第1433話
「これは……」
目の前に広がる光景に、レイは言葉を詰まらせる。
そんなレイの態度を見て、自分が……そして先祖達が集めてきたマジックアイテムの見事さに言葉を失っているのだと、そう思ったレルダクトは、未だ感じる両腕の痛みを我慢しながらも、口を開く。
「どうかね、我が家に伝わるマジックアイテムの数々は」
この部屋……マジックアイテムが保管されている部屋に来るまでは、レイに対してへりくだった態度をしていたレルダクトだったが、今のレイの様子に少しは自信を取り戻したのだろう。
最初に会った時のように……とまではいかないが、そんな自信が態度に表れていた。
レイに対する口調が変わったのも、その自信からきたものなのだろう。
だが……そんなレルダクトの自信は、次にレイの口から出た言葉であっさりと砕け散る。
「使えないな」
「……な!?」
褒められることはあっても、まさか落胆されると思っていなかったレルダクトは、そんなレイの態度に一瞬唖然とする。
それでもレイに食ってかからなかったのは、レイと自分の間にある絶対的な力の差というものを、両肩の痛みが教えてくれているからだろう。
「その、それなりに自信があったのですが……何がお気に召さなかったんでしょう?」
レイと接する時の態度も、再びへりくだったものに戻ってしまう。
そんなレルダクトの態度の変わりようを呆れの視線で眺めながら、レイは口を開く。
「そもそもだ。ここにあるマジックアイテムは基本的には芸術品とかそっち系統だろ?」
「それは、まあ」
レイの言葉に、レルダクトは特に逡巡もなく頷く。
それを見て、レイはようやくレルダクトが自分の情報を集めており、マジックアイテムを集めるのが趣味であっても、その集めるマジックアイテムがどのような代物なのかというのは知らないのだと理解した。
基本的にレイが集めるマジックアイテムというのは、実際に使える代物だ。
デスサイズ、黄昏の槍、茨の槍といったように戦いで使える代物。
マジックテント、流水の短剣、石窯といったように日常生活でも普通に使える代物。
それ以外にも幾つかマジックアイテムを持ってはいるが、その全てが実際に使われることが多い。
勿論目の前にあるような芸術品の類……宝石で出来ている宝石箱や、絵画、銅像、彫刻……といったように、芸術品でありながらマジックアイテムであるそれらも、価値の分かる者にとっては貴重な品なのだろう。
だが、レイは芸術品といった代物には特に興味はない。
ダスカーの屋敷やギルドマスターの執務室に飾られている絵画を見るようなことはあっても、その芸術品に心を奪われ、それこそ大金を使って芸術品を買い集めるというのは、理解出来ない。
……もっとも、他の者にしてみればレイが幾つもの実際に使う為のマジックアイテムを集めているというのも、理解出来ないのかもしれないが。
(結局のところ、価値観は人それぞれか。……それに、こういう芸術品に価値がない訳じゃないし)
レイは目の前にあるのが、具体的にどのような効果を持つマジックアイテムなのかということは分からない。
だがそれでも、こうしてレルダクトがしまいこんでいたのだから、価値があるものだというのは理解出来る。
(まぁ、偽物に騙されているって可能性もない訳じゃないけど)
日本にいる時も、偽ブランド品に騙された人物の話をTVでやっていたりするのを見たことがある。
そんな風に騙されているのでなければ、恐らくレイの視線の先にあるマジックアイテムというのは非常に価値があるものなのだろう。
「この宝石箱はどんな効果があるんだ?」
「それはですね、開けば音楽が鳴るというマジックアイテムです」
「あー……なるほど」
もしかしてこれを作ったのは、自分の同郷者か? と一瞬考えたレイだったが、オルゴールのような物であればこのエルジィンで考えられたとしてもそう不思議な話ではないかと理解し……そのままミスティリングに収納する。
「ああっ!」
「どうかしたのか?」
「……いえ」
本来ならこの手のマジックアイテムはレイの趣味ではない。だが、レルダクトがこのマジックアイテムを大事にしているというのは理解出来るので、これを奪うのがレルダクトに対する報復として大きな効果を持つだろうと、そう判断しての行為。
「こっちの絵画もマジックアイテムなのか?」
「え? あ、はい。魔力を流すことによって、絵の背景が変わります」
そんなレルダクトの説明に少しだけ興味を持ち、レイは飾られていた絵画に魔力を流す。
絵の中では春の草原で微笑んでいる女の姿が映し出されていたが、次の瞬間には夏らしい雲一つない青空になり、草原も数秒前よりも明らかに伸びていた。
そうして更に魔力を流すと、秋、冬……または夜の春、夏、秋、冬といった具合に絵画の内容が変わる。
「……なるほど。ちょっと面白いな」
芸術品に興味のないレイであっても、流す魔力によってこうも絵の内容が変わるというのは非常に面白かった。
その絵画も、当然のようにミスティリングの中に収納する。
「ああ……」
自分とその一族が集めてきたマジックアイテムが、次々にレイに奪われていくのを目の前で見せつけられるというのは、レルダクトにとっても精神的に大きなダメージなのだろう。
レルダクトの口から、嘆きの声が小さく漏れる。
そうして次々と芸術品の形をとったマジックアイテムを収納していたレイだったが、不意に喚声のようなものが聞こえてくることに気が付く。
(あれは……そうか、もうここまで来たのか。なら、俺がもうこれ以上ここにいる必要はないだろうな)
その聞こえてきた声が何を意味しているのかを知っているレイは、その声がまだ聞こえてないだろうレルダクトに向けて声を掛ける。
「俺はそろそろ行くが、もう少しでここに反乱軍がやってくる筈だ」
「っ!? 反乱軍! そんな、何故!?」
「何故って……本当に分からないのか? お前がこの領地を治めるのに相応しくないからだろうに」
レイの言葉に、思い当たることが多々ある為だろう。レルダクトは反射的に息を呑み……それから何かを言おうとするも、それは言葉にならずに消えていく。
そしてレルダクトの顔が絶望に染められる。
当然だろう。レイによって防衛戦力をほぼ壊滅――正確には殆どが逃亡したのだが――している状況で反乱軍に襲われでもしたら、間違いなく自分の命はないと、理解している為だ。
「レイ殿! レイ殿はさっき、私の命は助けると言った筈だ! なのに、私を反乱軍に引き渡すのですか!」
命惜しさからだろう。レイと呼び捨てにしていた呼び方も、レイ殿と殿付けになっていた。
「反乱が起きるような統治をしなければいいだけだろうに。……まぁ、いい。安心しろ。反乱軍とは話を付けてある。お前の命を奪うということはない筈だ」
「っ!? 最初から反乱軍と……」
組んでいたのか。
そう言おうとしたレルダクトだったが、いつの間にか取り出された黄昏の槍の穂先を突きつけられ、それ以上は口を開けない。
「正解……と言いたいところだが、正確には違うな。俺がこのレルダクト伯爵領に来た時、既に反乱軍は行動に移そうとしていた」
正確には武器は揃えたものの、まだそこまで大掛かりな動きを見せるにはいたっていなかったのだが、レイは大袈裟にそう告げる。
「そして偶然接触して、俺が今日このような行動に出るという話をしておいた訳だ。お互いに色々と利益があったからな」
レイにとっては、レルダクトに対する報復を終えた後始末を反乱軍に任せることが出来、反乱軍はレルダクトの擁する戦力をレイによって排除して貰える。
お互いに利益のある契約だった。
「それは……」
何かを言おうとするレルダクトの言葉を遮るように、レイは言葉を続ける。
「取りあえず命があることだけは保証するから安心しろ。……もっとも、向こうに対して傲慢な態度で接すればどうなるのかは分からないけどな」
一応レルダクトを殺さないようにと、そう反乱軍と話を付けているレイだったが、それでもレルダクトの態度によっては、危害を加えられないということはないだろう。
もっとも、両肩から先を切断されて、顔中をあらゆる体液で汚している今のレルダクトに対して反乱軍が危害を加えるかどうかは微妙なところだたが。
「……分かりました」
レルダクトも、現在の自分の状況は理解しているのだろう。レイの言葉に反論を口にするのではなく、大人しく頷きを返す。
「言っておくが、今のこの状況をどうにかしたからといって、再び同じような圧政を敷くような真似をすれば、また俺が戻ってくるかもしれないからな」
そう告げるレイだったが、本当に戻ってくるかどうかは微妙なところだろう。
この地に何か用事があれば話は別だが、わざわざ自分から様子を見に来るかと言われれば、答えは否だろう。
だが、レイの口から再び様子を見に来るかもしれないと言われれば、その可能性は限りなく低くてもその可能性を考えざるを得ない。
勿論両腕がなくなったレルダクトがこのまま領主の座にいられるかどうかということもあるのだが、それを考えに入れてもレルダクト伯爵領が今までのような高い税金のように圧政を敷くのは難しいだろう。
ましてや、今回の反乱軍の件でレルダクトは貴族派の中でも大きな恥を掻いてしまい、ただえさえ低い影響力が更に低下することになるだろう。
まさしく、これからは今までのように好き勝手に動くことは出来なくなるのは間違いなかった。
「お前がこれからどうするのか……それをゆっくりと見させて貰うぞ」
そう告げ、レイはレルダクトをその場に残してマジックアイテムが保管されていた部屋から出る。
背後からは嗚咽、号泣、嘆きの声……そんな様々な感情の混ざり合った雄叫びのような声が聞こえてくるが、レイから見ればそれは自業自得以外のなにものでもなく、特に気にせず通路を歩く。
領主の館には、つい数時間前まで何人、何十人……百人以上の人間がいたのだが、今はそれだけの人の数を見ることは出来ない。
レイの存在に多くの者が逃げ出し、それを見て他の者達も逃げ出すという風に人数が減っていたのだろう。
レルダクトに対する忠誠心がある者がいれば、恐らく残る者もいたのだろうが……そうした者の姿を確認することは、レイには出来なかった。
(ま、自業自得だろ。……ただ、こうして逃げていった奴がまたレルダクトに雇われるとは思えない。もしレルダクトが無事だったら……まぁ、その辺は反乱軍の面子に任せればいいのか。用事も済んだし、俺はさっさと……)
ギルムに帰ればいい。
「あ」
そう思った瞬間、ふと気が付く。
そう言えば反乱軍と会ってから今までずっと忘れていたが、そう言えばジャズから手紙を預かっていたのではないか、と。
反乱軍の面々と遭遇した場所の近くにあった、ハズルイ。そこに住んでいるジャズの弟のドストリテに対しての手紙を。
本来ならレルダクトに対しての報復をする為に必要な情報を得るという目的があったのだが、そっちの件に関してはハズルイに到着寸前に反乱軍と遭遇したことで既に解決してしまった。
だからこそ、手紙の件を忘れていたのだが。
ともあれ、手紙の内容はレイに協力して欲しいと書かれていただろうことは容易に想像出来るが、他にも近況が書かれているのは間違いない。
そもそも、ジャズは逃げるようにレルダクト伯爵領を出ていったのだ。
そうであれば、そう気軽に家族と手紙のやり取りを出来る筈もなかった。
「しくったな。……まぁ、いいか。少し遅くなったけど、セトに頼めば時間も掛からないだろうし」
セトの移動速度を考えれば、それこそ今夜中に手紙を渡すことも難しくはないだろう。
……もっとも、普通なら既に寝ている者も多い時間だ。
当然そんな時間に尋ねるような真似は出来ないのだから、実際に尋ねるのは明日になるのだろうが。
「となると、今日は野宿だな」
そう呟くレイだったが、その言葉に残念そうな色はない。
そもそも、レイの言う野宿というのはマジックテントを使っての野宿だ。
その快適さは、それこそ一般的な宿よりも遙かに上だろう。
ましてや、このレルダクト伯爵領は辺境という訳ではない。
夜中に凶悪なモンスターが襲ってくるということは、まずないと思ってもいい。
モンスターの代わりに盗賊の類が多いのだが、セトがいればその辺の心配もいらないだろう。
「グルルルルウ!」
そんな風に考えながら歩いていると、セトが嬉しそうに鳴き声を上げながらやってくる。
近づいてくるセトの顔を撫でながら、レイは口を開く。
「ハズルイって街に行こうと思ってるんだけど、いいか?」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは嬉しそうに鳴き声を上げ……それから数分も経たないうちに、セトは夜空に向かって飛び立つ。
それから暫くが経ち……やがて反乱軍が領主の館に突入するのだった。
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