第1390話
夜の森の中を進むレイだったが、当然のようにそんなレイに向かって大量のモンスターが攻撃をしてくる。
木の枝、蔦、茨、草、棘、果実、花粉……様々な攻撃がレイに向かって襲いかかってくるが、その殆どをレイは相手にしないで前に進む。
襲ってきたモンスターを倒してもいいのだが、魔石を持っていない以上、倒しても旨味がないという理由もある。
……もっとも、素材は一応普通のモンスターと同様に使えるのだから、全く旨味がないという訳ではないのだが。
ともあれ、なるべく早くトレントの森の中心部分にいると思われる何かをどうにかしない限り、今回の襲撃は終わらない。
(あの研究者が言ってたみたいに、森の中心部分じゃなくて端に何かがいるのなら、見つけるのはちょっと難しいけどな。とにかく、セトに合流するのが最優先だ)
こうして森の中を走って移動するよりも、セトに乗って上空から直接森の中心部分に向かった方が圧倒的に速い。
また、生えている木々に進行方向を邪魔される心配もない。
「邪魔だっ!」
デスサイズを振るい、自分の進行方向に陣取っているトレントのみを斬り裂いていく。
普段のレイからは、とてもではないが考えられない行動だろう。
いつもであれば、目に付くモンスター全てを仕留めてもおかしくないのだから。
だが、今は時間がない。
とにかく、このトレントの森で姿を現すモンスター全ての相手をしている暇はないのだ。
「く、ら、えぇっ!」
魔力を込めた黄昏の槍を、身体の捻りを利用して投擲する。
真っ直ぐに飛んでいく黄昏の槍は、それを邪魔しようとするトレントを始めとした各種モンスターの胴体を貫き、砕き、破壊していく。
トレントの幹が砕け、蛇の如く蠢いている蔦を引き千切り、ハエトリグサの茎を貫く。
そうして何匹、何十匹のモンスターを纏めて殺していく。……いや、この場合は破壊と言う表現の方が正しいのかもしれないが。
やがて幾多ものモンスターを滅して空を飛ぶ速度が遅くなると、次の瞬間には黄昏の槍はレイの手元に戻ってきていた。
自分の進むべき道が開いたのを確認すると、そのまま一気に空いた道を通り抜ける。
(やっぱりこのモンスター……おかしいよな)
黄昏の槍で強引に生み出した道を走りながら、レイは内心で呟く。
普通であれば、自分達の仲間がこうもあっさりと殺されれば、自分達が敵対している相手がどのような存在なのかは想像出来る筈だった。
少なくても、攻撃を躊躇ったりする個体は必ず出てくる。
だが……トレントの森のモンスターは、そんなことは全く関係ないと言わんばかりに次々とレイに向かって攻撃を仕掛けてくるのだ。
これまでそれなりに多くのモンスターと戦ってきたレイだけに、そんなモンスター達を見れば違和感がある。
「とにかく、俺が移動するのに邪魔なのは事実だけど……な!」
黄昏の槍によって生み出された道に、レイを行かせないとトレントが立ち塞がる。
レイがこれまで戦ってきたトレントの森のモンスターの中では、トレントが一番重量があり、数も多い。
大きさという意味では、未だに時折種を降らせている巨大な花の方が上になるが、数という一点でトレントに及ばなかった。
(ああ、それと移動出来るかどうかってのもあるか)
根を足のように使って自由に動き回れるトレントと違い、巨大な花はレイが見た限り動いている様子はない。
もっとも、向日葵のような形をしており、花の部分が巨大なのだから、動こうとしても動きにくいのは事実だろうが。
足に伸びてきた蔦を軽く跳躍して回避しながら、ひたすらに森の中を突き進んでいく。
すると、次第にレイに向かって攻撃してくるモンスターの数が増えていく。
誰がモンスター達の指揮を執っているのかレイには分からなかったが、ともあれその指揮を執っているだろう存在にとってレイの行動は邪魔でしかないのだろう。
(いや指揮を執ってるのは、やっぱり森の中心部分にいるだろう存在か?)
移動しつつ武器を振るいながらも、そんなことを考える余裕があるのはレイがこれまで幾つもの修羅場を経験してきたからこそだろう。
次に何が起きても、自分の能力であればどうとでも出来るという絶対的な確信と、そして手に持つ武器へ対する信頼。
そして何より……
「グルルルルルルゥッ!」
そんな雄叫びが周囲に広がると同時に、氷の矢が飛んできてモンスターに突き刺さっていく。
「セト!」
「グルルルルゥ!」
レイの呼び掛けに、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
……もっとも、喉を鳴らしながらも前足を振るい、トレントの幹を砕いているのだが。
「あら、私のことは目に入ってないの?」
レイの隣を並んで走っているセトの背の上で、ヴィヘラが笑みを浮かべながらレイに向かってそう尋ねる。
「そんな訳ないだろ。……それより、よく俺のいる場所が分かったな」
「セトのおかげよ。あの花に向かって移動してたら、いきなり向きを変えるんだもの。もっとも、そのすぐ後でとんでもない破壊音が聞こえてきたから、大体の予想は出来たけど」
破壊音と自分が結ばれていたことに若干思うところはあるレイだったが、それでも自分が今どこを走っているのかを考えれば、文句は言えない。
「セト、周囲にモンスターがいるし……王の威圧を頼めるか?」
話を誤魔化すように、レイは隣のセトに告げる。
だが、それは別に話を誤魔化す為だけというものでもない。
実際、セトの王の威圧を使えば、低ランクのモンスターなら動きを止めてしまう。
このような無数のモンスターに襲われている状況で、非常に有効な手段なのは間違いのない事実だった。
「グルルゥ、グルルルルルルルルルルルルゥ!」
レイの言葉にセトは短く了承の返事をすると、次の瞬間には周囲一帯に自分の声が鳴り響けと言わんばかりに大きな声を上げる。
だが……次の瞬間、そんなセトの雄叫びが聞こえていなかったかのように、進行方向にいたトレントの枝がレイに向かって振り下ろされた。
「ちぃっ、どうなっている!?」
勿論、レイも全てのモンスターに対して王の威圧が通じるとは思っていない。
強力なモンスター……それこそ銀獅子とまではいかずとも、それなりにランクの高いモンスターに対して効果がないというのは分かっていた。
だが、それでもトレントのようなモンスターに対して効果がないとは、見ていたレイも驚きに目を大きく見開く。
これでトレントを始めとしたモンスターの何匹かが動けたというのであれば、そのモンスターがトレントの中でも強力なモンスターなのだろうと納得も出来ただろう。
しかし、セトの放つ王の威圧を受けても、動けるモンスターはそれこそ視界に入っている全てのモンスターなのだ。
これはとてもではないが、偶然や実力とは思えない。
もっと別の……それこそ、何らかの明確な理由があってこその結果だと認識せざるを得ない。
(まさか、このモンスターが全て銀獅子並なんてことは……いや、ないな)
それ程の強さを持っている訳でないというのは、それこそこれまで戦ってきたレイだけに、即座にそう判断出来る。
だが、そうなると何故王の威圧の効果がないのかと、そのような疑問が生まれた。
ゴブリン並み……とまではないかないが、間違いなくギルムで判断する場合は低ランク……もしくはそれより多少上等といった程度のモンスター達。
今までの経験から考えると、そのようなモンスターには間違いなく王の威圧は効いていた。
王の威圧を受けても動けるモンスターはいたが、それでも速度はかなり鈍くなっているのは間違いない。
なのに何故、と。
そう思うも、王の威圧の効果がないというのは、これではっきりした。
そうである以上、今は効果のないスキルに拘ってはいられなかった。
(王の威圧以外にも効果のないスキルとかがあるかもしれないというのは、頭に入れておいた方がいいだろうな)
効果がないのは、王の威圧だけなのか、それ以外にもあるのか。
デスサイズのスキルを戦闘で主に使っているレイとしては、気になるところではある。
アイスアローの効果があった以上、セトの全てのスキルが効果がない訳ではないのだろうが。
(同じスキルでも、ヴィヘラの浸魔掌は普通に戦闘で使われていた。そう考えると……ちっ、この辺りはぶっつけ本番だな)
そう考えるレイの視線の先で、不意に巨大ハエトリグサが生えてくる。
それはトレントのように移動してきたのではなく、文字通りに地面から生えてきたのだ。
数秒と掛からずにレイの背丈よりも高くなったハエトリグサは、牙の生えている口を開いてレイ達を迎え撃とうとし……
「飛斬!」
レイの振るうデスサイズにより、茎を綺麗に切断されて地面に落ちる。
(飛斬の効果はあるか。なら、今はとにかく……)
一つではあっても、スキルの効果を確認出来たレイは隣を走っているセトに……そしてセトの背に乗っているヴィヘラに声を掛ける。
「この森の中心部分に、恐らくこのトレントの森をトレントの森たらしめている何かがある……かもしれないと、研究者が言っていた。ただ。もしかしたら俺達が入って来たのとは反対側の方向にある可能性もあるらしいけどな」
「……随分と頼りない、わね!」
手甲から伸びた爪で、近くの木から伸びてきた茨を素早く斬り裂く。
「とにかく、そんな訳でセトに乗って空からこの森の中心部分を探したいんだけど、ヴィヘラはどうする? 一緒に来てもいいし、ここに残ってもいいと思うけどな」
「当然私も行くに決まってるでしょ」
全く躊躇なく、自分も行くと告げるヴィヘラ。
そんなヴィヘラの様子に、レイも納得の表情を浮かべる。
この森の中心部分……もしくは端に何があるのかは分からない。
だがそれでも、恐らく戦闘になるのは確実であり、そうである以上は戦いを好むヴィヘラがレイと行動を共にしないという選択肢はなかった。
「なら、足に掴まって移動して貰うぞ?」
「ええ」
短く言葉を交わしながら、ヴィヘラは乗っていたセトの背の上から飛び降りる。
セトの背の上から飛び降りつつも、足がもつれたり遅れたりするといったことはない。
この辺りは、戦いを好むヴィヘラらしい身体の使い方と言えるだろう。
それでいながら、セトから降りている最中にも手甲の爪で自分を狙ってくるモンスターを斬り裂いているのも、ヴィヘラらしかった。
「周囲の敵には構うなよ! 今は、とにかくセトに乗って上空から森を見るのが先だ!」
「ええ、分かってるわ!」
ヴィヘラが降りたセトの背に乗りながら叫ぶレイに、ヴィヘラは当然と声を返す。
そもそも、この後で強力な敵と思われる相手との戦いが待っているのだから、ここで無駄に体力を消耗するのは馬鹿らしい。
そう思ってはいるのだが、それでも身体の内から湧き上がってくる高揚感や興奮といったものを抑えることが出来ない。
普段であれば、ヴィヘラもここまで昂ぶったりはしないだろう。
だが、今回はトレントの森という、今まで見たことも聞いたこともないような相手であるという期待感が、否応なくヴィヘラを昂ぶらせる。
「……にしても、よくこの中で周囲を見分けることが出来るな」
セトの背の上でデスサイズと黄昏の槍を振るいながら、次々に現れるモンスターを倒しながら、しみじみとレイが呟く。
月明かりは殆ど木の枝が遮っている為、森の中は殆ど見分けが付かない。
それでも完全に見分けが付かない訳ではないのは、レイが先程放った黄昏の槍の一撃である程度の木が……正確にはトレントが駆逐されているからだろう。
だが、それでもレイのように特別な目でも持っているのであればまだしも、ヴィヘラの目でそれを見分けることが出来るのが、レイには不思議だった。
レイの口から出た疑問に対し、ヴィヘラは戦闘の興奮で頬を赤くしつつ口を開く。
「アンブリスの件から、夜目が利くようになってるのよ!」
「……そう言えばそうだったな」
アンブリスとの融合……否、吸収により、既にヴィヘラは普通の人間とは言えなくなっているのだということを、レイは思い出す。
もっとも、人ではなくなった本人はそのことを全く後悔していない……どころか、レイと永い時を共に生きることが出来るということに喜んでいるのだが。
(そもそも、セトと一緒に夜の森の中を走り回ってたんだから、夜目については今更か)
ウインドアローでクルミのような木の実を飛ばしてくるトレントの希少種か上位種のようなモンスターを攻撃しているセトを見ながら、レイは口を開く。
「とにかく、空に行くか。……セト!」
「グルルルルゥ!」
レイの言葉にセトが翼を羽ばたかせ、その身体が空中に浮いたところでタイミングを見計らい、ヴィヘラがその足に掴まる。
そうして、セトとレイ、ヴィヘラの二人と一匹は空に駆け上がっていくのだった。
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