騎士が相手でも、セトの飛ぶ速度には追いつけないだろう。

 少し前までであれば、パーティを組んでいたので移動速度に色々と問題はあっただろう。

 だが、セト籠というマジックアイテムを入手した今は違う。

 セト籠はパーティが移動するというだけではなく、周囲の景色に同化して色を変えるという特殊な能力もある。

 色を変えるのに一分程掛かるので、空のような場所でなければ使いにくいというのも間違いのない事実なのだが……それは逆に言えば、空を飛ぶのであれば問題ないということでもある。

 そして、何よりレイは広域殲滅に適した魔法の使い手であり、それこそ軍隊であっても容易に屠ることが出来る。

 ヴィヘラは個人戦闘に特化しているが、その実力は非常に高い。

 応用力が高い精霊魔法や弓を使った攻撃を得意とするマリーナもいる。

 ビューネは多少戦闘力が高い盗賊といった程度で、他の者達に比べるとどうしても一段か二段劣ってしまうが……それでも、その辺の兵士を相手にすれば余裕で倒すことが出来る程度の実力は持っている。

 ともあれ、レイ達と敵対した場合はそもそもその高い機動力から見つけるのが無理で、更に周囲の景色に同化するマジックアイテムを使っているので、地上から探すのも難しい。

 上手い具合に竜騎士がレイ達を見つけても、それこそ竜騎士程度ではレイとセトにはまず勝ち目がない。

 つまり、好きなように空を移動しながら、好きな場所にレイの持つ非常に高い攻撃力……いや、殲滅力で軍隊や、最悪は街や村、基地といった場所が攻撃されたり、個人としても高い能力を持つが故に暗殺者としても大きな活躍をする。

 そのような能力を持っているだけに、レイは国を敵に回してもどうにでも出来るという自信がある。

 勿論国を敵に回せば賞金首となって大きな街では買い物が出来なくなるだろうが……それでも情報が遅い田舎の村で買い物は出来たりするだろうし、レイ達が賞金首であっても客は客と判断する者もいるだろう。

 それこそ、明確な国境というのはない方が多いのだから、セトの機動力を活かして他の国で買い物をするという方法だってある。

 盗賊を襲うという手段だってある。

 また、国に対して何か思うところのある貴族であれば、秘密裏にレイ達を匿うということすら行うだろう。

 そのように、国という存在を敵に回してもどうとでなるレイにとって、レーブルリナ国のような小国を敵に回すというのは、そこまで怖いことではない。

 ……もっとも、レイ達はあくまでもギルムにちょっかいを出してきたジャーヤに対して報復する為にやって来ているのだ。

 そこでやりすぎとなれば、依頼主のダスカーに注意される可能性もあるにはあったが……


(好きにやれ、と言われてるしな)


 そうダスカーからお墨付きを貰っている以上、ここで躊躇するという選択はなかった。


「まぁ、こっちにはこっちで色々とあるんだよ。さて、それで……そうだな、お前は巨人について色々と詳しそうだから、まずはこれから聞かせて貰おうか。巨人を産むには、母体になった娼婦は絶対に死ななければならないのか?」


 こうして話している今でも、ベッドに縛り付けられた妊婦の腹からは巨人が産まれている。

 それが普通に産まれるのであれば、レイもレゼルに対してここまで厳しい視線を向けることはなかっただろう。

 だが、実際には巨人の子が生まれる時に妊婦の腹を食い破って出てくる以上、妊婦は当然のように死んでしまう。

 唯一の救いなのは、ベッドに縛り付けられている妊婦は意識がないことだろう。

 体内から我が子に内臓を食い破られるという痛みを感じることがないまま、眠るように死んでいけるのだから。

 だからといって、それを許容出来るかと言われれば答えは否な訳で……だが、レゼルはレイの口から出た問いに首を横に振る。


「残念だが、巨人の子を宿した時点でそれはどうしようもない。それこそ高価なポーションを使っても、助けることは不可能だろう」

「……それを知った上で、貴方達は娼婦をさせていたのね?」


 マリーナの鋭く、それでいて冷たい視線がレゼルに向けられる。

 長年生きてきたからこそ持つ、物理的な重みすら有しているのではないかと思えるだけの視線。

 自分の度胸には自信のあったレゼルだったが、それでもマリーナからの視線に耐えるようなことは出来ず、大人しく頷く。

 もし目の前で自分が頼りにしていた巨人が一方的に蹂躙されるといったような光景を目にして、心が折れていなければ、まだマリーナの視線にも耐えられたのかもしれないが。


「そうだ。それがジャーヤと国がお互いに協力すると決めた理由だったからな。あの巨人の群れがいれば、ミレアーナ王国の属国という立場から抜け出して、独立出来る可能性もある」

「……どうだろうな」


 自分の言葉に縋り付くかのように呟くレゼルだったが、レイの目から見て、あの巨人がいればミレアーナ王国の属国から独立出来るかと言われれば、首を傾げざるをえない。

 確かに、あの巨人はかなりの強さを持つ。

 ヴィヘラは一方的に蹂躙したように見えたが、実際にはこの地下施設の門を守っていたオーク似の女と同程度……ランクC冒険者くらいの実力は持っているように思える。

 一般的な兵士を相手なら、一対一で負けるようなことはないだろう。

 巨人に勝てるだけの能力を持つ者がいるのも間違いないが、それでも巨人の数による。

 だが……それでも、レーブルリナ国が最終的に負けるというのは、レイには容易に予想出来る。

 巨人は兵士よりも強いのだろう。だが、それでもランクC冒険者程度の実力であって、圧倒的な……それこそレイ、エレーナ、マリーナ、ヴィヘラといった面々とは違う。

 この世界では質が量を凌駕するのは間違いないが、それを行うには当然のように質の方にも相応の力が求められる。

 それこそ、ランクC冒険者程度の力でそれを行うことは出来ない。

 そして、ミレアーナ王国が有する戦力を考えれば……最終的に、巨人が駆逐されて終わるだろうというのが、レイの予想だった。


(それに、巨人は頭も悪いしな)


 普通の人間とは比べものにならないだけの巨体を持ち、その巨体から生み出される膂力を活かした攻撃は強力極まりない。

 だが、レイから見た限り、攻撃は特に工夫の類もなく、単純な代物だ。

 それこそ、軽いフェイントの類もないので、一定以上の能力を持っている者にとっては回避するのもそう難しい話ではないだろう。

 ……もっとも、その巨体がもたらす迫力は相当なものなので、そこに怯える者も多いだろうが。

 これで巨人がもっと頭を使った戦い方をするのであれば、それこそもっと高ランクの冒険者と互角に戦える可能性はあった。


(もっと頭のいい巨人にすればよかったと思うが……いや、その辺りはこいつらにもどうしようもないのか? 話を聞いてる限り、黒水晶とかをただ使ってるだけって印象だし)


 そういう意味では、目の前の男も地下一階で遭遇した研究者のように、いいように使われている者にすぎないということなのだろう。

 だからといって、それでこのような光景を作り出したことを許せるかどうかと言われれば、断じて否なのだが。


「それにしても、ミレアーナ王国に独立戦争を仕掛けるつもりとは……驚いたな」


 しみじみと告げるのは、エレーナだ。

 三大派閥の一つ、貴族派を率いるケレベル公爵の一人娘として、貴族がどれだけの戦力を持っているのかは当然知っている。

 また、貴族派よりも勢力の大きい国王派も当然貴族派以上の戦力を持っており、中立派も三大派閥の中では最も小さいが、それでも相応の戦力は持っている。

 レーブルリナ国のような小国が独立しようとして戦争を挑んでも、それこそミレアーナ王国どころか、そのような派閥の持つ戦力だけで……いや、下手をすれば一つの派閥だけではなく、その派閥に属している数人の貴族の持つ戦力だけで、対処出来る可能性があった。

 勿論そこに巨人が入ってくれば、数人の貴族で対処するのは難しいかもしれないが。


「となると、お前を派遣してきたという宰相はともかく、国王も今回の件に関わっているのか?」

「そうだ。正確には、今回の一件は国王が主導しているらしい。俺のような立場の者が国王と会うことは出来ない以上、宰相から聞いた話だがな」


 レゼルの言葉に、レイを含めて全員がそれぞれ頷く。

 この一件が大きな出来事の一つだというのは分かったのだ。


(この件は、やっぱりダスカー様に知らせた方がいいか。対のオーブをアーラに預けてきて、心底よかったな)


 自分達だけのことならともかく、一国に関わってくるとなると自分だけで決める訳にはいかない。

 もっとも、今日の一件は当然アーラからダスカーに知らされており、後で連絡をすることになっているのだから、丁度よかったともいえるのだが。


「つまり、国ぐるみな訳か。……ジャーヤってのは、犯罪組織であると同時に、公的機関でもある訳だ」

「そうなるな。勿論、それは表立っていないが」

「レーブルリナ国の国王は馬鹿か? もしくは自分達の国がどれだけ弱いのかも分からないのか? とてもじゃないが、レーブルリナ国が独立出来る芽はないと思うんだが。……どう思う?」


 レイに視線を向けられ、最初に口を開いたのはエレーナ。


「そうだな。純粋に軍事的な意味でどうにかしようとしても、それはまず無理だと思う。少なくても、先程の巨人が百匹、千匹といたところで、ミレアーナ王国側にも被害は出るだろうが、最終的には鎮圧されるだろう。そして待ってるのは……」

「これまで以上に強力な支配、でしょうね」


 エレーナの言葉を引き継ぐように、マリーナが告げる。

 実際、独立戦争を挑むような真似をすれば、同じようなことを考えないようにと見せしめに激しい弾圧をするのは、レイにも容易に想像出来た。


「独立戦争を挑むにしても、幾ら何でも相手が強すぎるだろ。ミレアーナ王国にこの国だけで勝つなんてのは、余程のことがなければ不可能だ。……取りあえず、あの巨人は余程のことじゃないのは間違いないけどな」


 レイがそう言っても、レゼルはそれに対して特に反応する様子はない。

 そもそも、レゼルにとっては国が独立するというのはそこまで重要ではないのだ。

 だからこそ、独立は無理だと言われても気にした様子はない。

 ……もっとも、独立云々以前に心を折られているのが大きいのだろうが。


「まぁ、独立戦争の件は後でダスカー様にでも知らせておこう。俺達だけでどうにかするには、話がでかすぎるし」

「そうね。こういう面倒なのは、ダスカーに任せておいた方がいいわ」


 小さい頃からダスカーを知ってる為か、マリーナの言葉に遠慮はない。

 そんなマリーナの様子に小さく笑みを浮かべながら、レイは次の質問に入る。


「この地下施設には他にも巨人がいる筈だな? その割にはお前が呼んだ三匹だけだったが……他にはどこいる?」

「……残念ながら、ここに残っている巨人はそこの女が倒した奴だけだ。丁度昨日が出荷日だったからな」


 レゼルの口から出た出荷日という言葉に、レイは思わず眉を顰めるのだった。

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