第1529話
ウンチュウとの相談を終えたレイ達は、先程の酒場を通って外に出る。
それなりに長い時間話し合っていたこともあり、既に時間は午後も半ばをすぎている。
そうなると当然のように酒場で食事をしていた者達の姿も消えており、酒場は最も忙しい夕方までの一時の休憩時間となっていた。
そんな酒場から外に出たレイ達だったが、そんなレイ達に向かってすぐに近づいてくる相手がいる。
その気配に気が付いてはいたレイだったが、それが誰の気配なのかを知っている以上、特に構えるようなこともせずに受け入れる。
「グルルルルゥ!」
その気配の持ち主……セトは、レイが酒場から出てきたのを見ると真っ直ぐに駆け寄っていった。
元々酒場からそれ程離れていない場所に寝転がっていたセトだけに、レイのいる場所までやってくるのもすぐだった。
……もっとも、体長三mのセトがいきなり起き上がったことにより、セトを遠巻きにしていた者達はかなり驚いてはいたのだが。
「あはは。ほら、そんなに顔を擦りつけるなって」
レイも、大事な相棒のセトに甘えられて悪い気はしない。
自分に顔や身体を擦りつけてくるセトを撫でながら、嬉しそうに笑う。
そんなレイの顔は、つい先程までメジョウゴにある地下施設をどうやって襲撃するのかといったことを考えていた様子は一切窺えない。
心の底から嬉しそうにセトと戯れているレイだったが、そんなレイにエレーナが話し掛ける。
「それで、レイ。今日はこれからどうするつもりなのだ? メジョ……いや、向こうの偵察に向かうのか?」
「あー……そうだな。どうするべきか」
自分に顔を擦りつけてくるセトの相手をしながら、レイは悩む。
出来ればセト籠を使った奇襲をする前に、一度メジョウゴの上空を飛んで地下施設の入り口がどこにあるのか、前もって調べておきたいという気持ちはあった。
だが、マジックアイテムについてはかなりの物を用意し、もしくは自分達で作ることが出来るジャーヤだけに、結界はなくても何らかの手段で上空を警戒している可能性は否定出来ない。
特にレイがシャリアから預かったマジックアイテムをウンチュウに見せたところ、ウンチュウはかなり厳しい表情を浮かべていたのをレイは見ている。
もっとも、得られた情報はシャリアから教えられたものとそう大差はなかったのだが。
そもそもの話、あの奴隷の首輪を付けられた者は自分の意思を封じられる。
いや、実際にはそこまで大袈裟なものではないのだろうが、娼婦をやりたくないと思っている人物の意思をねじ曲げ、自分から娼婦をやりたくなるようにするというのは、意思をねじ曲げるという風にしかレイには思えないのだ。
つまり、一度その奴隷の首輪を嵌められれば、逃げだそうとは思わない。
それこそ、何らかのイレギュラーが発生して奴隷の首輪の効果がなくなったシャリアのような例外を除いて。
「特に何かやるべきことがないのなら、行ってもいいんじゃない? 偵察するにしても、いつもより高い場所を飛んでみれば、地上から判別出来ないと思うけど」
「ヴィヘラの言う通りね。それにセト籠を使えば、地上から上を見ても判別はしにくいと思うけど」
「あー……なるほど」
マリーナの言葉に、レイは改めてセト籠の性能を思い出す。
周囲の景色と同じような色に変わる能力を持っているので、地上から上を見ても普通にセトが飛んでいるよりは見つかりにくいのだろうと。
「ウンチュウが連絡を取るにも時間は掛かるんだろうし、いざって時の為に動いておくのは悪くないと思うが?」
エレーナにまでそう言われれば、レイも否とは言えない。
いや、その気になれば否と言えるのだろうが、レイもメジョウゴの様子をしっかりと確認しておきたいとは思っていたのだ。
いざ行動を起こして何か不測の事態が起きた時、メジョウゴがどのような場所なのか知っているのと知らないのとでは、大きく違う。
一応レイも昨日メジョウゴに行った時に色々と歩き回って地形を確認してはいるのだが、数時間歩いた程度で全ての地理を確認出来る筈がない。
「分かった。なら、そうさせて貰おう。幸いセトはこうしてここにいるから、宿まで戻る必要もないしな」
「グルゥ?」
レイが自分の名前を呼んだのが分かったのか、どうしたの? とセトがレイに視線を向けて喉を鳴らす。
「ちょっと近くまで飛んで欲しいんだけど、いいか?」
「グルゥ!」
勿論、と鳴き声を上げるセト。
そんなセトの鳴き声に、少し離れた場所で様子を窺っていた何人かが慌てて立ち去っていく。
(あの中の何人がジャーヤの息が掛かってるのやら。いや、ジャーヤでなくても、レーブルリナ国のお偉いさんの部下って可能性もあるのか)
レイ達がロッシに入ったというのは、当然のようにレーブルリナ国の上層部にも伝わっている筈だった。
ましてや、レーブルリナ国の上層部にはジャーヤと繋がってる者も多い。
そのような者達にとって、異名持ちの高ランク冒険者という存在は邪魔者以外のなにものでもないだろう。
だが、邪魔者だからと……そして自分達ではどう足掻いても勝ち目がないと理解していながらも、レイ達の動向を確認しない訳にはいかない。
いや、勝ち目がないからこそ余計にレイ達の動向を窺う必要があるのだ。
もし迂闊な真似をしてレイ達と敵対してしまえば、それは破滅に他ならないのだから。
……これが、もし普通の冒険者であれば、幾ら小国であっても貴族としての権力でどうにかなる。
実際、レーブルリナ国で活動している冒険者は今までそのように対処してきたのだから。
だが、レイは不味かった。
異名持ちの高ランク冒険者として名前が知られており、敵対した相手は例え貴族であろうが一切容赦しないと、そのような噂は広く知れ渡っている。
普通であれば、貴族にも容赦をしないなどと言われても、所詮噂と考える貴族が多いのだが、レイの場合は実際にこれまで幾度となく貴族に手を上げているという事実があった。
ましてや、その情報は広がるにつれてより脚色され……中には『レイは貴族を恨んでおり、好んで貴族を痛めつけ、拷問する』などという噂すらある。
そのような存在を野放しに出来る筈もない。
また……貴族達にとっては更に厄介なことに、貴族派の象徴、姫将軍のエレーナ・ケレベルがレイと行動を共にしており、迂闊に手を出すことが出来なくなっていた。
貴族だなんだと偉ぶってはいても、結局のところレーブルリナ国はミレアーナ王国の従属国でしかない。
それも無数にある従属国の中でも、下から数えた方が早い程度の国力や戦力しか持たない、そんな小国だ。
そのような小国の貴族が、ミレアーナ王国の三大派閥の一つ、貴族派の象徴の姫将軍エレーナに危害を加えたりしようものなら……それこそ文字通りの意味で首が飛ぶのは間違いなかった。
また、この情報は知ってる者がまだ限られているが、レイのパーティメンバーの一人、マリーナは冒険者ギルドの中でもかなり名の知られた人物でもある。
そしてこちらを知っている者はレーブルリナ国には今のところ皆無だが、ベスティア帝国の元皇女ヴィヘラ。
これに関しては、寧ろ知らなくて良かったのだろう。
(ま、向こうが動きを見せてくれるのなら、こっちとしては助かるけど……ウンチュウは大丈夫なんだろうな? まぁ、あそこまで堂々と俺達を通したということは、恐らく何らかの対策を練っているから、だとは思うんだが)
そんな風に考えながら、レイはエレーナ達と別れてロッシの正門に向かう。
メジョウゴを上空から偵察するのであれば、取りあえずロッシから出る必要があるからだ。
ロッシから出るのに、特に何かがある訳ではなかった。
レイだけであれば、もしかしたら絡まれた可能性もある。
だが、レイと一緒にセトがいるのを見て、絡むような命知らずはいないのだろう。
これがもっと強い冒険者が集まっている場所であれば、自分の実力を過信して絡む者がいた可能性も否定は出来ないのだが。
そうしてすんなりとロッシの外に出ると、レイは一旦そのままセトに乗ってその場から離れる。
セト籠を使って周囲を誤魔化すのはともかく、ここでそのような真似をすれば不自然極まりないという理由があった。
(いっそ、誰か連れてくればよかったな。まぁ、セト籠の中から下を見ることは出来ない以上、いても暇なだけだと思うが)
微妙に自分とセトだけで来たことを後悔しながらも、レイはメジョウゴに向かう途中の街道から横に逸れるようにセトに頼み、近くの林の中に着地する。
ここが辺境のギルムであれば、モンスターの警戒といったことをしなくてはならないのだが、幸いにもここは田舎ではあっても辺境ではない。
おかげで特にモンスターを警戒するようなこともなく、ミスティリングの中からセト籠を取り出すといった真似が出来た。
もっとも、辺境以外の場所ではモンスターがいない代わりに盗賊がいるのだが……メジョウゴとロッシを繋ぐこの道の近くでは、レーブルリナ国でも最大の勢力を誇る裏の組織、ジャーヤの支配下にある場所だ。
そのような場所で盗賊行為をするのは、余程の命知らずか世間知らず、そしてジャーヤと戦っても自信のある者だろう。
「……そう、思っていたんだけどな」
聞こえてきた悲鳴に、レイは溜息を吐く。
勿論その悲鳴が盗賊に襲われている者の悲鳴だとは限らない。
この地にも、数は少ないがモンスターがいない訳ではないのだし、モンスターではなくても野生の獣に襲われているという可能性も十分にある。
だが……レイはその悲鳴が盗賊に襲われている者の声だというのを理解していた。
何故なら、その悲鳴の後に下卑た笑い声が聞こえてきたからだ。
「グルゥ?」
セト籠の横で、セトがどうするの? と喉を鳴らす。
レイがレーブルリナ国の普通の冒険者であれば、ここは逃げの一手だろう。
元々このレーブルリナ国の冒険者はレベルが低く、何人もの盗賊を一人で相手に出来るような者はそこまで多くはない。
ましてや、今回メジョウゴの偵察に来ているのだから、余計な騒動を引き起こすのは自殺行為に近い。
だが……ここにいるのは、レイだ。
異名持ちのランクB冒険者のレイにとって、盗賊の一人や二人……それどころか、十人、二十人といても特に大差はない。
「行くぞ」
出したばかりのセト籠を再びミスティリングの中に収納すると、レイは短くそれだけを告げる。
どうしても見捨てなければならない相手であれば、レイもここで見捨てるだろう。
だが、今はそのような切迫した状況ではない以上、助けられる相手であれば助けたいと思うのが当然だった。
……勿論それ以外にも、ジャーヤのお膝元で騒動を起こすような相手なのだから何か情報を持っているだろうという期待もしていたし、何より盗賊狩りは半ばレイの趣味と言ってもいい。
それも盗賊に襲われる人を減らし、その上でレイの懐は温かくなるという、実益を兼ねた趣味だ。
そんな趣味を持つレイが、この場で獲物を見逃す筈がなかった。
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは短く鳴き、林の中を駆ける。
林や森のように、木々の生えている場所を走るというのは、慣れない者にとってはかなり厳しい。
走りながら自分の通るルートを考えつつ、地面に落ちている葉や枝、石、木の実といった物を踏んでも転ばないようにバランスを取り、木の根が地上に出ている場所ではそれを踏まないようにする。
それ以外にも注意することは色々とあるのだが、レイとセトはそれが全く関係ないとでも言いたげに走り続けた。
そうして一分走ったかどうかといった頃……やがて、自分の方に向かって走ってくる若い男の姿を目にする。
そして男の後ろからは、長剣や短剣を持った五人の男が追う。
一目で、お互いがどのような関係なのかというのは、レイには分かった。
いや、この光景を見れば、レイでなくても誰でも理解出来るだろう。
盗賊に襲われた振りをして相手の懐に潜り込む……といった手段もない訳ではないのだが、このような林の中で行われる筈もない。
「こっちだ! こっちに走ってこい! 俺は味方だ!」
レイの姿を見て絶望を浮かべていたその男は、レイの口から発せられた声に一筋の救いを見出す。
もしここにセトがいれば、男はそこまで簡単にレイの言葉を信じたりはしなかっただろうが、そこにセトの姿はない。
走っている途中でレイとは別行動をとり、今頃は盗賊の背後に回り込んでいる筈だった。
「っ!? 危ない、君も逃げるんだ!」
レイの声に一瞬救われたかと思った男だったが、レイが小柄な人物で、それも一人だけだと知ると、そう叫ぶ。
だが、レイはそんな男の声を特に気にした様子もなく……そのまま走って男とすれ違い、男を追っていた盗賊に襲い掛かるのだった。
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