第1405話

 テーブルの上に用意された料理は、レイにとって非常に美味だった。

 ビューネもレイに負けない程の勢いで料理を食べ、マリーナとヴィヘラの二人も行儀良くではあるが、しっかりと料理を味わう。

 持ってこられた料理は、そこまで大袈裟なものではない。

 それこそ串焼きや炒め物、煮物、サンドイッチ……そんな風に簡単に食べられる代物が殆どだ。

 少しだけレイが驚いたのは、持ってこられた料理の中に肉まんがあったことか。

 勿論肉まんは別に冬だけの食べ物ではない。

 いや、レイの認識ではあくまでも肉まんは冬の食べ物だったが、そんなことは知らないギルムの料理人は、いつでも食べられる料理として調理していたのだ。

 そんな肉まんを食べながら、どうせならピザを食べたかった……と思ってしまうのは、レイが捻くれているからか。

 レイが持っていたピザ用の焼き窯は、既にミスティリングの中に収納してある。

 これはレイにとっても非常に稀少な代物で、更にマジックアイテムでもあるのだ。

 トレントの森の襲撃が起きた時は急だったのでそのままにしておいたが、ギガント・タートルを倒してギルムに戻ってくる前にしっかりと回収してある。


(焼き肉まん……ってのを、以前何かで見たことがあるな。今度作ってみるか?)


 そんな風に考えながら、レイは肉まんを口に運び……驚く。

 てっきり肉まんの中に入っているのは肉や野菜を練った餡なのかと思いきや、しっかりと食べ応えのある肉の塊が入っていた為だ。

 どのような調理方法なのかはレイにも分からなかったが、サイコロステーキのように切られた肉は、噛むと口の中に肉汁を溢れ出させる。

 肉まんの皮の部分と相まって、レイが知っている肉まんとはまた違った味を楽しめた。


「はっはっは。どうだ、驚いたか?」


 肉まんを食べたレイの様子を見ていたダスカーが、嬉しそうにそう告げる。


「……そうですね。俺が知ってる肉まんとはかなり違うかと」

「そうだろう、そうだろう。実はうちの料理人の何人かが冬に肉まんを食べて、かなり衝撃を受けたらしくてな。それで色々と研究して、出来た料理の一つがその肉まんだ」


 レイは黄金のパン亭に頼まれて肉まんの作り方を教えた。……もっとも、肉まんの正確な作り方を知らないレイに出来たのは、うろ覚えの知識からこういう料理があると教えただけだったが。

 ともあれ、黄金のパン亭とレイが共同で開発したといってもいい肉まんだったが、それはうどんのようにギルムの料理人達に向かってレシピが公開された。

 ……黄金のパン亭だけでは、肉まんを求める客に応えることが出来ないというのが、レシピを公開することになった大きな理由の一つなのだろうが。

 ともあれ、肉まん……そしてピザも、現在はギルムに広まっている。

 春となって多くの商人がギルムにやって来ていることを考えれば、うどんと同じくいずれこれらの料理もミレアーナ王国……そして周辺諸国に広がっていくのは確実だった。

 いや、器がなければ食べられないうどんとは違い、肉まんやピザは特に食器を必要としない。

 いわゆる、ファーストフード感覚で気軽に食べられることを考えれば、うどんよりも広がりやすいだろうというのがレイの考えだった。

 ともあれ、先程まであった緊張した空気はなんだったのかと言いたくなるくらいに、穏やかな時間が流れる。

 レイ達は料理に舌鼓を打ち、その感想を聞いたダスカーは嬉しげに笑い、ワーカーは自分の知っている知識を口にする。

 そんな楽しい時間が流れ……やがて、持ってこられた料理は全てがその場にいる者達の腹の中に収まった。

 再度ダスカーがメイドを呼び、綺麗に空になった食器を下げさせ、食後の紅茶の準備をさせる。

 そうしてようやく一段落ついたところで、ワーカーが口を開く。


「さて、食事も終わりましたし、本題に入りましょうか」

「そうね。私達もそうだけど、ダスカーやギルドの方もゆっくりしていられるような余裕はないでしょう?」


 紅茶を飲みながら告げるマリーナの言葉に、ダスカーは小さく溜息を吐く。

 自分のことを小さい頃から知っている相手だけに、どうしてもやりにくいのだ。

 ……ましてや、若気の至りとはいえ求婚すらしている。


(子供の頃の俺は、一体何を考えていたんだろうな)


 今、自分の目の前に子供の頃の自分がいたら、絶対にそんな真似はさせないのに。

 そんな風に思いつつ、その思いは顔に出さないようにしながらダスカーが口を開く。


「そうだな、レイ達がギガント・タートルだったか? それを倒した影響でトレントの森がどうなっているのかを確認はしたい」

「……そうね」


 ダスカーの言葉に、マリーナは少しだけ悲しそうな表情を浮かべる。

 ギガント・タートルとの戦いでの死人はいない。

 だが……その前に起こった、トレントの森からやって来たモンスターとの戦いでは決して犠牲者が皆無という訳ではなかった。

 特に……


「ダスカー、ワーカー、少し聞きたいのだけれど……トレントの森の木をギルムの増築の資材として使おうと考えているのよね?」

「ん? ああ。その通りだが……何か問題があるのか?」

「そう、ね。問題というか……ギガント・タートルと戦う前に、トレントの森から出て来たモンスターと戦っていたというのはもう知ってるわよね?」

「こっちに援軍を求めてやってきた奴から、その辺りの話は聞いている」

「……なら、これも知ってる? トレントの森に現れたモンスターの中には、それこそ巨大な花のモンスターもいたわ」

「分かっている。それも聞いている。……そのモンスターによって殺された……いや、木に変えられた存在には手を出さない。勿論、その木の親族や恋人、友人、仲間……そのような者達がその木に何かをしようというのであれば、こちらも何も言わないが」


 木になった。

 言葉にすれば短いが、実際には生きた人間が強制的に木に変えられてしまったのだ。

 自分の家族、恋人、友人、仲間……そのような者達が、木になってしまった相手を無理に生かしておきたくはない。楽にしてやりたい。

 そう思ってしまう者がいても、おかしくはないだろう。

 また、多少広い庭を持っている家であれば、一緒に生きていくとして庭に植えるという者もいるかもしれない。

 その辺りはダスカーも手を出さず、関係者に任せるつもりだった。


「幸いなのは、冒険者が殆どトレントの森に入ってなかったってことでしょうね。……もし好きなだけ冒険者がトレントの森の中に入って、それが木になっていれば……」


 マリーナの言葉に、皆がうわぁ……といった表情を浮かべる。

 実際にはレイ達も知らないだけで何人もの冒険者がトレントの森に入っていたりもするのだろうが、少なくてもレイ達が認識している限り、明確にトレントの森で死んだというのはスレーシャのパーティくらいだ。

 他にもレイが遺品を見つけたことはあったが、結局そのパーティはどこのパーティなのか……そして本当に全滅したのかどうかも分かってはいない。


(そう考えると、スレーシャは複雑な気分だろうな)


 スレーシャは目の前で仲間をトレントの森に喰われた。

 本人は逃げ出してしまった以上、最終的に仲間がどうなったのかは分からないだろう。

 そして、分からないからこそトレントの森に生えている木のどれが仲間の成れの果てなのかと考えてしまう。


「話が逸れたな。……とにかく、トレントの森の木材はギルムを増築する為の資材として最適のものだった」

「けど、そのトレントの森の化身を俺達が倒してしまった以上、トレントの森は広がらなくなった、ですか?」

「そうなる」


 レイの言葉に頷くダスカーだったが、それを見てもレイは特に申し訳なさそうな表情を浮かべるようなことはない。

 そもそもの話、モンスターが襲ってきたのだから倒すのは当然なのだ。

 何より、そのモンスターはレイを狙って襲ってきたのだ。

 そのお陰で、特に大きな被害は出なかったが、もしギガント・タートルがレイ以外を相手にして暴れでもしたら……それこそ、ギルムの中で暴れたりしたら、どれだけの被害が出たか分からないだろう。


(ああ、でも結界があるのか。……その結界が、ギガント・タートルに効果があるのかどうかは分からないけど)


 そもそも、ギガント・タートルと名付けてはいるが、実際には普通のモンスターではない。

 そうである以上、モンスターに対するギルムの結界が効果あるのかと言われれば、それは微妙なところだろう。


「今あるトレントの森の規模でも、ギルムの増築には足りないんですか?」

「そうだな……微妙なところだ。恐らく、普通に考えれば間に合うだろう」

「なら、問題はないんじゃない?」


 レイとダスカーの言葉に、マリーナがそう口を挟む。


「今のところ間に合うと思うんだが、それはあくまでも今の状況での話だ。マリーナも理解していると思うが、こういう大きな計画を進める以上、出来るだけ余裕はあった方がいい」

「そうね。でも、本来ならトレントの森なんていうのはなかったんでしょ? その状況でもギルムの増築を考えていたんだから、寧ろ今ある分だけを有効活用した方がいいじゃない?」

「……分かっては、いるんだがな。あのトレントの森というのは危険ではあっても……いや、危険だからこそ、非常に魅力的な存在なのは事実なんだ」


 小さく息を吐きながらそう告げたダスカーだったが、やがて気分を切り替えるべく息を吐く。


「取りあえず、後でトレントの森について調べる必要があるだろうな。レイが倒したギガント・タートルを最後にモンスターが出てこないのなら、こちらとしても色々と動きやすい」

「そうして貰えると、こちらとしても助かります」

「それで、トレントの森であった件だが……」


 ダスカーに聞かれ、レイはトレントの森で自分が経験したことを話していく。

 特にダスカーやワーカーが興味を惹かれたのは、木の根の人形が使ってきたイメージ言語だった。

 未知の言語であり、ワーカーはギルドマスターとして興味が惹かれたのだろう。

 それに対し、ダスカーはもしかしたらモンスターをテイム出来る可能性が高くなるのではないか? と、そんな思いを抱く。

 もっとも、テイムというのは色々な意味で特殊な技術だ。

 いや、技術というよりは生まれ持った才能やその者の性格なども関係してくると言ってもいい。

 もしイメージ言語についての秘密が明らかになっても、それでテイム出来るかどうかと言われれば……レイは首を傾げるだろう。

 可能性はある。だが、その可能性は蜘蛛の糸のように細いものだ、と。


(まぁ、俺の場合は表向きにはともかく、実際にはテイマーなんかじゃないから正確なところは分からないけどな)


 テイムについて考えながら、レイはダスカーやワーカーからの質問に答えていく。

 そうして一時間くらいが経ち、大体の話を聞き終えたダスカーが満足そうに頷く。


「なるほど、大体の話は分かった。……取りあえずトレントの森がどうなるのかは、やっぱり暫くは様子見だな。勿論その間にもトレントの森の伐採は続けるが」


 これ以上トレントの森の木が増えるかどうかは分からない。

 だが、それでも……いや、だからこそ今のうちに出来るだけ多くの木を伐採しておく必要があった。

 でなければ、いつその特殊性に気が付いた者がトレントの森に姿を現すか分からない為だ。


「そうですか。頑張って下さい」


 しかし、そのようなことはレイには関係ない。

 特に気にした様子もなく、ダスカーにそう告げる。


「えっと、レイさんにも色々と手伝って欲しいのですが……特に伐採した木を運んでくるのには、レイさんのアイテムボックスが非常に役立ちますし。今までのように依頼を受けて貰うことは可能でしょうか?」


 レイのミスティリングは、木材の運搬でかなりの戦力になる。

 それこそ、レイがいなければ運ぶ為の人員を雇う必要あるので、どれくらいの資金が必要となるのか分からない。

 また、ギルムから比較的近い位置にあるトレントの森だが、それでもモンスターが出る可能性は考えられる。

 そうなると、護衛としても冒険者を雇う必要があり、より多くの資金が必要となる。

 そう考えれば、やはりミスティリングを持ち、セトという空を飛ぶモンスターをテイムしており、本人の強さも異名持ちである以上は問題ない。

 勿論レイに支払う金額は多いが、それでも輸送する者達を護衛を含めて全て揃えるよりは安くつく。

 そんな期待の視線を向けられたレイは少し考えてから、頷きを返す。


「そうだな。絶対って訳じゃないけど……暇だったら引き受けてもいい。報酬の方は、出来れば火炎鉱石にしてくれると助かるけど」

「ええ、勿論そちらの希望に合わせます。……ああ、そうそう。そう言えばギガント・タートルの件でランクAにランクアップ出来ると思いますが……どうします?」


 ワーカーの意味ありげな視線を向けられたレイだったが……


「いや、礼儀作法とかそういうのは面倒臭いし、それ以外にも色々と面倒なことに巻き込まれそうだから、遠慮しておくよ。ランクBでも特に困ってないし」


 そう告げるのだった。

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