第1415話

「さぁ、じゃんじゃん食べてちょうだい! 今日はアタシが奢るわよ!」


 資材を納め、ビストルはレイ達を連れて水晶亭という店にやってきていた。

 その店は、今回のギルム増築の件で人が増えたことにより新しく開いた店なのだろう。

 店自体も、そこまで凝った作りという訳ではなく……普通の店と屋台を組み合わせたような代物だった。

 店の中以外に店の外にもテーブルが置かれており、テーブルが少なくなれば幾らでも――店が借りてる敷地の範囲内でだが――増やせるという特徴を持つ。

 それを見たレイは、日本にいる時にTVで見たビアガーデンを思い出したが、似たようなものだろう。

 勿論ビアガーデンにもきちんとした定義があるのだろうが、レイの認識としてはそのようなものだった。

 野外にテーブルと椅子を用意するという形態の店である為、セトも店の中に入って空間を圧迫しなくても済むというのが大きいだろう。


「じゃあ、ご馳走になるわね。……もっとも、私とマリーナはそこまでお腹が減ってないんだけど」


 そう言いながら、エールの入ったコップを口に運ぶのは、この水晶亭に来る前に合流したヴィヘラだ。

 そんなヴィヘラの横では、ビューネが一心不乱に甘辛く煮込んだ肉を口に運んでいる。

 ギルムで仕事をする上で、レイのことを……そして紅蓮の翼のことをある程度調べていたビストルは、当然のようにヴィヘラやビューネについても知っていた。

 そうであれば、奢るメンバーにその二人を入れない訳にもいかなかった。

 新しく現れた二人が、女だからというのもビストルがあっさりとヴィヘラ達を受け入れた理由なのだろう。

 女であれば、そこまで食べるようなことはないだろうと。

 ……それが間違っていたのは、ビューネを見れば明らかだったのだが。

 もっとも、ビストルもそれなり以上にやり手の商人だ。……でなければ、ビストルのような外見であれだけの資材の納入を出来たりはしないだろう。

 ましてや、護衛を始めとして一緒に行動している者達に慕われるといった真似も。


「そう言えば、ビストルはここにいるけど他の人達はどうしたんだ? その、今日の襲撃で大きな被害を受けたのは間違いないだろうけど」

「ああ、皆ね」


 レイの疑問に一瞬だけ暗くなったビストルだったが、すぐに表情を笑みに変えて口を開く。


「他の皆はゆっくりと休んでるわよん。怪我をした人も多いから、その治療もあるし。アタシは色々とやるべきことがあるから、ギルドで待ってたんだけど」

「なら、俺達とこうして食事をしている暇はないんじゃないか?」

「アタシはこう見えても商人なの。仲間を失ったのは悲しいけど、頼まれた品を納品するのが最優先なのよ。それに……自分達が原因でアタシ達が悲しんでたり、商売に穴を開けたと知ったら、多分死んだ子達に怒られるわ」


 だから商品を取り返してくれたレイ達にはお礼をしてるの、と。

 そう言葉を締め括るビストルの言葉に、レイはそういうものかと納得する。

 それが商人として一般的な認識なのか、それともビストルだけの認識なのか……それは知らない。

 だがそれでも、ビストルがそれで満足するのならと、レイは存分にもてなしを楽しむことにする。


「ひっくっ! おい、こんな所に化け物がいるぞ、化け物! 他には美人がいる!」


 不意に、レイ達のテーブルの近くでそんな声が聞こえてくる。

 既に絡まれるのには慣れているレイだったが、それでも慣れているから気分が悪くならないという訳ではない。

 増築の件で現在のギルムには人が増えており、その中には当然のように酔っ払って相手に絡むようなものがいてもおかしくはかった。

 ……いや、それだけであれば、それ程おかしな話ではない。

 元々ギルムは大勢の冒険者が集まる街なのだから。

 だが……それでも、ギルムについて詳しい者であれば、それこそ酔っ払ってもレイに絡むような真似をする者はそう多くはない。

 多くはないという点で皆無という訳ではないのだが、それこそギルムだからこそだろう。

 ともあれ、現在レイ達に絡んでいるのはそのようなギルムの事情を何も知らないような相手なのは間違いなかった。

 レイの目から見たところ、筋肉はついているものの、それは戦う為の筋肉ではない。どちらかと言えば、何らかの作業をする為の筋肉だ。


(大工か)


 男達を見てレイはそう考えるが、それは決して間違っている訳ではなかった。


「あひゃひゃ。見ろよ、化け物だ化け物。モンスターがいるぞ。ほらここに冒険者はいないのか? 稼げるぞ!」


 余程酔っ払っているのだろう。ビストルの姿を見て、周囲に大声で尋ねる。

 この時、もし男達が酔っ払っていなければ……否、酔っ払っていても、もう少し浅い酔いであれば周囲の客達の何割かが自分達に向けてくる視線に気が付いただろう。

 レイのことを知っている人物、ヴィヘラやマリーナを知っている人物……そしてセトを知っている人物。

 だが、酔っ払っている男達はそんな周囲の様子には気が付かず、それどころかセトの姿にすら気が付いていなかった。

 仕事が終わって今日の給料を貰い、美味い酒を気持ち良く飲んで気分が良くなり……そして気が大きくなってしまったのだろう。

 もっとも、普段であればこういう時に絡まれるのは外見が幼いレイなのだが、今日はビストルという存在がいた。

 マリーナやヴィヘラと一緒にいれば、レイは当然目立つ。

 だが、ビストルはそんなレイ以上に目立つ存在なのだ。

 だからこそ、酔っぱらい達もそんなビストルに絡んだのだが……今日に限っては、運が悪かったとしかいえない。


「なぁんですってぇっ! 誰が一目見ただけで目玉が腐る程に不気味な、ランクSモンスターですってぇっ!」


 飲んでいたエールの入っていたコップをテーブルに叩きつけ、ビストルが叫ぶ。

 その迫力に絡んできた男達は一瞬怯むも、酔いの勢いもあってすぐに言い返す。


「誰もそこまで言ってねえだろうがっ! そもそも、見た目不気味だって自覚があるんなら、もっとしっかりとした格好をしやがれ! 何なんだよ、お前のその不気味さは!」

「んまぁっ! 言うにこと欠いて、何てことを言うのかしら!」


 ビストルも、普段であればここまでの反応はしない。

 だが、親しい仲間の何人かが死に、大きな仕事として引き受けた資材の運搬も、肝心の資材を奪われて駄目になりかけ、ギルドを通して紅蓮の翼にその尻ぬぐいをして貰い、資材の奪還だけではなく仲間の弔いまでしてもらい……

 色々と、本当に今日は色々とあったのだ。

 表には出さないようにしていたが、その色々の大半はビストルに対して強いストレスを与え続けていた。

 そこにエールを飲んだことによる酔いと、自分に絡んできた相手という要因が重なり……

 次の瞬間、座っていた筈のビストルは一瞬にして自分に絡んできた男達の前に立つと、両手を広げて思い切り抱きしめた。


『ぎゃあああああああああああああああああああああああっっ!』


 幾らビストルが筋骨隆々な男――本人曰く乙女なのだが――であっても、絡んできた男達も大工だ。

 普段から力仕事をしているのだから、当然のように自分の力には自信があった。

 だが、そんな男達が三人纏めて一人の男に抱きしめられ、それを振り解くことが出来ないのだ。

 大工達も身体には筋肉がついており、本来であればそんな三人を一人の人間が抱きしめ続けるというのは無理な筈なのだが……どのような理由によってか、ビストルはその不可能を可能にしていた。

 仕事仲間の大工達だが、密着して嬉しいなどということは全くない。

 女と密着するのであれば、嬉しいのだろうが……それが男という時点で論外だった。


「あらん、どうしたの? そんなに喜びの声を上げられると、アタシも困っちゃうわねん」


 大工と商人。……普通に考えれば、頭の良さという一点では明らかに商人が上で、筋力では大工に軍配が上がるだろう。

 だが、今回に限っては筋力で軍配が上がったのはビストルの方だった。


「うわぁ……何て言うか、うわぁ……」

「ぷぷっ、可哀相。……ぷぷっ!」

「ふん、いい気味だ。さっきからあいつ等はうるさかったからな。ざまあみろ」


 周囲から聞こえてくるそんな声に、何となくレイは絡んできた男達に向かって哀れみの視線を向ける。

 勿論自分達に絡んできた相手なのだから、苛立たないかと言われれば答えは否だ。

 だが、今回はレイ達に絡んできた相手であっても、レイに直接絡んできた訳ではない。

 レイより目立つ、ビストルに絡んできた形だった。

 だからこそ、レイは絡んできた相手にそこまで不快な思いはいだいていなかった。

 ……不快云々以前に、今の男達の状況を見れば寧ろ同情したくなるという思いの方が強いというのもあったが。


「あら、この豆料理美味しいわね。豆を煮込んでるだけなのに、妙に深い味わいが……これは煮込んだスープがよかったのかしら」


 マリーナはそんなやり取りから視線を逸らすように、目の前の料理を口に運ぶ。

 スープで豆を煮込んだだけという、非常にシンプルな料理だったのだが、口の中には豆の濃厚な旨味と共にスープの味が広がる。

 シンプルであるが故に奥が深い料理と言えた。

 マリーナが料理を食べている光景を見て、その料理が美味しそうだと思ったのだろう。ヴィヘラもちょっと興味深そうに、豆の料理を口に運ぶ。


「そうね。随分と美味しいわね。……この値段で利益が出るのかしら?」


 この店はレノラから、美味くて安い店として紹介された店だ。

 だからこそ、こうして多くの人で賑わっている。

 それだけに、これだけの料理を出して利益が出るのか……そう心配するヴィヘラだったが、そのテーブルのすぐ横ではビストルによって三人の男達が意識を落とされ、地面に倒れ伏しているところだった。

 ……ビストルに抱きしめられたことによって意識を失ったのか、それとも酔った状態で騒いでそれで意識を失ったのか……

 どのような理由なのかは分からなかったし、分かりたくもなかったが。

 ともあれ、レイ達は周囲の様子には視線を向けず、目の前にある料理を味わうことに集中する。


「全くもう、失礼しちゃうわね」


 不満そうにしながら、ビストルが席に戻ってくる。

 そんなビストルを見てから、意識を失っているだろう大工達に視線を向けたレイは、この店の用心棒と思しき者達に引きずられていく三人の姿を見る。

 もっとも、既に終わったことだと、レイは改めてビストルに向かって口を開く。


「それで、そっちは明日からどうするんだ?」

「そうねぇ。取りあえずああいう相手がいる以上、そう簡単に今回のような仕事を引き受けるわけにはいかないでしょうね。少なくても、もっと護衛を増やす必要があるでしょうし」

「……そうか」


 ビストルの言葉に、レイは少しだけ申し訳なさそうに言葉を返す。

 今回の襲撃は、普通の盗賊の仕業ではないことは明らかだった。

 だが、それを目の前の人物に言ってもいいものかどうかレイは迷ったのだが、その辺りの詳しい事情は、話してもよければ警備兵やギルドの方から明日にでも話されるだろうと黙り込む。

 そんなレイの様子を見て場を盛り下げてしまったと思ったのか、ビストルは笑みを浮かべて口を開く。


「さぁ、とにかく今日はレイちゃん達のおかげで本当に助かったのは間違いないのよ。だから、思う存分食べて頂戴。……あ、セトちゃんもね」


 最初にセトを見た時は、ビストルもさすがに一瞬固まった。

 だが、レイの情報を集めている以上、当然セトのことは知っていたのだろう。

 また、セトの人懐っこい態度と円らな瞳を見て、一発で陥落してしまったのだ。


「グルルルゥ!」

「あーもう、可愛いんだから!」


 呼び掛けられたセトは、ビストルを見て小首を傾げる。

 その仕草がビストルのツボに嵌まったのか、満面の笑みを浮かべてセトを撫で始めた。

 薄らと化粧すらしている今のビストルは、なるほど、モンスターと言われてしまえば納得してしまいかねない容姿をしている。

 だが、そんなビストルを見ても、セトは特に驚いたり威嚇したりといった行為をしない。

 それがビストルにとっては嬉しかったのだ。

 セトを撫でながら、近くを通った店員に追加の注文を行う。


「おい、いいのか? いや、勿論奢ってくれるのは嬉しいんだけど」


 既にテーブルの上は隙間なく皿が乗せられている。

 これだけの料理を注文したのに、まだ追加注文してもいいのかと、そう告げるレイにビストルは満面の笑みを浮かべて頷きを返す。


「大丈夫よ。それに明日からはまた元気を取り戻して頑張らなきゃいけないんだから、今日は目一杯食べて、飲んで、英気を養うわよ!」


 そう告げ、ビストルはエールの入ったコップを持ち上げ、叫ぶのだった。

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