第1411話

 林の中に入った、レイ、マリーナ、ヴィヘラ、ビューネの四人は、先程レイとビューネが通ってきた道をそのまま戻っていった。

 先頭を進むビューネを見た後、レイは枝の隙間から空を見る。

 そこから一瞬だけ空を飛んでいるセトの姿が見えると、そのことに安堵しながらレイは再び林の中を進む。


「それにしても、洞窟ね。……こういう林にあるのは少し珍しいわね」


 偵察してきたレイから聞いた情報を思い出したのか、マリーナが呟く。

 そうしながらも、周囲の様子を警戒しているのは腕利きのマリーナらしい。

 いつもであれば、何か異変があれば盗賊のビューネよりも、人より五感の鋭いレイよりも、セトが真っ先に発見する。

 だが、今はそのセトがいない。

 いや、正確には先程レイが空を見た時にその姿を確認しているのだから、近くにはいないというのが正確なところか。

 よって、盗賊に見つからないように……そしてモンスターに見つからないように、周囲を警戒しながら歩いていた。


「っと!」


 そんな中、不意にレイが手に持っていた茨の槍を茂みに突き刺す。


「ギュピィッ!」


 そして周囲に響く断末魔の悲鳴。

 茂みから茨の槍を引き抜いたレイが見たのは、角が三本生えている兎のモンスターだった。

 ……牙の生えている姿を、兎と呼んでも良ければだが。


(ガメリオンの子供……いや、違うか。それでも初めて倒すモンスターだな。……モンスター辞典に載ってたような……)


 穂先に刺さっている兎のモンスターの死体を眺めながらレイが考えていると、マリーナが口を開く。


「あら、オウルラビットじゃない」

「ああ、それだ」


 オウルラビット。三本の角と牙が特徴的なランクEモンスター。

 兎の形はしているが、その牙を見れば分かる通り肉食のモンスターだ。

 強靱な足腰と素早い身のこなしで額から生えている三本の角と牙で攻撃してくるモンスターだが、そこまで強力なモンスターという訳ではない。

 だが、オークのようにランク以上に美味な肉を持っており、そういう意味では人気のモンスターだった。


「取りあえず、これの解体は後でだな。血抜きとかもしないといけないし」


 呟き、そのままオウルラビットの死体から茨の槍の穂先を引き抜くとミスティリングに収納する。

 肉の味がいい以上、一匹で空を飛んでいるセトのお土産にはちょうどいいだろうと、そう判断して。


「じゃあ、進みましょう。ビューネ、お願いね」

「ん」


 マリーナの言葉にビューネが小さく返事をし、再び夕日に染まっている林の中を進んでいく。


(出来るだけ早く片付けて帰りたいんだけどな。……どうだろうな)


 レイが偵察の時に見た感じでは、今回戦うべき私兵達はそこまで強い相手ではない。

 それこそ期待しているヴィヘラには悪いが、恐らく満足出来る戦いにはならないのではないかというのが、レイの予想だった。


(まぁ、隊長と呼ばれていた男はそこそこ強そうだったから、そっちを任せればいいか)


 これがモンスターであれば、それこそ魔獣術で吸収する魔石も必要とする以上、譲る訳にはいかない。

 だが、今回の場合は相手が人間だ。

 倒しても魔石が手に入る訳ではない以上、無理に自分が敵の中で一番強い相手を倒す必要はなかった。

 なら、その強敵をヴィヘラに譲っても何の問題もない。


「ん」


 林の中を進むこと、暫く。

 不意に先頭を歩いていたビューネが短く声を発する。

 それはいつもと変わらなかったが、そこにある警戒の意志はレイ達にも感じることが出来た。

 そして現在の状況でビューネが警戒する以上、その警戒する相手が誰なのかは考えるまでもない。


「……いるわね」


 マリーナが小さく呟き、レイとヴィヘラ、ビューネがそれぞれ頷く。

 ビューネは盗賊故、マリーナはダークエルフとしての高い視力で、そしてヴィヘラはアンブリスを吸収したことにより上がった視力で、その相手を見ていた。

 そう、アジトの周辺を見張っている何人かの男達を。

 ここが林であれば……モンスターの生息地であると考えれば、それは当然だった。

 見張りも何もないままに林の中にいれば、それこそいつモンスターに襲われるのかが分からないのだから。

 そうならない為には、見張りが必要になるだろう。

 もっとも、レイとビューネは少し前にその見張りの目を盗んでアジトの中に潜入し、そこから脱出してきたのだが。


「どうする?」

「俺が片付ける」


 茨の槍を手に、レイが呟く。

 他の三人もそれに黙って頷いた。

 この四人の中で、レイが一番強いというのは全員が知ってる。

 そのレイが動くのであれば、間違いないだろうという思いがあった。


「よし。なら、見張りを片付けたら一気に動く。見張りが一人な筈はないから、どうせすぐに異変は感じ取られてしまうだろうし」

「敵の隊長は私が貰ってもいいのよね?」


 確認するように尋ねるヴィヘラに、レイは頷きを返す。

 それに満足そうな表情を浮かべたヴィヘラは、次の瞬間には口元に獰猛な笑みを浮かべていた。

 これからの戦いに期待しているのだろう。

 それが分かったレイは、出来ればヴィヘラが満足出来る戦いになるようにと祈りながら隠れていた木の陰から飛び出す。


「っ!?」


 見張りの男は、何かが飛び出してきたと理解した瞬間、叫ぼうとする。

 だが、レイの踏み込みはその男の口から声が出るよりも前に、既に相手を自分の間合いに収めていた。

 ましてや、レイの持つ武器は槍だ。武器の間合いの長さという点では、男が手に持っている長剣よりも優位に立っている。

 林の中という場所では長柄の武器は使いにくいのだが、突きを主体とする槍は話が別だ。

 結局見張りの男は声を出すことも出来ないまま、鳩尾に一撃を食らって意識を失い、地面に崩れ落ちる。

 それでもレイの放った突きが槍の穂先ではなく石突きだったのは、男にとって幸運だったのだろう。

 ただ、レイも男を殺すのが嫌だとか、そのような理由でわざわざ生かして捕らえた訳ではない。

 この私兵集団の裏にいる者の情報を少しでも得るには、情報源は多い方がいいだろうという考えからだ。

 ……生かして捕らえた方が、報酬が増えそうだという一面も間違いなくあったが。

 そこからは、言葉も交わさずにレイ達は敵のアジトに向かって進む。

 最初に奇襲を仕掛けることが出来れば、そのまま一気に倒すことが出来る。

 だからこそ、見張りに声を出させないように倒したのだが……その効果は、レイが思っていたよりも少なかった。

 いきなり現れた、見知らぬ相手……レイの姿を見た瞬間、アジトにいた者達はすぐに武器を手に攻撃を開始したのだ。


(へぇ)


 その反応の良さに、少しだけレイは感心する。

 忍び込んだ時はそれに気が付いた様子はなかったが、一度レイの姿を見つければ迷ったりせず即座に敵と判断し、攻撃してくる。

 勿論、この林にアジトを構えている以上、見張りがいてもいつモンスターが襲撃してくるか分からない。

 そうであれば、こうしていざという時に備えておくのは当然なのだろう。


「敵……」


 だが……それでも、遅い。

 敵襲、それとも敵が来た、か。

 ともあれ、レイ達の襲来を叫ぶよりも前に、その男はレイの振るった茨の槍で脇腹を殴られ、数mも真横に吹き飛んでいく。

 アジトだけあってそれなりに広く、槍を横薙ぎに振るえる場所だったのが、男にとっては不幸だったのだろう。

 もっとも、突きで身体を突かれて意識を失うのと、横薙ぎに吹き飛ばされて意識を失うののどちらがいいかは、人にもよるのだろうが。

 それでも、意識を失った男の叫びはアジトの中に響いた。

 それを聞いた者達は、それぞれ敵襲だと判断し、武器を持って迎撃に出る。


「なっ!? モンスターじゃねえだと!?」

「ガキ!?」


 ドラゴンローブのフードを被ったレイを見て、何人かが戸惑ったような声を上げる。

 だが、その戸惑いは男達にとって致命的とも言える結果を招く。

 レイが男達の様子に全く構わず、前に出たのだ。

 そして振るわれる茨の槍。

 ……セトと共にいれば、もしかしたらレイを深紅の異名を持つ冒険者だと認識出来たかもしれないが、残念ながらセトは今上空だ。

 結局レイをガキと呼んだ男は何が起きたのかも殆ど理解出来ないままに茨の槍による一撃で吹き飛ばされ、そのまま横にいたもう一人の男にぶつかる。

 ここまで騒動になってしまえば、当然のように周辺では色々と動きが激しくなる。

 だが、戦ってるのはレイだけではない。

 マリーナは弓を使って敵の手足を射貫いては、それ以上動けないようにする。

 ヴィヘラは敵を一撃で倒しながら、目的の隊長を探す。

 ビューネは他の三人とは違って敵に見つからないように移動しながら、長針を飛ばしたり、隙を突いては白雲で斬りつけたりしてフォローしていく。


「落ち着けぇっ! 全員、陣形を整えろ! 敵は少数だ、狼狽えるんじゃねぇっ!」


 次々とレイ達によって気絶させられていく部下達を目にした隊長は、そう叫ぶ。

 その声により、我に返ったのだろう。私兵達も急激に落ち着いていく。

 そもそもの話、この私兵集団はそれなりに精鋭と呼ぶに相応しい練度を持っている。

 そうである以上、一度混乱に陥っても我に返るのはそう難しい話ではなかった。


「へぇ」


 感心の声を漏らしたのは、レイ。

 茨の槍を使って次々に現れる者達の意識を奪いながら、改めて周囲の様子に視線を向ける。











 そこでは、先程大声を上げた人物……敵の隊長に、目敏くそれを見つけたヴィヘラが襲いかかる光景だった。


「隊長!」


 そんな隊長の姿を見て、近くにいた人物が援護しようとするが……


「がっ! くそっ!」


 その足を、一本の矢が射貫く。

 そうなれば、当然のように隊長の援護が出来る筈もない。

 男の目の前では、目で追うのがやっとという程の速度で拳や足、武器といったものが放たれている。

 太股を射貫かれた男が隊長の援護をしようとしても、間違いなく邪魔になる筈だった。

 そして男が気が付いた時、既に目の前にはレイの姿があり……


「なっ!?」


 自分の目の前に誰かがいると気が付いた瞬間には茨の槍の一撃により、意識を失う。

 地面に崩れ落ちる男を見ながら、レイは茨の槍を手にしながら周囲を見回す。


(茨の槍の特殊能力を使ってないのを考えると、もしかして武器は黄昏の槍でもよかったのか? ……まぁ、茨の槍もたまには使った方がいいんだろうけど)


 そう考えながら周囲を見回していると、アジトの中にある洞窟に何人かの男が入っていくのが目に入る。

 ……正確にはアジトの中にある洞窟ではなく、洞窟があるからこそここをアジトにしたというのが正しいのだろうが。

 ともあれ、先程このアジトに潜入していたレイとしては、そこに何があるのかというのは知っている。

 そもそも、レイ達が雇われたのもその資材を取り戻す為なのだから。

 この状況でその資材が置かれている洞窟に入っていく男達の姿を見れば、当然のように何か嫌な予感を覚えてしまう。


「レイ!」


 短い呼び掛け。

 だが、その呼びかけをしてきたマリーナに視線を向けたレイは、マリーナが洞窟の方を見たことで何を言いたいのかを理解した。

 既にこのアジトにいる者達は大半が無力化されている。

 意識を失っていない者も多いが、そのような者達は大抵手足をマリーナの矢で射貫かれ、ろくに身動きも出来ない状態になっていた。

 そんな状況だけに、自分が洞窟に入っていった相手を追っても問題ないだろうと判断し、レイは小さく頷くとそのまま洞窟に向かって足を踏み出す。


「あはははは、なかなかやるじゃない。もっとよ、もっと早く、強く、鋭く!」


 背後からはヴィヘラの喜びに満ちた声が聞こえてくるのをそのままにして。


(一応ヴィヘラを満足させることが出来る程度の技量だったのは……まぁ、ラッキーだったな)


 そんな風に考えつつ、洞窟の中に入った男達の後を追い、中に入る。

 その際、見つからないように気配を消していたのは、少しでも男達の情報を得る為というのもあるし、奇襲をした方が楽に勝てるからというのもあるだろう。


「おい、これをどうするんだよ!」

「燃える資材は燃やして、それ以外のものは使い物にならなくすればいい。もしくはそこまでいかなくても、使うのを躊躇するようにな!」


 レイはその会話から男達が自分の予想通りの目的で洞窟の中に入ってきたのだと知り、小さく笑みを浮かべる。

 現在の状況で資材が集まっている洞窟に入る理由となれば、それこそ回収されないようにするのだろうと。

 レイが偵察した時は引き取りにくる云々という話をしていたのだが、それが無理なようなら破棄するようにと、そう言われていたのだろう。

 そのことを確認出来た以上、もう十分……いや、これ以上話を聞いていれば、それこそ資材が駄目になると判断し、口を開く。


「それはちょっと困るな」

『なっ!?』


 いきなりの声に驚愕する男達に向かい、レイは襲いかかるのだった。

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