第1262話
レイが普段着ている服は、特にこれといって特徴のない代物だ。
いや、日本にいた時の常識で考えれば腹の部分が大きく空いているので少し奇異に映るかもしれないが、このエルジィンでは多少珍しいかもしれなく、着ていて奇異に映るという程でもない。
前衛の女冒険者の中には身軽さを重視し、いわゆるビキニアーマーと呼ばれる鎧を装備している者もいるのだから、腹が多少出ている服というのはあってもおかしくはなかった。
そしてマジックアイテムを好むレイにしては珍しく、その服は普通の服であり、何らかのマジックアイテムという訳ではない。
それはズボンも同様で、こちらも何らかのマジックアイテムの類ではなかった。
普通に考えれば、服の上からローブを一枚着ただけというのは、冒険者として自殺行為にも等しいだろう。
ましてや、レイは純粋な魔法使いという訳ではなく、デスサイズを使って前線で戦いながら魔法を使う、魔法戦士なのだから。……それも、どちらかと言えば戦士寄りの。
まだ後衛の魔法使いであれば、重い鎧の類は身につけず、ローブだけでもおかしくはない。
そのいい例が、ミレイヌの様子を呆れたように眺めながらエールを飲んでいるスルニンや、エルクと話をしているミンだろう。
この二人は典型的な魔法使いであり、重量のある鎧の類は装備していない。
しかし、レイはそんな二人とは違って最前線で戦闘を行うのだから、鎧の類を着ていなければおかしかった。
……それを可能にしているのが、レイの着ているドラゴンローブ。
その名前にドラゴンという名前がついている通り、竜の素材が贅沢に使われている代物だ。
それこそ、その辺にある鎧と比べれば格段に防御力の高いマジックアイテムなのだが……それでも、ローブであるということに変わりはない。
刃の類であれば、斬撃だろうが刺突だろうが防ぐことが出来る代物だが、その際の衝撃は完全に殺すことは出来ない。
それこそ、銀獅子が弱点……とまではいかずとも、苦手としていた斧や棍棒、槌……といった風な武器のダメージは少なからずレイの身体に衝撃を与えてしまう。
それを補うという意味で、銀獅子の毛皮を使って服やズボンを作るというのはレイにも納得出来るところがあるのだが……
「けど、銀獅子も衝撃系の攻撃は苦手だったぞ? その銀獅子の毛皮を使って服を作っても、ドラゴンローブの弱点を補うことにはならないんじゃないか?」
「馬鹿」
端的に一言だけアジモフの口から告げられたその言葉に、レイは面白くなさそうな表情を浮かべて口を開く。
「随分と直接的だな」
「そりゃあそうだろ。よく考えてみろ。お前のドラゴンローブも衝撃系の武器には弱い……とまではいかないが、それ程強くはない。けど、完全に衝撃を素通りさせてるって訳じゃないだろ?」
「それはまぁ、当然」
衝撃系の武器を苦手としているドラゴンローブだが、当然その威力の幾らかは防いでくれているのだ。
そうでなければ、今までにも何度か重傷を負っていただろう。
……もっとも、肋骨を折ったりヒビが入ったりするのを重傷かどうかというのは、人によって判断が異なるのだろうが。
「つまり、銀獅子の服やズボンの類も当然のように衝撃を防いでくれる。だとすれば、ドラゴンローブだけで攻撃を受けるよりは、大分違うんじゃないか?」
「……なるほど」
言われてみればそうだ、と。
馬鹿と言われても仕方がないと判断してしまう。
「で、話が分かったところで、どうだ? 銀獅子の毛皮を使って、服とズボンを作ってみないか?」
改めて尋ねてくるアジモフに、レイはどうするか考え……やがて頷きを返す。
これからどのような依頼を受けることになるのかは分からないが、それでも防御力が上がっていて損をするということはないからだ。
そうしてレイの口から服とズボンを作ることの了承を貰ったアジモフは、嬉しそうな顔をするが、すぐに残念そうな表情へと変わる。
「どうしたんだ? 銀獅子の素材を使ってもいいって、レイが言ってるのに」
そんなアジモフの様子を疑問に思ったのだろう。横で話を聞いていたパミドールが不思議そうに見る。
「あー……いや、うん。実はな。俺の知り合いに服を作れるような奴はいないんだよな。勿論大雑把な奴なら俺でも服は作れるが、折角銀獅子の素材で服を作るんだから、相応に技量のある奴じゃないと」
「それは……まぁ、そうだ」
幾ら一級品の素材であっても……いや、一級品の素材だからこそ扱う側にも相応の技量が求められる。
(フォアグラとかキャビアとかフカヒレとか干しアワビとか……そういう高級食材を、普段滅多に料理しない奴が料理しても悲惨なことにしかならない……的な?)
何となくそうなんだろうなと予想しながら、レイはアジモフの言ってることに納得する。
レイが幾多もの素材を持ち込んで作られた黄昏の槍も、アジモフだけでは作れなかったのだ。
それに協力したのが、現在呆れた様子でアジモフを見ている凄腕鍛冶師のパミドールなのだから、銀獅子の毛皮で服やズボンを作るのにも相応の職人が必要なのは間違いのない事実だった。
「……で、だ。レイにはそんな風な服を作る職人に知り合いはいないか? 革の方はこっちで処理出来るが、服を作るのはちょっとな」
「おい。服を作るって言ってきたんだから、そっちでもう準備が終わってるんじゃないのか?」
「スレイプニルの靴の方に集中してたんだから、そんな余裕はない!」
躊躇なく断言してみたその様子は、いっそ潔いと言うべきものだった。
その、あまりに堂々と告げるアジモフの様子に、レイは小さく溜息を吐いてから視線を横に……パミドールの方へ向ける。
レイから視線を受けたパミドールだったが、そちらも難しい顔で考え込み、やがて口を開く。
「残念ながら、レイの期待に応えるのは難しいな。俺も知り合いに服を作る職人の一人や二人はいる。けど、それはあくまでも普通に暮らしている街の住民が着るような服を作る奴だけだ。その辺のモンスターの毛皮とかならともかく、ランクSモンスターの素材となると……」
一旦言葉を止めたパミドールが、レイへと……正確にはレイのドラゴンローブの隙間から見えている服へと視線を向ける。
そこにあるのは、冬なのに腹が出ているレイの服。
色々な場所で焚き火をしているこの中庭だが、今の季節が冬で雪が積もっているというのは紛れもない事実なのだ。
とてもではないが、腹を出しているレイの服装はまともだとは思えない。
それを可能にしているのが簡易エアコンの如き機能を持つドラゴンローブなのだが。
ともあれ、今パミドールが問題にしているのは、寒そう云々ということではない。
「そのドラゴンローブの下に着てるのは、かなり薄い服だろ? 銀獅子の毛皮で服を作るようなことになった場合、かなり動きにくくなる。その辺も考えると、相当に腕の立つ職人を探さなきゃいけないんだろうが……残念ながら、それだけの腕を持つ職人に覚えはない」
首を横に振るパミドールの言葉に、レイはどうするべきかを考える。
だが、その辺で普通に売っている服ならともかく、銀獅子の素材を使いこなせる職人はどうしても思いつかない。
……これが、銀獅子の肉を扱える料理人となれば何人か思いつくのだから、これは純粋にレイの趣味嗜好が関係しているのだろう。
(ああ、そう言えば……マリーナなら、その辺を詳しく知ってそうだな)
マリーナは普段からパーディドレスを着ているが、それは戦闘の時も同様だ。
そのパーティドレスを作った職人なら、もしかして……と。
レイはそう思いつく。
「何とかなるか?」
「うん? 何か心当たりがあるのか?」
「多分……あくまでも多分ってところだけど」
「分かった。なら、そっちの方はお前に任せる。職人に連絡がついたら、こっちに教えてくれ」
アジモフはレイの言葉でひとまず安堵したのか、そのままバーベキューを楽しむべく再び料理が作られている場所へと向かう。
「相変わらず自由な奴だな」
パミドールがアジモフの後ろ姿を見ながら、しみじみと呟く。
レイはそんなパミドールの言葉に頷いていた。
「それより、パミドールも折角来たんだから、パーティを楽しんでいってくれ。ガメリオンの肉を始めとして、色々と美味いものがあるから」
「おう。当然楽しませて貰うさ」
そう告げ、パミドールはレイに料理を楽しむからと言って立ち去っていく。
それを見送ると、次にレイが向かったのはセトのいる場所。
ミレイヌとヨハンナが、セトに食べ物を与えてそれを食べる姿にうっとりと目を奪われていた。
「グルルルルゥ!」
串焼きを食べていたセトが、近付いてきたレイに気が付いて嬉しそうに鳴き声を上げる。
「セト、食べてる……みたいだな? 存分に楽しんでるようで何よりだ」
「グルゥ!」
レイに撫でられると、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
そんなセトを見て、ミレイヌとヨハンナが羨ましそうにレイを見る。
「レイはセトちゃんといつも一緒でいいわね……」
「ええ。レイさんは羨ましすぎます」
「そう言ってもな。セトは俺の相棒なんだから、当然だろ?」
セトを撫でながらレイは少しだけ呆れたように言葉を返す。
「お前達も、いっそテイマーを目指してみたらどうだ? テイマーなら、モンスターを連れていても誰も文句は言わないし」
「……そう言っても、テイマーになるには才能が必要なんでしょ? それこそ、テイマーになりたいからなれました、なんてことにはならないんだし」
ミレイヌの言葉は事実であったが、必ずしも正しい訳でもない。
「テイマーってのは、簡単に言えばモンスターを従えられる、もしくは気に入られて一緒にいることが出来る奴だ。その方法は、それこそ幾らでもある。それに、モンスターの種族どころか個体によって変わることもあるし」
そう言いながらも、レイは自分の言葉がまさに言うは易しの典型だな、と思ってしまう。
やる気があってテイマーになれるのであれば、テイマーがここまで少ない訳はないと。
魔法使いと同じくらい……場合によっては、魔法使いよりも更に稀少な存在なのだ。
事実、レイもテイマーとは遭遇したことは魔法使いに遭ったよりも多くはない。
もっとも、レイが活動しているのが基本的にギルムであるというのも関係しているのかもしれないが。
(寧ろ、テイマーよりは召喚魔法の方がまだ覚えやすいかも……まぁ、魔法を使える素養がなければ最初からその選択肢はないだろうけど。それに魔法が使えても、属性の問題で色々と問題が出てくる可能性もあるしな)
例えばレイの場合、炎属性の魔法しか使えないといったように、人にはそれぞれ属性が存在する。
勿論レイのように炎だけに特化した……いや、特化しすぎたような例は非常に珍しい。
だが、それでも可能性は皆無ではない。
尚、レイの場合はごく少数の人間以外には炎属性しか使えないということは知られていない。
デスサイズのスキルのおかげで、風属性を始めとして幾つかの魔法が使えると見せ掛けている為だ。
「……本当にそう思ってるの?」
据わった視線でレイを見ながら、ミレイヌが呟く。
セトという存在に出会ってから、当然ミレイヌもテイマーについては色々と調べた。
普段は好んで行かない図書館に行っても調べたし、ギルドで情報を集めもした。
だが、結局得た結論は自分では確実に無理……というものだったのだ。
そんなミレイヌの視線に、レイが気圧されたように一歩下がる。
銀獅子との戦いでも退くことがなかったレイを下げさせたのだから、ミレイヌの、そしてヨハンナのセトへの愛情がどれ程のものなのかが分かるだろう。
「それに、例えモンスターをテイム出来ても、それはセトちゃんじゃないんだから意味はないわよ」
そう告げるミレイヌの言葉に、ヨハンナもまた頷く。
「グルゥ」
レイをいぢめるの? とセトが喉を鳴らしながら円らな瞳でミレイヌとヨハンナを見る。
そんなセトの様子にどこか居心地が悪くなった二人は、話を誤魔化すべく口を開く。
「レイさん。そろそろパーティが始まって大分経ちましたし、そろそろ銀獅子の肉を食べてもいいんじゃないですか?」
「あー、そうだな」
周囲を見回せば、既に多くの者達が食べるよりも周囲の者達と談笑している姿も多く見える。
中にはまだ食べることに集中している者もいるが、それは少数でしかない。
パーティが始まってから随分と時間も経ち、そろそろ銀獅子の肉を出してもいい頃合いではないかと言われれば、レイもそれに否とは言えない。
「分かった。……おーい! そろそろ今日の主役の銀獅子の肉を出すぞ!」
そんなレイの声が、中庭の中へと響き渡るのだった。
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