第1404話
レイ達がギルムに戻ってきた時、既に周囲は完全に明るくなっていた。
当然だろう。ギガント・タートルのような巨大なモンスターと戦って、精神的にも肉体的にも疲れ切っていたのだ。
その疲れをある程度癒やしてから帰ろうとして、全員がふと気が付く。
馬車が足りないのでは? と。
レイ達がトレントの森にやってきた時に乗ってきた馬車は、ギガント・タートルとの戦いで邪魔になるからと既に戦闘に参加しなかった者達と共に帰している。
ギガント・タートルとの戦いで援軍にやって来た冒険者達は馬車に乗ってきていたが、その者達がいる以上、当然馬車に乗れる人数は限られている。
ある程度の余裕はあるので、何人かは特に問題なく馬車に乗れるだろうが、全員はとてもではないが考えられなかった。
もっとも、その問題はギガント・タートルと戦っていた者達が馬車に乗るということで解決したのだが。
殆どの冒険者は、ギガント・タートルとの戦いを経験した者達に対して好意を抱いていたので、それを不満に思う者は少なかった。
……もっとも、それは少数は不満に思っている者がいるということなのだが。
それでもレイに対して堂々と文句は言えず、結果として援軍に来た者達は歩いてギルムまで戻ってくることになった。
「待ってたぞ、冒険者諸君! よくぞトレントの森の件を解決してくれた!」
ギルムの正門前に到着し、馬車から降りた冒険者達を出迎えたのは、そんな声。
その声を聞いた者達が一瞬静まり返り、次の瞬間にはざわめき始める。
当然だろう、正門から出て来て自分達を出迎えてくれるのは、このギルムを治めるダスカー・ラルクス辺境伯その人だったのだから。
そんなダスカーの隣には、現ギルドマスターのワーカーの姿もあった。
ギルムの重要人物が揃っている以上、当然のようにそこには護衛の騎士達の姿もある。
(朝になったとはいえ、まだ時間的には正門が開く時間じゃないんだけどな)
馬車に乗れる人数が限られている為、レイはセトに乗りながらギルムに戻ってきた。
その際に今が何時か気になって時計を見たのだが、まだ午前五時前だった。
それからギルムまでの距離を考えると、恐らくまだ午前六時前だろう。
そんな時間帯にこれだけの騎士達が駆り出されたというのは、騎士達にとっていい迷惑だったのだろうと。
レイを含めて皆がそう思っても仕方がない。
「ダスカー様がわざわざお出迎えとは……少し驚きましたね」
そう告げたのは、元ギルドマスターとしてこの手の交渉に慣れているマリーナ。
いつもダスカーを相手にしている時と違って丁寧な口調なのは、これが個人的なやり取りではなく、公のやり取りだということを理解しているからだろう。
ダスカーもそれは理解しているのか、一瞬だけマリーナの言葉に眉を動かすが、すぐに笑みを浮かべて口を開く。
「ギルムの近くに、突如姿を現したトレントの森。そのトレントの森から姿を現した巨大なモンスターが相手となれば……ましてや、そのモンスターの雄叫びはギルムにまで聞こえてきたからな。地震もあったし」
「……そう言えば、あの地震の影響は大丈夫でしたか?」
「ああ。幸い……という表現はあまり相応しくないかもしれないが、ギルムの揺れは少なかった。俺が子供の時に起きたあの事件に比べれば……」
「そう言えばそんなのもありましたね。あの時は結構な家が崩れましたし」
レイには……そして殆どの者達には二人が何を言っているのか理解出来なかったが、何人かいたベテランの冒険者には事情が理解出来たらしい。
それぞれに苦笑を浮かべながら頷き合う。
だが、自分達の話を理解出来ていない者が多いことに気が付いたのだろう。ダスカーは小さく咳払いをしてから、再び口を開く。
「ともあれ、皆よくやってくれた。身体を癒やす為に準備をしてる。怪我をした者には治療もしよう。当然料理と酒もあるぞ」
『うおおおおおおおおおおっ!』
ダスカーが口にした、予想外のもてなしに冒険者達はそれぞれ喜びの声を上げる。
ここに来るまでは早く休みたいと口にしていた者達も、ダスカーの申し出に諸手を挙げて喜んでいた。
「あら、随分と用意がいいわね」
「……ふん。トレントの森の件に関しては色々と情報を聞いておく必要があるしな。それに、出来ればこの話はなるべく広がらないようにしたい」
「けど、ギガント・タートルの雄叫びはここにも聞こえたんでしょ? それを隠すのは無理じゃない?」
「勿論その件については、きちんと公表するさ。ただ、無意味にいらない情報を広められるのは困る。トレントの森にも騎士団と警備兵を派遣して、少しの間、立ち入り禁止にするつもりだしな」
「あの広い森の全てを立ち入り禁止にするのは無理よ?」
「分かってる。だから、なるべく早く今回の件は無事終わったと宣言をしたいところだな。ちなみに、そのギガント・タートルというのが、報告にあった巨大な亀のモンスターでいいのか?」
「ええ。もっとも、正式な名称じゃなくて、レイが取りあえずといった感じで名付けただけだけど」
「レイ、か。褒めればいいのか、注意すればいいのか……いや、この場合はトレントの森の件をどう利用するのかを伝えてなかったこっちが悪いか」
冒険者達がそれぞれ喜びの声を上げている中、周囲の注目を浴びなくなったダスカーとマリーナはそれぞれいつもの様子で会話を交わしていた。
近くにいる騎士はそんなやり取りも聞こえているのだが、いつものことと気にした様子はない。
もう公の場でのやり取りは一段落ついたと、そう考えているのだろう。
そうして、レイ達は全員がそのまま領主の館に連れていかれる。
何人かの冒険者は、何故領主の館? と疑問に思っている者もいたのだが、トレントの森の件をあまり広められないようにする為にというのは説明せず、まだ早朝のこの時間に宴の準備が出来る場所は限られているからと説明された。
勿論全員がそれを素直に信じた訳ではなく……いや、殆どの冒険者が大体の事情は理解していたのだが、それを表に出すようなことはない。
援軍として派遣されたものの、到着した時には既に戦闘が終わっており、結局何もすることがなかった冒険者達にとっては、今回の宴は寝ているところを強引に起こされたことに対する不満を和らげる効果もあったのだろう。
こちらも特に何も文句は言っていなかった。
いや、寧ろただで飲み食い出来るのなら……と喜んでいる者も多い。
「この時間でも、結構人がいるんだな」
まだ朝早くだというのに、街中にはそれなりの人数がいる。
セトと共に歩きながら呟くレイに、近くを歩いていたルーノが呆れたように口を開く。
「当然だろ。明るくなってくれば……季節によっては、暗い時からもう動き回ってる奴は多いぞ。そもそも、冒険者達がギルドに集まるのだって朝早いんだからな。……レイを含めて、人混みが嫌いだからって理由で遅くギルドに行くのは少数だよ」
「俺の場合は、別に無理に依頼を受ける必要もないしな」
レイの場合、既に金は使い切れない程に持っている。
それでもどうしても金を稼ぎたい場合は、それこそモンスターを狩って討伐証明部位や魔石、素材といったものを売れば幾らでも金を稼ぐことが出来るのだ。
ギルドに行くのは、半ば情報収集といったものだったり、レノラやケニーと会うという一面の方が大きい。
普通の冒険者が聞けば嫉妬で暴れ回りたくなるようなことを告げるレイだったが、既にレイというのはそういう人物だと知られている。
そんな風に話している間に、一行は領主の館に到着する。
そして早速腹が減っている者は食事が用意されている食堂に、怪我をしている者はその治療にといった具合にそれぞれ散っていく。
レイも食事に……という思いがあったのだが、当然のようにマリーナに引っ張られ、紅蓮の翼の面々は全員が領主の執務室に向かう。
唯一セトだけが、厩舎の近くで横になって寛ぎ、メイドが食べ物を持ってくるのを楽しみに待っていたが。
(羨ましい。俺も寝たり食ったりしたいのに)
レイがそう思ってしまうのは当然だろう。
だが、実際にトレントの森の化身の木の根の人形とイメージ言語でやり取りをしたレイだけに、ダスカーやワーカーにとっても詳しく話を聞いておく必要があった。
トレントの森は、ギルムの増築に必要不可欠……という訳ではないが、あればあっただけ非常に助かる場所なのは間違いのない事実だった。
それだけに、トレントの森がこれからどうなるのか……そして、これからどう関わっていくのかということを話し合う必要がある。
そうしてダスカーの執務室にやって来ると、それぞれがソファに座る。
ダスカーもレイ達が徹夜をしており、長時間何も食べていないというのは理解しているのか、メイドに対して何か適当に食べ物を持ってくるように告げる。
そうして部屋の中に紅蓮の翼の面々とダスカー、ワーカーだけが残った。
「……ふぅ。ひとまずレイには感謝の言葉を言っておくか。まさかトレントの森にあのような存在がいるとは思わなかった。それをお前が見つけてくれて、それを倒してくれたことには感謝する。感謝するんだが……」
言葉通り、ダスカーはレイに対して感謝はしているのだろう。
だが、それでも複雑な表情を浮かべているのは、やはりギルムの増築に関わってくる為だ。
勿論現状であってもギルムの増築は出来る。
辺境というのは、それだけ多くの富が集まる場所でもあるのだから。
それでも、やはり費用は少なければ少ない程いい。
……もっとも、費用を抑えたいが為に手抜き工事をするようでは意味がないのだが。
何しろ、ここは辺境だ。
その辺境に住む人々を守る為の外壁工事で手を抜かれれば、それこそ命でその代償を支払うことにもなりかねない。
ダスカーとワーカーはそれぞれに視線を合わせ、やがてダスカーの隣に座っていたワーカーが口を開く。
「実は、レイさん。……近々、ギルムを増築するという計画があります」
「……そうなのか?」
トレントの森の件で何か話があるのだとばかり思っていたレイだったが、まさかここでそんな話が出てくるとは思ってもいなかったのだろう。
少しだけ驚きの視線をワーカーに向ける。
「ええ。それで当然街を増築するとなると、多くの資材が必要になります」
そう言われれば、レイにもワーカーが何を言いたいのかが分かった。
つまり、増築作業に使う資材としてトレントの森に目を付けていたのだろうと。
そして、何故わざわざ樵を雇ってまで……いや、護衛という名目で雇った冒険者も合わせてあのような真似をしたのか。
また、レイがミスティリングに入れて持ってきた伐採した木に関しても、本来ならレイがそのままどこかに運んでもよかったのだが、それをさせずに限られた者達で運んでいたというのも、増築作業が関係しているのだろうと。
「けど……こう言ってはなんだけど、所詮木材だろ? 勿論建築資材として使うのは分かるけど、街の外壁の方が重要なんじゃないか?」
「家を一軒建てる程度の木材であれば、輸送するのも難しくありません。ですがギルムを今の五割増しにするとなれば……」
「五割っ!?」
ワーカーの口から出た予想外の言葉に、レイも驚きの表情を露わにする。
もしフードを被っていたら、今の驚きようでは脱げたのではないかと、そう思ってしまう程の驚き。
だが、それも当然だろう。ただでさえギルムは街としては破格の規模だ。
それこそ、半ば以上都市と表現しても構わないのではないかと、そう思うくらいに。
それだけの大きさを持つギルムを、更に五割も広くするとなると……それがどれだけ大規模な工事なのかというのは、レイでも分かる。
勿論正確にどれくらいの工事になるのかというのは分からないのだが、それでも大体の予想は出来た。
驚きに目を見開くレイを見て、ワーカーは説明を続ける。
「分かって貰えたと思いますが、その規模の工事です。その上、トレントの森で伐採された木は、多少手を加えることにより魔法に対してある程度の防御力を発揮するということも分かっています。それだけに、トレントの森の木は、色々と貴重だったのですが……」
「それを俺が倒した、と?」
「いえいえ。正直なところ、ダスカー様が仰っていたように、巨大な亀のモンスター……ギガント・タートルでしたか? それを倒してくれたのは非常に助かります。いつあのようなモンスターが出てくるか分かりませんでしたから。それに……」
扉がノックされたのを聞き、ワーカーは一旦言葉を止める。
そしてダスカーが中に入るように命じ、メイドが様々な料理……宴会で出されているのだろう料理を置き、部屋を出ていく。
「その、取りあえず食べて下さい。話はそれからにしましょう」
ワーカーの言葉に従い、レイはテーブルの上にある料理へ手を伸ばすのだった。
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