第1383話
一瞬敵かと思ったレイ達だったが、姿を現したのは見覚えのある人物だったことに安堵する。
それは向こうも同様だったのだろう。レイ達の姿を見て、構えていた武器を下ろす。
「ほら、だから敵じゃないって言っただろ」
「言ってないだろうが!」
呆れたように呟くルーノの声に、仲間の冒険者は反射的に言い返す。
実際、ルーノは魔力を見ることが出来る魔眼により、自分達の進行方向に何者がいることに気が付いた。
仲間にそう告げはしたものの、それがレイ達であるとは一言も言ってはいなかった。
「あれ? そうだったか?」
「そうだよ。ったく……まぁ、モンスターじゃなかっただけいいけどよ」
多分に安堵が含まれた様子で呟く冒険者に、ルーノは曖昧な笑いを浮かべて誤魔化す。
そうしてお互いが敵ではないと知って安堵するが、この場合より強く安堵したのはルーノ達の方だろう。
何しろ、進行方向を塞いでいた枝をどけて前に進んだ時、そこで待ち受けていたのは紅蓮の翼の面々だったのだ。
幸いにもレイ達はすぐに戦いの構えを解いてくれたが、もしそのままお互い何かを誤解したままで戦いになっていれば……と、そう思えば本気で助かったと思ってしまうのも当然だろう。
そして、レイ達がいるというのを教えなかったルーノに対して若干言い方が厳しくなるのも仕方がなかった。
「お互い、無事なようで何よりね」
周囲を漂う微妙な空気を払拭すべく、ヴィヘラがそう声を掛ける。
数秒前まで命の危険にあった冒険者達だったが、ヴィヘラのような美女に話し掛けられて嬉しくない筈がない。
周囲の様子を警戒しつつも、適度に緊張が抜けていく。
……何人かは、必要以上に緊張が抜けている者もいたが。
「ああ、そっちも無事で何よりだ。もっとも、周囲を色々と探しても特にこれといったものはなかったけどな」
「そうね。こっちもそれは同じよ。……幾つか興味深い物はあったけど、それもそこまで大事なものじゃないし」
「だよな、だよな。昨日この森に樵の護衛として来た時にもそうだったけど、全くそれらしい何かがないんだよな。……まさか、こんなに森の奥まで入ってきてもそうだとは思わなかったけど」
「そう言えば、随分とここまで来るのが早かったわね? 私達が一番進んでいると思ったけど……」
「あー……それは……」
ヴィヘラの疑問に、話していた冒険者の男は自分達のグループに配属になった研究者に向ける。
周囲を一瞥すると、セトを興味深い視線で眺めながら冒険者達の話が終わるのを待っている研究者に。
「あの人、何も調べる物がないと分かると、遠慮なく森の奥に入っていくんだよ。で、そのまま進んで……」
こうしてレイ達に追いついた、と。
そう告げる冒険者の男。
その言葉に、ヴィヘラは研究者の男に視線を向ける。
セトを見てはいるものの、強引に何かをしようとは思っていないらしい。
研究者の中にはセトという存在を知れば独自の理論でセトを自分達に預けなければならないといったことを言い出すような者もいるのだが、幸いにしてこの研究者はそこまでの存在ではなかったのだろう。
それは、レイ達にとってもそうだが……寧ろその研究者の護衛をしている冒険者達にとって幸いだった。
ここでレイ達の機嫌を損ねるようなことになれば、それこそどんな結果が待っているのか分かっているからだ。
半ばギルムのマスコットキャラと化しているセトを苛めたという話が広まったりすれば、ギルムで暮らすのは色々と肩身が狭くなる。
そうである以上、研究者には大人しくしていて欲しいというのが冒険者達の希望であり、今はその希望が叶えられていた。
そんなやり取りをしているヴィヘラ達から少し離れた場所では、こちらもレイがルーノやスレーシャの二人と話をしている。
「そうか、ルーノの目でも無理か」
「ああ。昨日来た時、大体その辺りは予想出来てたんだけどな。……それでも、この森に生えている木全てが魔力を持っているというのはちょっと驚きだ。地面に落ちている木の枝とかからは魔力を感じないんだけどな」
「へぇ。それはやっぱり折れている木の枝とかは死んでると認識されているのか?」
「どうだろうな」
「そもそも、動物やモンスターがいないこの森で木の枝が折れて地面に転がるというのが、少し不自然なんですが」
自分以外のパーティメンバー全員が殺されたトレントの森にいるというのが影響しているのだろう。
スレーシャはレイの目から見てもかなり緊張しているように見える。
(不意打ちを受けたりしないようになんだろうが……気を張りすぎていて、寧ろ悪影響なような気がするな)
そう思いつつも、仲間が殺された場所にやってきているのであれば無理もないかという思いもレイの中にある。
顔見知り程度であっても、自分の知っている――嫌いではないという前提だが――冒険者が死ぬようなことになるのは面白くないので、一応といった風にスレーシャに話し掛ける。
「スレーシャ、気負うのはわかるけど、下手に力を入れすぎると本当に何かがあった時に反応出来なくなるか、過剰に反応して危険になるぞ」
「それは……分かってるんですが……」
明らかに自分より年下のレイに注意されても、スレーシャは怒ったりはしない。
年齢は自分の方が上だが、冒険者としての技量もランクも、自分より圧倒的に上だと理解している為だ。
だが、それが分かっていても、言う通りに出来るかと言われれば、答えは否なのだが。
スレーシャも、力を抜かなければならないというのは理解している。理解しているのだが、それでも自分でも知らないうちに力が入ってしまうのだ。
ここがどのような場所か知っている為に。
「……分かってはいるんですけどね」
「これでも、最初よりは大分力が抜けたんだけどな」
レイとスレーシャの会話を聞いていたルーノがそう告げるが、それを聞いたレイは首を傾げる。
「何でだ? トレントの森に来るのなら、それこそ昨日も来ただろ?」
「ええ。……けど、昨日はあくまでも樵の人達の護衛だったから。それに比べると、今日は本格的な調査ということもあって、どうしても……」
身体に力が入ってしまう、と。
それは仕方がないかとレイが考えていると、セトを見ていた研究者の男が口を開く。
「すいませんが、そろそろいいですか? 夕方になるまでに一旦トレントの森を出なければならない以上、出来るだけ調べておきたいんですが」
「あー……ってことだ。悪いな」
ルーノの言葉に、レイは首を横に振る。
少し離れた場所でも、ヴィヘラやマリーナと会話をしていた冒険者達が少し残念そうにしながらも、会話を終えていた。
「ま、日中は何も起こらないと思うけど、一応気をつけろよ」
「ああ。レイ達もな」
レイとルーノは短く言葉を交わし、それぞれのグループの行動に移る。
軽く手を振って去っていくルーノ達を見送り、レイ達もルーノ達とは別の方に向かって歩き出す。
「にしても、やっぱり向こうも何も掴んでいないか。……日中だと本当に普通の森なんだな。動物とかモンスターはいないけど」
森の中を歩きながらレイが呟くと、隣を歩いていたヴィヘラが頷く。
「そうね。こうして何も現れないのなら、いっそもう森から出る? 夜に備えて体力を温存するとか。もしくは戦いに向けて身体を動かしておくとか」
ヴィヘラの言ってることは両極端だったが、どちらがヴィヘラの希望なのかというのは考えるまでもない。
そもそも戦闘狂のヴィヘラにとって、こうして何もない森の中を進むよりは森の前で戦闘訓練をしている方が充実しているのだから。
ましてや、ここにはレイ達以外にもそれなりの強さを持っている冒険者が多く集まっている。
……もっとも、ヴィヘラと戦って負ける姿を見せるということを望む冒険者がどれだけいるのかは、レイにも分からなかったが。
ヴィヘラがギルムに来てから、それなりに時間が経つ。
そしてヴィヘラの容姿や踊り子や娼婦の如き衣装を見れば、絡まれた数は両手の指では足りない……どころか、両手足を使っても全然足りない程だ。
それだけに、ヴィヘラが強いというのはそれなりに知られている。
そんなヴィヘラと模擬戦をしようと誘われて、引き受ける者は……
(いるだろうけどな)
ヴィヘラに叩きのめされるのは嫌だが、代わりにそのような者達は間近でヴィヘラの肢体を見ることが出来る。
また、本人の実力次第ではあるが、ヴィヘラの肢体に触れることも出来るかもしれない。
そのような誘惑に耐えることが出来るかと言われれば、男であればその誘惑を断ち切るのは難しいだろう。
「グルルルゥ?」
どうするの? と喉を鳴らすセトの鳴き声に、レイは少し考えてから口を開く。
「そうだな、もう少し周囲を見て回って、それで何もなければ戻るか。昼食も、こんな場所で食べる気にはならないしな」
普通なら、春の森の中というのは食事をするのはピクニック気分を味わうことが出来る。
だが、このトレントの森ではそのような事は出来ない。……いや、やろうとは思わないというのが正しいのか。
ここで食べるくらいであれば、それこそ森の外に出てから食べたいというのが正直な思いだった。
そんなレイの思いは、他の者達も同様なのだろう。異論を口にすることはない。
食べるという行為に関しては、レイやセトに並ぶ程貪欲なビューネですらもそう思っているのだから、トレントの森がどれだけ不気味な場所かを示しているのだろう。
普段であれば、木漏れ日というのはレイがゆっくりするのに好きな場所なのだが。
「異論はないみたいだし、もう少し歩き回ってみるか」
呟いて歩き出すレイの後を、全員が追う。
森の中を歩きながらも、周囲の警戒は解かないレイだったが、そもそもセトがいる時点で自分が危険を感じるよりも、セトが危険を察知する方が圧倒的に早い。
そうである以上、どうしても気が抜けてしまうのは当然だった。
「あら? ……ねぇ、レイ」
ふと、マリーナが口を開く。
「どうした?」
「ほら、あの蔦……見覚えない?」
マリーナが見ている方に視線を向けると、そこには木に巻き付いている蔦がある。
緑色の蔦は、レイの目から見ても特に何がある訳でもない、普通の蔦にしか見えない。
だが、森に詳しいダークエルフのマリーナが見つけたのであれば、それは間違いなく何らかの意味を持っている筈だった。
じっと蔦の方を見るレイだったが、そのまま数分が経過し、首を横に振る。
「駄目だ、分からない。あの蔦が何なんだ?」
レイだけではなく、ヴィヘラやビューネ、セトもマリーナに視線を向けて答えを促す。
そんな風に視線を受けたマリーナは、仕方がないわねといった風に口を開く。
「ほら、昨日この森に来た時、逃げていたフェクツ達は前はトレント、後ろからは蔦に襲われていたでしょ? これはその蔦よ」
「……これが?」
蔦は完全にマリーナに任せていたので、レイがその蔦をはっきりと見るのはこれが初めてだった。
だからこそ、いきなり目の前にそのような蔦が現れたと聞かされても、どこか現実感がない。
ましてや、その蔦は今こうしてレイ達が目の前にいるのに全く動き出す様子がないのだ。
それこそ、普通の蔦にしか見えない。
(いや、もしトレントの正体が普通の木だとしたら、これもやっぱり普通の蔦なんだろうな)
そう考えながら触れてみるが、やはりその蔦は特にレイが触れても動く様子はない。
モンスターの一部でも、ましてやモンスターの本体でもない蔦。
だからといって、マリーナがこの蔦を見間違えたとはレイも思わない。
ダークエルフとして植物に詳しく、ギルドマスターになる前は長年冒険者として活動してきて複数の依頼をこなしてきた。また、ギルドマスターとしても多くの知識を得てきたのは間違いない。
そして何より、マリーナの言葉ということでレイは疑うという選択肢はなかった。
……勿論明確に間違っていれば話は別だが、そうである可能性は極めて少ないだろう。
「ふーん、こうして触ってみても普通の蔦と変わらないように思えるけど」
ヴィヘラも蔦に触りながら、そう呟く。
その隣ではビューネもヴィヘラの真似をするように蔦に触れていた。
「ん?」
だが、レイやヴィヘラ同様に、その蔦に触れても本当にモンスターなのかどうかが理解出来ないのだろう。
小さく呟きながら、首を傾げる。
「で、この蔦はどうすればいいんだ? 一応持っていけばいいのか?」
「そうね、出来ればお願いするわ。……ああ、ただ一応適当な場所で切ってとかじゃなくて、なるべく長くお願いね」
「……この蔦を、か?」
「ええ」
じっと蔦を見るも、その長さはそれなりにある。
その蔦の根元ともいうべき場所を探すのは、それなりに時間が掛かるのは間違いない。
だからといって、このトレントの森についての重要な手掛かりになるかもしれないというマリーナの頼みを断れる筈もなく……結局レイは蔦の根元を探すことになるのだった。
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