第1361話
デスサイズの一撃によって幹から切断された木は、近くにあった別の木に寄り掛かるようにして動きを止める。
幸いにと言うべきか、倒れた木が他の木を折るようなことにはならなかった。
これは、レイの斬った木と同程度の太さの木が周囲にあるからだろう。
(そう考えれば、これもまた不自然なんだよな。殆どの木の太さが同じ大きさくらいなんて)
レイが日本にいる時に何度も……それこそ数え切れない程に山の中に入った経験がある。
だからこそ、こうして見える範囲にある木々が全て同じ太さだというのは違和感しかない。
最初から木材に使う為に伐採目的で木を植えたとしても、どうしてもそこには様々な条件から木の幹がそれぞれ違って育つ。
それこそ見て分かる程に。
だが、こうしてトレントの森を見渡しても、そこにあるのはどれもきちんと太さが揃っているのだ。
勿論正確に測ってみれば、そこに多少の誤差はあるだろう。
だが、少なくてもこうして見た感じでは、どれも同じ太さにしか見えない。
(この辺りは昨日気が付いても良かったんだろうけど……まぁ、それはそれでいい。どっちにしても、俺がやるべきことは変わらないし。そもそも、何だってこの木材を欲しているのかも分からないけど)
正確には、この木材を欲している理由は理解している。
こうして毎日のように立派な木を生み出す森なのだから、色々と使い道は多いだろうと。
だが、具体的に何に使うのかと言われれば、それはレイにも理解出来ない。
いや、予想出来る内容が多すぎて絞りきれないといった方が正確か。
「レイ? どうしたの?」
じっと自分が斬り倒した木を見ていたレイに、マリーナがそう声を掛ける。
その声で我に返ったレイは、何でもないと首を横に振り、改めて近くにある木に寄り掛かっている自分の斬り倒した木に触れ、デスサイズ共々ミスティリングへ収納した。
「さ、取りあえず今日の役目は終わったし……ギルムに戻るか。この木もギルドに提出する必要があるしな」
「そう? そうね。じゃあ、そうしましょうか」
レイの言葉に何かを言い掛けたマリーナだったが、すぐにそれを諦めてそう告げる。
このトレントの森から、少しでも早く出たいと……そう思ったのだろう。
それはレイも、そしてセトも異論はない。
二人と一匹は、そのまま森の中を歩く。
(結局トレントの類は現れなかったな。木を斬ったんだし、てっきり出てくるかと思ってたんだが)
ここがトレントの森と呼ばれており、何よりスレーシャが襲撃されたというのだから、間違いなくここには危険な何かがある筈だった。
だが、こうして実際に木を伐採しても何も起きない。
これ以上はここにいても無意味なだけだと判断したレイ達は、そのまま森を出る。
「……やっぱり何もなかったな。てっきり、俺達が森を出て気を抜いた瞬間に何か行動を起こすんだと思ってたけど」
「この場合、それを喜んでいいのかしら……それとも残念がればいいのかしら」
マリーナもつい先程まで自分がいた森が気になるのだろう。
後ろを振り返りながら呟くが……そこには、やはり何も異変は見られない。
いや、これだけの大きさの森にも関わらず、動物の姿が全く見えないというのが、異常なのだが。
こうして待っていても、もう何も起きないだろうと判断すると、レイはミスティリングの中から槍を一本取り出す。
もっとも、それはレイがここ最近いつも使ってる黄昏の槍ではなく、それを入手する以前に使っていた、投擲用の槍だ。
柄や穂先といった場所が欠けていたり、錆びていたりといったように、使い物にならない代物。
文字通りの意味で使い捨てにするその槍だったが、今回レイが取り出したのは穂先が欠けている代物だった。
普通に突いただけでは刺さらない……そんな穂先だったが、それもレイが投擲するとなれば話は違う。
「レイ? どうするの? もしかして……」
モンスターでも察知したのか。
そう視線で尋ねてくるマリーナに、レイは首を横に振る。
「いや、明日この森がどこまで広がっているのかを調べる基準にな。昨日はスレーシャ達の野営地跡で判断出来たけど、毎回あの野営地跡まで移動するのも面倒だろ?」
「そうね。明日も来るのはレイなんだし、その辺りはしっかりと準備しておいた方がいいと思うわ」
レイの言葉にマリーナもそう告げ、結局それ以上は何も起こらないままにレイ達はその場を後にする。
二人と一匹が消え去った後に残っていたのは、小鳥の鳴き声くらいしか周囲に響かない、静寂と呼ぶに相応しい森だった。
「あ、レイ君! 久しぶり! 元気にしてた?」
ギルドの中に入ると、そんな声が響く。
既にレイにとっても顔馴染みのケニーが、嬉しそうに手を振っている。
「ああ、特にこれといって問題はないよ。……それより」
ケニーに小さく手を振り、次にレイが視線を向けたのはそのケニーの隣に座っているレノラ。
「木を一本伐採してきたけど、どこに出せばいい? 結構大きいから、ここではいどうぞって訳にはいかないけど」
「ああ、その件なら倉庫の方に案内します。……まぁ、レイさんはこれまでにも何度か使っている倉庫ですから、案内はいらないでしょうけど」
レノラの言葉に、レイはガメリオンを大量に持ってきた時のことや、錬金術師が集まってアンブリスの研究をしていた時のことを思い出す。
当時も色々と忙しかったのは事実だが、今になって思えばその時のことをどこか懐かしく思い出してしまう。
「ちょっと、レノラ。レイ君を倉庫に案内するなら、私が……」
「ケニーは自分の仕事があるでしょ。そっちが終わったら、こっちを手伝って貰ってもいいけど?」
「それは……」
レノラの視線が向けられているのは、ケニーの手元にある何枚かの書類。
勿論その書類もギルドとしては色々と重要な仕事をするのに必要なものである以上、放っておくような真似は出来ない。
だが、それでも……と、ケニーはレノラを若干恨めしそうな視線で見る。
そんなケニーに、レノラは呆れの混ざった視線を向け、口を開く。
「あのね、そもそもきちんと仕事をしていればケニーに任せることも出来たのよ? それを自分が仕事をしてなかったのが原因でレイさんを案内出来ないからって……それを私に言われても、正直困るわよ」
「むぅ……レノラの意地悪、ケチ、貧乳」
「……あら、何か言ったかしら? 自分の仕事もろくに出来ないようなお間抜けさん?」
貧乳というところで一瞬だけレノラの眉が動いたが、それ以上は態度に示さず、レノラは自分の優位性を口にする。
レノラは、ぐぬぬと歯噛みしているケニーに勝ち誇った笑みを見せた。
いつもはケニーにしてやられているのだが、今日に限っては自分の勝利を確信していたが故の笑み。
悔しそうなケニーの様子を見て、満足したのだろうレノラだったが……レイがここにいるということは、当然ながら今日レイと行動を共にしていたマリーナもこの場にいる訳で……
レノラがケニーに向けていたのと同様の呆れの視線がマリーナから自分に向けられているのに気が付き、レノラは慌てて口を開く。
「さ、行きましょう。ここで時間をとっても仕方がないですし」
「そうね」
それ以上は何も言わないマリーナだったが、寧ろそのことがレノラの恐怖を更に煽る。
そもそもの話、マリーナはもう自分がギルドマスターだとは思っていない。
だからこそ、多少緩んだところを見せても何かを言う気はなかった。
少しだけ慌てた様子のレノラは、マリーナ達を伴ってギルドを出る。
まだ昼には少しだけ時間があるということもあり、現在ギルドの中には冒険者の数は少ない。
春だけに、現在のところ多くの冒険者が真面目に仕事をしているのだろう。
「そう言えば、トレントの森の件は他の冒険者にも知らせたのか?」
倉庫に向かって歩いている中で、ふとレイが尋ねる。
トレントの森というのは、こうしてレイが調べているのを見れば分かる通り、色々と重要な存在と言える。
だが、もしそのことを誰かが知れば、当然ながらそこに興味を持つだろう。
……もっとも、トレントの森の木材が建築資材として非常に優れているというのを知っているのは、今のところほんの少数だ。
何も知らない冒険者が興味本位にトレントの森に向かっても、得るようなものは何もないだろう。
それどころか、スレーシャが襲われたように襲撃される可能性もある。
(まぁ、スレーシャの件から考えれば、恐らくトレントの森が活発に動くのは夜だけだろうから大丈夫だろうけど。……そうか、逆に言えば夜にトレントの森に向かえば、モンスターと遭遇出来るってことでもあるのか)
今更ながらにそんなことに思い至ったレイだったが、そもそもトレントの森の件を知ったのが昨日である以上、それは仕方がないのだろう。
「一応依頼ボードの方にトレントの森の件については紙を貼ってあります。ですが、トレントの森には特に何があるという話でもないらしいので、特に中に入るのを禁止したりはしていません。……禁止すれば、寧ろそれを面白がって近付く人とかいますし」
「あー……なるほどな」
ふと、レイの脳裏を何人かの顔見知りの姿が過ぎる。
多くの人物が冒険者らしい……自分の流儀に従う者が多い。
それだけに、禁止されているとすれば自分からそこに近付くような者も決して皆無という訳ではないだろう。
だが、逆に禁止されてはいないが、そこにはモンスターも何もないと、そう言ってるのであれば……それがどうなるのか。
禁止されていないだけに、わざわざ自分から行く必要もないと、そう思う者が多いだろう。
もっとも、中にはそれでも自分の中の好奇心に負けてトレントの森に向かうような者もいるのかもしれないが、全員の行動を規制するような真似が出来る筈もない。
その辺りは完全に自己責任といったところだろう。
「トレントの森がある場所は街道から大きく外れている位置です。であれば、普通ならそこに行こうなんて考えないんですが……まぁ、その辺りは人それぞれですね」
ギルドでは近付かないようにと注意をしているにも関わらず、それでも自分からトレントの森に向かい、その結果何が起きてもギルドに責任はない、と。
そう言いたいのだろう。
そのことに多少思うところがないでもないレイだったが、忠告を無視して自分から危険に突っ込んでいくのであれば、それは自己責任というものだろう。
そんなことを考えながら進んでいるうちに倉庫に到着する。
鍵を開け、倉庫の中に入ったレイだったが……
「見事に何もないな」
その言葉通り、倉庫の中には特に何がある訳でもない。
ただ広い空間のみがそこにあった。
「ええ。素材とかは他の倉庫にあって、この倉庫は今はまだ使われていない場所ですから。……もっとも、時間が経てばこの倉庫にも素材が入ってくるのでしょうが」
レイの言葉に、周囲を見回しながらレノラが呟く。
マリーナも、ギルドマスターとしてその辺りの事情は知っているのだろう。何も言わずに頷いていた。
春から仕事を始める冒険者が素材をギルドに売り、それが倉庫に貯め込まれていき……夏、秋と季節が巡るごとにその素材は増えていく。
もっとも、ギルドも貯め込むばかりではなく売って資金を稼いでいるので、貯まる一方という訳ではないのだが。
そんな事情を薄々理解しつつ、レイは早速本題に入る。
「それで、伐採してきた木はどこに置けばいいんだ?」
「あ、はい。この倉庫のどこでもいいのですが……そうですね、すぐにでも出せるように、扉からあまり離れていない場所にお願いします」
「なら、この辺でいいか」
レノラの言葉に従い、扉から離れていない場所にレイは移動する。
そして次の瞬間には、倉庫の中に一本の伐採された木が横たわっていた。
「うわ……何度見ても凄いですね」
呟くレノラの声には、驚きがある。
今まで何度もレイがミスティリングを使う光景は見てきたが、それでもやはりこうして巨大な木が一本丸々入っているのを見ると、やはり驚いてしまうのだろう。
「それで、この木はこのままでいいんだよな? 特に枝を切ったりとか、そういうのはしなくても」
「えっと、はいそうです。その辺りのことは依頼者が直接やるという話なので」
「そうか」
正確には、ダスカーの部下……騎士団に所属している錬金術師のズモウスが建築資材として……またはそれ以外にも色々と使い道がないのかを調べる為にそのままの木を欲しがったというのが、正しいのだが。
「それでは報酬の方の手続きをしますので、カウンターの方にもう一度お願いします」
レノラの言葉に、面倒な……と思わないでもないレイだったが、素材を確認するというのは受付嬢の大事な仕事だ。
それを考えれば、これは受付嬢として当然の対応なのだろう。
そう判断し、マリーナと共に再びギルドに戻り、森が確実に広がっている件を報告するのだった。
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