第1391話

 森の真上を飛ぶセト。

 レイはその背に乗り、ヴィヘラはセトの前足に掴まっていた。

 そんな状況であっても、既にセトは慣れているのか全く動じた様子を見せずに空を飛んでいた。

 普通であれば、片足にヴィヘラが掴まっている分、空中でバランスを崩しそうなものなのだが……セトにとってはこの程度、どうということもないのだろう。


「グルルルルルゥ」


 寧ろ、機嫌が良さそうに喉を鳴らして夜空に翼を羽ばたかせていた。

 機嫌がいいのは、トレントの森から脱したというのもある。

 トレントの森では、自分よりも圧倒的に弱いモンスターが休む暇もなく襲い掛かって来たのだから。

 おまけに、襲い掛かって来たモンスターは全てが植物系モンスターだ。

 これがせめてオークのように肉を持つモンスターであれば、もう少しセトもやる気にはなったのだろうが。

 だが、襲ってきたのは植物型のモンスターばかりだ。

 正確にはトレントはともかく、ハエトリグサのモンスターを始めとして食べることが出来るモンスターはそれなりにいたのだが、生憎とセトは野菜よりも肉の方が好きな嗜好をしている。

 勿論、料理されて出てくれば野菜も喜んで食べるし、どうしても腹が減っていれば話は別だったが。

 ともあれ、そんな有象無象のモンスターが厄介で王の威圧を使えば、何故かそれは効果を発揮しない。

 そのことに疑問を抱きつつも、今はこうして空を飛んでいる。

 もっとも、ギルムからトレントの森までもすぐに到着出来るだけの飛行速度を持つセトだ。

 トレントの森の中から飛び立ち、森の中心部分に向かうとなれば、それは殆どすぐと言ってもいいような時間だった。

 ……邪魔がなければ、だが。


「ちぃっ、面倒な真似をしてくれる!」


 振るわれるデスサイズが、空を飛ぶレイ達に向かって飛んできた種を斬り飛ばす。

 返す刃で反対側から飛んできた種も斬り飛ばし、レイは苛立ちの篭もった視線を種を飛ばしてきた相手へ……森の中に何本も生えている巨大な花に向けられる。

 一時期は冒険者達が拠点としていた場所に向かって種を放っていた巨大な花だったが、最初の一本をヴィヘラによって殺され――もしくは使い物にならなくされ――てしまうと、新たに複数の巨大な花が生み出された。

 だが、その巨大な花が冒険者達に向かって放つ種の数は一本の時よりも少なくなっていたのだが……こうしてセトが空に飛び立つと、それが嘘だったかのように大量の種が放たれていた。

 そうして飛んでくる種を、セトは回避しつつ、スキルを使って迎撃する。

 レイはデスサイズを使って迎撃し、ヴィヘラは足甲から生えている刃で迎撃する。


「ちっ、このままだと森の中心部分を探すどころじゃないな。ただでさえ、森の中心部分には何もないかもしれないってのに。……セト、ヴィヘラ、数秒だけ迎撃を任せるぞ」

「グルルルルゥ!」

「任せて。……もっとも、私は迎撃が殆ど出来ていないんだけど」


 レイの頼みに、セトは任せてと喉を鳴らす。

 それに対して、ヴィヘラは少しだけ残念そうに言葉を返してきた。

 そもそも、ヴィヘラが得意としているのは格闘を使った近距離戦闘だ。

 魔法やスキルといった遠距離の攻撃手段を持っているレイやセトと比べると、どうしてもそちらの方面では落ちる。

 勿論、遠距離攻撃の手段が皆無という訳ではない。

 周囲に落ちている小石を投擲したりといった風な手段はある。あるのだが……セトの前足に掴まっている状況で出来るようなものではない。

 本当に近くまでやって来た種であれば、セトの足を掴んでいない方の手で迎撃したり、蹴りを放って迎撃することも可能なのだが……レイやセトが、種をそこまで近づけるような真似をそう簡単にする筈もなかった。


「いざって時は頼りにしてるよ。……まずはあれだな」


 レイはヴィヘラに言葉を返し、先程から一番自分達に向かって種を飛ばしている巨大花に視線を向ける。

 右手のデスサイズを一旦ミスティリングに戻し、左手に持っていた黄昏の槍を右手に持ち変える。

 そうして魔力を込めながら狙いを付け……そのまま投擲する。

 本来であれば、全身の力と捻りを使って放たれる一撃なのだが、残念ながら現在のレイはセトの背に乗っている。

 つまり、下半身の力と捻りはこの投擲に込めることが出来ないのだ。

 その分だけ、普段放つ一撃より威力は弱いが、代わりにいつも以上に込められた魔力がそれを補う。


「くたばれ!」


 その叫びと共に、上半身の捻りと腕力に任せて魔力の込められた黄昏の槍を投擲する。

 空気を斬り裂きながら、真っ直ぐ自分に向かって飛んでくる黄昏の槍に気が付いたのだろう。セトに向けて飛ばしていた種を黄昏の槍に向けて飛ばし、茎から生えている棘も同様に飛ばす。

 だが……レイが以前使っていたような使い捨ての槍ならともかく、今回使われたのは黄昏の槍だ。

 それもレイの魔力を大量に注ぎ込んだ黄昏の槍をその程度でどうにか出来る筈がない。

 触れる種や棘は、それこそ瞬時に砕かれ……やがて黄昏の槍はその巨大な花に命中し、次の瞬間にはあっさりと貫く。

 込められた魔力がそれだけ大きかったのか、花の花弁は半分以上が消滅する。

 それでも尚、勢いが収まらずに空中を飛んでいく黄昏の槍だったが、次の瞬間にはレイの手元に戻っていた。


「少し魔力を込めすぎたか?」


 出来ればある程度花の部分は残しておいて、今夜の件が終わったらギルドにでも提出しようかと考えていたレイだったが、巨大な花の最大の特徴といえる花の部分が半ば以上消滅してしまっては、提出しても意味がないだろう。


「それなら、私が倒したのがあるから、それを持っていったら?」


 セトの足にぶら下がっているヴィヘラの言葉に、レイはなるほどと頷く。

 浸魔掌により茎を切断された巨大花は、花の部分が無事なままで地面に倒れた。

 その辺りの事情は聞いていないのでレイも知らなかったが、それでもヴィヘラが言うのであれば、恐らく何の問題もないだろうと判断出来る。


「分かった。なら、この花は倒しておくか。ヴィヘラの花があるのなら、こいつらは半分程度が消滅しても、取りあえず数だけは揃えておけばある程度はギルドを納得させられるだろうし」


 少なくても、この巨大な花はレイがこれまで見たことも、本で読んだこともない未知のモンスターなのは確実なのだから、ギルドにとっては完全な状態ではないことに若干の不満はあっても、喜ぶ筈だった。


(もっとも、あのハエトリグサとか蔦とか茨とか、その他諸々トレント以外は全部未知のモンスターだった気もするけど)


 勿論、レイが知らないだけで実際には既知のモンスターという可能性は十分にある。


(未知のモンスター……そう言えば、あの花粉はあれ以来来ないな。まぁ、俺、セト、ヴィヘラ……普通に考えれば、あんな花粉が効果あるとは思えないけど。やっぱりビューネを連れてこなかったのは正解だったみたいだな)


 ビューネ以外の紅蓮の翼の面々は、ダークエルフだったりアンブリスとの融合体だったりと、色々と特殊な存在だ。

 それ故に、あの花粉をくらっても恐らく大丈夫だろうという確信のようなものがレイにはあった。


「ま、あの花粉を放ってるのがどんな存在なのかは知らないが……とにかく、あの花は邪魔だから片付けるとするか……な!」


 再度魔力を込め、レイの手から黄昏の槍が放たれる。

 そこから起こったのは、先程と全く同じ光景だった。

 若干力を抜いているとはいえ、巨大な花は黄昏の槍の一撃をどうにか出来る筈もなく、次々と貫かれて花の大部分を消滅させていく。

 ヴィヘラが既に花の部分を無傷のままで倒してあると聞かされたレイは、特に躊躇もなく花に攻撃していく。

 そもそもの話、巨大な花というだけあって、その花の部分は非常に狙いやすい位置にあるのだ。

 これが地上からであれば、花が非常に高い位置にあるということもあって狙いにくいのだが、空を飛ぶセトに乗っているレイにとっては絶好のカモと呼んでもいい存在となっていた。

 そして気が付けば、レイ達に飛んでくる種は完全に消えていた。


「これで他の奴等も安心出来るだろ」


 何人かこの種によって体内に根を張られていたのを思えば、自分達でこの花を倒すことが出来たのは良かったと、レイが呟く。

 この種によって完全に木と化してしまった者が、元に戻ることが出来るのか……それは分からないが、それでもこれ以上被害者が増えないのは間違いない。


(元に戻せるとしたら、回復魔法とか錬金術師とかそっち系か? ……まぁ、そんな連中に頼むとなると、相応に金が掛かるのは間違いないだろうけど)


 そんな風に思いながらも、レイは地上に視線を向ける。

 元々自分達がセトに乗って空を飛んでいるのは、巨大な花を倒す為ではない。

 トレントの森の中心部分にあると思われる、何かを探す為だ。

 もしくは、中心部分ではなくギルムとは反対側の森の端という可能性もあるが。

 ただ、レイの予想としてはやはり森の中心部が怪しいと思っていた。

 何か明確な理由がある訳ではなく、勘……もしくは日本にいる時に読んだりしていた漫画や小説ではそういうのがお約束だったというのもある。


「どうだ? 何かあるか?」

「グルルゥ……」

「ちょっと分からないわね」


 地上を見ながら尋ねるレイの言葉に、セトは喉を鳴らしながら首を横に振り、ヴィヘラは何も見つからないと告げてくる。

 当然のように、レイの目で見ても特に何か目立つ物がある訳ではない。

 ……寧ろ、目立つという意味ではレイが倒した巨大な花の茎がそうだろう。

 花の部分の半ばが消滅し、既にモンスターとしても動けなくなってしまった状態。

 だがそれでも、月明かりに照らされているその様子は、大きさから嫌でも目立つ。


「どうする? この辺りが中心部分だと思うんだけど、もう少し範囲を広げて探してみる?」

「そうだな……このままだと時間がないのも事実だし、そうした方がいいか?」

「グルルルゥ」


 レイ達がこうして空を飛んで何かを探している今も、トレントの森の前では冒険者がモンスター達と戦っている。

 時間を掛ければ掛ける程、戦っている冒険者達が命を落とす可能性は高くなる。

 冒険者をやっている以上、依頼を受けるのも自己責任であり、そこまでレイが気にする必要はないのだが……それでも、やはり自分の行動が遅い為に冒険者の被害が増えたというのは、あまり面白くない出来事だ。

 勿論、実際に戦っている冒険者達は、レイの考えを直接聞けば自分達を侮るなと言うだろうが。


「よし、もう少し広い範囲を探してみよう。もしかして、森の中心部分から少し離れた場所にあったり……とか、そういう可能性もあるかもしれないし」

「あるかしら? まぁ、それでも何も分からないここにいるよりは、少しでも何かあるだろう場所を探す方がいいとは思うけど」


 レイの言葉に少しだけ疑問を持ったヴィヘラだったが、それでもこのままでは何も見つからないだろうと考えると、何か行動を起こした方がいいというのは同意見だった。


「グルルルゥ」


 そしてセトは、特に何か理由がない限りはレイの言葉に従うのは当然だった。


「よし、じゃあもう少し捜索範囲を広げよう。……こうなると、あの巨大な花を全部纏めて倒しておいてよかったな」

「そうね。……もっとも、情緒も何もない戦いだったけど」


 戦いを楽しむ性格……否、性癖を持っているヴィヘラにとっては、それなりに強い巨大花との戦いはもう少しじっくりと味わいたかったというのが正直なところだ。

 ……もっとも、それでも自分がしっかりと戦った後だったので、そこまで大きな不満はなかったのだが。


「楽に倒せるんなら、そっちの方がいいだろ? 何もない時ならまだしも、今は少しでも早くトレントの森を何とかする必要があったんだし」

「そうね。……ま、今はそうしておいてあげるわ」


 少しだけ不満そうな様子のヴィヘラだったが、それでもレイの言葉に納得する。

 戦いを楽しむ性癖を持つヴィヘラだが、だからといって自分の楽しみの為に他人の命がどうなってもいいと思う程に非道ではない。


「なら……うん?」


 どちらに向かうのかをセトやヴィヘラと相談しようとしたレイだったが、セトの足にぶら下がっているヴィヘラを見るには、当然身を乗り出して下をみなければならない。

 いや、正確にはセトの前足にヴィヘラがぶら下がっている以上、身を乗り出してもヴィヘラの姿は殆ど見ることが出来ないのだが……それでも幾らかは見ることが出来る。

 そうして相談しようとして身を乗り出したレイが見たのは……木の枝に座っているように見える、小さな子供のような何か……いや、ナニカだった。

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