第1504話

 砂上船の改修を今回の一件の報酬として頼んだレイだったが、ダスカーの考えではそれを行うには大量の人員……それも普通の人員ではなく、錬金術師や魔法使いといった者達が必要な上に、どれだけの素材が必要なのかも分からない状況だ。

 ダスカー個人としては、レイには色々と無理を聞いて貰っている以上、それを引き受けたいという気持ちはあったが、ギルムの人員の多くを増築工事に回している現状、物理的にリソースが足りないのも事実だった。

 それこそ、レイやマリーナ、ヴィヘラが増築工事の際の報酬をそちらに回してもいいと言われても、すぐには頷けない。

 現在ギルムで行われている増築工事において、レイはミスティリングを使った荷物の運搬で数十人分……下手をしたら数百人分の仕事を一人でこなしている。

 そしてレイの従魔のセトは、結界が消えているギルムを、ハーピーのような空を飛ぶモンスター達から守っている。

 マリーナも、高い応用力のある精霊魔法を使って、レイ程ではないにしろかなりの働きを見せていた。

 ヴィヘラは他の二人程ではないにしろ、それでもギルムの見回りを行い、血の気の多い冒険者や職人、もしくは日雇いの仕事を求めてきている者達の起こすトラブルを鎮圧して回っており、一種の抑止力となっている。

 この三人の働きに見合った報酬となれば、それこそ相当な物になるのは確実だった。

 その報酬分を使ってもいいから、砂上船の改修をして欲しいと、そう言われたダスカーだったが……それでもやはり簡単に頷く訳にはいかない。


「レイの希望する報酬も分かる。だが……それでもやはり、報酬として砂上船の改修というのはちょっと難しい」


 そう告げてくるダスカーに向かい、レイは笑みを浮かべて口を開く。


「最初はそうかもしれないですけど、もし地上で走れる砂上船をギルムで作ることが可能になったら、どうでしょう? ギルムの新しい産業の一つになると思いますが」

「それは……まぁ、間違いないだろうな。船を普通に地上で動かせるのなら、物資の輸送とかにも大きな力を発揮出来るだろうし。だが、そう簡単にいくと思うのか?」


 レイの言葉に、ダスカーは難しい表情でそう告げる。

 実際、砂上船を作るというだけでも相当の技術力が必要となる。

 それ自体はレイが持つ砂上船があるので、それを解析することで技術的な蓄積を得ることは可能だろう。

 だが、実際に自分達が一から砂上船を作り、その上で地上を移動出来るようにするというのは……非常に難易度が高いというのは、言うまでもない。

 だからこそ、ダスカーもレイに向けてそう簡単に出来るとは言えなかったのだ。


「その辺は分かりません。あくまでも俺が出来るのは、提案ですから。ただ、上手くいけばギルムに大きな産業が出来るのは分かります」

「そうね。もし他の場所が真似をしようとしても、その砂上船……いえ、地上船? 陸上船? とにかく、それを作るのにギルムの立地を生かして辺境でしか取れない素材を使うようにすれば、それも難しくなるでしょうし」


 レイの言葉を補足するように告げたマリーナの言葉に、それを聞いていた者達は確かに、と頷く。

 実際ミレアーナ王国の中に唯一の辺境にあるギルムという街は、マリーナの言葉通りに物事が進めば大きな利益となる。

 もし他の場所で同じ物を作ろうとしても、どうしてもギルムから素材を手に入れる必要があり、そうなれば輸送費を始めとして掛かったコストが上乗せされるのは間違いない。

 更にそうなれば、素材を売った分だけギルムの利益にもなる。

 そうなれば、とてもではないがギルムと商売上で対抗するのは難しい。

 もっとも、別に辺境の素材に拘らなくても、何か代替品になる素材を見つければ話は別なのだろうが。


「うーん。それならいける、か? だが、さっきも言ったように、どのみち今はどうにも出来ないぞ。増築工事で手が回らないからな。今回の籠だって、相当錬金術師に無理をさせたんだし」

「はい、その辺は分かっています。なので、別に今すぐにやって欲しいとは言いません。ある程度落ち着いてからでも構いません」

「ふーむ……分かった。いや、それをやるとは今ここで返事は出来ないが、それでも検討してみよう。これだけの規模の話だし、ギルムの増築でも相当に金を使っているから、俺だけでは判断出来ん。ただ、俺個人としては出来ればやってみたいと思っている」


 そう告げるダスカーの言葉に、嘘はない。

 言葉だけで誤魔化しているのではなく、実際にやってみたいと思っている気持ちがレイにも伝わってきた。

 だが、それも当然だろう。

 もしギルムで砂上船の改良が可能になるのであれば、それはレイが言った通りギルムの一大産業となるのは間違いない。


(もっとも、砂上船そのものが非常に高価な代物だ。作ったから売れるって訳にはいかないかもしれないけど)


 そう考えるレイだったが、取りあえず最大の目的は自分の持っている砂上船を改修して貰うことで、それ以外はあくまでもおまけという認識だ。

 勿論提案したのは何の勝算もないからではない。

 ギルムの錬金術師達は、ベスティア帝国や魔導都市オゾスには及ばずとも、辺境の希少な素材を気軽に使えるということもあって、相当に高い技術力を持っている。

 実際、レイの持つ黄昏の槍を作ったのも、ギルムの錬金術師なのだ。

 そうである以上、ギルムで砂上船を作るのが決して不可能ではないと、そうレイは思っていた。


「さて、取りあえず砂上船についての話はこの辺りにしておこう。俺はやる気があるが、もしどうしても無理なようなら、別の何かで補填するつもりだから、安心してくれ」

「ダスカーが私達を騙すような真似はしないと思っているから、その辺は心配してないわよ」


 マリーナが昔馴染みらしい気安さで、ダスカーにそう告げる。

 そんなマリーナの言葉に、ダスカーは微妙に嫌そうな表情を浮かべた。

 もし報酬を誤魔化すような真似をした場合、間違いなく自分にとって不都合なことが起きると、そう理解した為だ。

 マリーナには、ダスカーにとって黒歴史と呼ぶべきものを知られている。

 それを吹聴される可能性を考えると、ダスカーは迂闊な真似が出来ない。


「安心してくれ」


 数秒前に口にした言葉と同じ言葉を再度口にする。

 だが、その言葉に込められている本気の度合いは、明らかに違っていた。

 そんなダスカーの様子を見て小さく笑みを浮かべたマリーナは、苛めるのはこの辺にしておこうと判断したのだろう。再び口を開く。


「取りあえずこの話についてはこの辺にしておきましょう。まず、今回使うという籠を見せて貰える? こっちも色々と準備する必要があるし」

「……うむ。ただ、残念だが俺はもう仕事に戻らないといけない。マジックアイテムについても、あまり詳しくないしな。それを作った錬金術師を呼んであるから、詳しい話はそっちから聞いてくれ」


 そう告げると、ダスカーは座っていたソファから立ち上がり、執務机に戻っていく。

 まだそこには書類が山となっており、それを処理するつもりなのは明らかだった。

 同時に、扉がノックされる。


「失礼します。ダスカー様、呼んでいると聞きましたが」

「ああ。レイは当然知ってるな? お前の作ったマジックアイテムを使う奴だ。マジックアイテムについて説明してやってくれ」

「あ、分かりました」


 そう告げる錬金術師の男は見るからに疲れているように見えた。

 そんな男を見て、レイ達は本当に大丈夫か? といった視線を向ける。


「レイ、こいつはアマロスだ。アマロス、じゃあ頼んだぞ」


 そう告げると、ダスカーは本格的に仕事に戻る。


「分かりました。では、行きましょう。籠は倉庫に運び込んであります」


 そう案内するアマロスの後に続き、レイ達は執務室を出る。

 ビューネが最後に残った焼き菓子を全て口に入れていたが、それに気が付いた者はいなかった。

 そうして領主の館の中を歩き、一旦外に出てから、敷地内に建っている建物の一つに入る。

 もしかしたら近くにセトがいるかもしれないと思ったレイだったが、セトも……そしてイエロも、やって来る様子はない。

 敷地内にある建物は、それなりの大きさを持つ。

 ただ、中には倉庫という通り様々な物が置かれている。

 もっとも倉庫に置かれっぱなしという訳ではなく、多くの者が出入りしては倉庫の中にある様々な物を外に出し、もしくは倉庫の中に持ってきていた。


「随分と出入りする人が多いな」

「はい、知っての通り、今は増築工事で色々と忙しいですから。この倉庫にもその関係の物が色々と置かれています」


 独り言を呟いたつもりのレイだったが、アマロスには聞こえたのだろう。そう言葉を返してくる。


「なるほど。……それで、籠は?」

「あちらに」


 疲れた様子でアマロスが指さしたのは、倉庫の端の方に置かれている籠。

 それは本当に文字通り、籠と表現するのが相応しい代物だった。

 ただし、いわゆる編み籠という類の物ではなく、革で出来た籠。

 ……そして、今回の場合はマーダーカメレオンの革で出来たその部分こそが最重要な代物だった。


「これがマーダーカメレオンの革か」


 呟くレイに、アマロスは頷きを返す。


「はい。ただ、色々と突貫工事だったので……その、性能的には満足出来るものではありません。直接魔力を使っての起動は出来ないので魔石を使わなければなりませんし、周辺に合わせて色を変えるのも一分程掛かります」

「魔石の件はダスカー様から聞いたけど、色を変えるのにそれだけの時間が掛かるってのは初めて聞いたな」


 少し不満そうな様子のレイだったが、それでも怒るといった程ではない。

 アマロスの様子を見れば、本当に限界まで働いているのは見て分かるし、何より空を飛ぶのであれば色が変わるのが一分程度掛かってもそう大きなデメリットではないと分かっているからだ。

 森の中といった場所を移動するのであれば、色が変わるのに一分掛かるというのは大きなデメリットだろう。それこそ、使えないと判断されてもおかしくはない程に。

 だが、地上とは違って空の上では周囲の色は基本的にそれ程変わらない。

 勿論しっかりと観察していれば気が付く者もいるかもしれないが、そこまでしっかりと空を見ている者がいるかと言われれば、可能性としてはゼロではないが、限りなく小さいと言うべきだろう。

 だからこそ、レイは色が変わるのに一分程時間が掛かると言われても、そこまで気にした様子はなかった。ただし……


「この籠の改修は、ギルムの増築工事が終わったらやって貰うってことになってるのは知ってるか?」

「はい、勿論。正直なところ、自分としても今回の仕事は時間に追われて、とてもではないけど満足出来るものではなかったので」


 少しだけ悔しそうに……いや、顔に出てない部分も含めると実際にはより多くの悔しさを感じているのだろうアマロスの言葉に、レイは頷く。


「そうか。分かってるのならいい。取りあえず今回この籠を使うのは、あくまでも試運転。それで何か気になる場所があったら、後日それを教えて改修する。そう考えればいいんじゃないか?」

「そうですね。そう考えれば、少しは気が楽になります」


 レイの言葉に少しだけ気分が楽になったのだろう。

 アマロスは疲れた顔に小さくだが笑みを浮かべる。

 アマロスの立場であれば、この場で籠を改修しろと言われれば、すぐにそれを行うという訳にもいかない。

 だが、レイの立場というのは、それを可能にしてしまうだけのものがあるのだ。

 それだけの力と実績を示し続けてきたし、その上レイは現在パーティを組んでいる。

 そうである以上、その力は増すことはあっても減ることはない。

 そんなレイが、自分の思っていた以上にあっさりと退いてくれたのがアマロスには嬉しかったのだろう。

 体力的にそんな余裕がないというのも、大きな理由だろうが。


「籠の……あの、上の部分をセトが掴むのか?」

「はい、そうなります。尚、入り口はこちらになります」


 そう告げ、アマロスは籠の側面の一部を軽く押す。

 すると、そのまま内側に扉が開く。


「へぇ……そこが扉になってるのか」

「はい。まぁ、上から出入りしろというのも難しいですしね」


 アロマスの案内に従って、レイ達はそのまま籠の中に入っていく。

 その中は、実際籠と呼ぶに相応しい形をしていた。

 四人から五人程が座るくらいの余裕はあるが、寝るような真似は出来ない程度の広さ。

 そして魔石を投入するだろう箱があり、その側には幾つかの魔石が積まれていた。


(二畳……いや、三畳よりも少し小さいくらいか? マーダーカメレオンの革を使って作ったらしいけど、何匹分つかったのやら)


 そう思いながら、レイはアマロスに向かって尋ねる。


「それで、この籠の名称はなんて言うんだ?」

「あー……残念ですが、凝った名前を付けるような余裕はなかったので、今は単純に籠とだけ呼んでいます。出来れば、レイさん達の方で相応しい名前を付けて貰えれば」


 そう言い、疲れた顔に笑みを浮かべつつも、照れくさそうに頭を掻くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る