第1364話
「は? 木をもっと切ってこい? いやまぁ、こっちとしては別にそんなに大変な訳でもないからいいんだけど……何でまた?」
「さぁ? 私に聞かれても知らないわよ。上の方からそういう命令を受けただけだもの」
ギルドにあるカウンターで、レイはケニーの話に首を傾げる。
いつもであれば担当のレノラから依頼を受けるのだが、残念ながら今日はレノラは色々と忙しいらしく、ケニーがレイの対応をしていた。
そのことに喜びを抱きつつ、それでもケニーはきちんと受付嬢としての役目を果たしていた。
もっとも、それはギルド職員として当然のことだったのだが。
「トレントの森の木は大きいし、持ってくるのも大変なんでしょ? だからレイ君に頼むんじゃない? アイテムボックス持ちなら、重量とか気にしなくてもいいし」
ケニーのその言葉には納得出来るものがある。
だが、それでもレイは疑問を抱く。
そもそも、あれだけの木を持ってくるのが難しいのは事実だ。
レイの場合はセトと共に移動しているので移動時間はほんの少しで済むが、普通に地面を馬車で移動するのであれば、かなりの時間を必要とする。
ましてや、歩いて移動するとなればそれ以上の時間が掛かるのは当然だろう。
そこまで理解しても、レイは疑問に思う。
そもそも、あの木にそれ程の価値があるのかと。
レイの目から見れば、あの木は普通の木とそう変わらない。
勿論一晩で大きくなるのを考えると、実際には色々と違いがあるのかもしれないが……それでも、レイにとってはそこまで重要なものではない。
「まぁ、報酬を支払ってくれるのなら、俺も特に文句はないけど」
「でしょ? 冒険者だものね。……じゃあ、こっちで処理しておくわ。……そう言えば聞いた? 何でもギルムの方針として、冒険者をもっと集めるらしいわよ?」
依頼についての書類を書きながら、ケニーはレイとの話を続ける。
書類も書かなければならず、同時にレイと話もしたい。
そう思ったケニーの行為だったが、この程度の事は今までに何度も行ってきている。
それ故、特に苦労することなくどちらも両立出来ていた。
「今以上にか? ……何でだ?」
さっさと依頼をこなそうかと考えていたレイだったが、ケニーの話には興味を惹かれたのだろう。そう尋ねる。
もしこの場にマリーナやヴィヘラ、もしくはレノラといった面子がいれば、さっさとレイと共に依頼に行ったり、もしくは書類でケニーの頭を叩いたりもしただろう。
だが、今は朝の最も忙しい時間が終わっていることもあり、ギルドの中に冒険者の数は少なく、唯一今日は依頼をせずに休むということにした冒険者達が酒場で朝から騒いでいるだけだ。
それだけに受付嬢の仕事も忙しくなく、他のギルド職員もある程度はケニーの行為を見逃していた。
……実際、ギルドにとって高ランク冒険者との関係を深めるというのは、大事な出来事の一つだというのがあるのも大きいだろう。
「さぁ? ギルドマスターからそれとなく臭わせられただけだから、実際にはまだはっきりと決まった訳じゃないけど……多分何か大きな動きがあるんでしょうね」
「それでも、冒険者を多く集めるか? それこそ、実際に何かがあったとしても、今のギルムなら大抵のことは何とかなりそうな気がするんだが」
そう呟くレイの言葉は、ある意味で事実ではあったが、ある意味では間違っていた。
実際、ギルムにいる冒険者の数は多いし、その質も平均的に高い。
だが、いるのはあくまでも冒険者であり、いざその気になれば平気で他の街や村に拠点を変えることが出来る者達なのだ。
勿論ギルムという、冒険者としてこれ以上ない場所からそう簡単に拠点を変えるような真似をする者は少ないが。
それでも何かを強要しようものなら、少なくない冒険者がギルムから出ていくのは確実だった。
ギルムのギルドマスターとして、ワーカーがそれを分かっていない筈はなく、そう考えると何らかの理由があって冒険者を集めるということになるのだろう。
「急にその話が出て来た訳じゃないとすれば、理由として考えられるのは前々から何かを計画していてそれが実行されることになったとかか?」
「うーん、どうかしら?」
「まさか、あのトレントの森が関係しているって訳じゃないんだろうし」
「レイさん!」
トレントの森という言葉を口にした時、まるでそのタイミングを待っていたかのように声を掛けられる。
声のした方に視線を向けると、そこにいたのはレイが以前見た女冒険者……スレーシャの姿だった。
「えっと、スレーシャだったよな? どうしたんだ?」
「レイさんがトレントの森に向かうと聞きました。是非私も連れていって下さい」
「……そう言われてもな」
レイがトレントの森に向かう時は、セトに乗って移動する。
当然そうなればセトに乗れるのはレイだけだ。
マリーナとヴィヘラ、ビューネの三人は今日はそれぞれで用事があるということで、トレントの森に向かうのはレイだけだが……セトの足に掴まって移動するという方法は、スレーシャにはちょっと難しそうに思える。
また、レイもスレーシャには会ったばかりで、そこまで強く信用していないという問題もあった。
空を飛ぶセトに掴まるという手段は、当然ながらある程度信じられる相手ではないと色々問題がある。
飛んでる最中に妙な真似をされた場合、レイに……そしてセトに出来る対抗手段は限られているからだ。
だからこそ、スレーシャのように面識の殆どない相手を一緒に連れていくという選択肢は、レイの中にはなかった。
「悪いけど、俺はセトと一緒に行動している。あまり親しくない相手を一緒に連れていきたくはないんだ」
「そんな……そこを何とか。私は、真実が知りたいんです。何故あの森……トレントの森であのようなことになったのか、そして出来れば仲間の仇を……」
絞り出すような声でそう告げるスレーシャだったが、レイは黙って首を横に振る。
言葉には出さなかったが、スレーシャの技量が決して高くないというのも、連れていかない大きな理由の一つだった。
今のところは、トレントの森でレイが襲われたことはない。
だが、スレーシャの仲間のように襲われた者が実際に存在している以上、いつ襲われるのかは分からないのだ。
その時、レイとセト、もしくはマリーナやヴィヘラといった面々であればまだしも、ランクD冒険者のスレーシャがいれば動きにくい。
足手纏いを庇う……といった真似をした場合、遅れを取る可能性もある。
そしてトレントの森そのものが未知の存在である以上、その遅れが致命的なものになる可能性というのは十分に高かった。
「……悪いな」
その理由を最後まで口に出すようなことはせず、レイはその場を後にしようとし……ふと、その足を止める。
「そう言えば、お前を助けたルーノはどうしたんだ? ルーノなら腕が立つソロの冒険者だし、お前の助けになると思うけど」
魔力を見る目という魔眼だけが知られているルーノだが、基本的にソロで活動をしているというだけあって腕は立つ。
ギルムでソロというのは、自信過剰の身の程知らずか、本当に腕があるかのどちらかでしかないのだから。
レイもマリーナ達と紅蓮の翼を結成する前はソロで活動していたが、その場合はソロであってもセトという相棒がいた。
それを思えば、ギルドのシステム上はソロであっても、実際にはソロではなかったと言ってもいいだろう。
「ルーノさんは、その……私を助けてくれて、ギルドマスターの執務室で話を聞いてからはそこで別れてしまったので……」
落ち込んだ様子のスレーシャを見れば、恐らく本来なら一緒に活動したいと、そう思っていたのだろうことはレイにも理解出来た。
「そうか。……けど、頼むのなら俺じゃなくてルーノに頼んだ方がいいぞ。何だかんだと、ルーノの奴は面倒見がいいし」
「……ですけど、レイさんはギルムでも有数の腕利きと聞いています。それに、今はトレントの森についての依頼も積極的に受けている以上……」
自分もそちらに協力したいと、そう言葉を締め括る。
そんなスレーシャの言いたいことも分からないではないレイだったが、それでも現在の状況でそれを引き受けることは出来ない。
「悪いな。俺は俺で好きにやらせて貰う」
「報酬なら……報酬なら、少しは用意出来ます」
その報酬の出所がどこなのか、それはレイにもすぐに分かった。
何故なら、スレーシャ達のパーティが野営をしていた跡を見つけたのはレイで、そこに残っていた荷物を持ってきたのもレイなのだから。
(まぁ、パーティが全滅した以上、あの荷物の所有権はスレーシャにある。俺が貰っても良かったけど、ランクDパーティなら、そんなに珍しいものはなかっただろうし)
だから、スレーシャがその荷物を金に換えてレイに報酬として渡すという判断をしても、責めるようなことはしない。
もっと他にいい使い道があっただろうに……とそう思わないでもないのだが。
同時に、スレーシャにとって失ってしまった仲間というのはそれ程大事なものだったのかという感心もある。
「悪いな、今の俺はそこまで余裕がある訳じゃないんだ。その金は、それこそルーノ辺りを雇うのに使った方がいい」
最後に念を押すように呟き、レイはそれ以上スレーシャには構わずにギルドを出ていく。
そんなレイの姿を、スレーシャは残念そうに見送る。
だが、それでも諦めた様子がないのは、前もってレイの情報を集めて恐らく一緒に連れていって貰うのは不可能だと、そう予想していたからだろう。
出来ればレイと一緒に行動するのがよかったのだが、それはあくまでも希望でしかなかったのだろう。
(まず、腕利きの冒険者を探さないと……そういう意味では、ここがギルムで運が良かったわね)
スレーシャの所属していたパーティが以前活動していた場所では、腕利きの冒険者は殆どいなかった。
……自称腕利きという者はそれなりにいたのだが。
スレーシャ達がギルムにやって来たのは、その辺りの理由もある。
それだけに、ギルムでなら腕利き――スレーシャよりも腕が上という意味で――を見つけるのは、そう難しい話ではない。
勿論、中にはスレーシャを騙そうとする者もいるだろうが。
とにかく、弓を武器としている弓術士のスレーシャは、何をするにしても前衛が必須となる。
もっと腕のいい弓術士であれば、前衛がいなくても弓術士単体で活動出来るのかもしれないが……残念ながら、スレーシャはそこまでの域には達していない。
(トレントの森……あの森について解決するまで、私は死ねない。絶対にこの手で……)
決意を露わにし、スレーシャは仲間を探すべく動き出すのだった。
「グルルルゥ!」
これまでのように、トレントの森に向かっていたレイとセトだったが、トレントの森が見えてきた辺りで不意にセトが鋭い声を上げる。
「セト?」
相棒の様子に疑問を抱きながらも、レイはセトの好きにさせる。
この状況でセトが妙な真似をする筈がないと、そう理解していた為だ。
そんなレイの思いを感じたのか、セトはそのまま地上に向かって降下していく。
ただし、セトが向かっているのは今まで何度かレイが行った場所からはかなり離れている場所だ。
かなりの広さの森なので、当然のようにレイが今まで活動している場所は狭い範囲になる。
……森が具体的にどれくらい広がっているのかというのを調べる意味でも、それは当然かもしれないが。
「……あれは……」
そして地上に近くなれば、レイもセトが何を見つけたのかに気が付く。
木々の合間に見える、日の光を反射する何か。
それは、どこか既視感を覚えるような光景だった。
そう、スレーシャのパーティが野営をした痕跡を見つけた時のような。
「こうなるのも、予想は出来てたけどな」
森の中で何が起きたのか。
それを理解したレイは、小さく呟く。
この森に来るのは、別にギルドで禁止されている訳ではない。
だがそれでも、この森にはモンスターや動物の類も存在しないというのは公表されている。
討伐依頼を行うにしても、獲物がいない。
採取依頼であれば、もしかしたら……と思うが、最近いきなり姿を現した森である以上、そこに本当に目的の植物の類があるかどうかは分からない。
もしトレントの森にやって来て、採取依頼を受けた植物の類を見つけることが出来なければ無駄に労力を使っただけとなる。
であれば、最初から採取する植物や茸、それ以外のものが生えている他の森に行った方がいいのは確実だった。
(トレントの森という名前を付けたのは、失敗だったかもしれないな。トレントを探してこの森にやって来るってこともあるし。……あの野営の跡だろう場所にいたのも、そういう奴等か?)
そんな風に思っている間にも、セトは野営の跡地があると思われる場所から少し離れた位置……森の外側に着地するのだった。
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