第1376話
目の前でショックを受けているフェクツやその仲間達を眺めていたレイだったが、このままここで無駄に時間を使っていても意味はないと判断したのだろう。
小さく溜息を吐いてから、口を開く。
「とにかく、お前達の行動の結果が今の状況なんだから、落ち込むのは後にしろ。ギルムに戻ったら、他の樵や家族、友人、恋人に思い切り怒られることになるだろうしな」
誰がギルドに依頼してきたのかは、ケニーから聞いてはいない。
だがそれでも、捜索を依頼してきたのは今自分が口にした中の誰かだろうというのは、レイにも予想出来る。
「……ああ」
冒険者嫌いのフェクツも、今は大人しい。
このトレントの森に来る前であれば、冒険者なんかいなくても自分達でどうにでも出来ると言い張ることも出来ただろう。
だが、実際に冒険者がいない状況でモンスターに襲撃されてどうしようもなかったことを考えると、今の状況で冒険者がいなくてもいいなどとは言うことが出来ない。
今はとにかく、大人しくしていることが必要だった。
「ほら、とにかく森の外に出るぞ。今はこれ以上の襲撃はないみたいだが、またいつ襲ってくるかも分からないからな。……マリーナ、そっちはどうだ?」
「今のところ、これ以上の襲撃はないみたいね」
弓を手にしたマリーナが、レイの言葉に答える。
先程蔦を一掃した風の精霊は既に消えており、マリーナの周囲には特に誰の姿もない。
そんなマリーナを見て、先程蔦との戦いを見ていた樵が何かを言い掛けたものの……結局それ以上は何も口にはしない。
今の状況で迂闊なことを口にするような余裕はないと、そう理解している為だろう。
「そうか。なら、とにかく森を出るぞ。向こうが何を仕掛けるにしても、森の中だと向こうの方が有利だ」
呟きながら、自分達が倒したトレントの死体を次々とミスティリングに収納していく。
素材を売るということもそうだったが、何より魔石が存在しないことが気に掛かった。
モンスターというのは、須く魔石を持っているもの。
それがレイの常識であり、冒険者の常識であり、何よりこのエルジィンという世界の常識でもあった。
だが、それにも関わらずレイ達が倒したトレントは魔石を持っていない。
これが、単純に体内にある魔石を見つけることが出来ないのであればいいのだが……もしそうではなく、本当に魔石が存在しない場合、このトレントの森という場所は色々な意味で特殊すぎることになる。
……もっとも、毎晩十m程も広がっていくという時点で特殊ではあるのだが。
「ちょっと待ってくれ!」
トレントをミスティリングに収納していくレイを見て、不意にフェクツが口を開く。
レイは作業の手を止めないまま、視線だけそちらに向ける。
「何だ? このままだとまた襲撃がある可能性が高い。出来るだけ早くトレントの森を出たいんだけどな」
「分かってる。分かってるけど……恥を忍んで頼む。もう少し行った場所に、俺達が切った木が倒れている筈だ。その木も一緒に持っていって欲しい」
「……本気か? この期に及んでお前達の利益の為に協力しろと?」
呆れが多分に混ざった視線を向けられたフェクツだったが、首を横に振る。
「違う! ……いや、大まかには間違ってないけど、この木を売った料金は別に俺達のものにする訳じゃない。あんた達をここに派遣してくれた際に払う分として使って貰いたい」
「へぇ」
まさかフェクツの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかっただけに、レイは意外そうな声を上げる。
てっきりこの木を売った金は、自分達のものとして使うのだろうと……そう思っていたのだ。
だが、実際にはレイ達に支払う報酬の一部として使って欲しいと、そう告げる。
(まぁ、俺が貰う報酬は基本的に火炎鉱石で貰うつもりだから、この木を売っても……いや、この金で火炎鉱石を買って、それを俺の報酬の一部にしたりするのか?)
もしくは、その金は何か他のことに使われるのかもしれない。
そう思いつつ、それでも自分にこうして頭を下げてくるフェクツを見れば、多少は譲歩してもいいという気分にもなる。
何より、折角切り倒された木が、この森の力になるのであれば……
(うん? 今、何か……)
何かを思いついたような気がしたレイだったが、それよりも早くこのトレントの森から出た方がいいのだとすぐに思い直す。
何かを考えるのであれば、それこそこの一件が終わった後でいいのだから。
「分かった。まぁ、このまま置いておけばモンスター達に何かに利用されるかもしれないしな」
頷き、丁度トレント全てを収納し終わったところで、レイ達は歩みを進める。
当然のように新たなモンスターが姿を現した時にはすぐに対抗出来るようにと周囲の警戒をしているのだが、不思議なことにモンスターが姿を現すことはない。
(セトを恐れてか?)
普通のモンスターなら、セトの気配を察すれば自分から近付いてくるような真似はまずしない。
もっとも、ゴブリンのように頭の悪いモンスターや、闘争心に心を支配されているようなモンスターといったように例外はいるのだが。
その点で考えれば、トレントのようにある程度知能の高いモンスターであれば、セトがいるということで手を出さなくてもおかしくはなかった。
(けど、このトレントの森そのものが、普通とは言えないしな)
普通の森は、そもそも毎晩のように十m程も広がったりはしない。
そんな森に潜んでいるモンスターである以上、とても他の場所にいるモンスターと同じような存在だとは思えなかった。
(理由はともあれ、襲撃してこないのならこちらとしても助かるのは事実だ。俺達はともかく、樵達を守りながら戦うのは難しいしな)
一人二人であればまだしも、樵達は十人を超えている。
それだけの人数を三人と一匹で守るというのは、実力以上に難しいものがあった。
それをしなくてもいいのだから、レイにとっては何も文句はない。
周囲を警戒しながら歩き続けると、やがて森の切れ目が見えてくる。
元々フェクツ達はそんなに森の奥まで進んでいた訳ではないので、ここまで戻るのも早い。
……もっとも、その少しの距離をどうにも出来なかったのがフェクツ達なのだが。
もしレイ達が来なければ、全滅していたのは間違いないだろう。
そうして森から外に出ると……樵達からは歓喜の声が上がる。
森の木々によって遮られていた柔らかな月の光が、まるで樵達の無事を喜ぶかのように降り注ぐ。
その光景は、正真正銘命の危機だった樵達にとっては、何よりの光景だったのだろう。
樵達の中には、涙を流しつつ空にある月を眺めている者もいる。
「何とかなったわね」
セトを撫でながら騒いでいる樵達を見ていたレイに、マリーナがそう声を掛けてくる。
ヴィヘラもマリーナの隣で、騒いでいる樵達に視線を向けていた。
だが、マリーナはともかくとして、ヴィヘラの目には不満の色がある。
「どうした?」
「思ったよりも戦闘があっさり終わったと思って」
ヴィヘラの目にあった不満の色は、樵達に対するものではなく、森で行われた戦闘についてだったのだろう。
事実、ヴィヘラの一撃……浸魔掌により、トレントはあっさりと内部から破壊されてしまって、すぐに勝負は決まった。
レイからトレントの森についての話を聞いていただけに、思う存分強敵との戦いが出来ると思っていたのだろう。
期待が大きかっただけに、感じた失望もまた大きかった。
そんなヴィヘラを励ますように、レイは口を開く。
「そこまで不満に思うことはないだろ。今日は結局この程度の戦いだったけど、この森が色々とおかしいというのは分かってるんだ。いつまでもトレントの森をこのまま広がり続けさせるって訳にもいかないだろ?」
「それは分かってるけど……でも、本当にそんな日がくると思う? 今までのギルドの対応を見ていると、この森を資源としか見てないわよ?」
「まぁ、実際に資源として有用なのは事実なんだろうけどな。だからこそ、樵達がやってきてるんだし」
「なら、この森を本格的に駆除するような真似はしないんじゃない?」
「いや、するだろ」
「……そう言える根拠は?」
あっさりと駆除をすると断言するレイの言葉に、ヴィヘラは不思議そうに尋ねる。
レイはそんなヴィヘラの言葉に、トレントの森を見ながら口を開く。
「戦闘が出来なかったから不満なのは分かるけど、しっかり考えろよ。そもそもの話、森が広がっているのは俺達がいるこの場所だけじゃない。この一部分にある木だけを伐採しても、他の場所から森が広がっていく筈だ」
「まぁ、そうでしょうね」
樵や冒険者が丸一日伐採作業に専念したとしても、伐採出来る範囲は十m前後だ。
もっと人数を集めればより多くの伐採作業が進むだろうが、それでも森の全周囲で十mを伐採するというのは夢物語だろう。
ましてや、森が周囲を侵蝕して広がっていく範囲も、あくまでも十m程であって、必ずしも十mという訳ではない。
事実、十五m程範囲が広がったのをレイも確認している。
それだけに、少しずつ……本当に少しずつではあっても森がギルム方面に向けて広がり続けているのは間違いないし、このままでは街道も森に侵蝕される恐れは十分にあった。
(ギルムの領主として、ダスカー様も絶対にそれを許容は出来ないだろうし)
ギルムは辺境にあるだけに、完全に自給自足出来ている訳ではない。
特に小麦の類は、他の街や村から売りに来る商人に頼っている。
それ以外にも、辺境では手に入れることが出来ない様々な品は当然商人に頼っているのだ。
そうである以上、もし街道が通れなくなったりすれば……いや、そこまでいかなくても、森の侵蝕によって街道が脅かされているという情報が流れれば、確実にギルムを訪れる商人の数は減る。
ギルムに行けば商品は間違いなく売れるのだろうが、そのギルムに無事到着出来るかどうか……ましてや、街道が森に呑み込まれてしまえば馬車で移動することも出来なくなるだろう。
(まぁ、最悪俺がセトで他の街や村にいって買い物をしてくるって方法もあるけど……ギルムに住んでいる全員分のか? ちょっと現実的じゃないな)
勿論ギルムで手に入れることが出来る物資の類も多い。
特に肉に関しては、それこそ幾らでもモンスターがいるのだから。
(あ、ゴブリン)
一瞬ゴブリンの肉について考えるも、すぐに今はヴィヘラと話している時だと思い出す。
「とにかく、最終的にはこの森をどうにかするってことになる筈だから、そうなればヴィヘラが希望しているような戦いも出来ると思う。……まぁ、絶対にとは言えないけど」
「……そう。まぁ、今のところはその話を信じておくわ」
ヴィヘラも渋々ではあったが、レイの言葉に納得する。
そんな二人の様子を見ていたマリーナが、話は終わったと見て会話に割り込む。
「レイ、とにかくギルムに向かいましょう。彼等は出来るだけ早く帰した方がいいわ」
マリーナの視線が向けられた先には、当然のように樵達がいる。
今はトレントの森から抜けたことにより、特に危険はない。
だが、森が広がって再び森の中に取り込まれるといった形になった場合、再び戦いが起きるだろう。
勿論レイはそうなっても負けない自信はあったが、助かったと安堵したばかりの樵達がどのような行動に出るのかが予想出来ない。
そうである以上、この場をなるべく早く離れた方がいいというマリーナの言葉は正しかった。
「ああ、そうする。ただ、約束したからな。取りあえずあの木を収納してくるよ」
レイの視線の先にあるのは、フェクツ達によって伐採された木。
この木を持っていくという約束をした以上、それを破るつもりはなかった。
「あの木を収納したら、すぐにこの場を離れる! それぞれ準備をしておけ!」
未だにトレントの森から出たことに喜んでいる樵達に対し、レイはそう声を掛ける。
樵達の方も、そのレイの声で我に返ったのだろう。すぐにこの場を離れる準備を始めた。
もっとも、準備といっても特に何かがある訳ではない。
仕事道具の斧はそれぞれ自分の手で持っている。
戦いの中で斧をなくした者も数人いたが、そのような者達は更にやるべきことはない。
それこそ、落ち着けばそれだけで準備が完了してしまう。
そんな樵達を見ながら、レイは伐採された木に手を伸ばし、ミスティリングに収納していく。
伐採された木そのものはそれ程多い訳ではない。
結果として、全ての木がミスティリングに収納され……レイ達がトレントの森から立ち去るまで、大して時間は掛からなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます