第1514話

 馬車の中で、レイはコトナラとジルの二人から色々と情報を聞いていた。

 もっとも、レイに色々な情報を教えるのはもっぱらコトナラの方で、ジルはそれを止める役柄だったのだが。

 また、コトナラから得た情報も、決して役に立つ情報ばかりという訳ではない。

 メジョウゴのどこにある娼館にどんな娼婦がいるのか、特殊な性癖を持っているのであればどこの娼館に行けばいいのかとか、そのような情報というのは、レイにとってはそこまで必要性がある訳でもないだろう。

 コトナラから聞いた、もっとも重要な情報は……メジョウゴにいる娼婦は、皆それを証明する為に首輪を付けているということだった。

 勿論その首輪が奴隷の首輪なのだろうというのは、レイも知っている。

 だが……少なくてもコトナラはその首輪を奴隷の首輪と認識していないことは理解した。

 きちんと話をしてみると、どうやらその首輪は奴隷の首輪とは思えないような派手な代物で、メジョウゴに所属する娼婦を示すものである……という認識。


(強引に連れてこられた奴なら、その辺を訴えて助けを求めたりも……いや、なるほど。その辺りの情報を漏らすのも、奴隷の首輪で禁止されてるのか?)


 馬車に揺れながら、レイはそんなことを考える。

 勿論それを知っている者はきちんといると思えたが、少なくてもコトナラの性格を考えると、知っていて知らない振りをしている……という訳ではないのは、明らかだ。

 もし知っていれば、強引に連れてこられた相手を娼婦として一晩楽しむことは出来ないだろう。

 まだレイがコトナラと知り合ってから一時間程度ではあるが、それだけ分かりやすい性格をしていた。

 勿論情報収集だけをしていれば色々と怪しまれかねないので、それ以外のこと……酒場でどのような料理が出るのかといった具合のことも聞く。


「そうだな、俺のお勧めはオークの煮込みだな」

「……オーク肉の煮込みですか? それは別に特別珍しい訳でもないのでは?」


 オークはランクがそこまで高くはないモンスターだが、その割には非常に美味い肉を持つモンスターだ。

 また、ゴブリン並み……とまではいかないが、それでも高い繁殖能力を持っているので、それなりに多く出回っているモンスターの肉でもある。

 もっとも、辺境以外の場所でオークが姿を現すのはそれなりに珍しいので、ギルム程頻繁に食べられてはいないのだが。

 それでもメジョウゴのような歓楽街であれば、オーク肉程度の食材なら幾らでも入手出来るのでは?

 いや、だからこそお勧めとして自分に勧めてくるのかも?

 と、そんな風に思うレイだったが……そんなレイに、コトナラは満面の笑みを浮かべて口を開く。


「勿論オークの煮込みって言っても、普通の煮込み料理って訳じゃねえ。いいか? よく聞けよ? 俺が言ってるオークの煮込みに入っているのは、オークの肉以外に……オークの逸物とかが入ってるんだよ。娼館に向かう前に食う奴は結構いるって話だぜ?」

「あー……なるほど」


 レイはコトナラの言葉に何と言っていいか迷い、そう誤魔化す。


「オークの煮込みは、普通に食っても美味いからそういう意味じゃなくて注文してる人も多いぞ」


 ジルがコトナラの言葉をフォローするように告げる。

 だが、どのような具材が入っている煮込み料理なのかを聞かされたレイは、とてもではないがそれを食いたいとは思わない。

 勿論レイも、日本にいた時にそういう料理があるというのは聞いたり、TVで見たりしたことはある。

 鹿のその部位を使った料理といった物もTVで見た記憶があった。

 芸能人が何も知らないで食べて、最後に材料はこれでした……という風にするバラエティ番組だったが。

 ともあれ、レイはメジョウゴの酒場にいってもオークの煮込みだけは食わないようにしようと決意し……そのタイミングを待っていたかのように、馬車の速度が遅くなるのを感じた。

 それに気が付いたのだろう。コトナラが嬉しそうに笑みを浮かべながら口を開く。


「お、ついたか。……取りあえずレンの行ってみたい店が決まってないなら、水浴びする乙女って店に行ってみるといいぞ。あそこはメジョウゴに初めて来た奴が行くには丁度いいし」

「ああ、そうだな。特殊なプレイとかそういうのもなく、普通に女を抱いてみたい初心者なら、水浴びする乙女がいいか」


 ジルも同意し、何故かレイが向かう先は水浴びする乙女という娼館に決まりそうだった。

 だが、レイは別に娼婦を抱くためにこのメジョウゴにやってきた訳ではない。

 本来は、ここを運営しているだろう組織の秘密を探る必要があってのことだ。


(取りあえず、水浴びする乙女だったか? その娼館には行った振りでもして、行方を眩ますか? 次に馬車が出るのは明け方だって話だし、それまで調べて……それで何も見つからなければ、次の馬車まで待つ)


 メジョウゴとロッシを……そして周辺の村や街を行き来している馬車は、朝、昼、夜、朝方といった風に、一日四回となっている。

 であれば、一度や二度帰る機会を見逃しても問題はないだろうというのが、レイの判断だった。

 勿論ロッシに帰るのが遅くなれば、それだけエレーナ達に色々と怪しまれることになるだろう。

 だが、幸いなことにドラゴンローブの中にはイエロがいる。

 常にイエロと一緒に行動していれば、そのイエロの記憶をエレーナが見ることで、レイが娼婦を抱いていないということの証明にはなるだろう。

 そうこう考えている間に、やがて速度が遅くなった馬車はその動きを停める。

 馬車に乗っていた人々は、これから起こるだろうめくるめく体験を思い、それぞれが興奮していた。

 そして御者とその護衛達が扉を開き、馬車に乗っていた面々はそれぞれ馬車を降りていく。

 レイもまた、コトナラとジルの二人と共に馬車を降り……る直前、馬車の扉に内側からの取っ手がないことに気が付く。

 それはつまり、いざという時には中から馬車の扉を開けられないことを意味している。

 勿論それは普通の者ならの話で、一定以上の戦闘力があれば内部から馬車を破壊して外に出ることは不可能ではないだろうが。

 実際、レイもその気になればデスサイズや黄昏の槍を出すまでもなく、内部から破壊することが出来る自信がある。

 馬車に閉じ込めるようになっているのは、あくまでも普通の者や……もしくは冒険者のように荒事の専門家であっても、そこまでの力がない者向けなのだろう。


(まぁ、考えてみればレーブルリナ国にはそこまで強い冒険者とかいないって言ってたしな。普通に考えれば、それでも十分なのか。……まぁ、メジョウゴの情報は周辺諸国にも広まっているらしいから、それでも絶対とは言えないと思うけど)


 メジョウゴの評判が周辺諸国に広まれば、当然のように貴族や大商人といった金を持った物が興味を持つだろう。

 そのような者達が雇っている護衛は、相応の腕を持つ。

 であれば、レーブルリナ国の冒険者よりも腕利きなのは当然だろう。

 または、腕利きの冒険者が直接メジョウゴにやってくる可能性も否定出来ない。


(となると、これはあくまでも一応とか、念の為とか、そういうことか)


 扉を見ながら、レイは馬車を降りる。

 そして……目を見開く。

 何故なら、そこにあったのは昼と見間違う程――というのは言いすぎだが――の明かりを持った街だったからだ。

 明かりの魔導具というのはそれなりの値段がする。

 にも関わらず、現在レイ達がいる場所から見える程にメジョウゴが様々な光により派手に飾り付けられている光景。

 レイが日本にいた時、学校の近くにある商店街ではクリスマスになればイルミネーションを飾っている店も多かったが、それよりも余程派手な光景だった。


(随分と……いや、歓楽街ならこういう風でもおかしくないけど)


 実際、ギルムの歓楽街でも遅くまで明かりのマジックアイテムはついており、その盛況ぶりを示している。

 だが……このメジョウゴはギルムにある歓楽街とは規模が違う。

 これだけの明かりのマジックアイテムを惜しげもなく使っているということは、それだけこのメジョウゴに金を落としていく者が多いということの証なのだろう。そして……


(マジックアイテムを大量に持っているという予想は、決して間違ってはいない、か。問題は具体的にどのくらいのマジックアイテムを持っているかだな)


 元々レイが今回のダスカーからの依頼を引き受けた理由の大きなものが、マジックアイテムを目当てにしたものだ。

 それだけにこれだけ大量のマジックアイテムを用意しているというのは、レイの目にとっては嬉しい出来事でもある。


「おい、レン。どうした? やっぱりメジョウゴを初めて見れば、驚くか?」


 周囲の様子を眺めているレイを見て、コトナラがそう尋ねる。

 フードを被っていることもあり、レイがどのような表情を浮かべているのかが分からなかったのだろう。

 それを幸いと、レイは笑みを浮かべながら口を開く。


「そうですね。まさか、夜なのにこんなに明るいとは思いませんでした。別に今日が特別って訳じゃないんですよね?」


 驚いた表情を作って尋ねるレイに、コトナラは満足そうな笑みを浮かべて頷く。


「ああ。ここはいつもこんな感じだ。ミレアーナ王国だって、こんな街はきっとそうそうないだろうよ。このメジョウゴを見れば、属国だ何だって馬鹿にしているような奴もいなくなるだろうよ」

「だと、いいですけど」


 レイとコトナラが話している間にも、馬車から降りてきた他の客達はそれぞれが目当ての店に向かう。

 その店は、酒場であったり娼館であったりと様々だ。


「おい、コトナラ。俺達もそろそろ行かないか?」

「ん? ああ、そうだな。……じゃあ、レン。俺達は行くけどお前はどうする? よかったらお前も俺達と一緒の店に行くか? それともやっぱり水浴びする乙女か?」

「あー……そうですね。取りあえずどこの店ってのはまだ考えられませんので、もうちょっとメジョウゴがどのような場所なのかを見て回りたいと思います」

「そうか? じゃあ、俺達はこれでいくよ。ジル」

「分かってる。……さて、どこの店にするかね。ここはいい店が一杯あって迷うからな」

「その前に景気づけだ。一杯飲んでいかないか?」


 そんな風に話しながら二人が去り、最終的にレイだけが――イエロもいるが――残される。

 周囲にいるのは、既に馬車の御者とその御者の補佐、もしくは護衛の男達。

 馬車の数だけその三人がセットでおり、それぞれが特に表情も変えない様子でレイを眺めていた。

 その視線にはどこか訝しむような色があり、何故メジョウゴまでやって来たのにさっさと娼館なり酒場なりに行かないのか……といった視線を向けているように、レイには思えた。


(ちょっと長く留まりすぎたか? まぁ、普通ならここに降りてすぐに目当ての店に行くみたいだし、それを考えればおかしな話じゃないのかもしれないが……取りあえず誤魔化すか)


 周囲の様子を物珍しそうに眺めながら、レイはその場を後にする。

 その姿は、一見すれば初めてやってきた場所に興味津々になっているような、世間知らずなどこぞの金持ちの子供……という風に見えてもおかしくはない。

 また、実際にレイは周囲の様子を珍しそうに見ていたので、それは決してそう装っている……という訳でもないだろう。


(TVで見た歌舞伎町とか、こんな感じだったような気がするな)


 何となく警察のドキュメンタリー番組やドラマで見た光景を思い出しながら、レイはメジョウゴの通りを歩く。

 既に日は暮れ、普通の村や街であればそろそろ寝始めている者がいてもおかしくはない時間。

 だが、このメジョウゴでは今からが一日の始まりと言わんばかりに、大勢の者達がそれぞれ店の前に出て客を呼んでいる。

 酒場の客引きもいるが、やはり一番多いのは娼婦の客引きだろう。

 多くの者が身体を強調するような衣装を身につけ、通りを歩く男達――少数だが女の姿もある――を相手に媚びを売り、誘っていた。


(別に嫌々やっているようには見えないな)


 強引に連れ去られた女達が強制的に娼婦をさせられているのであれば、それが何らかの態度に出てもおかしくはない。

 だが、少なくてもレイが通りを歩きながらそんな娼婦達の様子を見た限りでは、どこにもそんな様子は見えなかった。

 それすら隠すだけの強制力がある奴隷の首輪を使っているのか、それとも強引に連れてこられはしたものの、メジョウゴでの生活が性に合っていたのか。


(後者だと、色々と面倒なことになるのは間違いないな)


 組織に対する報復を行うことが目的の今回の依頼だったが、それをすると同時に強引に連れてこられた者達を解放するというのも目的の一つだ。

 だが、解放するというのはあくまでも娼婦を続けるのを嫌がっている場合での話であり、向こうがそれを望んでいるのであれば話は別だろう。

 勿論、家族や恋人、友人といった者達に連絡をする必要はあるだろうが。


「お兄さん、ちょっと遊んでいかない?」


 周囲の様子を見ながら歩いているレイだったが、不意に背後からそんな声を掛けられるのだった。

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