第1365話
森の外側に着地したレイとセトは、慎重な様子で森の中に入っていく。
目指すのは、上空から見えた木々の隙間から光を反射していたもの。
明らかに人の残した何かと思われるものが存在していた場所。
そんなレイの予想は……やがて明確な証拠となって目の前に姿を現す。
「これは……長剣か? 他には……」
周囲を見回したレイが見つけたのは、斜めの状態で地面に突き刺さっている棒。
レイも使い捨ての槍を森がどのくらい広がったのかを調べる為に突き刺していたので、一瞬それではないのかと思ったが、ここは明らかにレイが昨日来た場所とは違う。
また、レイが突き刺した槍は垂直だったが、この棒は斜めに突き刺さっている。
その棒に興味を抱き、手に取り……抜く。
するとレイが予想していたよりもあっさりとその棒は地面から抜け、棒の先端に穂先がついているのを目にし、初めて自分が持っていた棒が槍だったことに気が付く。
「槍、か。……けど、ここに突き刺さっていたのを考えると、恐らく戦闘になったのか?」
「グルルゥ」
レイが呟いていると、不意にセトが鳴き声を上げる。
そちらに視線を向けたレイが見たのは、地面にあった焚き火の跡。
明らかに野営をしたと思しき痕跡だ。
だが、当然ながらそこに野営をしていたと思しき存在はいない。
それでもレイの目から見て、ここで野営をしていた者がそのまま立ち去ったのではなく、ここで何者かに襲われたというのは間違いのない事実だった。
不自然に槍が地面に突き刺さっていたのもそうだし、何より荷物の類がそのままになっているというのが大きい。
一瞬、ほんの一瞬だけだったが、もしかして何らかの用事でこの場を離れているのではないか? とそんな風にも思ったが、すぐに首を横に振ってそれを却下する。
そもそもの話、焚き火の跡を見ても火が消えてから随分と長いのは明らかなのだ。
そうである以上、ここで野営をした者が……あるいは者達が森に襲われて死んだというのは間違いない。
「けど、何だってこの森で野営なんて真似をしたんだろうな。……やっぱり功績目当てか?」
トレントの森はモンスターや動物の類はいないとギルドで公表されているが、それでも疑問に思う者は多い。
冬はともかく、秋に確実に存在しなかったにも関わらず、春になった瞬間にこれだけの大きさの森が姿を現しているのだ。
疑問に思う者が多いのは当然だろう。
だが、それでも殆どの者は金にならない以上はトレントの森に来ようとはせず、また来てもすぐに戻っていく者が殆どだ。
少なくても、レイの視線の先にあるように野営をしたりはしていなかった。
(まぁ、俺もこの森の様子全てを知ってる訳じゃないんだし、もしかしたら他の冒険者とかが森の中に入っている可能性は否定出来ないけど)
今回のように野営の痕跡が明確に残っているのであれば、見つけるのは難しくない。
だが、野営に慣れているような人物の場合は、野営の痕跡を隠すのが非常に上手い。
少なくても、上空を飛んでいて野営の痕跡を見つけるようなことは難しいだろう。
「……取りあえず、ここで野営をした冒険者が誰だったのかは分からないけど、何らかの襲撃を受けたのは間違いない」
その襲撃したのも、スレーシャの言葉から恐らくトレントなのだろうというのはレイにも予想出来る。
それでも、こうして周囲を見ている限りではトレントらしい姿はどこにもないが。
「セト、トレントがいるかどうか分かるか?」
「グルルゥ? グル、グルル……グル……」
レイの言葉に、セトははっきりとしない態度をとる。
いつもであれば、いるのであればいる、いないのであればいないと、しっかりと態度で示してもおかしくはない。
しかし今のセトは、迷ったように周囲を見渡しているのだ。
普通の人間よりも五感が鋭いレイ、そのレイ以上に五感が発達しているセトが、嗅覚上昇のスキルを使っても臭いを嗅ぎ取ることが出来ない。
そのことにレイも驚く。
「分からないのか? セトが?」
「グルゥ……」
レイの言葉に、ごめんなさいとセトは小さく頭を下げる。
円らな瞳が申し訳なさそうな光を浮かべているのを見たレイは、そっとセトの頭を撫でる。
「気にするなって。別にこの件でセトを責めようとは思ってないから。それに、今回の件は色々と謎も多い。寧ろ、セトの嗅覚でも敵を見つけることが出来ないというのは、ある意味で収穫だ」
セトの嗅覚の鋭さに、レイはこれまで何度も助けられてきた。
だが、その嗅覚を持ってしても敵の姿を見つけることが出来ないというのは、十分に意味のある情報だった。
取りあえずこの一件はギルドに知らせる必要があるなと判断したレイは、荷物をミスティリングに収納していく。
元々既にこの場には誰もいなくなっているので、この荷物をレイが貰っても問題ないのだが、今回の場合はこの荷物からここで野営をしていたのが誰なのかを特定する為に荷物は使われるだろう。
「ギルドカードでもあればいいんだけど……難しいだろうな」
ギルドカードは身分証としても使えるということもあり、非常に大事なものだ。
もし紛失した場合、再発行には多少ではあっても料金をとられる。
そうである以上、冒険者は自分のギルドカードを懐に入れるなりなんなりして、肌身離さずに持っていることが多い。
もっとも、それはあくまでも多いであって全員ではない。
中には持ち歩くのを面倒臭いと仲間に預けているような者もいるし、荷物の中に入れっぱなしという者もいない訳ではなかった。
レイもまた、ギルドカードは直接持ち歩いてはいない。
……もっとも、レイの場合はミスティリングの中に収納しているので、普通に持ち歩くよりも遙かに安全なのだが。
ともあれ、そんな理由から荷物を調べてもすぐに誰の荷物なのかというのは判明しないだろう。
それでも残っている道具を詳しく調べれば、どの冒険者の物なのかが判明することも少なくないのだが。
冒険者の中には、パーティで揃いの装備をしている者も少なくない。
そのような物があれば、それこそ一発で誰の物なのかは判明するだろう。
「……取りあえずこの辺りはこれでいいか」
ついでに槍も何かの手掛かりになるかとミスティリングに収納し、改めてレイは周囲を見回す。
血の跡のようなものも特になく、何らかのモンスター……恐らくトレントに襲われたにしても肉片の類も存在しない。
レイの目に映るのは、ごく普通の森にすぎない。
だが昨夜……かどうかは分からないが、恐らくここで冒険者がモンスターに襲われたことは間違いないのだ。
(この野営地跡があった場所を考えると、恐らく昨夜だと思うけど)
それが分かっても、今はもうどうしようもない。
既に事態が終わった後である以上、レイが出来るのはただ遺品をギルドに持っていくだけだった。
スレーシャのように生き延びている者がいれば、もしかしたら荷物を引き取るような者がいるかもしれないが……そうなる可能性が低いというのは、冒険者として活動している以上レイも承知している。
それでも一応、念の為……と。
そうして全ての用事を済ませると、レイはセトに乗って一旦森を出る。
向かう先は、昨日レイが木を伐採した場所だ。
別に木を伐採するということであれば、それこそ今の場所でやっても良かった。
だが、昨日に比べてどのくらい森が侵蝕しているのか……それを確認する為には、やはり昨日の場所に戻るのが一番手っ取り早かった。
セトも昨日の場所は覚えていたのか、特に迷う様子も見せずその場所に向かう。
少しではあるが空を飛び……そして気が付けば、昨日レイが木を伐採した場所の近くにやって来ていた。
もっとも、森の侵蝕によりその痕跡は完全に消えていたが。
「うーん、これは大体十五mくらいか? ……昨日は十mくらいだったのを思えば五割増しくらいか。……随分と差があるな。もしかして、あの冒険者達が理由だったりしないよな?」
つい先程見つけた、野営の跡。
そこで森に襲われたのだろう冒険者達が、森にとって栄養になったのではないか。
ふとそんなことを思うが、何の根拠もない話なのは間違いない。
実際にそうであったとしても、それを調べる方法はないのだから。
(罪人とかを使って調べるとか、そういう方法なら話は別だけど)
そんな風に考えながら、レイは森がどのくらい広がったのかを確認出来たので、次にやるべきことを行う。
……そう。この森にやって来たのは、森がどのくらい広がったのかを調べるという意味もあったが、それと同様に森の木を伐採するという依頼もあった。
伐採すればするだけ、報酬も多くなる。
そうである以上、レイにとってこれはボーナスに等しい。
木を切るのに、普通であれば斧を何度も振り下ろす必要がある。
だが、レイの場合は……
「はぁっ!」
ミスティリングから取り出したデスサイズに魔力を流し、そのまま振るうだけだ。
斜めに一閃されたデスサイズにより、最初斬られた木は特に動きを見せる様子はない。
だが……やがて春らしい暖かな風が吹き、それが切っ掛けになったのかやがて木が自重によりずれていき、そのまま地面に落ちる。
斜めに切断されただけあって、尖った部分は地面に突き刺さるも……次の瞬間にはそのまま倒れ、近くにある木にもたれかかった。
そうして残ったのは、斜めに斬られたことにより鋭利に尖った切っ先を上に向ける木の幹のみ。
「これって、もしかして色々と危険か?」
呟くも、そもそもここにやって来るのはレイくらいだ。
この場所は街道方面ではないので、人がやってくるという可能性はかなり少ない。
街道からやって来た者達は、先程レイ達が見つけた野営の跡地のあった方に辿り着くことになるのだから。
「まぁ、それでも念の為だ」
呟き、再びデスサイズに魔力を通してから振るう。
今度は先程とは違って斜めではなく真横の一閃。
三角の形になりながら、切断された場所は地面に落ちる。
この木を何につかうのかは分からないけど、それでも切断されている場所は尖っているより平坦になっている方がいいだろうと、そう判断しての一撃。
そうして他の木に寄り掛かっている木と、三角になった部分をミスティリングに収納すると、次の木を探す。
もっとも、ここは森の中である以上、すぐ近くに幾らでも木があるのだが。
「ああ、セト。俺は暫く木を斬るから、好きにしててもいいぞ」
「グルゥ? ……グルルルゥ」
レイの言葉に喉を鳴らしたセトは、少し離れた場所で横になる。
普段であれば、周囲を走り回って遊んでいても不思議ではないのだが……やはりこうしてレイの見える位置で横になっているのは、森に異変を感じているからだろう。
特に、先程野営の跡地でモンスターの存在を感じることが出来なかったというのが大きかった。
大好きなレイは、自分が守る。
そんな思いで、セトは寝転がって目を閉じ……嗅覚と聴覚、そして魔力を感じる感覚に集中する。
レイも、セトの思いは理解しているのだろう。笑みを浮かべてデスサイズを構える。
「はぁっ!」
再び放たれる、魔力を込められたデスサイズの一撃。
最初の一撃とは違う、真横に放たれた一閃。
一切の抵抗を感じさせずにデスサイズの一撃は木を切断する。
そうしてデスサイズを振り抜いた状態で、そっと木に手を伸ばし……次の瞬間、その木は消える。
ミスティリングに収納されたのだ。
後に残ったのは、横に切断された切り株のみ。
「最初からこうやって伐採しておけばよかったな。そうすれば、周囲に被害とかもなかったんだろうし」
呟きながら、レイの視線が向けられたのは周囲の木々。
正確には最初に斜めに斬った木が寄り掛かったせいで折れた木々だ。
別に一晩でこの程度なら復帰するのだから、特に気にする必要もないのだろう。
そうは思うのだが、それでもやはり色々と思うところがあるのは間違いなかった。
「まぁ、今更こんなことを考えても仕方がないか。そもそも、この森は冒険者を喰らう森なんだから。……何故かギルムの方にばかり伸びてるけど」
何故ギルムに向かっているのか。それは分からないが、それでもアブエロ方面に向かっていなかったのは、ギルムはともかくアブエロの住民にとって運が良かったのだろう。
ギルム方面に向かっているからこそ、こうして今のところは冷静に対処出来ているのだ。……先程レイが見たように、何人かは自分からこの森にやって来ているようだったが。
もしこれがアブエロ方面に向かっていれば、アブエロにいる冒険者達は恐らく冷静に対処は出来なかった筈だ。
辺境との境にあるアブエロだったが、それだけに辺境の恐ろしさというのはこれ以上ない程理解していたのだから。
それを不幸中の幸いと考えつつ、レイは次の木を伐採すべくデスサイズに魔力を込めるのだった。
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