第1122話
ダリドラが襲われた。そう聞かされて驚いたのは、レイもそうだが当然オウギュストやその周辺にいた者達だった。
その中で真っ先に動いたのは、オウギュストに護衛として雇われていたザルーストだ。
目でオウギュストのいる場所を周囲から見えないようにしろと指示すると、急いで走っている冒険者に追いつき、半ば強引にその身体を止める。
「おわぁっ! ちょっ、一体何だよ? ……って、ザルーストさん?」
動きを止められた冒険者はザルーストの名前を知っていたらしい。
もっとも、ザルーストはゴーシュでも腕利きとして有名な冒険者だ。当然その名前は広く知られており、この冒険者が知っていてもおかしくはない。ただし……
「お、おい。いいのか?」
相方の冒険者の男がそっと呟く。
当然だろう。先程ダリドラの心配をしていた通り、この二人はエレーマ商会に雇われている冒険者だ。
つまり、オウギュストに雇われているザルーストとは敵対しているということになる。
「いや、だって……勝てると思うか?」
ここで強引にザルーストから逃げたりすれば、当然のように追ってくるだろう。
そうなれば最悪ザルーストと戦闘になるかもしれず、腕利きのザルーストを相手に二人で掛かっても、とてもではないが勝てるとは思えなかった。
であれば、ここは向こうの用件を聞いてさっさと用済みになってしまった方がいいだろうと、ザルーストに話し掛けられた冒険者はそう考えたのだろう。
事実、その考えは決して間違っている訳ではなかった。
ザルーストは情報を得られればそれでいいのであり、わざわざこの二人と敵対する必要はないのだから。
それを理解したのだろう。いいのか? と尋ねた冒険者の男も、それ以上は何も言わずにザルーストへと視線を向ける。
「分かって貰えたようで何よりだ。……で、ちょっと聞きたいんだが、さっきダリドラが襲われたとか言っていたが、それは本当か?」
その言葉に、二人の冒険者は顔を見合わせる。
ここでその情報をオウギュストに雇われているザルーストに教えてもいいのか、と。
自分達はエレーマ商会に雇われている以上、雇い主の不利になることは出来ない。
だが、すぐにその考えを否定する。
エレーマ商会に雇われている中では下っ端の自分達まで連絡がくる程の騒ぎになっているのだ。だとすれば、当然すぐにダリドラが襲撃されたという話は広がるだろうと。
「ええ、本当です。少なくても俺に連絡を持ってきた人物は嘘を吐いているようには見えませんでした」
「なるほど」
一言呟く。
この時、ザルーストの脳裏を過ぎったのは、もしかしたらアリバイ作りの為に自分が襲われたということにしたのではないかということだった。
だが、今の話を聞いた限りではアリバイといったものの為に自分を襲わせたというのは考えられない。
勿論それは目の前にいる二人の冒険者の様子を見ただけでの感触である以上、実は……ということも考えられる。
数秒迷った末に、ザルーストの視線はレイへと向けられた。
視線を向けられたレイがとった行動は、黙って首を横に振るだけ。
これだけで全てを判断出来る程、レイは頭がいい訳ではない。
そもそもレイが異名持ちの高ランク冒険者として有名になった最大の理由は戦闘力であって、そちらに特化した冒険者なのだから。
ザルーストもレイの行為でそこまで感じ取ることが出来た訳ではなかったが、それでもこれ以上目の前にいる二人の冒険者から情報は得られないと知ると、銅貨を数枚渡す。
「急いでいるところを悪かった。これは情報料だ」
「あ、いいんですか?」
「え? おい、貰ってもいいのか?」
「いんだよ。この場合は寧ろ情報料を貰った方がお互いにとっていいんだから」
その言葉でザルーストから銅貨を貰うのを渋った冒険者も渋々と頷き、二人は小さく頭を下げるとその場から去って行く。
それを見送ると、ザルーストは改めて視線をオウギュストへと……セトと共に二人の冒険者から隠されていた自分の雇い主へと向ける。
尚、人数がそれ程多いという訳ではなかったので、実はザルーストが二人の冒険者から話を聞いている間もセトの尻尾やクチバシ、翼といった場所が隠している者達の後ろからはみ出したりしていたのだが、幸い二人の冒険者は急いでいたらしく、そこに気が付くことはなかった。
もしグリフォンがそこにいると知れば、当然のようにセトを従魔としているレイの存在にも気が付いただろう。
……セトがいなければ、やはりレイは周囲からそこまで特別な存在と見られることはない。フードを脱いでいれば、話は別だったのだろうが。
「そんな訳で、どうやらダリドラも襲われたらしいんだけど……どう思う?」
尋ねてくるザルーストに、レイは少し迷いながら口を開く。
「一番可能性が高いのは、襲われたのがオウギュストだけだと自分も怪しまれるから、それを避ける為に自分も襲われたようにみせた」
レイの言葉に、周囲にいた者の殆どが頷く。
普通であればそのような真似をするとは思えないのだが、今回の場合は十分に可能性があると思った為だ。
特にレイという戦力がオウギュスト側にいる以上、明確に敵対行為をしようものならダリドラにとって破滅しかないのだから。
「俺もそれが怪しいと睨んでいる。そもそも、ダリドラは腕利きの冒険者を何人も護衛として雇っていた。それを抜かれてダリドラが被害を受けるなんてのは……ちょっと考えにくい」
最初にゴーシュにやってきた時に見たダリドラの護衛は、それなりに腕利きが揃っているように思えた。
中にはランクB相当の力の持ち主もいるというのがレイの見立てであり、そう言われたザルーストも否定することなく無言で頷きを返している。
そのような護衛が揃っている状態で、あっさりとダリドラが襲撃される……というのはちょっと考えにくかった。
(特に、この程度の腕の持ち主じゃな)
レイの視線が向けられたのは、意識を失っている男。
オウギュストを襲撃した犯人だ。
あっさりとレイにやられたこの男が、ランクB冒険者を出し抜けるかと聞かれれば、レイは即座に首を横に振るだろう。
(けどそれを言うなら、この男がザルーストを出し抜いてオウギュストに致命傷を与えたのも事実なんだよな)
そんなレイの疑問とは裏腹に、オウギュストの仲間達はレイの意見に同意する。
「そうだよ、そんな簡単にダリドラの護衛を出し抜けるものか。だとすれば、やっぱり……」
「落ち着け」
頭に血が上りそうになっている男達へ、ザルーストが言葉通り落ち着かせるように言い聞かせた。
オウギュストの護衛として、ザルーストが周囲から受けている信頼は厚い。
それだけにザルーストの言葉はすぐに効果を上げた。
「でも、ザルーストさん。オウギュストさんが殺され掛かったんですよ? 大人しくなんかしてられません!」
もっとも、中にはオウギュストを慕う余りザルーストの言葉でも落ち着かない者もいたが。
「いいから落ち着け。とにかく、まずはオウギュストさんをこのままにしておく訳にはいかないだろう。向こうがどうあれ、オウギュストさんの方が先だ」
言い聞かせるようなザルーストの言葉に、叫んでいた男もなんとか我に返って頷く。
「あ、ああ。そうだよな。……うん、まずはオウギュストさんを安全な場所に連れていかないと」
現在のオウギュストは、レイのポーションで回復はしたが、それでも念には念を入れて少し休ませた方がいいのは事実だった。
また、槍の一撃により服は破れて血もついている。
いつまでもこのような状態のままでは、それこそ警備兵に怪しまれて事情聴取をされることになるのは間違いない。
そうすれば、当然オウギュストに怪我を負わせた男もそちらに引き取られることになり、オウギュストやザルースト達が情報を得るのは難しくなるだろう。
何より砂賊の件を考えれば、警備兵に襲撃犯の男を預ける訳にはいかなかった。
「じゃあ、えっと……どこに運べばいいんだ? オウギュストさんの家?」
「駄目です!」
一人が呟いた瞬間、オウギュストは即座にそれを却下する。
少し前まで死にそうになっていた人物とは思えない声の強さに、一瞬周囲が静まり返る。
それを理解したのだろう。オウギュストも少し言葉を弱めて口を開く。
「すいません、声を荒げてしまって。ですが、今の私が家に帰ればキャシーを心配させてしまうでしょう。それだけは避けたいのです」
その言葉に、オウギュストとキャシーの熱愛ぶりを知っている者達はすぐに納得の表情を浮かべる。
怪我はしていないものの、服には大きな血の染みがついているのだ。普通に見れば、オウギュストが重傷を負ったというのはすぐに分かるだろう。
そしてキャシーがそれを知れば、半狂乱になるのは間違いない。
「じゃあ、えっと……店の方に行きますか? 店なら着替えの類もありますし」
「そう、ですね。そうした方がいいでしょう。では、そうしましょうか」
近くにいた女の言葉に、オウギュストは少し考えて頷きを返す。
「そうですね。では、店に行きましょう。……申し訳ないですが、周囲に私の姿を見られないようにして下さい」
「ああ、いえ。それならこれをどうぞ」
男が自分の服をオウギュストへと差し出す。
オウギュストの傷はもう回復しているのだから、隠す必要があるのは服に付いている大量の血だけだ。
それを理解したオウギュストは、そのまま自分の服の上から渡された服を羽織る。
ついでにセトも周囲からオウギュストが見えないように、自分が壁となっていた。
「……では、行きましょうか。ザルーストさん」
「分かってますよ」
オウギュストが最後まで言葉を発するよりも前に、ザルーストは近くにいた別の男と一緒に意識を失って倒れている男の身体を持ち上げる。
傍から見ても、眠ってしまった友人を運んでいるようにしか見えないだろう。……もしくは、酔っ払った友人か。
それでいながらザルーストは男が意識を取り戻してもすぐ対応出来るように準備を整えているし、それはもう片方の男も同じだった。
そうして歩きながら、ザルーストは自分達と一緒に歩いているレイへと視線を向け、口を開く。
「レイ、悪いけど頼みがある」
「……ダリドラ、か?」
何となくザルーストが何を言いたいのか理解したレイの言葉に、考えを見破られた本人は厳しい表情を崩さずに頷く。
「頼む。もしダリドラがオウギュストさんを襲ったのを自分がやったと怪しまれない為に自分を襲われたのだとすれば、レイの姿を見た時に何か反応があるだろう。逆に本当の意味で襲われたのだとしたら……」
そこでザルーストは一旦言葉を切る。
レイも、その先にはどんな言葉があるのかを理解していた。
以前オウギュストと少しだけ話したこと。即ち……
「第三勢力、か」
そう。オウギュストとダリドラの二人に攻撃するということは、その二人を敵に回す組織があるということになる。
「そうだ。……信じられないというのが俺の正直なところだけどな」
このゴーシュで生まれ育ったザルーストは、当然街の情勢に詳しい。
第三勢力となるような存在がいるのであれば、噂くらいは聞いたことがあってもいい筈だった。
だが、ザルーストはそんな勢力や人物といった者の噂を今まで聞いたことがない。
(だとすれば、最近になってゴーシュに来た……)
そこまで考え、すぐに首を横に振る。
元々このゴーシュは砂漠の中にあるということもあって、決して旅人が多く来る場所ではない。
商人がゴーシュに来ることもあるが、それだって商品の仕入れが主な目的だ。
冒険者がやって来るということは、皆無とは言わないが非常に少ない。
そんな中で最近やって来た人物として名前が真っ先に上がるのは……と思ったところで、ザルーストの視線がレイへと向けられる。
これ以上ないタイミングでゴーシュに姿を現した人物。
だが、すぐに自分の頭の中に浮かんだ馬鹿げた考えを否定した。
当然だろう。レイは今まで自分達に幾度となく協力をしてきてくれた相手であり、それを疑うような真似は馬鹿らしいとしか思えなかったのだから。
「どうした?」
「あ、いや。何でもない」
自分の顔を見て、突然首を横に振ったりするザルーストに問い掛けたレイだったが、すぐに何でもないと返される。
「そうか? ……まぁ、いいけど。じゃあ、取りあえず俺はダリドラがどうなったのかを探ってくる。それが終わったら店の方に行けばいいのか?」
「……そうだな、一応店に来てくれ。ただ、店にいなかったらオウギュストさんの屋敷の方に来て欲しい」
ザルーストの言葉に頷き、レイはオウギュストを守っているセトを軽く撫でてからその場を去っていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます