第1236話

「え? あれ? えっと……その……」


 レイ達がダンジョンから出てくると、ギルドの担当職員が戸惑ったように声を上げる。

 当然だろう。レイ達がダンジョンに入っていく時に意識を失っていたヴィヘラとロドスが意識を取り戻しているのだから。

 ロドスはエルクにおぶさっている状況――雷神の斧はレイが一時的に預かってミスティリングの中に入れている――だが、ヴィヘラは普通に立って歩いてすらいた。

 また、ダンジョンに入っていた時間の短さもギルド職員にとっては疑問を抱く点の一つだろう。

 ダンジョンに入ってグリムの力で直接最下層に転移し、銀獅子を倒してヴィヘラとロドスの意識を取り戻し、銀獅子の解体をしてダンジョンの核を破壊した。

 それらの行為の関係上、ある程度の時間は経っているが……それでもレイ達のような腕利きの冒険者達がダンジョンに入って行動している時間を考えれば、非常に短いと言ってもいい。

 これが、ダンジョンの上層階で行動しているような新人であったら、まだ納得出来たのだろうが。

 まだ、昼を幾らかすぎたばかりの時間で、ダンジョンから出てくる者は殆どいない。

 寧ろ、ダンジョンに入ろうとしていた数少ない者達が、セトの姿やエレーナ達のような人並み外れた美人の姿を見て驚きに目を見開いている。

 だが、レイ達はそんなギルド職員の男や冒険者達の疑問に対して特に何も言わずに、その場を去っていく。

 そしてダンジョンから十分に離れた場所でマリーナが口を開く。


「じゃあ、私とレイはギルドの出張所に行くけど……打ち上げは夕方からで構わない?」


 視線を向けられたのは、打ち上げ会場については自分が用意すると自信満々だったヨハンナ。


「はい、それで構いません。セトちゃんも一緒にとなると、前もって店に話を通さないといけないですし。……その、もしかしたら貸し切りということになるかもしれないんですが、構いませんか?」

「そう、ね。……私は寧ろ貸し切りの方がいいと思うけど?」


 マリーナの視線に、エレーナとヴィヘラの二人も同意するように頷く。

 自分達が男にとって非常に魅力的だというのを、二人は……そして言葉を発したマリーナも知っている。

 そして打ち上げをやる以上、当然のようにそこには酒が入るだろう。

 そうなれば、普段ならマリーナ達に絡まないような者達も、酒の力で気が大きくなって馬鹿な真似をしないとも限らない。

 なら、最初から自分達で店を貸し切りにしてしまえばいいというのが、マリーナの結論だった。

 エレーナ達も異論がないのを見て取ったマリーナは、エルクの……いや、ミンの方へと視線を向ける。

 ミンもまた、エルクの妻であっても魅力的な容姿をしているのに変わりはない。

 だから当然ミンも自分の提案に頷くと、そう思っていたマリーナだったが……ミンは首を横に振る。


「残念だけど、私達はその打ち上げには参加出来ない。今回の件、私達は完全にそちらのおまけという扱いだったからね。そこまで厚かましい真似は出来ないさ」

「そう? 十分に貢献していたと思うけど」


 マリーナの言葉に、銀獅子戦に参加していた全員が頷く。

 事実、エルクの振るう雷神の斧の一撃は銀獅子に対して有効なダメージを与えていたし、ミンの魔法もダメージこそ与えることは出来なかったが、足止めや牽制という意味では間違いなく役に立っていた。

 そう告げる皆の言葉に、だがミンは首を横に振る。


「そう言ってくれるのはありがたいけどね。それに、今の状態のロドスを一人で放って置く訳にもいかないし……何より、久しぶりに家族全員が揃ったんだ。今日くらいは家族ですごしたい」


 恐らく、それこそがミンの本音だったのだろう。

 エルクに背負われているロドスを見ながら告げるミンに、そういうことであれば仕方がないと頷く。

 久しぶりに会ったということではヴィヘラも同様だったが、意識を失っていた時間という意味ではロドスの方が圧倒的に長い。

 また、ヴィヘラの性格もあるのだろうが、ヴィヘラは皆で騒ぎたいという思いの方が強かった。

 ……もっとも、意識を取り戻してすぐに活発に動き回ることが出来るヴィヘラと、マジックアイテムである程度保護されていても、現在はろくに身動きが出来ないロドスという違いもそこにはあるのかもしれないが。


「なるほど。まぁ、暫くぶりに家族が意識を取り戻したのなら、それでもいいんでしょうね」


 マリーナも、ミンの思いを知れば打ち上げに参加しないという言葉も受け入れたくなる。


(それに、ロドスは意識はあっても身体が殆ど動かせない状態だものね。そんな人を打ち上げの場に連れてきても、辛いだけでしょうし)


 自分が料理や酒を食べたり飲んだり出来ないのに、周囲では皆が好き勝手に飲み食いをしているというのは、なまじ意識があるだけにロドスにとって厳しい状況だろう。

 そしてロドスが打ち上げに参加出来ない以上、その両親も打ち上げに参加しないというのは十分に納得出来ることだった。


「分かったわ。じゃあ、雷神の斧は今回の打ち上げには参加しない。それでいいわよね?」


 全員を見回して尋ねるマリーナの言葉に、否と答える者はいない。

 長い間意識を失っていた家族だけですごしたいという行為の邪魔をするような者は、この場にはいなかった。


「じゃあ、そういうことで。……それと、早ければ明日にでも……うーん、どうかしらね。ダンジョン関係の作業をどこまで終えられるか分からないけど、それでもなるべく早い内にギルムに戻った方がいいと思うけど、そっちはどうするの?」


 早ければ、そろそろ雪が降ってきてもおかしくはない。

 雪が降り出した程度なら問題はないが、ある程度積もってしまえば街の外を移動するのはかなり手間となる。

 そう告げるマリーナに、ミンは少し考えてから口を開く。


「出来れば明日には発ちたいかな。冬をすごすのに、ここだと厳しいし。あの宿も今の私達では金銭的にそれ程余裕はないし、ダンジョンの件もあるから」


 ダンジョンの核を破壊した以上、いずれこのダンジョンはダンジョンとしての機能を持たなくなる。

 だとすれば、ダンジョンに潜って金を稼ぐというのもかなり難しくなるだろう。

 そう考えれば、なるべく早めにギルムへ戻りたいと思うのは当然だった。

 また、今の宿ではなく、ギルムで自分達が定宿にしている宿でロドスをゆっくり休ませたいという思いもある。

 幸いと言うべきか、自分達が乗ってきた馬車はレイ達が乗ってきたエレーナの馬車とは別の馬車だ。

 そうである以上、無理にレイ達と一緒に帰る必要もない。

 マリーナもそれを理解しているのか、納得した様子で頷いて口を開く。


「そうね。今回の依頼……というのは相応しくないだろうけど、とにかく銀獅子の討伐とそれに伴うヴィヘラとロドスの件……それはダンジョンから出た時点で終了していると言ってもいいでしょうし。どう?」


 何か意見があるのなら、今言った方がいいわよ? と、そんな態度で視線を向けてくるマリーナに、レイは首を横に振る。

 実際、今回の件は既に一番重要な場所は既に終わっているのだから。


「いや、俺も特に異論はない。他に何か異論がある奴はいるか?」

「そうですね。エルクさんやミンさんと一緒に食事が出来なかったのは残念ですけど、事情が事情ですから」


 ヨハンナの仲間の男の一人が、残念そうに呟く。

 それは決してお世辞でも何でもないというのは、他の者達の表情を見れば明らかだった。

 レイやヴィヘラ……エレーナといった風にランク云々ではなく強い相手というのはそれなりに知っていたが、実際にランクA冒険者達というのは中々直接触れあえるものではない。

 昨日はエルク達と騒ぐことが出来たが、翌日にはダンジョンに挑むのだから、本当の意味で羽目を外す訳にはいかなかった。

 だからこそ……と、そう思っていたのだろう。


「悪いな。ただ、お前達もいずれギルムに戻ってくるんだろ? 俺達もギルムで活動しているんだし、その時に会ったら酒でも奢るからよ」


 ヨハンナ達へと向かい、エルクが申し訳なさそうに告げる。

 それなりに長い間ランクA冒険者として活動しているエルクは、自分が……より正確には、ランクA冒険者がどのような目で見られているのかというのを十分以上に承知している。

 憧れ……もしくは英雄のように見られているのだ。

 ましてや、エルクはただのランクA冒険者ではなく、異名持ちでもある。そして性格的にも悪い訳ではなく、話し掛けやすい相手でもあった。

 そんなエルクの言葉に、ヨハンナ達は残念そうにしながらも頷きを返す。


「分かりました。今は家族と一緒にゆっくりとして下さい」

「おう。……じゃあ、俺達はこれで帰る。レイ、武器は今日宿に帰ってきたら渡してくれ」

「今じゃなくていいのか?」


 ミスティリングに入っている雷神の斧を渡すのは今ではなくてもいいというエルクに、レイは少しだけ驚く。

 雷神の斧というのは、エルクにとっての象徴……言わば、レイのデスサイズに似たような代物だ。

 そのような武器を自分に預けたままにしても本当にいいのか?

 そう告げるレイの言葉に、エルクは自分の背中へと……ようやく意識を取り戻したばかりのロドスへと向けられる。


「こいつを宿まで連れていくには、雷神の斧があるとちょっと邪魔だしな」

「……何なら、こいつ等に持たせてもいいけど?」


 レイの視線が向けられたのは、ヨハンナの仲間の男達。

 自分はこれからギルドの出張所へと向かうので手伝えないが、ヨハンナ達は今は何もやるべきことはない。……ヨハンナが店を用意するということはあったが。


「いや、こいつは俺が連れていきたい。……お前には悪いと思うが、雷神の斧の件は頼めるか?」

「まぁ、エルクがそう言うならいいけどよ。でも、武器もないままだと色々と物騒だぞ?」

「はっ! 例え素手でも、その辺の奴に負ける気はしね……痛ぇっ!」


 エルクの言葉の途中で、ミンの杖が振り下ろされる。

 そして頭部を叩かれたエルクが、抗議するような視線をミンへと向けるが、返ってきたのは冷たい視線だった。


「馬鹿かな、君は。ロドスを背負っている状態でエルクが暴れたら、それこそロドスに被害が及ぶだろう?」

「う゛っ!」


 ミンの口から出たのは、紛れもない正論。

 普通の人間とは比べものにならない程の身体能力を持っているエルクがロドスを背負ったままで激しく動けばどうなるのかというのは、考えるまでもなく明らかだったからだ。

 

「安心してくれ。もし何かあっても、私がいるからね」


 純粋な戦闘力ではエルクには及ばずとも、ミンもランクA冒険者だ。

 魔法使いということもあって決して近接戦闘が得意な訳ではないが、それでもその辺の冒険者にどうにかされるような技量ではない。

 ランクCやD冒険者程度であれば近接戦闘でも倒すことが出来る筈だった。


(いや、ランクB冒険者でも危ないんじゃないか? ミンの杖の一撃の威力は、俺が一番よく知ってるし)


 これまで数えるのも馬鹿らしくなる程に、エルクはミンの杖を食らってきた。

 その痛さを考えれば、この周辺にいるような冒険者はミンの実力があればどうとでもなりそうな気がする。


「エルク? 何か妙な視線を私に向けているようだけど……どうかしたのかな?」

「いや、何でもない。それより、ほら。早く行こうぜ。いつまでもロドスをこのままにはさせておけないしな」

「う……あ……」


 ロドスが何かを言いたそうにするが、それが何を言いたいのかは誰にも伝わることはない。

 ミンやエルクも、今は宿に帰るのを優先している為に今は気が付いた様子がなかった。


「そこまで言うのなら分かった。……ま、エルクがいると知って手を出すような奴がいるとは思えないし、それならそれでいいけど」


 レイの言葉に、他の者達も思わずといった様子で頷きを返す。

 実際、エルクと話してみたいと思って近づいてくるような者と襲ってくるような者では、絶対的に前者の方の可能性が高い。


「じゃあ、この辺でな。もし気が変わってこっちに顔を出す気になったら、顔を出せよ。店の件は……ヨハンナ?」

「あ、はい。オークの煮込み亭という店です」

「……随分と直接的な名前だな」


 あまりと言えばあまりな店の名前に思わずと言った様子で呟くエルクだったが、そんなエルクにヨハンナは笑みを浮かべて頷く。


「そうなんですよね。でも、得意料理がしっかりとしているから分かりやすくないですか? それに、セトちゃんもオーク料理は好きだしね?」

「グルゥ」


 そう言われれば、エルクも納得することしか出来ない。

 セトも、ヨハンナの言葉に嬉しそうに喉を鳴らす。

 ともあれ、店の名前が分かった以上、もし合流しようとしても問題なく合流出来るだろう。

 そう判断し、エルクはロドスを背負ったままミンと共にその場を去っていく。

 ヨハンナは店の方に貸し切りの連絡をする為に向かい、レイ、マリーナの二人と……そしてエレーナとヴィヘラ、アーラはギルドへと向かう。

 尚、オーク料理が得意だという店に向かうヨハンナとレイのどちらについていくかで迷ったセトだったが、結局レイと共にギルドへと向かうのだった。

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