第1264話

 雪上バーベキューパーティが終わってから数日……予想はしていたのだが、あのパーティに参加して銀獅子の肉を食べた者達は全員が満足してパーティは終わった。

 だが、当然のようにその日の夜、翌日……人によってはそれ以上の長期間、食事に満足出来なくなってしまう。

 そんな日々を送っていたのだが、やがて時間の経過と共に銀獅子の肉の余韻も消えていった。

 そうして皆が日常生活に戻っていった頃……レイは、何故かマーヨに呼び出されていた。


「すいませんね、レイさん。わざわざ呼び出して」

「いや、それは構わない。俺も近々一度顔を出すつもりだったしな。……にしても、以前よりも少し痩せたんじゃないか?」

「ははは。……まぁ、ちょっとありまして」


 レイの言葉に、マーヨはどこか乾いた笑いを浮かべながら、そう誤魔化す。

 百八十cm程の身長に、体重は百kg程という巨漢だったマーヨだったが、レイの目から見て横幅が以前よりも多少小さくなっている気がするし、同時に顔も以前より少しだけ痩せているように思えた。


「色々って……この前のパーティにも顔を出さなかったけど、本当に大丈夫なのか?」

「そうですね。……正直なところ、少し思わしくないといったところです」

「……お前のところの商会って、結構大きかったと思うけど。それでも何とか出来ない事態なのか?」

「ええ、まぁ。その、大きいからこそ色々とあるというのも事実なんですよ」


 言いにくそうな様子のマーヨは、外で雪が降っているにも関わらず汗を拭きながら溜息を吐く。

 汗掻きなのもあるのだろうが、それ以上にマーヨは現在商会の件でかなり参っていると言ってもいい。


「で、そんな風に色々とあるマーヨが、こうして俺に会いに来たってのは、何か理由があるのか?」

「……恥ずかしい話ですが、現在私達の商会が陥っている危機を救えるのは、レイさんしかいないんです」

「俺が? 何でそこで俺の名前が出てくる?」


 レイがマーヨと共にゴブリンの肉を美味く食べることが出来るように頑張っているのは事実だったが、別にマーヨの商会……正確にはマーヨの父親が経営している商会に何か協力をしている訳ではない。

 何故そんな自分の名前がここで出てくるのか、それがレイには分からなかった。


「スピール商会。この名前に聞き覚えがありませんか?」

「……スピール商会?」


 マーヨの口から出て来た名前に、レイは首を傾げる。

 どこか聞き覚えのある商会の名前だったからだ。


「それと、ライナス・マルニーノ子爵という名前にも」

「うん? それって……」


 少し前に警備隊の詰め所で聞かされた名前に、レイはその人物の顔を思い出す。

 無理な依頼をしてきて、それをレイが断ったら逆恨みをし、エレーナの馬車に乗っていたレイ達を襲ったという人物。

 そしてスピール商会という名前にも聞き覚えがあった。

 トリスという商人が、銀獅子の素材を買い取りたいとレイに接触してきたのだ。

 レイに接触してきた商人の数そのものはかなりの数になるのだが、そんな中で何故トリスの……そしてスピール商会という名前を覚えていたのかと言えば、それはトリスが他の商人達とは違っていたからだろう。

 他の商人は、レイがダンジョンを攻略してギルムに戻ってきたというのを知るやいなや、即座に接触してきた。

 だが、そんな中でトリスは大勢の商人が接触してきた騒動が終わった後でやって来たのだ。

 銀獅子の素材を買うという目的で考えれば、明らかな下策。

 しかし……レイに自分を印象づけるという点で考えれば、明らかに功を奏していた。

 事実、大量に接触してきた商人の顔は殆ど覚えていないレイだったが、トリスに関してはしっかりと覚えていたのだから。

 もっとも、それはトリスが他の商人とは随分違うというのも影響しているのだろう。

 口で笑っていても、目は笑っていない商人というのは、レイにとっても注目せざるを得ない相手だった。

 だからこそ、レイの中には印象強く残っていた。

 だが、その両者が何故ここで出てくるのかと。そんな疑問をレイは抱く。


「どこがどうなれば、その二つが繋がるんだ? それもお前の商会にまで」

「まず、マルニーノ子爵家とスピール商会というのは、簡単に言えば借金をした方と貸した方という関係です」

「……借金?」


 以前呼ばれて入ったマルニーノ子爵家の家、それも本邸という訳ではなく別荘や別宅と呼ぶべき家を思い出すが、とてもではないが借金があるようには思えなかった。


「マルニーノ子爵は、自分の領地で大規模な治水工事を行ったそうです。その際、スピール商会から多額の借金をしたとか」

「なるほど。その手の仕事は金が掛かるらしいしな」

「ええ。ですが、上手くいけば今までは農業に適さなかった場所でも農業を行うことが出来るようになり、収入も上がりますからね」

「そっちか」


 治水工事というから、てっきりレイは川の氾濫とかが起こる場所をどうにかしようと、そう考えていたのだが、その予想は外れたらしい。


「いえ、氾濫をどうにかするというのも目的の一つだったと思いますよ? その辺りは色々と混ざっているらしいので、それもあってかなり大規模な工事になったらしいですし。ですが……両方を含めるとなると、当然費用も増します」

「……なるほど」


 それだけで、何となくレイはマーヨの言いたいことが理解出来た。

 その膨れ上がった費用により、スピール商会から借りている金が更に増したのだろうと。


(けど、そうなるとあの時の依頼は結局何だったんだ? 一度聞いたら絶対に断れない依頼とか言ってたけど。金が足りないとなると、それこそ盗賊のアジトを襲って、そこにある財宝を渡せとか?)


 そんな風に思い、納得してしまう。

 盗賊達には盗賊喰いと呼ばれるようになったレイだ。

 当然のように盗賊に対しては非常に有利に戦うことが出来る。

 ……勿論、レイが盗賊を倒すのは、半ば趣味のようなものだ。大分実益を兼ねてはいるが。

 人によっては盗賊狩りをすることに眉を顰める者も多いが、レイにとっては自分は懐が暖かくなり、更にその周辺では盗賊による被害が減る。またこれは場合によるが盗賊を奴隷商人に売り払うことで奴隷商人は商品の奴隷を仕入れる……と、一石二鳥ならぬ、一石三鳥に近い。

 そんな自分に盗賊を倒すように依頼するというのは、少し間が抜けてないかと。そう思ってしまうのだ。


(それに、あのマルニーノ子爵だったか。あいつは国王派だって話だった。なら、わざわざ……それも冬が近かったあの時季に辺境のギルムまでやってくるか?)


 レイが盗賊喰いと呼ばれているからといって、別にレイ以外が盗賊を倒せないという訳ではない。

 それどころか、一般の人間にとっては脅威の盗賊も、冒険者にとってはそう苦戦するような相手ではない。

 勿論草原の狼のように例外はあるが、例外というのは数が少ないからこそ例外というのだ。

 どうしても、わざわざレイに盗賊狩りを依頼する為に国王派の貴族が……それも当主自らが対立する中立派の本拠地にやって来るとは思えなかった。


(他に考えられるとすれば……)


 何かないか? と疑問に思ったレイだったが、自分の能力……具体的にはデスサイズのスキル、地形操作を思い出す。

 地面を自由に操れるその能力は、治水工事をする上で非常に役に立つのではないかと。

 レイが地形操作で操れるのは、一m程でしかない。

 だが、治水工事をする上で一mであっても自由に地面を操作することが出来るというのは、かなり労力の削減にはなるのは間違いなかった。

 そうなれば治水工事の進展がかなり進むことになるのは確実だった。


(けど、依頼内容を聞いたら断ることは出来ないって言ってたが……もし治水工事なら、そんなことは言わないよな?)


 別に治水工事の依頼を聞いてから断っても、特に何か困ったことはない筈だった。

 勿論その依頼内容を聞いた後で受けたかと言われれば、レイは否と答える。

 当時はヴィヘラの意識を取り戻す方法を必死になって探していたのだ。

 それこそ、一日二日程度の拘束であればまだしも、治水工事についての依頼を引き受けた場合は一ヶ月、二ヶ月……それどころか、下手をすれば半年、一年、二年と掛かる可能性すらある。

 とてもではないが、そんな依頼を受けるような余裕はレイにはなかった。


(それに、地形操作で一mを操れるようになったのは、ダンジョンを攻略してダンジョンの核を破壊したからだ。であれば、当時に治水工事の依頼を受けてもどうにかなる訳ではなかったし)


 向こうがレイの地形操作についてどれだけの理解があったのかは分からないが、多少であっても治水工事には役に立つと判断した可能性もないではなかった。


「……で、とにかくだ。マルニーノ子爵家とスピール商会の関係は分かったけど、マーヨの商会がそれにどう関係してくるんだ?」

「実は、現在スピール商会から侵略……と言うのは多少言いすぎですが、私達の商会を吸収するか、傘下に収めようとして動いているようでして」

「何でまた、そんなことに?」


 レイから見て、何故そんな真似をするのかというのは疑問だった。


「色々と理由はあります。まず最大のものが、私達の商会がギルムでしっかりと根を張っているということでしょうね。長年このギルムを本拠地としてきた以上、ギルムで何かをするには色々な面で有利です」

「……けど、トリスが俺に会いに来た以上、スピール商会だってギルムで活動してるんだろ? なら、無理にそんな真似をする必要はないと思うが」


 呟くレイに、マーヨは首を横に振る。

 その際、頬の肉が震える様子がレイには見えたが、今回の件で色々と疲れているのだろう。以前一緒にゴブリンの肉の研究をしていた時と比べると、その震えは少ないように思えた。


(まぁ、健康のことを考えれば、痩せた方がいいのは間違いないだろうけど)


 少し太りすぎなマーヨの様子を見ながら、健康の心配をするレイ。

 だが、自分がどのように思われているのかを知らないままに、マーヨは言葉を続ける。


「ギルムを本拠地としている私達と、ギルムに仕入れに来るスピール商会。その辺りには、どうしても差が出て来てしまいます」

「そんなものなのか?」


 冒険者として暮らしている以上、レイは当然のように商人の世界については詳しくない。

 アゾット商会と揉めたことはあったが、あれは商人と冒険者としての争いであり、商人同士の争いという訳ではなかった。

 店なら普段利用しているのだが、あくまでもそれだけでしかない。


(いや、ベスティア帝国との戦争の前に、一度だけ護衛として雇われた時があったな。それも結局護衛としての関係でしかなかったけど)


 そんな風に考えると、あの時一緒に護衛をした女冒険者達のことを思い出す。

 パーティに誘われもしたが、結局それは断り……それ以降全く会ってはいない女冒険者達のことを。

 全く自覚のないレイにとっては、自分がその女冒険者の一人に想いを寄せられているのだということは、全く気が付いていなかった。


「レイさんは冒険者ですから、商人についてあまり詳しくないのは理解しています。ともあれ、現在私の商会……正確には父上の商会ですが、その商会はスピール商会と激しく争っている最中なのですよ。もっとも、暴力ではなく商売上での話ですが」

「そうか。暴力というか、物理的な力云々ということなら、俺も手助け出来たんだけどな」

「そうであれば、こちらも助かったのですがね」


 レイの言葉に、マーヨは苦笑を浮かべる。

 実際、スピール商会はマーヨがレイと繋がりがあるというのは承知の上での今回の行動なのだろう。

 マーヨが口にしたように、基本的に商会同士の争いともなれば物理的な力を使うということは殆どない。

 だが、殆どないということは、皆無という訳ではないのだ。

 いや、寧ろ相手に知られないように手を打ってからチンピラを雇って行動を起こさせる……といった意味では、普通にやってもおかしくはない。

 しかし……今回の騒動に限っては、全くその手のことが行われていない。

 これはスピール商会側がレイとマーヨの繋がりを知っており、レイに介入されたくない……そして敵対したくないということの証なのだろうとマーヨは予想していた。

 もっとも、こうして自分達の商会がスピール商会に侵略を受けているということをレイに知らせることで、レイのスピール商会に対する印象を悪くしようと考えている辺り、マーヨも商人らしく非常に強かなのだろうが。


「とにかく、そういう事情もあってゴブリンの肉の研究は殆ど進んでない状況です。……すいません」

「いや、気にするな。そっちにそういう事情があるのなら仕方がない。こっちもこっちで、ここ暫くは色々と忙しかったしな」


 マーヨの思惑を理解してるのか、いないのか。

 ともあれ、レイはそう告げるのだった。

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