第1530話

「……ま、結局のところ、こんなものだよな」


 地面に倒れた五人の盗賊を前に、レイは特に感慨もなく呟く。

 元々レイの持つ戦闘能力は、既に人外と呼ぶに相応しいものがある。

 その根幹をなすセトやデスサイズ、黄昏の槍といったものがなくても、この程度の相手であれば素手で容易に倒すことが出来るのは当然だった。


「そ、その……ありがとう。君は強いね。驚いたし、助かったよ」


 レイの走ってきた方から、先程すれ違った男が姿を現す。

 まだ十代後半から二十代前半といったような、若い男。……もっとも、より若く見えるレイに若いと言われるのは微妙な気分だろうが。

 そんな男に対し、レイは気にするなといったように首を横に振る。


「この程度の相手なら問題ないよ。それより、何だってこんな場所で盗賊に襲われるなんてことになったんだ? 街道を歩いていれば、そうそう盗賊に襲われたりはしないだろ? ここはロッシの近くなんだし」


 より正確にはロッシとメジョウゴの間にある街道で、メジョウゴは表向きはともかく、実質的にはジャーヤが支配している街だ。

 そのジャーヤのお膝元で、こうして盗賊行為を働く者がいるというのは、正直なところレイには信じられなかった。


「何でと言われても……別に私は特に何か特別なことをしていた訳ではないよ。普通に街道を歩いていたら、この人達に襲われたんだ」


 どこか品のいい話し方をする男の様子を少し疑問に思いつつも、レイはそれ以上追求することを止める。


(まぁ、貴族とかの庶子とかそんな感じなんだろ。……別に俺がそこに関わる必要がある訳じゃないし、いいか)


 男をその場に残し、レイは改めて意識を失っている盗賊達に近づいていく。


「ちょっ、あ、危ないよ!?」

「安心しろ。もうこいつらは完全に気絶してるし、もしこいつらが起きて襲い掛かってきても、どうとでも対処出来る。……お前も、俺がこいつらを倒すのを見たんだから、そこまで心配する必要がないのは分かるだろ?」

「それは……そうかもしれないけど……」


 レイの言葉を聞き、男は口を濁す。

 実際、レイが自分を襲ってきた盗賊達を倒す……それこそ、まさに瞬殺するのを、男は自分の目で見ている。

 それも武器の類も使わず、素手でだ。

 だが……それでも、やはりレイの外見を考えれば男が心配してしまうのも仕方がないのだろう。


「それより、盗賊はこれで全部だったか? 他に何人かいたとか、そういうのは?」

「えっと、正直なところその辺りは分かりません。一応他にはいなかったとは思いますけど」


 ジャーヤによって支配されている以上、自然と男が使っていた街道はレーブルリナ国でも屈指の安全を誇っていた。

 それは、皮肉な結果と言えるだろう。


「そうか。……だとすれば、あまり儲けには期待出来そうにないな」


 五人でやっている盗賊団というのは、レイから見ればかなり少ない。

 盗賊団よりは追い剥ぎと表現するのが正しいだろう。

 それだけに、盗賊狩りを趣味としているレイにとって、予想していた実入りが大分少ないのでは? というのが正直なところだった。


「えっと……儲け、ですか?」

「ああ。こいつらは盗賊なんだ。なら、他人から奪うんだから、他人に奪われても構わないと思わないか?」

「え……えー……? その、あー……こういう場合、何て言えばいいんでしょうね」


 冗談でも何でもなく、レイが盗賊から財産の類を奪おうとしているのだと理解し、戸惑ったような様子を見せる男。

 しかも男の目が正しければ、盗賊達を倒すのも、そして金銭の類を奪おうとしているのも、随分と手慣れているように見えた。

 そうしてレイが男達の持っている武器を取り上げ、ミスティリングに収納した光景に男は驚く。

 だが、その驚きを何とか押し殺し、男達を縛り上げたレイに向かって話し掛ける。


「その、今回は助けてくれてありがとうございました。私はリュータスと言います。……もしよければ、お名前を聞かせて貰っても?」

「ん? ああ、レイだ。本来ならミレアーナ王国の冒険者だな。今はちょっとした用事でロッシに滞在してる」


 レイの言葉を聞いたリュータスの表情に軽い驚きが浮かぶ。

 レイが強いと思っていたが、まさかミレアーナ王国の冒険者だとは思わなかったのだろう。

 レーブルリナ国の冒険者ではないにしても、周辺にある国の冒険者ではないかと思っていたら、実際にはミレアーナ王国の冒険者だったのだから当然だろう。

 リュータスに答えると、レイは気絶している五人の男達を蹴って起こす。

 骨を折るような怪我をさせるつもりはなかったが、それでも間違いなく打撲で蹴られた場所が青黒くなっているだろう……容易にそう予想出来るだけの威力の蹴り。


「がぁっ!」

「ぬおっ!」

「痛ぁっ!」

「ぎゃっ!」

「にゃああああっ!」


 それぞれが、痛みに悲鳴を上げながら目を覚ます。

 そうして気が付けば自分が縛られているのに驚き、それを行ったレイに視線を向ける。


「おい、俺達にこんなことをしてもいいと思ってるのかよ!」


 五人のリーダー格なのだろう髭面の男が、レイを脅すようにそう告げる。

 レイの背が小さいこともあり、脅せば自分達のいいように出来ると、そう思ったのだろう。

 だが……当然レイがそんな相手の命令を聞く理由はない。


「冒険者が盗賊を狩るのは、そうおかしな話じゃないと思うが? お前達も盗賊として活動している以上、そのくらいの覚悟は持った上での行動だったんだろ?」

「そ、それは……」


 レイの口から、狩るという言葉が何でもないように出されたことで、ようやく目の前にいる人物はただものではないと判断したのだろう。

 リーダー格の男の態度が、少し怯む。

 もっとも、先程レイの攻撃によって意識を奪われているのだから、気が付くのが遅いというのもあるのだろうが。


「さて、お互いの関係性が分かったところで、まず一つ目の質問だ。ああ、当然質問に答えなければ痛い目に遭ってもらうから、そのつもりで」


 ミスティリングの中から、一本の短剣を取り出しながら告げる。

 ……実はその短剣は、盗賊達が持っていた短剣だったのだが……既にレイの中では盗賊達から奪った物として、当然自分の物という認識になっていた。

 手に持つ短剣を、軽く振るレイ。

 だが、特に力を入れることもないままに振られた短剣は、それこそ空気そのものを斬り裂くかのような鋭い音を周囲に鳴らす。

 そんなレイの振るう短剣の風切り音を聞き、真っ先に顔色が悪くなったのはその短剣の元々の持ち主だった。

 自分が今まで使ってきた短剣だからこそ、分かる。

 あれだけの風切り音を出すには、ちょっとやそっと……少なくても自分とは桁違いの技量の持ち主でなければ、そのような真似は出来ないと。

 そんな男の一人に目を付けると、レイは小さく笑みを浮かべながら……リーダー格と思われる男に、短剣の切っ先を突きつける。


「さて、これから質問する。まぁ、別に答えなくてもいいけど……その場合は、指だったり、耳だったり、鼻だったり、目だったり……場合によっては手だったり足だったりがなくなるから、気をつけるようにな」


 そう告げるレイは全く力の入っていない自然体だ。

 だからこそ、それを聞いていた盗賊達は背筋に冷たいものを感じる。

 レイの口から出ている言葉が、脅しではなく心の底からのものだと、そう理解出来てしまったが故に。

 そんな盗賊達の様子を見て、ふとレイは何かに気が付いたかのように一旦動きを止め、再び口を開く。


「ああ、情報を吐けなくなったら困るから、舌だけは残してやるよ」


 その言葉に何を安心しろと?

 それが、盗賊達が……いや、話を聞いていたリュータスをも含めた、レイ以外の全員一致した意見だろう。

 だが、当然レイはそんな様子を見せず、短剣を手に一歩踏み出す。

 一歩……本当に一歩踏み出しただけなのだが、それだけで盗賊達の心を折るには十分だった。


「な、何でも情報を吐かせて貰います! だから許して下さい!」


 つい先程まではレイを威圧し、侮りの言葉すら口にしていた盗賊のリーダー格の男が、即座にそう告げ、許して欲しいと頭を下げる。

 そんな男を見て、レイは意表を突かれた表情を浮かべる。

 レイの予定では、このリーダー格の男を痛めつける姿を見せつけ、短剣の元の持ち主に情報を吐かせるつもりだったのだ。

 しかし、実際にはレイが何かをするよりも前にリーダー格の男はあっさりと全面降伏する。

 もっとも、そのリーダー格の男を痛めつけるつもりだったのだから、真っ先に全面降伏したのは機を見るに敏と言えなくもないだろう。

 ともあれ、あっさりと情報を吐くと口にしたリーダー格の男を見ながら、レイは口を開く。


「そうだな。じゃあ、まずは……お前達の人数はこれで全員か?」

「はい、この五人で全員です」


 一瞬の躊躇もなく喋る男。

 それこそ、数秒であっても躊躇すれば何をされるのか分からないと、そう思っているのが誰にでも分かるような様子だった。


「こんな場所で活動しているってことは、お前達はジャーヤの所属ではないのか?」

「いえ、違います。少し前まではシラルーニュで活動していました」

「シラルーニュ?」


 聞き覚えのない単語に、レイはリュータスへ視線を向けると、レイが何を聞きたいのか分かったのだろう。リュータスが口を開く。


「地方にある街の名前です。もっとも、規模はロッシと比べるとかなり小さいですが」

「……なるほど。大体分かった」


 リュータスの言葉で、レイは何故男達がここにやってきたのかを理解する。

 恐らく五人はそのシラルーニュという街の近くで盗賊として活動して上手くいき、妙に自信を付けたか……もしくは、討伐の冒険者を派遣されて逃げてきたのか。


(多分、前者だな)


 最初に遭遇した時の自信に満ちた表情を思い浮かべ、レイはそう予想する。


「お前達のアジトは?」

「ここから少し離れた場所に洞窟があるので、そこをアジトとして使っています」


 その後も幾つか話を聞き……ふと、レイはこちらに近づいてくる何人かの気配を感じる。

 周囲に知られないように空を見ると、少し離れた場所の上空をセトが飛んでいるのが確認出来た。

 恐らくその下に、ここに近づいてくる誰かがいるのだろうと判断しながら……リュータスに視線を向ける。

 盗賊達がこの場で嘘を言うとも思えず、レイもエレーナ達はロッシに残してきている。

 であれば、一番可能性が高いのはリュータスだった。

 もっとも、リュータスはその気配に気が付いているのかいないのか、特に変わった様子は見せないが。


(どうやらリュータスも、見た目通りのお坊ちゃんって訳じゃなさそうだな)


 そう思うも、今は関係ないだろうとレイは改めて盗賊達から詳しいアジトの場所を聞く。

 それを聞き……そうして盗賊にもう用はなくなったところで、改めてリュータスに話し掛ける。


「それで、こいつらをどうする? 普通ならこのまま殺すか、奴隷商人にでも売るところだが」

「え? 私の意見を聞いてくれるんですか?」


 自分はこの盗賊を捕らえるのに何の役にも立っていない。

 そう主張してくるリュータスだったが、レイにとってはこの五人を奴隷商人に売る為にロッシまで運ぶ方が面倒だ。

 それくらいならいっそのことここで始末してしまった方がいいのだが、どうせ始末するのであれば、目の前のリュータスという人物の財産にしてやった方が多少なりとも恩を売れるだろうという判断からの言葉だった。


「ああ、俺に任せれば殺すしかないが……お前はまた違うんだろう?」


 意味ありげな視線を向けられたリュータスは、不思議そうな表情を浮かべながら首を傾げる。


「ま、どのみちお前がこいつらに用はないって言うのなら、ここで処分するけど……どうする?」

「そういうことであれば、こちらで引き受けさせて貰います」


 その後はすぐに話が纏まり、レイはリュータスと縛られた盗賊達をこの場に残してさっさと去っていく。

 盗賊達は、ようやく自分たちの恐怖の源がいなくなったことで安堵する。

 そうして十分程、リュータスと盗賊達はその場でお互いに黙っており……やがて、近くの茂みが音を鳴らす。

 その男に盗賊達は驚いたが、リュータスは特に気にした様子も見せず、口を開く。


「遅かったね」

「申し訳ありません、若。ですが、相手があの深紅となれば……下手をすれば私達の存在が気が付かれていた可能性もあります」


 十人を超える男が姿を現してそう言うが、リュータスは笑みを浮かべて首を横に振る。


「可能性じゃなくて、間違いなく気が付かれていたでしょうね。でなければ、私をこの場に残してさっさといなくなったりはしないでしょう」

「……そうですか。あの深紅は私達を探っているという話を聞いています。若がジャーヤの者だと気が付かれずに済んだのは、運が良かった。そう言うべきでしょうな」

「ふふっ、そうですね。……では、この者達の処理は任せます。全く、ジャーヤの支配地域でいらない騒ぎを起こしてくれる」


 そう呟くリュータスの視線は、レイに向けていた友好的なものではなく……それこそ、路傍の石の如く盗賊達を見ていたのだった。

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