第1180話
ゴブリンとコボルトの群れに襲われていた商隊のいた場所から飛び立ったレイとセト、ヴィヘラの二人と一匹は、いつものように空を飛んでいた。
つい先程までは地上に商隊とゴブリン、コボルトの死体が見えていたのだが、セトの速度を考えるとあっという間に見えなくなる。
そうして空を飛びながら、ふとレイは思いつきミスティリングから魔石を一つ取り出す。
コボルトリーダーの魔石であり、まだ吸収していない魔石。
正確にはデスサイズでは新たなスキルを覚えられなかったが、セトはまだ試していない魔石だ。
(出来れば地上に降りてから試したかったんだけど……今の状況を考えると、この魔石一つを吸収する為に地上に降りるのも面倒だしな)
これがデスサイズによる吸収であれば、話は別だ。
デスサイズで魔石を切断する必要がある以上、空を飛びながらというのは難しい。
いや、不可能な訳ではないが、色々と不安定なのは間違いなかった。
それに比べると、セトの魔石の吸収というのは魔石を体内に取り込む……食べるという方法だ。
そうなれば、空を飛びながらよくサンドイッチを始めとしたパンを食べているセトには、飛びながら魔石を吸収するのも難しい話ではない。
(サンドイッチも貰ったけど……あれはまた後で、だな)
レイの脳裏をサンドイッチの入った籠が過ぎったが、すぐに頭の中でそう判断する。
「セト、このまま空を飛びながらコボルトリーダーの魔石を吸収出来るか?」
「グルルゥ!」
大丈夫! と喉を鳴らすセト。
いつもなら魔石を吸収する時は地上に降りてからやっている。
普通であれば、空を飛びながら魔石を吸収しろと言われても、すぐに納得出来る訳がない。
だが……幸か不幸か、レイもセトも、とてもではないが普通とは言えない性格をしている。
それはセトの前足に掴まっているヴィヘラも同様であり、上で話されている内容を聞いても仕方がないな、と笑みを浮かべるだけだ。
ヴィヘラの内心とは裏腹に、その口に浮かんでいる笑みは満面の笑みに近い。
自分が好きになった……愛した男なのだから、普通である筈がないと。
そんな思いが心の中から浮かび上がってた為だ。
「じゃ、セト。コボルトリーダーの魔石はこれだ。落とさないようにして、一気に食べろよ」
レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
魔石を吸収出来るのが嬉しいのは、魔獣術で生み出されたが故だろう。
また、それ以上に自分が強くなれば大好きなレイが喜んでくれるというのも大きい。
何か新しいスキルを覚えられたらいいな。そんな思いでセトはレイが差し出してきたコボルトリーダーの魔石を飲み込み……
【セトは『嗅覚上昇 Lv.四』のスキルを習得した】
そんなアナウンスメッセージが、レイとセトの脳裏に流れる。
「あー……だよな。まぁ、コボルトリーダーだし。この類のスキルを習得するのは当然か」
嗅覚上昇のスキルは、決して使えないスキルではない。
だが、こうも続けて嗅覚上昇のスキルが上がるというのは、レイにとってはどこか違和感があった。
もっとも、コボルトリーダー……犬の頭部を持つモンスターを率いる存在の魔石なのだから、考えてみればそれ程不自然なことではないのだが。
いや、寧ろ嗅覚上昇のスキルを覚えるのは当然とも言えた。
「グルゥ……」
それでも、セトは出来ればもっと有効なスキルを覚えたかったのだろう。
少し残念そうに喉を鳴らす。
「ほら、元気出せって。嗅覚上昇は地味に役立つスキルなんだから。何も覚えないよりは、覚えた方がいいだろ?」
セトを元気づけるように告げるレイだったが、セトがはっきりと元気を取り戻すのにはもう少し時間が掛かるのだった。
「え? ゴブリンとコボルトの群れが協力していた……ですか?」
レイの説明を聞き、レノラは信じられないといった具合に尋ね返す。
モンスターが他のモンスターと協力するのは、珍しいが皆無とは言えない。
だが、そのモンスターがゴブリンとコボルトというのは、お互いに同じくらいの強さのモンスターだけに殆ど見られない現象でもあった。
ましてや、それがこうして何種類ものモンスターの群れが出来ている時に起こったのだから、今の異変に何か関係があると考えるのは当然だろう。
「それで、その群れはやっぱりリーダー種が?」
「ああ。ゴブリンリーダーとコボルトリーダーがいた。この騒動全体で言えるけど、リーダー種以外にアーチャーやメイジといった上位種がいないのは助かるな」
リーダー種というのは、レイの認識では部隊長のようなものだ。つまり、そしてアーチャーは弓術士で、メイジは魔法使い。
群れの中にリーダー種以外でそのような上位種がいれば、レイ達はともかく普通の冒険者であれば苦戦してもおかしくはない。
もっとも、レイにとってはより多くの魔石を得ることが出来るので、決して悪いことばかりではないのだが。
「そうですね。でも、今回の群れの件で同種のモンスターの群れならともかく、別種のモンスターの群れが協力しているという話は聞いたことがありません」
同種のモンスターが協力しているというのであれば、レイもゴブリンの群れが幾つか集まっているのを倒した経験がある。
だが、今回レイが見たコボルトとゴブリンの群れが協力をしているというのは、この群れの件が始まってからは初めてのことだった。
「一応その襲われた商隊もギルドには報告をするって言ってたから、そっちからもっと詳しい話は聞けると思う」
「まぁ、あれだけの討伐証明部位や魔石を売るとなれば、ギルドにやって来るのが手っ取り早いでしょうね。商人だけに、自分の伝手がある可能性もあるけど」
ヴィヘラがレイの言葉に付け足すように告げる。
その言葉に話を聞いていたレノラが納得したように頷く。
「商人であれば、魔石は独自の伝手があるかもしれません。ですが、討伐証明部位の換金が可能なのはギルドだけですよ? まあ、冒険者に討伐証明部位を売るということは出来ると思いますが……」
「そうなれば、ギルドに来たくない……何か後ろ暗いことがあると言ってるようなものでしょうね」
「ええ。それに、冒険者に売る以上は当然ギルドが引き取る値段よりも安く売ることになります。そう考えれば、やはり直接ギルドに持ってきた方が利益にはなりますし」
レノラの言葉にヴィヘラとレイの二人は当然だと頷く。
……尚、いつもであれば口を挟んでくるケニーは、現在冒険者の相手で忙しく、レイに声を掛けるような真似は出来なかった。
そうしてレノラとレイ達が話していると……不意にギルド職員の一人がレノラ達の方へと近づいてくる。
それに気が付いたのだろう。レノラが少し話す時間が長かったから怒られるかもしれない……と身体を強張らせるが、ギルド職員は特に厳しい表情はしていなかった。
ギルド職員にとって、レノラは真面目で優秀な職員だ。
時々ケニーとの間で騒動を起こすが、それも許容範囲内でしかない。
だからこそ、時々羽目を外しても何かうるさく言うつもりはなかった。
ケニーが騒動を起こしたのであれば、話はまた別なのだが。
それに、今こうして来たのはレノラに注意をする為ではない。
純粋にレイとヴィヘラに用事があった為だ。
「レイさん、ヴィヘラさん。ギルドマスターがお呼びです」
「マリーナが? ……何かしら?」
ヴィヘラの視線がレイへと向けられるが、レイも何故自分達が呼び出されたのかは分からない。
「多分、今回の群れに対する……」
そこまで口にし、ふと以前マリーナが口にしていたことを思い出す。
「そう言えば、今回の群れの件で何か調べてみるって言ってたし、その件じゃないか?」
「そうなのかしら。でも、ギルドマスターが呼んでいるというのを考えれば、それが一番可能性が高いわね」
「あら、そう? マリーナのことだし、ただ単純にレイに会いたいと思っただけかもしれないでしょう?」
レノラの言葉に、ヴィヘラがからかうように言葉を挟み……それを隣で聞いていたケニーがピクリと動く。
だが、今の状況で口を挟むことが出来ず、少しでも早く自分の分の仕事を終わらせるべく素早く手を動かす。
そんなケニーの様子にレノラは微かな笑みを浮かべるも、すぐにまたレイとヴィヘラ、そしてギルド職員へと視線を向けて口を開く。
「では、中へどうぞ。ギルドマスターのお話ですので、少し急いだ方がいいでしょう」
「そうですね。では、どうぞ」
レノラの言葉にギルド職員も続け、レイとヴィヘラの二人はカウンターの内部へと入り、奥にある階段へと向かう。
それを見送ったレノラは、ギルド職員が自分の席に戻るのを見送ると、再び自分の仕事へと戻る。
そんなレノラに、ようやく仕事を一段落させたケニーが恨めしげな視線を向けていた。
マリーナの執務室の中は、予想通りの光景となっていた。
いや、執務机の上にある書類の数が以前よりも減っているのを考えると、予想よりは良かったと言うべきか。
それでも執務机の上で書類を見ているマリーナの顔にはどこか疲れがあり、レイ達がモンスターの群れを倒している間も決して遊んでいた訳ではないことを示している。
「随分と疲れているようだけど、大丈夫?」
ヴィヘラの口からマリーナを案じる言葉が出る。
それを聞いたマリーナは、少しだけ驚きの表情を浮かべるも、すぐに笑みを返す。
「大丈夫よ。少しだけ大変だっただけだから。それより……丁度いいところにレイ達が戻ってきてくれたわね」
「丁度いい?」
「ええ。今回の群れの件……恐らくだけど、理由が分かったわ」
「本当に? また、随分と早い……とは言えないわね」
疲れを残しているマリーナの表情を見る限り、早いというのはマリーナの体力を限界まで使ってのものだったのだろうというのは理解出来た。
ヴィヘラの気遣いを理解したマリーナが、気にしないでと手を振ってから口を開く。
「早速本題に入らせて貰うけど、実は今ギルムの周辺で起きているようなモンスターの群れが幾つも現れるというのは、前例があったのよ。ただ、その前例があったのはギルムじゃなくてベスティア帝国だったけど」
「ベスティア帝国に? いやまぁ、向こうも国土は広いし、そういう情報があってもおかしくはないけど……よく情報を得られたな」
戦争をしてから、それ程経っていない。
なのに、よく情報を得られたな。そんな思いで告げたレイに、マリーナは艶然とした笑みを浮かべる。
……疲れを見せているだけに、普段のマリーナが見せる女の艶とはまた違った色気を見せていた。
「ギルドに登録する時に聞いたし、レイは以前にも私が他のギルドマスターと連絡をするのを見てたでしょ? なら、不思議でもなんでもないと思うけど」
「それでもベスティア帝国だろ? 少し前に戦争した国だと考えれば……」
「冒険者をやっている以上、当然そのくらいは割り切っているわよ。勿論中には割り切れなくて、どこかで会った時に戦いが起こることもあるけど。……とにかく、ベスティア帝国のギルドマスター何人かに聞いてみたの」
このままでは話が進まないと、取りあえずは自分の得た情報をレイとヴィヘラに告げるべくマリーナは本題に入る。
「ベスティア帝国には百鬼の谷と呼ばれている場所があるのよ」
「ああ、それは知ってるわ。ゴブリンを始めとした亜人型のモンスターが多く出る場所ね」
出奔したとはいえ、ベスティア帝国出身のヴィヘラがマリーナの情報を補足する。
皇女として生活をしていた時も、今のように戦闘欲はあったのだ。
である以上、それを解消出来るような場所を探すのは当然であり、その時に得た情報だった。
「ヴィヘラは知ってるようね。とにかく、百鬼の谷と呼ばれた場所付近で、三百年くらい前にリーダー種が多く現れたそうよ。それも、ゴブリン、オーク、リザードマン、ワーウルフ……といった、今のギルムと同じようなモンスターが」
その情報は知らなかったのか、ヴィヘラの視線が興味深そうにマリーナへと向けられる。
レイもまた、マリーナの言葉を聞き逃さないようにマリーナへと視線を向けていた。
そんな二人の視線を向けられながら、マリーナの説明は続く。
「結論としていえば、何らかの理由によって魔力異常が起き、その魔力異常そのものがモンスターという形になって動き回っているらしいわ。通称はアンブリス。そして亜人型のモンスターがアンブリスの魔力に触れるとリーダー種に強制的に進化させられる、と」
「……有り得るのか? いや、有り得るからこそ現実として今の状況になっているんだろうが……」
魔力異常がモンスターになる。
そう言われたレイが出来るのは、そう呟くだけだった。
【セト】
『水球 Lv.四』『ファイアブレス Lv.三』『ウィンドアロー Lv.三』『王の威圧 Lv.二』『毒の爪 Lv.五』『サイズ変更 Lv.一』『トルネード Lv.二』『アイスアロー Lv.一』『光学迷彩 Lv.四』『衝撃の魔眼 Lv.一』『パワークラッシュ Lv.四』『嗅覚上昇 Lv.四』new『バブルブレス Lv.一』『クリスタルブレス Lv.一』『アースアロー Lv.一』
嗅覚上昇:使用者の嗅覚が鋭くなる。
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