第1416話

 レイ達がビストルの資材を取り戻してから数日……レイの姿は正門前にあった。

 今日もまた、トレントの森で伐採された木材をミスティリングに収納して運ぶという仕事をしようとしていたのだが、ちょうどその時にギルムから出ようとしているビストルと遭遇したのだ。

 正確には、ビストル率いる商隊の一団と呼ぶべきか。

 ビストルはレイとセトを見つけると、嬉しそうに笑みを浮かべながらレイ達に近付く。

 以前レイが会った時と同じく、筋骨隆々と呼ぶに相応しい身体つきを、女らしい服で身を包んでいるその様子は、間違いなくここでも非常に目立っていた。

 だが、本人はそんな風に目立っているのはいつものことなのか、特に気にした様子もなくレイに向かって声を掛ける。


「あら、レイちゃんにセトちゃん。今日はこれからお仕事?」

「ああ。そっちは? ギルムを出ていくのか?」

「そうよん」


 そう言いながらも、ビストルの口調には力が溢れていた。

 その声で、レイは別にビストルがギルムから逃げ出していく訳ではないのだろうと理解する。


「これからどうするんだ? この前はもう少し戦力集めるとか言ってたけど」

「ええ、その辺りはこっちで何とかしてみるつもり。このまま引き下がるようだと、あの子達にも申し訳ないし」


 ビストルの口から出た『あの子達』という言葉が誰を示しているのかというのは、レイにもすぐに分かった。

 襲撃があった時、ビストル達を逃がす為に戦い、散っていった者達だろう。


「君がレイ君か」


 そんな風にビストルと話していたレイだったが、不意に声を掛けられる。

 声のした方に視線を向けると、そこにいたのは四十代程の男だった。

 もう冒険者といった仕事をするのは厳しくなってくる年齢――例外も多くいるのだが――に見えるが、レイの前にいる人物はそのような衰えは見られない。


「えっと……?」

「ああ、失礼した。私はビストルさんの商隊の護衛をまかされているオドルスタという。本来ならもっと早くに君に会いに行きたかったのだが、色々と忙しくてな」

「あー……だろうな」


 私兵集団による襲撃で、商隊は少なくない被害を受けた。

 それを補填する為に色々と行動をする必要があり、オドルスタも護衛の立場として減った人数を補充し、連携を取れるようにしっかりと話を通す必要があった。


「レイ君がビュイ達を弔ってくれたと聞いている。……ありがとう」


 深々と頭を下げるオドルスタ。

 ビュイと言われたレイは最初それが誰のことかは分からなかったが、弔ったという言葉でそれが私兵集団による襲撃で死んだ者だと理解する。


「いや、そこまで言われるようなことじゃないよ。依頼の合間のついでだったし」

「それでも、私は嬉しいと思うよ」


 ビストルという、癖の強い人物の護衛をしているだけあって、冒険者としてはかなりの人格者のようにレイには思えた。


(まぁ、そんな性格でもなければビストルの護衛は無理なんだろうけど)


 視線の先で相変わらず色々な意味で強烈なビストルがセトを撫でている光景を見ながら、レイはしみじみと思う。


「さて、レイちゃん。私達はそろそろ行くわね。レイちゃん達はどうするの?」

「ん? ああ、俺もそろそろ行くよ。トレントの森の方で伐採された木を受け取ってくる必要があるし」


 そう告げ、レイはビストルやオドルスタと別れてセトと共にトレントの森に向かうのだった。






 レイとセトが大空に飛び立った頃、領主の館でダスカーは不機嫌そうに書類を執務机の上に放り投げる。


「ふんっ、ようやく吐いたか。……しかし、まさか貴族派とはな」


 心の底から忌々しいといった様子でダスカーが吐き捨てる。


「そうですね。正直なところ、今回の一件は国王派の仕業だと思っていたのですが……かなり予想外の展開でした」


 そう呟くのは、ダスカーの側近の一人だ。


「一応言っておくが、自分達の主人の名前で嘘を言っている……ってことはないだろうな?」


 ダスカーの脳裏を過ぎったのは、もしかして中立派と貴族派を敵対させるための策略ではないかということだ。

 少し前までは、国王派、貴族派、中立派という三つの派閥は、明確に敵対していた。

 だが、今は貴族派と中立派は敵対関係ではなく、どちらかと言えば友好的中立といった立場だ。

 であれば、それを厄介に思った国王派が貴族派と中立派の間を裂こうと考えてもおかしなことではない。

 そんなダスカーの言葉に、側近は首を横に振る。


「いえ、恐らくそれはないかと。……幸いにもと言うべきか、紅蓮の翼は多くの者を捕虜にしてくれました。おかげで、捕虜の情報の整合性を取るのも難しくはありません」

「……そうか。正直なところ、貴族派と揉めたくはないんだがな」


 そう言いつつ、ダスカーはどう報復するのかを考える。


「今回の一件、恐らくケレベル公爵家は関わっていないと思われます」

「だろうな。ケレベル公爵とはそれなりに上手くやっているという自信はあるからな。だが……貴族派の中には、それが面白くないと思ってる奴もいるんだろう」


 貴族派に所属している者というのは、大抵が自分が貴族であることに強い誇りを持っている者が多い。

 また、自分が貴族派という派閥に所属しているということに対しても同様に誇りを持つ。

 そのような貴族達にとって、平民に寛容な姿勢のダスカーは許容出来ないのだろう。

 いや、自分達と対立しているのであれば、平民に尻尾を振っていると馬鹿にすることも出来るだろう。

 だが、その貴族派と友好関係になってしまえば、そのような行為も――少なくても表だっては――出来なくなってしまう。

 勿論ケレベル公爵は公私をしっかりと分けるだけの分別を持つ。

 それだけに、そう簡単に二つの派閥が手を結ぶとは貴族派の者達も思っていなかったのだろうが……そこに今回のギルムの増築だ。

 今までは、その実態はともかくとして名目上は都市より規模が小さく格の低い街でしかなかったギルムが、増築を開始したのだ。

 今まで都市を保有していなかった中立派が都市を保有することにより、ケレベル公爵は手を組むに相応しい相手として見るのではないか……そう思っている者は、決して少なくない。

 また、辺境から得られる莫大な利益を中立派が独占しているというのも、気にくわない理由の一つだろう。

 ましてや、貴族派の中でもある程度の情報を得られるような者であれば、ケレベル公爵の一人娘にして、貴族派の象徴、姫将軍の異名を持つエレーナ・ケレベルがレイと親しいという情報を入手するのは難しくない。

 実際にはその親しさが友人程度と思われており、異性間のものではない……と考えている者が大半なのだが、それでも男と女だ。

 ましてや、自分より強い相手にしかその身を委ねないと公言していたエレーナに対して、レイはベスティア帝国との戦争でその実力を見せつけた。

 その戦果はセトが……グリフォンがいてこそのものだと思っている者も多いが、中には真実を見抜くだけの目を持つ者もいる。

 それ以外にも様々な理由から、レイを危険視している者が多い。

 そしてレイが拠点としているのがギルムである以上、より中立派に敵意が向けられるのは当然のことだった。


(けど、レイがいるからこそ今まで何とかなった件ってのもある。直近だとトレントの森だな。ギガント・タートルだったか? 厄介なモンスターだったし)


 勿論、レイ以外にも高い戦闘技能を持つ冒険者はいる。

 だが、それでもレイ程に被害を出さずに倒せたかと言われると、微妙なところだろう。

 レイがギガント・タートルを倒せたのは、空を飛べて上空から攻撃したということや、持っていたマジックアイテムの力が大きかったと、ダスカーは報告書で確認している。


「まぁ、いい。とにかく何を思ってこちらに攻撃を仕掛けてきたのかを調べ……いや、それは考えるまでもないか。となると、こっちに迂闊に手を伸ばしてきた礼をしてやる必要があるが……どうする? やっぱりこの場合はレイに頼むのが最善か?」


 空を飛ぶという行為により高い機動力を持ち、その上個人で桁外れの火力を持つ。

 個人で軍を相手に出来るだけの能力を持っているレイなら、今回向こうが行ってきた妨害工作についての仕返し……もとい、お返しをするには十分だろと。


「ですが、レイがいなければ増築作業に色々と遅れが出てきますが」


 レイの持つアイテムボックスは、現在行われている増築作業では……より正確にはその前段階の作業では、大きな戦力となっていた。

 そのレイが抜けてしまえば、これからの作業に大きな遅れが出るというのは間違いなかった。

 だが、ダスカーは少し考えるも、やがて小さく首を横に振る。


「今回は偶然にもレイがいたおかげで、特に大きな被害にはならなかった。盗まれた資材も無事に取り戻せたしな。だが、このままではまた同じことが繰り返されないとも限らない。特に、今回のような件を企んだ奴にしてみればな」

「それは……ケレベル公爵の方に連絡を入れてみては? ケレベル公爵にとっても、今の状況は面白くない筈です。そうであれば、こちらからその報告をすれば、向こうも動かざるを得ないのでは?」

「……そうだな。それは間違いない。だが、その代わり俺はケレベル公爵に対して借りを一つ作ることになる。そして、俺は容易い相手だと相手に思われるようになる訳だ」


 小さく息を吐き、ダスカーは面倒くさそうに髪を掻きながら、再度口を開く。


「いや、俺が侮られる程度なら構わない。だが問題は、俺が侮られることでギルムに妙な手を出されるということだ」


 ダスカー程度なら、こっちが多少無理をして手を出しても反撃はしてこないだろう。一応上に睨まれないようにする為に、程々にする必要はあるが。

 そんな風に考え、ギルムに手を出してくる者が多くなってしまう。

 ただでさえ、現在は増築作業で非常に忙しいのだ。

 普段であれば、多少手を出してこようともどうとでも出来るだけの自信があるが、今は不味い。

 そのようなことにならない為に、多少無理であろうと自分だけの力で反撃をする必要があるのだ。


「ですが、ここ最近レイをいいように使いすぎではないですか? もしそれに嫌気がさして、他の街に拠点を移されたらどうします?」


 普通であれば、貴族……それも領主から依頼を受けるというのは、冒険者にとっては誉れでこそあれ、疎むようなものではない。

 だが、それはあくまでも普通の冒険者……ランクCやDといったランクの冒険者だ。

 これがランクBやAともなれば、腕が立つ分だけ性格も特徴的な者が増えてくる。

 勿論中には性格のいい冒険者もいるのだが、我が道を行くといった者が多くなってくるのも事実だ。

 そして、レイは当然後者に値する。


「それは分かってるんだけどな。……だが、セトがいるというのは大きい。移動力、火力ともに備わっていて、それにアイテムボックスや各種マジックアイテムを持っているんだぞ? それこそ、何で個人でそんなに充実してるんだって思わないか?」


 これが、グリフォンを従魔にしている人物と、高い戦闘力を持つ人物、アイテムボックスを持つ人物、多くのマジックアイテムを持つ人物……このように、それぞれが別の人物であれば、ダスカーも色々と頼みやすい。

 一人だけに負担を掛けるのではなく、複数の人物にそれぞれを頼めるのだから。

 だが、それは今更言っても仕方のないことだ。

 レイという人物が一人しかいない以上、レイに依頼が集中するのは当然だった。


(アイテムボックスが誰にでも使える物なら、レイが貸してくれるかどうかは別として、貸してくれるように頼むことは出来るんだがな)


 レイにしか使えない以上、それも無理だ。


(セトも、レイでなければ背中に乗せて飛ぶことは出来ないって話だし。……まぁ、ヴィヘラ殿やマリーナのように足に掴まって移動という手段はあるんだろうが。……それだって誰でも出来ることじゃないしな)


 前足に掴まったまま飛ぶのだから、掴まっている方には相当の握力が必要となる。

 その上、鎧の類いを着ていれば余計に重量は重くなるし、セトに掴まっている手も、力を入れすぎればセトが痛がる。

 何より、セトが人懐っこく、レイに懐いていた。

 そのレイと離れて行動しろというのは、色々な意味で無理があるだろう。


「……やっぱり駄目だな。戦闘力とかでなら、レイと同等……とは言えないが、かなり強い奴はいる。だが、移動速度の点でどうしてもレイに劣ってしまう」

「しょうがない、ですか。増築の作業が遅れるのは、出来れば避けたかったのですが……」


 ダスカーの部下は小さく溜息を吐き、少しでも工事の準備が進められるように頭の中で段取りを考えるのだった。

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