第1536話
対のオーブを使ってダスカーと会話した日の翌日、レイ達はとある人物の再訪を受けていた。
食堂での朝食を終え、今からでもメジョウゴの様子を見て、問題なければ襲撃をしようと思っていた矢先の出来事。
夜が本番のメジョウゴだけに、午前中の今の時間帯は、普通に働いている者にとっては真夜中といったところなのは間違いない。
それだけに、抵抗する戦力が夜に攻撃するよりは少ないだろうというのが、レイの予想だった。
勿論そのような時間帯だからといって、防衛戦力が皆無ということはないだろう。
今の時間がメジョウゴの住人にとって真夜中に近いというのであれば、それを警戒するのは当然だからだ。
レジスタンスと多少なりとも協力するという話があったが、昨夜のダスカーから好きにやれと言われている以上、そちらを重視するつもりはない。
だが、レイ達がメジョウゴに攻撃を仕掛けた場合、間違いなく大きな騒動となる。
騒動による怪我人や死人を可能な限り減らすという意味では、やはり人数の多いレジスタンスの協力は必須では? という意見もマリーナからはあった。
実際、レイ達は純粋に戦力としては一騎当千、万夫不当と呼ぶに相応しいだけの実力の持ち主だが、人数という点では少数なのは間違いない。
そうである以上、メジョウゴのような広さを持つ街で騒動が起きた時、事故が起きないように手が回るかと言われれば……答えは否だろう。
マリーナの精霊魔法は万能と言ってもいいだけの力を持つが、それでも不可能を可能に出来る訳ではない。
レジスタンスにはその辺りを担当して貰えばいいのではないか。
そう話している時に、来客があったのだ。
「昨日はありがとうございました、レイ殿。まさか異名持ちの冒険者とは思わず……探すのに、少し手間取ってしまいました」
そう言い、人当たりのいい笑みを浮かべて頭を下げてきた人物に、レイは見覚えがあった。
昨日盗賊に襲われていたところを助けた人物……リュータスがそこにはいたのだ。
「リュータスだったな。……それにしても、よく俺がここにいるって分かったな」
レイは、昨日助けた時に自分がレイだと、正確にはミレアーナ王国の冒険者で深紅の異名を持っているといったことは、口にしなかった。
外見だけで見れば、ドラゴンローブの隠蔽の効果もあり、レイを深紅と結びつけることは不可能だ。
ましてや、レイの象徴ともいえる相棒のセトがいた訳でもないのだから。
(ミスティリングを見せたところからか? けど、ミスティリングが本物のアイテムボックスだと見抜けるかと言われれば……難しいだろうし)
アイテムボックスの劣化版とでも呼ぶべきマジックアイテムは、それなりに希少ではあるが出回っている。
レイの持つミスティリングを見てアイテムボックスか、その劣化版かというのは、容易に判断は出来ない筈だった。
その辺りの理由から、どうしてもレイはリュータスが自分を見つけた理由が分からなかったのだが……
「一応これでも商人なので、色々と情報は集めているんですよ。そうなれば、レイ殿を見つけることはそう難しくはありませんでした。……色々と目立ってますしね」
「そうか? いや、目立ってるのは分かるけど、それで俺を見つけるのは難しいと思うんだが」
そう呟くレイの言葉は、決して間違ってはいない。
これが、エレーナ、マリーナ、ヴィヘラといった美女達であれば、それこそ探すのは難しくはないだろう。
だが、レイの場合はドラゴンローブのフードを被っていることもあり、他の三人に比べれば殆ど目立たない。
ドラゴンローブも隠蔽の効果によって目立たない以上、レイをレイとして見つけるのはかなり難しい筈だった。
「その辺りは、商人の情報網があるからこそ、ですけどね。どうやら驚かせることが出来たようで、何よりです」
爽やかな笑みを浮かべてそう告げるリュータスに、レイは商人とはそういうものかと納得する。
ただ、エレーナとマリーナの二人だけは、リュータスの言葉を完全には信じていなかった。
商人の持つ情報網は、下手な貴族……それどころか王族よりも上なのは間違いない。
だが、当然小国のレーブルリナ国の商人が持つ情報網と、ミレアーナ王国の大商人が持つ情報網では、大きな差がある。
そこに違和感を持ったのだろう。
「ふーん。商人は凄いな。……で、今日は何の用事で? もしかして、本当に昨日の件だけでか?」
「いえいえ、勿論私も商人である以上、こうしてやってくるには相応の利を求めてのことです。……ところで、レイ殿。レイ殿のような有名な冒険者の方が、何故このような小国に? もし私が手伝えることがあれば、手伝わせて貰いますが」
人当たりのいい笑みで尋ねてくるリュータスだったが、レイは首を横に振る。
「いや、ちょっとした依頼があったから来たけど、それももう終わっている。ただ、ここのところ色々と忙しかったから、今は少し休んでるところだな。特に気にしなくてもいいぞ」
「そうですか? レイ殿には昨日命を救って貰ったんです。その恩を返させて欲しかったのですが……残念です。ああ、でも何かあったら私の店に来て下さい。可能な限りお手伝いしますから」
そう告げ、リュータスが示したのは大通りからは少し離れた場所にある店の名前だった。
もっとも、レイ達はロッシに来たばかりで、リュータスから説明された場所が具体的にどこにあるのかというのは分からず、大体の場所しか分からなかったが。
「そうか。何か必要になったら寄らせて貰うよ。それでいいか?」
「はい。勿論お代はいただきますが、出来るだけ勉強させて貰いますね」
そう告げ、頭を下げると立ち上がり、レイの部屋から出て行く。
それを見送り、レイは部屋の中にいる者達に視線を向ける。
「さて、どう思う?」
呟かれた言葉は一言だけだったが、その一言がもたらす意味は大きい。
「うーん、リュータスだっけ? 彼本人は特に鍛えているようには見えなかったけど」
最初に口を開いたのは、ヴィヘラ。
リュータスが特に強い相手ではないということで、あまり興味を持てなかったのだろう。
「そうね。一応街や村に移動しているというから、街中で暮らしている人よりは鍛えられているみたいだけど……そのくらいでしょうね」
マリーナもヴィヘラの言葉に同意したのか、そう呟く。
ただ、マリーナの口調には少しだけ疑問が混ざっている。
それを察したエレーナが、艶のある笑みを浮かべつつ口を開く。
「何か怪しいところがあった訳ではないが……どこか引っ掛かるところがあったのは間違いないな」
「そう、そんな感じ。あくまでも勘でしかないけど」
エレーナの言葉に、マリーナが同意するように頷く。
勘……女の勘、冒険者の勘といったように色々な勘があるが、その勘という感覚は全く何の意味もないものではない。
それは、冒険者を始めとした命を懸ける仕事をしている者であれば、当然のように理解していることだ。
そうである以上、リュータスが安全な相手だと、そう断言することは出来なかった。
勿論、勘だけで全てを決めるのは色々と無理があるのだが。
だが……今のレイ達にとって、リュータスが怪しいとなれば、そこに繋がっているだろう一番可能性が高いのは……
「ジャーヤ、か」
「確証はないけどね。でも、可能性は低くないと思う」
マリーナの言葉に、その場にいる全員が頷く。
ああまで堂々とロッシに入ってきたのだから、自分達の存在がジャーヤに知られるというのは、最初から予想されていたことだ。
それを察したジャーヤが、レイ達の様子を見る為にリュータスを派遣したのではないか。
そう告げるマリーナに、誰も異論は唱えない。
「盗賊に襲われていたリュータスを助けたのは、向こうの狙い通りだったってことか?」
「それは……どうかしら。違うと思うわ。ただ、レイとリュータスがその件で知り合ったからこそ、リュータスが派遣されてきたという可能性は否定出来ないけど」
偶然レイと知り合いだからリュータスが派遣されてきたと告げるその言葉に、レイは納得したように頷く。
「とにかく、向こうがこっちを認識したとなると時間を掛けると動きにくくなる。やっぱりなるべく早くこっちも行動に移す必要があるだろうな」
「ふむ。そうなるとやはりレジスタンスとは協力しないのか?」
「どうだろうな。向こうが行動するのに時間が掛かるのなら、協力してもいいんだが。ノーコルが昨日から動いているのを考えると、そろそろ返事を持ってきてもおかしくはないし」
昨日の今日ではあるが、レジスタンスがどこで行動しているのかをレイは知らない。
いや、メジョウゴの一件を重視している以上、当然メジョウゴで活動しているのがメインだと分かってはいる。
だが、レジスタンスだけあって、向こうから接触してこなければレイ達から接触するのは難しい。
(ウンチュウに話を通した方がいいか? ……そっちの方が結果として手っ取り早くなるか)
レイ達にとって、レジスタンスと繋がりがあり、すぐに連絡を取れる相手となると、ウンチュウしか存在していない。
情報屋だが、ジャーヤと敵対している相手だけに、情報が漏れる心配をしなくてもいいというのが大きかった。
「ちょっと俺はウンチュウのところに行ってくるけど、どうする?」
「そう言われても……今ここに残されても、特にやることはないしね。私も一緒に行くわ。エレーナ達はどうする?」
「私も一緒に行こう。一応この件は家の方にも報告をする必要があるからな。重要なことであれば知っておきたい」
「私は遠慮しておくわ。昨日はちょっと遅かったし、まだ少し眠いから部屋で寝てるわね」
「ん」
ヴィヘラの言葉に、いつものように短く呟くビューネ。
レイ達にはその意味は分からなかったが、ヴィヘラには当然のように分かったらしい。
少し呆れたように口を開く。
「ビューネは屋台で色々と買い食いしてきたいらしいわ。……まぁ、問題はないでしょ?」
確認する意味を込めて尋ねてくるヴィヘラに、レイは頷きを返す。
ビューネは盗賊ではあるが、戦闘力に特化した盗賊だ。
レイ達のような強さを持つ相手ならともかく、この国にいるような者であればどうとでも対処出来るだろうという信頼があった。
レイ達の泊まっている宿を出たリュータスは、そのまま笑みを浮かべつつ道を進む。
ただ歩いているだけだったリュータスだが、そのまま歩いているうちに、一人、また一人と周囲に男達が姿を現す。
それでいながら、リュータスは穏やかな笑みを浮かべたままで、周囲の男達に恐怖を覚えている様子もない。
当然だろう。その男達はリュータスの敵ではなく、護衛なのだから。
「それで若。どうでしたか?」
護衛の一人が、恐る恐るといった様子で尋ねてくる。
護衛の男にとっては、レイとその仲間達を敵に回すというのは絶対に避けたい事態なのだ。
それこそ、レイの持つ強さが流れてくる噂の半分……いや、十分の一程度であっても、自分達ではどうしようもないというのが分かっているのだから。
レイと敵対するのであれば、それこそレーブルリナ国の周辺諸国に喧嘩を売った方がいいのではないかと、そう思ってしまう程に。
……勿論そのような真似をすれば、命の保証はない。ないのだが……それでも、レイ達と戦うよりは数段マシなように思えるのだ。
だが、そんな護衛の男の願いはリュータスによってあっさりと否定されてしまう。
「時間の問題だろうね。恐らく近いうち……それこそ早ければ数日中には行動を起こすかもしれない」
その言葉に、リュータスに話し掛けた男だけではなく他の男達の顔色までもが悪くなる。
ただ、この時点でリュータスが間違っていたのは、あくまでも自分の常識でレイ達が行動を起こすまでの日数を考えてしまったことだろう。
リュータスが所属しているジャーヤを始めとして、ある程度の人の集団が行動を起こすとなると、物資を集めたり、人を集めたり、情報を集めたりし、その上で襲撃の計画を練らなければならない。
それに比べると、レイ達は個人で一つの街程度であればどうとでも出来る戦闘力を持っており、少数であるが故に必要な物資といった物も殆どなく、ミスティリングという物資貯蔵庫もある。
策に関しても、力ずくでどうにか出来るだけの実力があるのだから、特に何か策を練る必要もない。
この辺りの認識の違いは、やはり小国のレーブルリナ国で生きてきたリュータスとミレアーナ王国という大国で生きてきたレイ達との認識の違いなのだろう。
もっとも、迂闊に攻撃を行って関係のない相手に被害を与えるのをレイ達が好まないという点でレジスタンスと協力した方がいいという認識をレイ達が持っており、そのおかげでリュータスの考えが致命的な間違いとならなかったのは、運が良かったのだろうが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます