第1211話
グリムから銀獅子の心臓を使えばいいという話を聞いたレイ達は、対のオーブからグリムの姿が消えるとすぐに次の行動へと移る。
少しでも早くヴィヘラの意識を取り戻す為の相談を行う。
「まず、あのダンジョンまでは私の馬車で大丈夫だろう。レイも知っているマジックアイテムの馬車だから、私達とエルク達が一緒でも問題はないと思う」
「そうだな、エレーナの馬車を考えると全員が乗っても多少は狭いかもしれないが無理ではない筈だ」
ダンジョンへと向かうのは、レイ、エレーナ、マリーナ、アーラ、ヴィヘラの五人、セトとイエロの二匹。そして可能であれば、エルク、ミン、ロドスの三人。合計八人と二匹。
そのうちセトは外を移動するので数にいれなくてもいいし、アーラは御者台で御者をする。
そうなると馬車の中にいるのは七人……もしくはイエロがセトと行動を共にしないのであれば、七人と一匹となる。
「けど、ヴィヘラとロドスは意識がないんだから寝かせて運ぶ必要があるでしょ? それだとちょっと狭いんじゃない?」
自分の故郷へと戻る時にエレーナの馬車に乗った経験があるマリーナが心配そうに呟く。
少し大きめの部屋という状態ではあるエレーナの馬車だったが、それでも七人も乗ればかなり手狭に感じるのは明らかだった。
……それでも身動きも出来ない程に狭いという訳ではなく、ある程度の余裕はあるのがエレーナの馬車の高性能さを現していたのだが。
「食料については……」
「そっちは問題ない」
マリーナの言葉に、レイが即座に答える。
ミスティリングを持っているレイは、その中に大量の食料を保存している。
それどころか、エレーナの馬車には劣るが持ち運び出来るマジックテントも所持しており、ダンジョンに潜るという意味では既に準備が整っていると言ってもいい。
「ただ、マジックテントは七人が寝るとなると色々と厳しいから、普通のテントも幾つか必要だな」
「そうでしょうね。一応エレーナの馬車もあるけど、何かあった時の為に余裕はあった方がいいわ」
普通に休むだけであれば、座るだけで済む。
だが、野営をするとなればマジックテントだけでは場所が足りない。
そんなレイの言葉に頷いたマリーナだったが、すぐに首を傾げて口を開く。
「けど、ダンジョンに入ったらすぐにグリム様が最下層まで送ってくれるんでしょう? なら、テントが必要になるのは行きと帰りだけ。心配しなくてもいいんじゃない?」
「ふむ、そうだな。レイに問題がないのであれば、私としてはそれでも構わないが?」
「俺は……そうだな。多分、問題ないと思う。で、一番大変なのは眠っている二人を運ぶことだと思うけど、そっちはどうする?」
ダンジョンの中に入ればグリムが最下層まで送ってくれるということは、意識を失ったヴィヘラとロドスを運ぶ手間というのは、殆ど掛からない。
だが、殆ど掛からないということは、多少は掛かるということなのだ。
意識を失った人間の身体というのは、予想外に重い。
それを運びながらダンジョンを最下層まで進まなくてもいいというのは非常に助かるが、それでも色々と二人を運ぶ必要があるのは事実だ。
「可能なら、宿に二人を置いて私達やエルク達だけで銀獅子に挑むのが最善なんだけど……」
マリーナが言葉を濁すのは、グリムが最後に口にした言葉が影響しているのだろう。
つまり、銀獅子から心臓を取り出しても、時間が経てばその効力が落ちていくということだ。
安全を期するのであれば、マリーナが口にした通り宿屋に二人を眠らせておき、自分達だけでダンジョンへと挑み、銀獅子の心臓を持ってくればいい。
だが時間を置くと効力が落ちるとなれば、ヴィヘラを優先するという大前提がある以上、ロドスの意識を取り戻す可能性を少しでも高くする為に宿屋に二人を残していくというのはエルク達は許容出来ないだろう。
(それに、銀獅子の心臓を使って蘇らせるのはグリムがやるって言ってたしな。……まさか、一般の宿の中にグリムがやってくるなんて訳にはいかないだろ)
勿論その辺の隠蔽は色々とするだろうが、もし万が一……億が一にもグリムの姿を他の誰かに見られたりすれば、間違いなく大騒ぎになる。
更にそこにいるのが、深紅の異名を持つレイ、姫将軍の異名を持つエレーナ、ミレアーナ王国の中でも辺境に唯一ある街、ギルムのギルドマスターのマリーナ、ランクAパーティ雷神の斧のエルクとミン。
……更には宿の外にいる可能性が高いだろうが、セトとイエロの姿もある。
一行の中で唯一目立った特徴がないのが、貴族のアーラだというのがこの面子がどれだけ目立つ者達の集まりなのかを証明している。
そんな面々がグリムと……リッチロードと呼んでもいい存在と一緒にいるのを見れば、その騒動は色々な意味で波紋を呼ぶ筈だった。
下手をすれば現状の貴族派と中立派の関係にも悪影響を及ぼし、ミレアーナ王国の中の権力闘争に波及し、最終的には内乱にすらなる可能性がある。
いや、ヴィヘラの件を思えば、ベスティア帝国が介入してくる可能性すらあるのだ。
その辺や銀獅子の心臓を取り出してすぐに使えるようにするという意味では、やはりヴィヘラとロドスはダンジョンの中に連れていくのが最善だというのは間違いなかった。
「だとすると、私達が銀獅子と戦っている間にその二人の身体を守る人物を雇う必要もあるだろうな」
ダンジョンの最下層にはモンスターの姿がないのを知っているエレーナだったが、それでも意識のない二人をそのまま放り出すようにしておくのは色々と危険なのは理解出来た。
自分達がダンジョンに潜った時は最下層にモンスターの姿がなかった。
だが、今もそれが変わっていないとは限らないし、何か不慮の事態というのがあるかもしれない。
「そうなると、二人の面倒を見る人物はどこで雇う? 馬車とかマジックテントの大きさを考えると、出来れば向こうで雇った方が色々と楽なんだけど」
「けど、向こうでこちらの要望に沿った人物を雇えるかどうかは分からないわよ? それなら、こっちで十分に気心の知れた人を雇う方がいいんじゃない?」
「一長一短だな」
このギルムでレイやマリーナ、それにエルクといった面子の知名度は非常に高い。それだけに信頼出来る相手を雇おうと思えば難しくはないだろう。
それに対して、ダンジョンのある場所ではレイ達の知名度はギルム程には高くない。
勿論それはあくまでもギルムに比べて、なのだが。
ミレアーナ王国でのレイやエレーナの知名度は非常に高いものがあるし、ギルムの近くにあるダンジョンでは当然ギルドマスターの名前も当然知られている。
(もっとも、知名度が高ければそれを利用しようと寄ってくる者も多いのは事実でしょうけど)
そういう意味では、マリーナとしてはやはり自分のホームグラウンドとも言えるギルムで人を集めたいというのが正直なところだったのだが……ただでさえ一台の馬車としての移動では人数が多いのも事実だった。
「仕方がないわね。向こうに行ったらギルドの方に顔を出して、そこで探して貰う……というのはどうかしら」
ダンジョンの近くには、以前レイ達が行った時には既に村のようなものが存在していた。
そしてダンジョンがあるということで、ギルドの支部……とまでは言えないが、出張所のような物も存在している。
そこで働くギルド職員はギルムから派遣されている者達なのだ。
だからこそ、ギルドマスターのマリーナが直接顔を出せば、ある程度の無理も出来る。
「……今更だけど、マリーナが俺達と一緒にダンジョンに来てもいいのか? それこそ、ギルドマスターとしての仕事とか」
「あら、心配してくれるのは嬉しいけど、私はギルドマスターとしてそれなりに長い間働いているのよ? なら、そのくらいは当然出来るし……寧ろ、丁度いいと考えてもいいでしょうね」
「丁度いい?」
マリーナの言っている意味が分からずに首を傾げるレイ。
エレーナも同様に、答えを促すような視線をマリーナへと向けていた。
「いえ、何でもないわ。ちょっとこっちのこと」
何かを誤魔化すように告げるマリーナの様子に疑問を抱いたままではあったが、それでも今はそれよりも色々と決めることがあるとして、話を続ける。
「エルクは……今どうしているのか分かるか? アンブリスの騒動の時は、オークの群れを討伐してからどこかに行ったって聞いたけど」
ロドスの治療の為に、忙しく動き回っているエルクだ。普段であればギルムにいることが多いのだが、今はギルムにいないことも多い。
もしギルムにいないのであれば、まず最初にエルクに連絡を取る必要があり、それからダンジョンへと向かうことになるだろう。
そうなると、下手をすれば秋がすぎて冬になる可能性もある。
冬に街の外へ出るのは、不可能ではないが非常に危険だ。
その辺を考えると、出来れば秋のうちにダンジョンに到着し、本格的な冬になる前に二人の意識を取り戻したいというのがレイの希望だった。
(けど、ロドスの場合は意識を取り戻さない以外にも、怪我の類も結構あった筈だけど……その辺は大丈夫なのか?)
ロドスが意識を失ってからそれなりに時間が経っているのを考えれば、もしかしたら怪我の類はもう治っているのかもしれない。
そんな風に思いながらもマリーナに視線を向けてエルクの行方を尋ねると、幸いな……というのはこの場合相応しくないのかもしれないが、笑みを浮かべて頷く。
「大丈夫よ。エルクもミンもギルムに戻ってきているから」
「……随分と都合がいいな」
エルクに用事がある時に、都合良くエルクやミンがギルムにいる。
そのことに多少首を傾げたレイに、マリーナは笑みを浮かべて口を開く。
「考えてみてちょうだい。そもそも、ここは辺境よ。普通の場所では手に入らない素材が多く手に入るわ。つまり……」
そこまで言われれば、レイも何故エルクがギルムにいるのかを理解する。
「なるほど。何らかの新しい素材でロドスの意識を取り戻す可能性があるのか」
そういうことだった。
実際、辺境で見つかる新しい素材から、今まででは考えられなかったような何かが生み出されるということは、そう珍しくはない。
ロドスのことを思えば、エルクがギルムにいるというのはおかしくない話だった。
「そうなるわね。だから、エルクにはすぐに連絡を取れると思うわ。……そっちの方はどう? すぐにギルムを出るだけの準備は整えることが出来る?」
マリーナの視線に、レイは頷く。
「ああ。大抵の物はミスティリングに入っている。もし何か足りない物があれば、すぐに店で買ってくるし」
「……分かったわ。じゃあ、こっちはすぐにエルクに連絡を取ってみるから、明日か……それが無理でもすぐに出発出来る準備をしてくれる?」
確認するように告げてくるマリーナの言葉に、レイとエレーナは頷く。
もっともレイが口にしたように、特に準備をするような物はない以上、その気になれば今すぐにでもギルムを出ることは出来るのだが。
どちらかと言えば、やはりエルクとの連絡の方が重要だろう。
特にロドスの意識を取り戻せるかもしれないという話をする必要があるのだが、銀獅子の心臓の状態によってはロドスの意識は取り戻せないと、そう納得させる必要がある。
また、自分達だけで出来る訳でもないので、グリムについても話す必要があるだろう。
(エルクがグリムという存在を受け入れられるかどうか……その辺が問題になってきそうね。普通なら難しいでしょうけど、今ならどうかしら)
ロドスが意識を失ってから、かなりの時間が経つ。
エルクのような名前の知られた冒険者でさえ、それだけの時間を掛けて何も手掛かりを得られなかった。
もしくは手掛かりを得られたとしても、とてもではないが叶えることができないようなものだったのだろう。
例えば、レイ達がグリムに聞かされたような。
だが、だからこそ今回の話にエルクが乗ってくる可能性は高い。
「とにかく急ぎましょう。可能であれば今日のうちに私もエルクに連絡を取るから、レイとエレーナもそのつもりでいてね」
マリーナの言葉に二人が頷き、それを見るとマリーナは部屋を出ていく。
いつもより少しだけだが歩く速度が速いのは、それだけ急いでいるということなのだろう。
そんなマリーナの様子を見送り、部屋に残されたレイとエレーナはどちらからともなく黙り込む。
しん、とした静寂が部屋を満たし、やがて二人は何も言わずとも同時にベッドの上のヴィヘラへと視線を向ける。
これ程までに騒いでも、ヴィヘラが目を覚ます様子は一切ない。
それは今の状況を思えば当然のことだったかもしれないが、それでもやはり寂しいものがあった。
「エレーナ……必ずヴィヘラを助けるぞ」
「当然だ」
レイの言葉にエレーナは頷き、明日の準備をする為にアーラへと話をしに部屋を出て行くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます