第1214話

 一日中馬車を進めはしたが、それでもやはり一日でダンジョンへと到着するのは不可能だった。

 その為、現在は焚き火をしながら野営の準備を進めているのだが、その野営は普通とは大きく違う。

 当然だろう。エレーナの持つ馬車は普通の部屋として使うことが可能であり、エルクの馬車も多少狭いがかなり高価な馬車だ。

 そしてレイにはマジックテントがあり……その上、夕食はレイがミスティリングから取りだした出来たての、まだ湯気が上がっている料理なのだから。

 ……これを普通の冒険者が野営だと言われても、とてもではないが納得出来ないだろう。

 それどころか、ふざけるなと怒り出す者すらいてもおかしくはない。

 そんな豪華な野営をしている一行は、現在焚き火に当たりながらそれぞれに時間を潰していた。

 もう少しすれば、全員が眠りに就く。

 本来なら見張りも必要なのだが、当然のようにセトが見張りを行うので、その辺の心配もしなくていい。


「ガメリオンか。今年はちょっと無理そうだな」


 溜息を吐くエルク。

 この時季の名物と言ってもいいガメリオン料理は、当然エルクも好きだ。

 それこそ、いつもであれば自分でガメリオンを狩りに行くこともある程に。


「そうだな。……ただ、ガメリオン狩りは無理だけど、ガメリオン料理を食うのは出来るだろ? なら、今年はそれで満足すればいいんじゃないか? 別に金に困ってるって訳でもないだろうし」


 自分達でガメリオンを狩ることが出来れば、好きなだけガメリオンの肉を食べることが出来る。

 また、肉の部位も好きな場所を食べることが出来るだろう。

 それが出来ないのであれば、ギルムで売られているガメリオンの肉を買って食べるのが最善の選択なのは間違いない。


「もしくは、どうしてもガメリオンを一匹丸ごと入手したいのであれば、それこそガメリオンを狩ってくれるように依頼をすればいいんじゃない?」


 じっくりと煮込まれ、具材として用意されていた野菜や肉が全て溶け、そこに更に具として野菜や肉を加えるという非常に贅沢なスープを味わいながら、マリーナがレイの言葉に続ける。

 だが、そんな二人の言葉を聞いたエルクは大袈裟な程に首を横に振る。


「冗談じゃない。ガメリオンは、自分で狩るから面白いんだろ? ……この辺に出てくれればいいんだけどな」

「いや、ここには出ないだろ」


 エルクの言葉に、レイは呆れたように呟く。

 ガメリオンが出る場所というのは、大体決まっている。

 そして、この周辺はガメリオンが出る地域ではない。

 勿論エルクもそんなことは分かっているのだが、今は気分がいいせいか、レイの軽口に言葉を返す。


「だから、出たら面白いって話だよ。お前もそう思うだろ?」

「俺の場合は、別にガメリオンの肉に困ってはいないし。……勿論、余裕があればそれだけ助かるけど」

「まぁ、レイの場合は去年大量にガメリオンの肉を手に入れてるものね」


 ギルドマスターだけあって、当然マリーナは去年レイがダンジョンでかなりの数のガメリオンを仕留め、同時にその肉のかなりの部分を自分の物にしたのを理解している。

 マリーナはそれを責めるつもりはないが、去年のギルムで最終的にはガメリオンの肉が例年よりも若干だが高値で取り引きされたのは事実だった。

 ……レイがダンジョンでガメリオンを倒していなければ、それよりももっと高値で推移したのだろうが。


「ほう、それは少し面白そうだな。私達の領地も、去年出回ったガメリオンの肉はそれなりに高かった。……もしかして、それはレイが関係していたりするのか?」


 パンを千切って口に運んでいたエレーナの言葉に、その場にいた全員の視線がレイへと向けられる。

 焚き火の明かりに照らされたレイは、そっと視線を逸らす。


「そう言えば、実は今ゴブリンの肉をどうにか美味く食べる方法がないかの研究をしている奴がいて、それに協力してるんだけどな」


 あからさまに唐突な話題転換。

 だが、レイを本気で責めようとしていた者はおらず、またゴブリンの肉を美味く食べる方法というのに興味もあったのだろう。

 皆の視線が数秒前のものとは違って興味深いものへと変わる。

 ゴブリンの肉と言えば、とてもではないが食べられたものではないという食料の代名詞だったからだ。

 勿論空腹の時に目の前にあれば手を伸ばす者もいるし、餓死寸前であれば即座に口へと運ぶだろう。

 だが、それでも普通は好んで食べたいと思うものではない。……世の中にはゴブリンの肉が好きで好きで大好きな者もおり、ゴブリン肉の料理を作っては他人に勧めるような者もいるのだが。

 少なくてもここにいるメンバーは、自分から好んでゴブリン肉の料理を食べたいと思う者はいない。

 そんなゴブリンの肉を美味くするような研究と聞けば、自分では食べたくはないが、それでも興味深いと思うのはおかしくないだろう。


「それで、どうなのだ? 以前私が食べたゴブリンの肉は、何と言うか……物凄い味だったが」


 エレーナが言葉を濁しながら尋ねる。

 普通であれば、公爵令嬢ともあろう者が……それも姫将軍などという異名を持っている者が、ゴブリンの肉を食べるようなことはない。

 だが、エレーナは軍人でもある。

 その為、ゴブリンの肉を食べるという経験をしたことがあり、その時に食べたゴブリンの肉は貴族として生まれながらも、軍人として粗末な糧食に慣れていたエレーナにして、とてもではないが再び食べたいと思える味ではなかった。

 だが、ゴブリンの肉は味さえどうにか出来れば非常に優秀な食料なのは間違いない。

 辺境ではなくても、ゴブリンはいたる場所に存在しており、人や家畜を襲い、畑を荒らしもする。

 厄介極まりないゴブリンを食用に出来るのであれば、天候不順で不作になっても餓死する者は少ないだろう。

 ……勿論、今でも餓死とゴブリンの肉を食べることでは後者を選ぶのが普通なのだが、そのような者達であっても、出来れば美味い料理を食べさせてやりたいと思うのはケレベル公爵令嬢としては当然の配慮だった。

 エレーナの、それ以外にもこの場にいる者の期待と好奇心に満ちた視線を向けられたレイだったが、それに対するのは首を横に振るという行為だけだった。


「香辛料を使えばそれなりに食える肉にはなるんだが、そうなればとてもじゃないけど一般人が気楽に買える値段じゃなくてな」

「なるほどね」


 レイの言葉にマリーナが納得したように頷く。

 レイがどこで香辛料をそんなに購入してきたのかというのを、理解している為だ。

 ……もっとも、レイがゴーシュに向かうように促したのはマリーナなのだから、それも当然なのだろうが。


「じゃあ、結局はまだ殆ど出来上がってないのかね?」


 果実を食べながら尋ねてくるミンに、レイは軽く肩を竦める。


「ま、そうなるな。もっとも、ゴブリンの肉をそう簡単に美味く出来るのなら、今までにも誰かが挑戦してただろうし」


 その辺に有り触れている食材……否、モンスターだからこそ、その肉を美味く食べられるようにすれば大金を生み出す。

 それが分かっていながら、それでもこれまでそれが成功しなかったのは、それだけ難しいからだろう。


「ちなみに、これが一応の成功品だ。香辛料を大量に使ってるから、金額的にはちょっとしたものになってるけど」


 ミスティリングから取り出したのは、ゴブリンの肉。

 ただし普通の肉ではなく、レイが口にしたように様々な香辛料がその表面には付着している。

 とてもではないが、ゴブリンの肉だとは思えない……そんな臭い。

 どちらかと言えば、食欲を刺激する香りだ。


(カレーっぽい感じの臭いなんだよな。まぁ、カレーも幾つもの香辛料を組み合わせているって話だから、カレーで間違ってはいないんだろうけど。……ただ、このエルジィンでカレーを作ろうと思ったら、どれだけ金が掛かるんだろうな)


 元々香辛料というのは高額の物が多い。

 地球にいる時は、カレーを食べようと思えばカレールーを買ってきて作れば容易に食べられた。

 幾つかのカレールーを組み合わせたり、隠し味を入れるといった工夫をしたこともある。

 また、もっと手軽に食べたいのであれば、それこそレトルトカレーを買ってくればいい。

 高いレトルトカレーは千円近くする物もあるが、安いものだとそれこそ百円で買える物もあったのだから。

 だがこの世界でカレーを作るとなると、自分で香辛料を選び、それを混ぜあわせる必要がある。

 レイが日本にいた時に見たTV番組では、カレーに凝るあまり香辛料の調合すら自分でやる……というのを見たことがあったが、生憎とレイにそんな真似は出来ない。


(カレーか。考えただけで食いたくなってきた。タクムやカバジード辺りがカレーの情報を残してくれていれば良かったんだけど)


 自分よりも前にこの世界に来た、タクム。

 もしくはヴィヘラの兄だったカバジード。

 日本の知識を持っているその二人であれば、カレーを食べたくなっても不思議ではない筈だった。

 だが、レイが知っている限りではカレーの類はエルジィンに存在しない。


(スープに適当に香辛料を入れるとか? ……駄目だ、とてもじゃないけど食べられる物が出来るようには思えない)


 自分の半端な知識で料理を作ろうとすれば、絶対に失敗する。

 そんな思いを抱きながら、レイはゴブリンの肉を適当に切り分け、串に刺して焚き火の近くへと刺す。

 すると周囲に香辛料の香りが漂い始め、食欲を刺激する。

 エレーナを始めとする他の者達も、串に刺されたゴブリンの肉へと期待の籠もった視線を向けていた。

 そして程良く焼けたところで、それぞれにゴブリンの串焼きを渡す。

 ……尚、当然のようにレイは用意された串焼きに手を伸ばすことはない。

 この串焼きが食欲を刺激する香りがするという以外の問題を知っているからだ。それは……


「うおっ、何だこれ! 不味っ!」


 香りに誘われるようにゴブリンの肉へと齧りついたエルクだったが、肉を味わっていると次の瞬間には思わずといった様子でそう叫ぶ。

 それはエルクだけではない。

 ゴブリンの肉を食べていない、レイ以外の全員が同じだった。


「グルゥ……」


 情けない声を上げたのは、セトも同様だった。

 ……一応セトも以前このゴブリンの肉を食べ、その時にも不味いというのは理解していたのだが、それでもやはり香辛料を多く使って食欲を刺激する香りには勝てなかったらしい。


「これは……匂いだけなら凄く美味しそうなのに、実際に食べると不味いって……何て言うか、こう……そう、凄い罠ね」


 いつもは女の艶を発散させているマリーナだったが、ゴブリンの肉を食べてしまえばそんな状況も維持出来ない。

 結果として、普段のギルドマスターとしてのマリーナしか見た覚えのない者にとっては、初めて見るような姿がそこにあった。


「正直、好んで食べたいとは思えないな」

「エレーナ様、これをどうぞ。とにかく口の中にある物を飲み込んでしまわないと」


 眉を顰めるエレーナに、アーラはコップに入った水を渡す。

 この水もまた、レイが流水の短剣で作りだしたものであり、口の中に広がるゴブリンの肉の味を消し去るには十分だった。

 ……自分の口の中にもゴブリンの肉が入っているにも関わらず、それを無理矢理飲み込んでから自分でその水を飲むのではなくエレーナに水を渡す辺り、アーラの忠誠心の高さを示してる。

 他の者達も流水の短剣で生み出した水を飲み、口の中にあったゴブリンの肉の味を何とか消し去ることに成功する。

 そうして皆が一段落したところで、レイが口を開く。


「ま、今のところはこんな感じだ。匂いは十分に食欲を刺激する代物だが。味はまだまだだな」

「いや、匂いがいい分、余計に味の酷さが際立つぞ、これ」


 苦々しげに呟くエルクの言葉に、レイ以外の全員が同意するように頷く。


「だから、まだ研究途中だって言っただろ? その匂いに相応しい味を出すことが出来ればいいんだけど……」


 そう呟くレイの言葉に、それぞれに溜息を吐く。

 結局この夜はこのゴブリンの肉の件を最後に微妙な雰囲気のまま、解散となる。

 エレーナ、マリーナ、アーラの三人はエレーナの馬車に、エルクとミンは自分達の馬車に。

 そうして明日も早い時間にここを発つということで、まだ少し早いが自分達が眠る場所へと向かった一行を見送り、レイはセトに近づいていく。

 マジックテントではなくセトの下に向かったのは、今のうちにやるべきことがあった為だ。

 セトの背の上では、いつものようにイエロが存在しており、嬉しそうにセトに構って貰っていた。

 そんな二匹を前に……レイが近づいていくと、当然ながら二匹はレイに気が付く。


「グルゥ?」

「キュ!」


 それぞれ鳴き声を上げてくる二匹をそっと撫で、次にレイがミスティリングから取り出しだのはオークリーダーの魔石。

 何だかんだと、今まで吸収していなかった魔石を、今のうちにセトに吸収させておこうと思った為だ。

 セトもそれを理解したのだろう。

 自分の背の上で遊んでいたイエロを地面に下ろすと、レイの方へと近づいてくる。

 差し出されたレイの掌の上に乗っていた魔石を咥えて飲み込み……


【セトは『パワークラッシュ Lv.五』のスキルを習得した】


 そんなアナウンスメッセージが脳裏を流れるのだった。






【セト】

『水球 Lv.四』『ファイアブレス Lv.三』『ウィンドアロー Lv.三』『王の威圧 Lv.二』『毒の爪 Lv.五』『サイズ変更 Lv.一』『トルネード Lv.二』『アイスアロー Lv.一』『光学迷彩 Lv.四』『衝撃の魔眼 Lv.一』『パワークラッシュ Lv.五』new『嗅覚上昇 Lv.四』『バブルブレス Lv.一』『クリスタルブレス Lv.一』『アースアロー Lv.一』


パワークラッシュ:一撃の威力が増す。本来であればパワースラッシュ同様使用者に対する反動があるが、セトの場合は持ち前の身体能力のおかげで殆ど反動は存在しない。

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