第1410話

「おい、この資材はそっちに詰めてくれ! こっちの洞窟にこれ以上入れるのは無理だ!」

「待ってくれ、こっちもかなり一杯なんだ。出来れば別の場所に頼む」

「馬鹿を言うなよ。山や森ならまだしも、ここは林だぞ? そんなに洞窟がほいほいある場所じゃないってのは分かるだろ!」

「おい、そっちの石材は最初に引き取りに来るんだからな、すぐに出せるようにしておけよ!」

「隊長、今回の戦いで受けた被害はこちらになります」

「……ちっ、何だかんだと厄介な相手だったな。こっちの被害もそれなりになるか。補充はいつくる?」

「分かりません。そもそも、こうして私達がギルムの周辺で行動しているのすら、見つかれば危険なんです。であれば、上もそう簡単に増援を送るのは難しいでしょう」

「なら、どうする? このままだと予定外に俺達の戦力の消耗が早いぞ」

「そう、ですね。……いっそ本物の盗賊を雇ってみてはどうですか?」

「はぁ? あんな奴等、数だけだろ」

「だからですよ。被害を受けるのをそいつらに引き受けて貰って、私達は任務を遂行する」

「ちっ、あの商人も大人しく資材を引き渡せばいいものを。……今度会ったら、確実に息の根を止めてやる」

「程々にして下さいよ。私達はあくまでも盗賊ということになってるんですから」


 林の中でも、かなり奥にある場所。

 現在レイはビューネと共にそこで聞こえてくる話に聞き耳を立てていた。

 本来ならこういう仕事はビューネがやるべきものなのだが、残念なことにビューネはこの手の仕事には向いていない。

 いや、能力だけを見ればそう悲観したものではないのだが、情報の伝達能力に限界があるというのが正しい。

 それだけに、この手の隠密行動も決して苦手ではないレイが、ビューネと共に敵のアジトの中に忍び込んで情報を集めていたのだが……


(やっぱり、ただの盗賊って訳じゃなかったんだな)


 聞こえてくる会話だけでも、隊長、補充、上、増援、任務……色々な意味で気になる単語がそこにはあった。

 それでもレイが少しだけでも安堵したのは、襲われた商人が向こうと手を組んでいた訳ではないというのが判明したことか。

 雇った冒険者を使い捨ての手駒として考えるような商人であれば、色々な意味で危険な存在だと言えるだろう。

 ましてや、明確にギルムに……その領主のダスカーと敵対しているような相手と手を組んでいるような商人だとすれば、それこそ増築に関して関わらせるのは危険だった。


(まぁ、今回の件はともかく、他の派閥の手が伸びている商人が皆無なんてことはないと思うけど)


 商人という者達は、自分達の利益になることであれば何でもする。

 もっとも、その何でもという部分が商人によって違ってくるのだが。

 その者が持っている倫理観、商売観、そのようなものによって大きく変わってくるのだ。

 それだけに、ギルムで商売をしている商人であっても、ダスカー以外の貴族と……それこそ国王派や貴族派といった者達と友好的な関係にあるというのは寧ろ普通のことだった。


(もっとも、これはその程度の話で済ませる訳にはいかないけどな。こいつらの後ろに誰がいるのかは分からないけど、明らかに様子見とかそういう問題じゃなくて、攻撃と言ってもいいやり方だ)


 盗賊達……いや、話している内容からすると、実際にはどこかの貴族や商人、もしくはそれ以外の勢力の派遣した私兵なのだろう。

 商人を襲撃して資材を奪い取るなどという真似をしているのであれば、とても笑って許すことが出来る範囲を超えている筈だった。


(まぁ、それはあくまでも俺の判断だけどな。ダスカー様がこれを知ったら、どんな判断をするのかは分からないけど)


 ダスカーは中立派……ミレアーナ王国で三大派閥の一つと言われている勢力の中心人物だ。

 そのような勢力だけに、当然敵対する者も多いだろう。

 だが、ここで下手に行動に出た場合、貴族派や国王派を刺激する可能性もある。

 三大派閥の一つではあっても、中立派の規模そのものは国王派や貴族派と比べるとかなり小さい。

 下手な動きをすると、その二つの派閥を刺激する可能性もあった。

 貴族派はレイとエレーナの関係から友好的ではあるが、それでも派閥は派閥、個人的な友好関係を派閥間の関係に持ち込むような真似をする筈もない。

 そんな風に考えていると、偵察はもう十分だと思ったのだろう。ビューネがドラゴンローブを軽く引っ張る。

 レイはビューネに小さく頷き、そのまま相手に見つからないようにしながら隠れていた場所から下がっていく。


(うん? ビューネが自分の意志を他人に伝えられないのなら、別にビューネが来る必要はなかったんじゃないか? それこそ、俺だけでも……)


 林の中を移動しながらビューネを見ながら考えるが、アドバイザー的な役割として考えれば問題はなかったかと、すぐに考えを改める。

 そうして林の中を移動すること、十分程で外の草原が見えてくる。

 普通であれば考えられない速度で移動出来たのは、やはりレイがいたからこそだろう。

 先頭をレイが走ることにより、茂みを掻き分けたり邪魔になる枝がどこにあるのかを分かったり、木の根がどこにあるのかといった具合に、いつもであればビューネが素早く移動する際に障害になる存在を前もって教えてくれるのだ。

 おかげでレイの後を追うだけで、素早く移動することが可能になっていた。

 林から出ると、そのまま少し離れた場所にある木の方に向かう。


「あら、随分と早かったわね。もういいの?」


 その木の陰から、そんな声と共にマリーナが姿を現す。

 少し離れた場所には、セトを撫でているヴィヘラの姿も確認出来る。

 マリーナの口調は、レイとビューネが戻ってくるのが早かったことを驚いているだけで、見つかってしまうかもといった不安を感じている様子はない。

 レイの技量であれば、盗賊達に見つかるようなことは絶対にないと理解していた為だ。

 それが正しかったのは、レイとビューネがこうして今無事にここにいることが現している。

 レイもそんなマリーナの考えは理解しているので、特に怒ったりはしない。


「ああ。どうやら悪い予感が的中だ。……相手はただの盗賊じゃないな。どこかの勢力から派遣された私兵集団といったところだ」


 私兵集団と口にしたレイだったが、あの会話を聞いたレイのイメージは、どちらかと言えば特殊部隊といったものだったが。


「そう」


 レイの言葉を聞いても、マリーナは特に驚いた様子を見せたりはしない。

 いや、寧ろ納得したと言ってもよかった。

 元々資材を運んでいる商人を……それもギルムの近くで襲うという今回の行動は、色々と怪しいところがあった。

 誰かの私兵集団が今回の件を企んだとしたら、寧ろ納得出来ることの方が多い。

 そう思っていただけに、レイからの報告には短く返事をするだけだ。

 納得した様子のマリーナとは違い、ビューネから話を聞きながらセトを撫でていたヴィヘラは面白そうに笑みを浮かべる。

 盗賊と私兵。

 どちらの方が手応えがあるのかと言われれば、普通なら後者を思い浮かべるだろう。

 勿論、盗賊の中にも強い相手はいるだろうし、私兵の中にも弱い相手はいる。

 だが、こうして特殊な任務を任されてるだろう私兵集団と考えれば、強い相手であるのはほぼ間違いないと言ってもいい。

 それだけに、ヴィヘラの瞳には戦闘に対する欲望が満ちる。

 強い相手と戦えたらと、そう思うが。


「あー、ほら。ヴィヘラ落ち着きなさい。今回の依頼はあくまでも資材を取り戻すことで、そっちが最優先なんだから」

「……分かってるわよ」


 そう言いながらも、ヴィヘラの視線は林の奥に向けられている。

 トレントの森の一件ではそれなりに満足したヴィヘラだったが、それ以降は大きな戦闘を経験していない。

 ギルムにやってきたばかりで何も事情を知らない者が、ヴィヘラを見て口説こうと考え、それが原因で戦いになることはあったが、今のヴィヘラを相手にしてどうにか出来るような者はそう多くない。

 結果として、そのような者達はあっさりと意識を失って地面に倒れることになってしまった。

 そんなヴィヘラにとって、辺境に潜入して行動をしている私兵集団というのは非常に興味が惹かれる存在だった。


「それより、早く行きましょう。このまま無駄に時間を掛ければ、それこそ向こうに逃げられる可能性もあるわ」

「いや、ないと思うけどな」


 あれだけの資材を捨てて逃げるとなると、それは自分達の身に危険が迫っていると理解した時だ。

 レイ達が近くにいるというのを知っているのであればまだしも、まだ存在を知られていない以上、逃げ出される心配はなかった。


「何か確証があるの?」

「ああ。援軍が来て欲しいみたいなことを言ってたからな。援軍が来て欲しいってことは、当然のようにまだここでやるべきことがあるってことだろ?」

「……まぁ、そうでしょうね」


 ヴィヘラもレイのその言葉には納得したのだろう。不承不承ながらも、頷きを返す。


(援軍が来るのを待っていたってことは、援軍がこないとあっさり撤退する可能性もあるってことなんだが……まぁ、その辺は言わなくてもいいか)


 もし言えば、それこそヴィヘラは喜び勇んで敵に向かって突っ込んでいきかねない。

 そう思いながら、向こうのアジトの中で盗み聞きしてきた情報を報告する。

 尚、私兵集団がアジトとしている場所のすぐ外ではなく、アジトの中にまで侵入して話を盗み聞きしたと聞き、マリーナは怒るべきか、褒めるべきか非常に迷った。

 それだけの実力がレイにもビューネにもあるというのは嬉しいことなのだが、今この状況でそこまで踏み込む必要があるのかと。そういう思いがあった為だ。

 勿論情報はあればあった方がいいのだが……

 結局マリーナは小さく溜息を吐くだけで、それ以上レイを責めるような真似はしなかった。


「話は分かったわ。……そうなると、早速向こうを叩きたいところだけど……ここが林の中というのが色々と大変ね。逃げられると、見つけるのに苦労しそうだわ」


 マリーナが自分達が隠れている林を見ながら呟く。

 林に生えている木は、トレントの森とは違って太い木もあれば、細い木もある。

 だが、その太い木であっても人を一人隠すのが精々といったところだろう。

 そのような状況であっても、やはり林という場所であれば逃げるには最適の場所なのだ。

 特にそれが、敵対しているだろう相手の領地内に入り込んで襲撃をするといったような任務を任せられるような精鋭部隊であれば余計にそうだろう。


「そっちは……セト、頼めるか?」

「グルゥ?」


 マリーナの言葉に、未だに無表情のビューネに撫でられていたセトが鳴き声を上げる。


「セトはこの林の上空で待機していて、もし逃げ出した奴がいたら、出来るだけ確保してくれ。……セトなら、四方八方に逃げられてもそれを全員確保するなり、倒すなり出来るだろ?」

「グルルゥ!」


 レイの言葉に、任せて! と鳴き声を上げるセト。

 ……もっとも、地面に寝転がってビューネに撫でられている状況では、今一つ迫力が足りなかったが。


「よし、それじゃあ話は決まったな。なら、行くか。夕食はギルムで食べたいし」

「ここに来る前に夕暮れの小麦亭で食べていたのは何なのかしら」


 少し呆れたように呟くヴィヘラだったが、レイはそれを聞こえない振りをして視線を林の……敵のアジトがある方に向ける。

 そんなレイの様子に、呆れから小さな笑みへと変えたヴィヘラと、そしてマリーナがそれぞれ気分を切り替えた。

 ヴィヘラは手甲の様子を確認し、マリーナは弓の様子を確認する。

 ビューネも、自分の武器……銀獅子を素材として作った白霊の様子を確認していた。

 そんな三人を見て、レイも何となくミスティリングの中から黄昏の槍を取り出し……少し考えてからそれをミスティリングに戻し、別の槍を取り出す。

 穂先から柄の部分まで全てが深緑一色の槍。

 まさに芸術品とでも呼んでも違和感はない程の美しさを持つ槍だったが、レイは美術品や芸術品といったものを集めるような趣味はない。

 この槍も、立派な実用品だった。


「あら、茨の槍を使うの? 珍しいわね」


 レイが持つ深緑の槍を見たマリーナが、少しだけ驚いた様子で呟く。

 元々この槍はレイが依頼の報酬としてマリーナから貰った物だ。

 それだけに、マリーナも気になったのだろう。


「林の中だからな。デスサイズは色々と使いにくいし、黄昏の槍だと攻撃力が高すぎる。それに比べると、この茨の槍は相手を捕獲するという一面においては黄昏の槍よりも上だ」

「……捕獲される方はかなり悲惨でしょうけどね」


 同情するようなマリーナの言葉に、レイは確かにと頷く。

 穂先が突き刺さった場所から名前の通り茨が出て、その茨は対象に巻き付く。

 捕獲と呼ぶには、少し過激な能力を持つのは間違いがなかった。

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