第1389話
種を降らせていた巨大な花が倒れたと思えば、次の瞬間には再び同じような巨大な花が何本もトレントの森から生えてきたのを見て、レイは不愉快そうにデスサイズを振るう。
地中から飛び出てきた花があっさりと切断されて地面に落ちる。
「ちっ、厄介な……これはどうしたらいいと思う?」
もしかしたら、あの花がトレントの森のボスだったのではないか。
確証はなくても、出来ればそうであって欲しいという希望的観測を持っていたレイだったが、その思いはあっさりと外されてしまう。
そんな苛立ちの混じったレイの言葉に、途切れることなく矢を射続け、ハエトリグサを矢で埋め尽くすといった真似をしていたマリーナが答える。
「そうね。あの巨大な花がトレントの森にとって大きな戦力であるというのは変わらない筈よ。そうである以上、あの花を倒していけばそのうち向こうが音を上げるんじゃない?」
「……普通のモンスターならそうなんだろうけどな」
そもそも、トレントの森に存在するモンスターは、今までレイ達が戦ったモンスターに限っても魔石を持っていない。
それはつまり、このモンスターが普通のモンスターではないことを意味していた。
レイがそんな普通のモンスターを倒す時に使えそうな方法が使えるのかと、そんな疑問を抱いてもおかしくはないだろう。
だが、現在の状況で手っ取り早く出来る手段がそれしかないのも事実だ。
いや、最悪の場合はレイが森を燃やしつくすという手段もあるのだが、そのような真似をした場合は間違いなくトレントの森全てが……そこまでいかなくても、かなりの部分が燃えてしまう。
勿論燃えた部分からまた木が生えてくる可能性はあるが、あくまでも可能性でしかない以上、それを実行に移すのは難しい。
レイが植物系に対しては凶悪なまでの威力を持つ炎帝の紅鎧を使わないのも、それが理由だった。
デスサイズと黄昏の槍を振り回しながら、これからどうするかを考えるレイだったが、そもそもこの森の詳細な情報がまだ殆ど分かっていない以上、どうしようもない。
だが……そんなレイとマリーナの会話が聞こえたのか、こんな状況にも関わらず周囲の研究者達と意見を交換していたうちの一人がレイの方を見ながら口を開く。
「恐らく、この森の中心部分……もしくはこの森がギルムの方にだけ広がっているのを考えると、こちらとは逆方向の端かもしれませんが、そこに何かがあるのは確実だと思います」
「……問題は、その何かをどうにかすればこの件もどうにかなるのかってことなんだが、な!」
デスサイズで奇妙な果実を飛ばしてくる植物の茎を切断しながら、レイが叫ぶ。
尚、投擲された果実は地面にぶつかると周囲の草を溶かす液体を周囲に撒き散らかしていた。
トレントの森に住むというモンスターで、仲間と言ってもいいような草に被害を与えるような攻撃をしてくるモンスターに一瞬驚くも、そもそもモンスターなら違う種類のモンスターは味方として考えることが少ないのかと納得してしまう。
「森の中央に何かがあるのは、十分に有り得ると思うけど……それでも、何があるのか分からないのよ?」
水の精霊が地面を移動しながら、夜の闇や草陰に紛れて近付こうとしていた蔦を纏めて捕らえ、次の瞬間には纏めて捻切る。
それを見ていた何人かの冒険者が、うわっ、といった感じで驚きを露わにした。
ここにいる冒険者達は、マリーナがどのような人物なのかは当然知っている。
過去に腕利きの冒険者だったということも知っているのだが、それでもまさかここまで強力な精霊魔法を使いこなすというのは予想外だったのだろう。
……捻切られた蔦を見て、何人かの男が思わずといった様子で腰を引かせたり、内股になったりする。
色々と思うところがある者達なのだろう。
「そうですね。ですが、このままだと撤退するか……それとも朝まで延々と戦い続ける必要があります。日中になればモンスターが出てこないというのは、間違いのない事実のようですから」
落ち着いた様子で告げてくる研究者の言葉に、マリーナはどうするの? とレイに視線を向ける。
マリーナが所属しているパーティ紅蓮の翼は、あくまでもレイがパーティリーダーなのだ。
そうである以上、パーティの判断はレイがするのが当然という認識だった。
勿論、明らかに間違っているというのであれば、それに異を唱えることはあるだろうが。
「分かった、なら俺が……」
行く。
そう言おうとしたレイだったが、その言葉を最後まで言うよりも前に何人かのモンスターと戦っていた何人かの冒険者が、フラフラと……まるで酔っ払いか何かのような足取りで森の中に入ろうとしているのを見る。
不思議なことに、周囲にいるモンスターはそんな冒険者を攻撃したりはしない。
まるで見えていないかのようにその隣を素通りしていた。
「おいっ、サウザード! どこに行くんだよ! こっちに戻ってこい!」
「シャラン、ちょっと、戻ってきなさいってば! ねぇ、私の声が聞こえてるんでしょ!」
そんな叫び声が周囲から幾つか聞こえてくる。
いずれも、森の中に向かって歩き出した冒険者に向けられた声だ。
だが、その声を掛けられた方は全く気にした様子もなく森の中に向かう。
「っ!? 不味い!?」
最初にそれに気が付いたのは、風の精霊によって異変を知らされたマリーナ。
即座に魔力を使い、精霊達に頼み込む。
『水の精霊よ、薄く広がり、空中にある害ある存在を呑み込んで!』
その言葉と共に、水が大きく広がり面となって空中を移動する。
一体何をやってるんだ? と何人かがそんなマリーナの様子に疑問を持っていたが、今はそれどころではないと判断して、冒険者達は近くの敵と戦いながら森の奥に向かおうとしている仲間を引き留めていた。
だが……マリーナが水の精霊を空中で動かすような真似をすると、突然森の奥に向かって千鳥足で歩き出すような真似をする者はいなくなった。
「何があったんだ?」
トレントの幹をデスサイズで一閃したレイは、マリーナの近くまで移動してそう尋ねる。
そんなレイに対し、マリーナは地上に移動させた水に視線を向け、口を開く。
「見て」
マリーナにしては端的な言葉だったが、それでも何をして欲しいのかを示すには十分だった。
そしてレイが地上の水に視線を向けると、微かに眉を顰める。
水の中にある代物……黄色い粉を目にした為だ。
「これは?」
「そうね、恐らく花粉だと思うわ。……これを吸った者達が、ああいう状態になって歩き出したのよ」
何とか森に入る前に仲間に確保された冒険者達を見ながら呟くマリーナの言葉に、レイは驚きの表情を浮かべて再度地面の水を見る。
「……厄介だな」
「ええ」
お互いに短く意見を交わす。
「どうする?」
「こういうのがあると分かれば、対処は可能よ。今みたいに水で集めてもいいし、風で吹き飛ばしてもいいし……焼き尽くすのは、色々と危険だけど」
「いっそ、纏めて全部焼いてしまった方がいいと思うんだけど……なっ!」
空気を斬り裂きながら飛んできた鋭い棘を持つ木の実をデスサイズで弾き、黄昏の槍を投擲する。
飛んできた木の実とは比べものにならない程の速度で放たれた黄昏の槍は、トレントの亜種と思える存在の幹を貫き、砕く。
真っ二つになって地面に落ちるモンスターを見ながら、次に新たな巨大な花から降り注いできた種をデスサイズで弾き……疑問を感じる。
(何だか降ってくる種の量が少ないな? あの向日葵モドキの数は増えてるのに)
巨大な花は、レイから見えるだけでも四本ある。
木が邪魔になって見えない場所のことを考えると、更に花の数は増えていてもよかった。
だが、レイが見る限りでは降ってくる種の量は一本の時と変わらない。……いや、寧ろ減ってさえいるように思える。
それがいいことなのか、悪いことなのかはレイにも分からなかったが、取りあえずいいことだと思い込むことにした。
(ヴィヘラがやってくれたんだし、そう考えれば決して悪いことじゃない筈だ。……だと、いいなぁ)
そんな風に悩むレイに対して、研究者の中の一人が再び叫ぶ。
「花粉の件はともかく、森の中心部です! いえ、もしかしたら森の端かもしれませんが!」
その研究者の言葉で、レイは花粉の件の前に話していた内容を思い出す。
自分がそこに向かうつもりではあったし、実際そう口にしようともした。
だが、レイはセトと共に何度となくこの森を上から見たことを思い出す。
そして思い出してしまえば、研究者の言葉に素直に頷くことも出来なくなってしまう。
「知っての通り、俺はセトに乗って何度も上からこのトレントの森を見ている。けど、真ん中辺りに特に異常はなかったぞ? 少なくても、意味ありげにぽっかりと空間が空いてるとか、そういうのは確実に。……端の方は分からないけど」
巨大な花の生えている場所では、今レイが口にしたようにぽっかりとした空間があるのだが、今のレイにそれを知ることは出来ない。
「うーん、これだけ大きな森だと考えれば、間違いなく何かそれらしい目印のようなものはあってもおかしくないんですが」
研究者も、レイの言葉に残念そうに呟く。
「だとすれば、やはり森の端の方でしょうか?」
「そう言っても、端って具体的にどこだよ? 端と言っても、中心と違って向こう側は全部端ってことにならないか?」
「それは……まぁ、そうなると思いますが」
そう返すのだが、今の状況ですぐ役に立つ情報という訳ではない。
今必要としているのは、すぐに役立つ情報だ。
森の中心部分か、端か。
ともあれ、どちらかに向かってトレントの森をどうにかするか……もしくは、トレントの森の前から撤退する必要がある。
だが、レイの中では撤退するという考えはない。
そもそも、セトとヴィヘラがトレントの森の中に入っている以上、それは当然だろう。
もしここで撤退するのであれば、それこそヴィヘラとセトを見捨てるということになりかねない。
(となると……ヴィヘラとセトが戻ってくるまでここで待つか、それとも俺が行くか、だな)
そう考えるも、レイは自分の性格を考えればその答えは決まっている。
「行くか」
その言葉に、マリーナは嬉しさと残念さがない交ぜになった表情を浮かべる。
何故なら、レイがヴィヘラとセトを見捨てる訳がないという自分の予想が当たったことは嬉しかったのだが、現在の状況を考えると自分がここから抜ける訳にはいかない為だ。
出来ればレイと一緒に森の中に突入したいマリーナだったが、この場で自分より明確に指揮出来る者がいるとは思えないし、何よりここで冒険者達がトレントの森から出てくるモンスター達との戦いを有利に進めることが出来ているのは、マリーナの精霊魔法あってこそだ。
精霊に愛されていると表現してもおかしくない程に、マリーナは精霊に好かれている。
だからこそ、ここまで精霊魔法を上手く使いこなすことが出来るのだ。
そのマリーナがいなくなれば、ここでの戦闘は間違いなく冒険者側が負けるだろう。
そうならない為には、やはりマリーナはここから離れる訳にはいかない。
それが、残念な表情を浮かべた理由だった。
「そう、気をつけてね」
結局今のマリーナに出来るのは、そう言って送り出すだけだ。
ここで自分勝手に行動するのであれば、レイについていくのもいいだろう。
だが、マリーナの性格からして、それは出来なかった。
……これがヴィヘラであれば、強敵と戦えるかもしれないとレイと一緒にトレントの森に向かうのだろうが。
「ああ、任せろ。取りあえず可能ならヴィヘラと合流してからトレントの森の中央を目指すよ。……反対側にあるんじゃなきゃいいけど」
「ん!」
「ビューネはここで留守番だ」
「……ん」
自分も行きたいとそう告げるビューネだったが、レイは即座に却下する。
ビューネがヴィヘラに懐いているのは知っているが、これから向かうのは全くの未開の場所だ。
一応昼間にもトレントの森には入っているが、昼と夜では大きく違うのは今のこの状況を見れば明らかだろう。
そんな場所に、ビューネは連れていけない。
冬の間の訓練である程度の戦闘力を身につけたとはいえ、それは結局ある程度でしかない。
少なくても、レイにとっても危険があるかもしれない未知の場所に連れていけるようなレベルではなかった。
ましてや……
「是非私も連れていって下さい!」
「駄目に決まってるだろ、足手纏い」
研究者は論外だった。
自分も連れていって欲しいと告げる研究者の言葉を、レイは即座に切り捨てる。
知的好奇心は高くても、ろくに自分の身も守れない研究者を連れていくのは、自殺行為以外のなにものでもない。
足手纏いという発言にショックを受けている研究者をその場に残し、レイはデスサイズと黄昏の槍を振るいながら敵を倒しつつ、森の中に入っていくのだった。
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