第1261話

 雪上バーベキューパーティは、レイが予想していたより随分と賑わっていた。

 ヨハンナ達が暮らしているこの屋敷があるのは、別に貴族街という訳ではない。

 ある程度の金持ちが住んでいる場所ではあるが、近所付き合いとかも普通にある。

 そんな状況で、こうして騒がしくパーティをやっていれば当然のように気になる者は増え、様子を見に来る者もいた。


「おいおいおいおい、こんな寒い中に外でパーティって、本気かよ?」

「でも、すごくいい匂いがしてるわよ? ほら、向こうの方で焼いてるの」

「そうね。……お腹が空いてきたし、何か食べに行かない?」


 そんな風に数人が話している中、中庭でパーティに参加していたうちの何人かが屋敷の前にいる者達に気が付いたのだろう。笑みを浮かべて近付いてく。


「こんにちは。もしかして少しうるさかったですか?」


 ヨハンナの仲間の男の一人がそう告げると、話し掛けられた者達は慌てて首を横に振る。


「いやいや、そんなことはないから。ただ、何をやってるのかって気になったんだ」

「そうそう」


 その言葉に頷く他の者達の様子を見て、男は再度笑みを浮かべて口を開く。


「そうですか。じゃあ、もし良かったらパーティに参加しませんか? レイやセト、エルクやミン、ギルドマスターといった風に、色々と有名人もいますよ?」

「え? 本当!?」


 パーティの参加者が思った以上に豪華だったことに驚くが、それでも結局はパーティに参加することはなかった。

 そもそも、自分はこのパーティに招待されている訳ではないのだ。

 なのに、図々しくそれに参加するというのは、色々と外聞が悪い。

 それを理解しているからこそ、少しだけ未練を感じさせながらも去っていったのだろう。


「レイさんなら、そういうのはあまり気にしないと思うんだけど」

「馬鹿ね」


 男の様子を見ていたうちの一人……この屋敷に住んでいる元遊撃隊の家族の一人で、近所の住人と話していた弟の同僚が気になっている女が話し掛ける。


「馬鹿って……それはないと思うんだけど」

「あのね、前もって誘われてもいないパーティに、図々しく参加するなんてのは普通は出来ないものよ?」

「そうかな?」

「そうよ。それより、ガメリオンの肉がまだまだあるらしいから、一緒に食べましょう?」


 そう告げ、中庭へと引っ張られていく男。

 未だに、そうかなぁ? と疑問を口にしていたが、女の方は男と一緒にすごせる時間に笑みを浮かべているだけだった。






「グルルルルルルゥ!」


 ガメリオンの肉を食べて、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。

 他にもオークを始めとしたモンスターの肉もあり、野菜、魚介類、果実……といった具合に、セトにとってこのパーティは美味しい料理を好きなだけ食べることが出来る絶好の機会だった。

 そんなセトの様子に、ミレイヌとヨハンナはうっとりとした表情で目を奪われる。

 普段であればセトを巡って言い争いになってもおかしくないのに、今は幸せそうなセトを見ているだけで幸せで、目の前の光景以外に興味のあるものはなかった。


「……ねぇ、あの二人。あのままにしておいていいの?」


 そう呟いたのは、一体誰だったのか。

 だが、当然のようにそれに答える者はいない。

 ミレイヌやヨハンナに話し掛けても、今の状況では全く何の反応もしないというのは明らかだったからだ。

 もしくは、何か反応しても、それはセトとの一時を邪魔されたということで、寧ろ怒られる可能性が高い。

 傍から見れば、見目麗しいと表現するのに相応しい二人だったが、実際には相応以上の強さを持つ冒険者であり、そんな相手の機嫌を損ねるような真似を進んでするような者がいる筈がない。

 ましてや、誰かの……もしくは何らかの邪魔になっているのであればまだしも、ああやってセトを眺めているだけであれば、誰かに迷惑を掛けている訳でもない。

 自分から虎の尾を踏むような物好きは、この場にはいなかった。


「ぎゃははははははは! いやぁ、めでたい! 今日はいい日だなぁ!」

「あら、その服はどこで買ったの? ……へぇ、そうなんだ?」

「ねー、ねー、僕もあのお肉食べたい!」


 そんな声が、中庭のそこら中で響き渡っていた。

 まさにパーティと呼ぶに相応しい、楽しい時間。

 レイは魚をそのまま串に刺して塩を振っただけという豪快な串焼きを食べながら、笑みを浮かべてその光景を眺める。

 今回のパーティの食材は、その殆どがレイが提供したものだ。

 酒の類は、レイが飲まないのでミスティリングの中には殆ど入っておらず、参加者達が用意したものだが。

 ……尚、殆ど入っていないというのは、少しであれば入っている訳だが、その用途はレイが飲む為にではない。

 傷を負った時の消毒用であったり、誰かと野営をした時、レイは飲まないが一緒に食事をしている相手に飲ませるものだったり、といった具合だ。


「おう、レイ。今日はありがとな」


 パーティを楽しんでいる者達を眺めていたレイにそう声を掛けてきたのは、一見すると大物の盗賊にしか見えない相手だった。


「パミドール……それにクミトも。……で、もしかして?」


 パミドールと一緒にいる、小さな子供。

 それはレイにも見覚えのある人物であり、パミドールの息子のクミトだ。

 そこまではレイが知っている相手なので、全く問題はない。

 だが……レイが言葉に詰まったのは、その場にもう一人……見知らぬ人物がいたからだ。

 そうでありながらも、レイはその見知らぬ人物が誰なのかというのは大体予想が出来ていた。

 それでいながら、その人物がそうであるというのは納得が……いや、理解し難いことだ。

 複雑な気持ちを抱きながら尋ねるレイに、パミドールはその凶悪な顔を照れくさそうにするという真似をしながら口を開く。


「レイには初めてだったな。こいつはソファン。俺の……まぁ、連れ合いだ」


 ソファンと紹介されたその人物は、柔らかな笑みを浮かべて頭を下げる。


「初めまして、ソファンといいます。いつも夫と息子がお世話になっているようで」


 ソファンと名乗ったその女の言葉に、レイだけではなく周囲でこっそりと様子を窺っていた者達の何人かも驚愕の表情を浮かべていた。

 ……だが、それも当然だろう。

 ソファンは、ふんわりとした柔らかな温かさを感じる雰囲気を持つ、小柄な人物だったのだから。

 それこそ、パミドールの娘だと言われれば納得してしまいかねない、そんな姿なのだ。


「嘘だろ!? あんな凶悪な男の妻があんな可愛い系の人だって!?」

「おい、誰か警備兵を呼んでこい! 事案だ、事案が発生したぞ!」

「待て、ちょっと待て。ソファンって人が妻だってことは、つまりあの子供は……」

「おい、誰か騎士を呼んでこい! 凶悪犯だ、凶悪犯が出たぞ!」

「んだとこらぁっ!」


 周囲で好き勝手言われている言葉がパミドールの耳にも入ったのだろう。ただでさえ凶悪な顔が、より狂暴になりながら周囲へと叫ぶ。

 そして叫ばれた者達は、一斉に視線を逸らす。


「ふふふ」


 そんなパミドールの姿を見て、ソファンはおっとりとした笑い声を発する。


「ったく……これだからお前を連れてくるのは色々と面白くないことになるんだよ」

「あら、そう? 私は貴方と一緒にパーティに参加出来て嬉しいけど? 今まで話だけは聞いていたレイさんにもこうして会うことが出来たし」


 レイを見ながら笑みを浮かべるソファンだったが、それを見てパミドールは少しだけ慌てたように口を開く。


「おい、待て。妙なことを言うなよ?」

「あら、妙なことですか? 何でしょう? いつもレイさんのことを褒め……」

「ソファン! ほら、クミトが退屈そうにしているぞ。少し一緒に回って来たらどうだ?」

「あらあら。うふふ。クミト、じゃあママと少しパーティ会場を見て回りましょうか?」

「うん! お腹減った!」


 ソファンの声に、クミトが元気よく返事をする。

 そうしてクミトの手を引いて離れていく自分の妻に、安堵の息を吐く。

 いきなり何を言われるのかと、そう思ってしまった為だ。

 だが……そんなパミドールの行動も、当然のように周囲で様子を窺っていた者達にとっては隠しきれるものではない。


「……ああ?」


 周囲から向けられている視線に苛立ち混じりに睨む。

 ただでさえ狂暴な顔をしているパミドールだけに、狂暴な表情になればまともに視線を向けることが出来なくなる。

 そっと視線を逸らした周囲の者達に、不機嫌そうに鼻を鳴らしてから、改めてパミドールはレイに視線を向ける。

 だが、視線を向けられたレイも笑いを我慢しているのを見ると眉をひくつかせる。


「おい、レイ」

「あ、ああ。悪い。ちょっとな。……初めて会ったけど、いい人っぽいな」

「うん? まあな」


 ぶっきらぼうに言葉を返したパミドールだったが、それでも口元が微かに笑みを浮かべているのは、パミドールが愛妻家だということの証明なのだろう。

 そのまま数分程話をしていると、不意にパミドールが話題を変える。


「そう言えば、ダンジョンを攻略したって話だが……銀獅子とは言わないが、何か他にいいモンスターの素材がないか?」

「あー……ないな。ダンジョンに入ってからは、他のモンスターとは戦わないで真っ直ぐに最下層までいったし」

「はぁ? それでもモンスターは襲い掛かってくるだろ? 戦わないからって、向こうが見逃してくれるとは思えねえんだけどな」

「その辺は、まぁ、色々とあるんだよ」

「……なるほど。冒険者が自分の有利なことをそうそう話すことはねえか」

「そう思ってくれ」


 正確にはグリムのおかげで一瞬にして最下層まで到着したのだが、それを口に出来る筈もない。

 それにグリムとの繋がりは自分にとって有利なことでもあるのは間違いないので、必ずしも嘘を言っている訳でもなかった。


「レイ!」


 パミドールと話していたレイだったが、背後からそんな声が掛けられ……振り向いた先にアジモフの姿があるのを見て、驚く。

 一応このパーティについての話はしたし、誘ってはみたのだが……それでも、恐らくパーティには来ないでスレイプニルの靴の改良に専念しているだろうと、そう思っていたからだ。

 アジモフの錬金術への傾倒ぶりを考えれば、寧ろここにやってきた方が驚きだった。

 手にガメリオンと野菜の刺さった串を持ち、それを口へと運びながらアジモフがレイの側へとやってくる。

 歩きながら食べるのは行儀が悪い……と言おうかと思ったレイだったが、そもそも中庭でやっているお気楽なパーティなのだから、そこまで気にすることもないかと考え直す。


「アジモフがこの手のパーティに出てくるとは思わなかったな。スレイプニルの靴の方に集中してるんだとばかり思ってたけど」

「ああ、当然だろ」

「うん?」


 何故かレイの言葉に自信満々で告げてきたアジモフの言葉に、レイは首を傾げる。


「なら、何でここにいるんだ?」

「今は銀獅子の内臓から抽出した成分をスレイプニルの靴に塗って乾かしているところだからな」

「……なるほど」


 どのようにスレイプニルの靴を強化するのかというのはレイも予想出来なかったが、てっきりもっと魔法的な何かを使うのだとばかり思っていた。

 それが、まさか内臓から成分を取り出すのはともかく、それを直接靴に塗るようなことになっているとは……と、驚きながらも、納得する。


「一応聞くけど、それだとスレイプニルの靴の外見が妙な方向に変わったり、ましてや変な色や臭いがついたりしないよな?」


 内臓から抽出した成分を塗ったと聞かされると、どうしてもその辺が気になってしまうのは仕方がないだろう。

 スレイプニルの靴の性能が上がっても、その靴から悪臭がするのであれば、とてもではないが履きたいとは思わない。

 悪臭の度合いによっては、モンスターの討伐依頼にも影響してくるだろう。


(いや、その前にセトがギブアップするか)


 素の状態であっても人間よりも遙かに鋭い嗅覚を持っており、更には嗅覚上昇のスキルまで持っているセトだ。

 そんなセトにとって、悪臭というのは何気にかなりのダメージを与えかねない攻撃方法だった

 ……それが他の者達に殆ど知られていないのは、レイやセトにとって幸運なのだろう。

 色々な意味で恐怖を覚えながら尋ねるレイだったが、アジモフはそんなレイに向かって首を横に振る。


「大丈夫だ。その辺は問題ない。乾き終わってから数日くらいは多少臭いが残るかもしれないが、今やっている乾かすって作業を終わった後でもまだ作業は続くし、レイに渡す時にはその辺は全く問題なくなっている……筈だ」

「おい」

「いや、そう言ってもな。銀獅子の素材を使うのは一歩ずつ確認しながら進んでいくのに近いんだぞ? そう簡単にどうにか出来る素材じゃねえんだ」

「なら、最初に何か別の靴で試してからやれば……」

「素材の数の問題でそれは出来ないな。多分……俺の勘によると、スレイプニルの靴を一度強化するのが精々ってとこだろ。……ああ、そう言えば。銀獅子の毛皮を使って、服とズボンを作ってみないか? まぁ、もし作るなら服を作る職人を連れてくる必要があるが」


 まだスレイプニルの靴の強化すら完成していないのに、次のアイディアを口にするアジモフに、レイは呆れるべきか、褒めるべきか、怒るべきか……迷うのだった。

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