第1377話
トレントの森から出たレイ達だったが、その後は何もなくギルムに到着した……訳ではない。
「ええいっ、うざったい! 何だってこんなところでゴブリンの群れと遭遇するんだよ!」
魔力を込めたデスサイズと黄昏の槍を使い、レイの一撃は次々とゴブリンを仕留めていく。
デスサイズの刃が、数匹のゴブリンを纏めて……それこそ持っている棍棒や錆びた長剣といった武器を含めて切断し、投擲された黄昏の槍の一撃は、数匹のゴブリンを纏めて貫き、やがてレイの手元に戻ってくる。
セトは広範囲に攻撃可能なファイアブレスや水球、ウィンドアローといったスキルで攻撃し、マリーナから射られる矢は次々とゴブリンの頭部に突き刺さり、ヴィヘラは当たるを幸いと手甲に生み出した魔力の刃を用いて暴れ回った。
まさに鎧袖一触と呼ぶに相応しい攻撃の数々だが、何故か現れたゴブリンの群れはそんなレイ達に向かって懲りずに攻撃をしてくる。
(何で逃げないんだ?)
背後から襲いかかろうとしたゴブリンを、手元に戻ってきた黄昏の槍の石突きで迎撃しながら、レイは疑問に思う。
ゴブリンは、セトを見ても力の差を理解出来ずに襲いかかってくるような無謀なモンスターだ。
だが、それでも実際に戦って相手が自分達よりも強ければ、あっさりと逃げ出す筈だった。
にも関わらず、このゴブリンの群れは仲間が次々に殺されても逃げ出しはしない。
それどころか、まるで逃げるという言葉を知らないかのように、遮二無二突っ込んで来る。
(いや、逃げるという言葉は本当に知らないのかもしれないけど)
デスサイズを大きく振るい、数匹のゴブリンの身体を一気に上下に切断する。
「皆で協力してゴブリンと戦え! 決して一人でどうにかしようと思うな!」
そんな声が、レイの耳に聞こえてくる。
声のした方に視線を向けると、そこではフェクツが仲間の樵達に指示を出してゴブリンと戦っていた。
トレントの森での戦いが影響しているのか、それともギルムの外で樵をしている以上ゴブリンと戦った経験があるのか……ともあれ、フェクツ達がゴブリンと戦う姿はそれなりに危なげのないものだった。
(意外にやるな)
フェクツの指示に従って行動する様子から見る限り、他の者達がフェクツを信頼しているというのは明らかだった。
レイの目から見た限りだと、フェクツは自分勝手な思い込みで暴走した男……と、そういうイメージだったのだが、こうして仲間に指示を出している光景を見れば、多少は見直してもいいかという気にもなる。
「まぁ、だからって今回の一件がなかったことになる訳じゃないけど……な!」
黄昏の槍を突き出し、ゴブリンの頭部を貫く。
「グルルルルルルルゥッ!」
セトの鳴き声と共に放たれるのは、クリスタルブレス。
それだけで相手を仕留めることは出来ないが、身体を薄いクリスタルで覆われたゴブリン達は動きを止める。
そうして動きの止まったゴブリン達に向かい、セトは一気に突っ込んでいく。
セトの一撃を回避することも出来ず、次々にゴブリンは死んでいく。
身体の大きなセトだけに、その一撃は多くのゴブリンの身体を砕く。
そうして十分程が経過し……最後の三匹をレイの投擲した黄昏の槍が纏めて貫き、ようやく戦闘は終了する。
「はぁっ、はぁっ、はぁ……」
戦闘が終了した後で、フェクツは息を切らしながら地面に座り込む。
仲間に指示を出しながら、フェクツ本人も自分の斧を振るっていた。
戦闘に向いている斧……いわゆるバトルアックスの類ではないだけに、トレントの森での戦闘と今回のゴブリンとの戦闘でかなり負担が掛かっている。
斧の刃には樹液や血、脂といったものがついており、切れ味も決して良いものではない。
「ほら、すぐに立て! 戦闘が終わったばかりで疲れているところ悪いが、いつまでもここにいればまたモンスターとの戦いが起きる可能性があるぞ!」
レイの言葉に、フェクツを含めた樵達は不満の声を上げながら……それでも立ち上がる。
このままここにいれば、再びモンスターとの戦いが起きるかもしれないというレイの言葉を否定出来なかった為だ。
今回はゴブリンが相手だったので、何とか対処出来た。
だが……ここで他のモンスターと、それもゴブリンよりも強力なモンスターと戦わなければならなくなった場合、間違いなく樵達に被害が出るからだ。
それが分かっているだけに、今は何とかして立ち上がり、出来るだけ早くギルムまで戻る必要があった。
既に樵達の中には、自分達が冒険者達を出し抜くためにトレントの森にやってきたことを強く後悔している者の方が多い。
いや、寧ろこれだけの経験をしながら、それでもまだ心の底から後悔をしていない者がいるというのが、おかしなことなのだろう。
ともあれ、何とか立ち上がった者達は、レイの後ろをついていく。
なお、隊形としては真ん中に樵達が集まっており、樵達の前方をレイが、左右をマリーナとヴィヘラが、後方をセトがというような形で進んでいる。
本来ならセトを先頭にするのが最善なのだが、この場合は背後からモンスターに襲撃される方が危険だと判断し、一番五感が鋭く、魔力を感じる能力も持っているセトが背後となった。
そんなセトの様子を、樵の何人かは少しだけ不安そうに見つめる。
そこにあるのは、畏怖だ。
勿論フェクツを含めてギルムに住んでいる以上、この場にいる樵達はセトのことを知っている。
それ以前に今日の昼間にレイを乗せて何度となくトレントの森まで来ているのを見ているし、その時に撫でたり餌をやった者もいる。
だが……それでも、セトが戦闘をする光景をその目で見てしまえば以前と同じように接するのは難しい。
それだけの光景を、樵達は目の前で見せつけられたのだ。
もっとも、逆に言えばそれはそれだけの力を持つセトに背後を守られているということでもあるので、安心感があるということでもあるのだが。
ゴブリンを倒し、そのまま街道を進み続けるレイ一行。
幸いにも、ゴブリンの群れの襲撃以降は特にモンスターに襲撃されるようなことがないまま、やがて遠くに月明かりに照らされるギルムの姿が見えてくる。
(ゴブリンの襲撃があったのは偶然なのか? いや、襲撃事態は偶然であっても、逃げ出さないゴブリンというのは……ましてや、上位種や希少種の類が率いていた訳でもないし)
ギルムが見えてきて安心した為だろう。
レイの中では、先程戦ったゴブリンのことが脳裏を過ぎる。
結局今は急いでいるということで、討伐証明部位や魔石の剥ぎ取りといった真似もしなかったし、死体もそのまま置いてきてしまった。
(アンデッド化については、明日にでもトレントの森に行く時に燃やせばいいのか。……まぁ、今日の件を考えると、明日もトレントの森で伐採作業をやるのかどうかは分からないけど)
フェクツの件があり、トレントの森の夜における危険性を直接その目で見た。
勿論危険性に関しては、それこそスレーシャから報告されているし、レイも聞かされている。
だが、それでもやはり聞くのと直接見るのとでは全く違っている。
文字通りの意味で、百聞は一見にしかずというものだろう。
(もっとも、スレーシャの話だとトレント以外にも何種類か他のモンスターがいるって話だったが……今日出て来たのは、トレントと蔦だけか。あの蔦もどんなモンスターなのかは分からないけど……まさか、トレントの一種ってことはないよな?)
ましてや、トレントを倒しても魔石を入手出来なかった。
これは、一般的な常識だけで考えればレイ達が倒したトレントはモンスターではないということを意味している。
勿論あのような存在がモンスターではないという筈はないのだが、それでも魔石はでなかったのだ。
(木材の供給地としては文句なく優秀な場所なんだろうけど……不安も残るな。今は森が攻撃的になるのは、あくまでも夜だけだ。けど、いつまでも夜だけとは限らない。もしかしたら、昼でもこちらに牙を剥くという可能性は十分にある)
ギルムに近付きながら、レイは嫌な予感に襲われる。
勿論、樵の護衛を引き受けている冒険者は一定以上の強さを持つ者達だ。
そうである以上、トレントに襲撃されても対処するのは難しくないだろう。
少なくても、フェクツ達のように逃げ回ることしか出来ないということはない筈だった。
……もっとも、モンスターが出てこないとして追加報酬目当てで木の伐採に集中していれば、話は別だろうが。
そうこうしている間に、ようやくレイ達は正門の前に到着する。
「おーい、レイだ! トレントの森に行っていた樵達を連れ戻してきた! 門を開けてくれ!」
外側からそう叫ぶと、すぐに正門が開く。
レイ達がギルムを出る時に対応をした警備兵がいたからこその素早い開門だろう。
ギルドマスターのワーカーだけではなく、領主のダスカーのサインまで入った書類を使ったのだから、この対応は当然だった。
ただ、正門は日中のように完全に開くのではなく、人が……いや、セトが何とか入ることが出来る程度までにしか開かなかったが。
モンスター対策として考えれば、これは当然の処置だろう。
誰も文句一つ言わないまま、ギルムの中に入っていく。
そうして全員がギルムの中に入ると、即座に扉が閉まる。
モンスターが姿を現すようなことはなかったが、辺境の夜というのは様々なモンスターが活発に動き回っている。
それを考えると、警備兵のこの行動は褒められこそすれ、注意されるようなことではなかった。
「ついたぁ……」
ギルムの中に入った瞬間、樵の中の一人が心の底から安堵したような声を出し、地面に座る。
樵という仕事をしている屈強な男がする行為としては、どこか情けないようにも思えるのだが……それを笑うような者はいない。
冒険者であっても、夜にギルムの外で活動するというのは酷く緊張し、精神的にも体力的にも消耗するのだ。
それを考えれば、実際にトレントの森でモンスターに襲われて死を覚悟し、その後は何故かゴブリンの群れに襲撃されるといったことになった樵達が疲れ切っていてもおかしくはない。
肉体的にはその辺のギルムの住人より頑強であっても、結局は一般人なのだから。
勿論、木を伐採している時にモンスターに襲撃されるということはあるが、その時は護衛の冒険者がいる。
本当の意味で自分達だけでどうにかしたということは殆どない。
「……で、これからどうするの? ギルドまで連れていけばいいのかしら?」
地面にへたり込んでいる樵達を見ながら、ヴィヘラがレイに尋ねる。
尋ねられたレイは、少し迷う。
ケニーから緊急の指名依頼として今回の件は引き受けた。
だが、連れ戻ってきた樵達をどこに連れていけばいいのかというのは、全く聞いていなかった為だ。
「ギルドでいいでしょ? 依頼が無事に完了したってことで、手続きをしなきゃいけないんだし」
マリーナがそう言えば、元ギルドマスターの言葉だけに深い説得力がある。
「そうだな、そうした方が一番手っ取り早いか。……行くぞ!」
そうレイに声を掛けられた樵達は、疲れた身体に最後の力を入れて立ち上がる。
そもそもの話、フェクツを含めて樵達は日中もいつも通り……いや、護衛を放っておいて伐採作業に精を出す冒険者達に負けじと働いていたのだ。
日中の仕事が終わってギルムに戻ってきた後で、軽い休憩をしてまたすぐにトレントの森に向かい、再度伐採作業を行い、その最中にトレントや蔦のモンスターに襲われて命の危機に陥った。
そこでレイに助けられてからもゴブリンに襲撃されたり、いつ他のモンスターに襲撃されるのかという不安を抱きながら移動したのだ。
これで疲れないという方がおかしいだろう。
だが……それでも、フェクツは体力と精神力を限界まで振り絞って立ち上がる。
「ほら、行くぞ皆。もう少しで家に帰って休める。最後の力を出せ」
フェクツの言葉に、樵達全員が立ち上がる。
今回の件でフェクツが色々失敗したとしても、やはりフェクツが樵の若手の中では中心人物であるということに変わりはないのだろう。
そのことに、レイは少しだけ驚く。
普通であれば、自分達をこのような件に巻き込んだフェクツに対して、恨みを抱いてもおかしくはないのだから。
……フェクツは誘いはしたが、それに乗ったのは自分である以上、逆恨みに近いのだが。
ともあれ、フェクツの言葉に従って全員が立ち上がったのを見たレイ達は、そのまま警備兵と軽く言葉を交わすと、ギルドに向かって進み始める。
そんな一行を、警備兵はこれ以上の面倒が起きませんようにと願いながら、見送るのだった。
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