第1120話
ギルドでサンドリザードマンの解体を依頼した翌日、レイの姿は当然ながらギルドにあった。
目の前にいるのは、十五人の冒険者。
いずれも、昨日レイがギルドで依頼をして、その依頼書が貼り出された瞬間に殺到して勝ち取った者達だ。
危険がない解体という依頼で、普通よりも報酬は高い。また同時に異名持ちの冒険者と知り合いになれる……と、色々といいことずくめな依頼だけに、大勢の冒険者がレイの依頼を受けようとした。
あまりに多かった為、ギルドの方で適任と思われる人物を選んでこの人数となったのだ。
……昼間であった為にその程度で済んだのだが、もしこれが朝や夕方といった風に冒険者が多い時に貼り出されていれば、更に大きな騒動となっていただろうというのがギルド職員の感想だった。
元々ゴーシュにはギルムのように多くの冒険者がいる訳ではない。
それだけに、大勢の冒険者が一斉に受け付けに駆け寄ってくるといった経験をしたことがある者は殆どおらず……レイが帰った直後でもあれだけの騒動になったのだから、人数が多い時にあのような状況になっていれば……と戦々恐々とした者もいたとか。
「それで、この十五人に任せてもいいのか?」
「はい。皆さん真面目で優秀な冒険者だと思います」
レイ担当の受付嬢に褒められた冒険者の何人かが、目尻を緩ませる。
受付嬢にどんな感情を抱いているのか、誰が見てもすぐに分かってしまう表情だった。
「代表というか、監督してくれる人は?」
「そちらはギルドから出させて貰うことになっています」
「……いいのか?」
前日にはギルドから人を出すかもしれないと言っていたが、それでも実際には冒険者に任せるだろうというのがレイの予想だった。
だが、ギルドも異名持ちの冒険者であるレイとの間に友好関係を築いておきたいという思いがある。
この程度のことで恩を売れるのであれば、ギルドにとって人を派遣するくらいは全く問題がなかった。
レイがいつまでゴーシュにいるのかは分からないが、もしゴーシュにいる間に何か大きな問題が起きた時、レイに頼れるかもしれないという思いがあるのだろう。
(もしかしたら、オウギュストとダリドラの件もどうにかして欲しい……と思っているのかもな)
何となくギルド側の思惑を理解しながら、それでもレイにとっては不利益はないので喜んで受け入れる。
冒険者が監督役となれば、ザルーストのようにある程度気心の知れた人物でなければ完全には信用出来ないが、ギルドに自分を利用しようとする思惑があるのなら、ここで妙な真似をするようなことはしないだろうと判断した為だ。
そんな風にレイが考えていると、一人の獣人がレイの方へとやってくる。
柔らかそうな三角の耳が頭の上についているのを見れば、その人物が狐の獣人であるのはすぐに理解出来た。だが……
(普通狐の獣人といったら、女じゃないか? 中年の男の狐の獣人ってのは……正直、どうよ?)
目の前に立つ人物を見て、レイは思わず内心で呟く。
勿論狐の獣人ではあっても、男も当然いるだろう。
それはレイも分かっていたが、それでも狐の獣人と言われて女を思い浮かべてしまうのは、日本にいた時に九尾の狐を題材としたゲームや漫画を読んだことがあったからか。
「レイ殿? どうしました?」
自分の顔を見て動きの止まったレイに、狐の獣人が不思議そうに声を掛ける。
その声で我に返ったレイは、慌てて何でもないと首を横に振る。
「いや、ちょっと考えごとをしていたんだ。それで、あんたが?」
「はい。今回の解体依頼で冒険者を監督するファイスといいます」
そう告げ、頭を下げるファイス。
その際に大きな三角の耳が少し揺れてレイの注意を引く。
「あ、ああ。うん。よろしく頼む」
「任せて下さい。しっかりと依頼は達成してみせます。……では、早速倉庫に向かいましょう。サンドリザードマンを出して貰わなければなりませんので」
そう告げ、ギルドから出て行くファイス。
レイもその後を追い、今回の解体依頼を受けた冒険者達もその後を追う。
そんな一行の姿を見ていた冒険者のうちの一人が、不思議そうに知り合いへと尋ねる。
「なぁ、おい。あの小さいのは誰だ? 何だってあんなにギルドの職員が低姿勢になってるのか知ってるか?」
「は? ……ああ、お前は護衛依頼で昨日ゴーシュに戻ってきたのか。言っておくけど、レイには絡まない方がいいぞ。実力的な意味でもな」
「ああ? おい、それって俺があの小さいのに負けるって言いたいのかよ?」
「そうだ」
自分の実力を知ってる筈の知り合いが、躊躇も何もなく断言したのを聞いて、男は納得出来ないといった表情を浮かべる。
だが、そんな男に対して断言した男はお前の気持ちは分かっていると頷きを返す。
「そんなことはないって言いたいんだろ? けどな、残念ながらゴーシュにいる冒険者でレイに勝てる奴はいないだろうよ」
「……そんなにか?」
少し信じられなかったが、それでも冗談を言ってる顔でも何でもない様子を見せられれば、男としても聞き返さずにはいられない。
「ああ。何せ、異名持ちのランクB冒険者だからな」
「……なんでそんな化け物がここに来てるんだよ」
レイの正体を知った男が呆然と呟くが、それを聞いた知り合いの男は知るか、と答えるしかなかった。
そんな風に自分の噂をされているというのを知らないレイは、依頼を受けた冒険者やファイスと共に倉庫へとやってきていた。
正確には倉庫ではないのだが、その大きさは倉庫と表現するのが正しい大きさに思える。
以前サンドサーペントを解体したのと同じ倉庫であり、レイもここに来るのは初めてではない。
「では、お願いします」
ファイスに促されたレイは頷き、ミスティリングから次々にサンドリザードマンの死体を取り出していく。
それを見た他の冒険者達は、大きく驚きの声を上げる。
レイがミスティリングを持っているというのは理解していたが、こうして見るのは初めてだった為だ。
周囲の反応はいつものことと、サンドリザードマンの死体を全て出し終わったレイはファイスへと向かって口を開く。
「じゃあ、後は頼んでもいいか?」
「はい、お任せ下さい」
短く言葉を交わし、レイはそのまま倉庫を出る。
そしてギルドを通らず真っ直ぐ表に出ると、そこで待っていたセトと共に街中をうろつく。
「グルルルゥ?」
これからどうするの? と喉を鳴らしながら視線を向けてくるセトに、レイは少し迷う。
街の外に出られない以上、モンスターを狩る訳にはいかない。
そうなれば、このまま食べ歩きをするか、誰にも見つからない場所でサンドリザードマンの魔石を吸収するか、オウギュストの屋敷に戻って二槍流の練習をするか。それとも食べ歩きをするか、食べ歩きをするか……はたまた食べ歩きをするか。
(さて、どうしたものやら。……出来ればサンドリザードマンの魔石を吸収したいところだけど、この前の件があるしな。……うん、しょうがない。ここはやっぱり食べ歩きだよな。二槍流の練習もやりたいところだけど、そっちだけに熱中しても意味はないし)
何より、ゴーシュには香辛料を利かせた料理が多くあり、レイの興味を引く。
(香辛料、香辛料か。……カレーとか食べたいけど、どうやって作るのか分からないしな)
レイにとってカレーというのは、カレールーを使ったカレーしか作ったことはない。
何種類かのルーを混ぜると美味くなるという話だったり、仕上げにケチャップ、ソース、醤油、コーヒー、チョコ、すり下ろしたリンゴといったものを入れると美味くなる……というくらいしか知らなかった。
それ故に、カレーを食べたくても作れないというのが大きい。
(米もないしな)
カレーといえばカレーライスというレイにとっては、カレーだけあっても何も意味はない……とまではいかないが、満足は出来ない。
それでも何か似たような料理でもないかと探していると、不意に遠くから悲鳴が聞こえてくる。
「何だ?」
「グルゥ?」
悲鳴の聞こえてきた方へと視線を向けたレイだったが、悲鳴は一度では終わらない。何度も聞こえ、それどころか近づいてきてすらいた。
「何かあったのは間違いないだろうけど……何があった?」
首を傾げていたレイだったが、その悲鳴の理由はすぐに判明する。
「来るな、来るな、来るんじゃねえよ、こらぁっ!」
槍を手にした男が、そう叫びながら道を走っているのだ。
それも、血走った目で。
振り回している槍の穂先には血が付いており、男がどのような真似をしてこうして近づいてきているのかというのは考えるまでもなく明らかだ。
今もまた、自分が走るのに邪魔だという理由だけで近くにいた女へと槍を振るう。
幸いにして男は半ば正気を失っているかのような状態であった為か、女は穂先を突き刺されたり斬り裂かれたりといった真似はされなかったが、それでも柄の部分で横殴りにされて地面へと倒れる。
「へっ、へへ。俺の……俺の邪魔をするからそうなるんだよ! おらぁっ、こうなりたくなけりゃあ、道を開けろ!」
槍を振るって叫ぶ男。
それを見た周囲の者達は大人しく道を開けるが……
「んあ?」
その先に誰かが立ち塞がっているのを見て、男は不審そうな声を上げる。
今の自分の前に立ちはだかるような奴がいるとは思えなかったのだろう。
だが、すぐに男の口に嘲笑が浮かぶ。
立ち塞がったのが、自分より頭一つ……とまではいかないが、頭半分程は小さな相手だった為だ。
強力な仲間でもいるのかと思ったが、周囲にはその人物以外は誰もいない。
ローブを身に纏いフードを下ろしていないので顔は分からないが、その背の小ささからもしかしたら女ではないかとすら思ってしまう。
なら大丈夫。自分を相手に女が何を出来る、と。そう判断しながら男は槍を手に相手へと向かって突っ込んで行く。
そこいるのが、女ではなく……自分にとって死神にも等しい存在であるとは全く気が付かぬまま。
「おらあああああっ、どけぇっ!」
叫びながら立ち塞がっている相手との……レイとの距離を詰め、槍を振るおうとした瞬間、男の意識はあっさりと闇に落ちる。
「……セトに動いて貰う必要はなかったな」
意識を失って地面に倒れている男を見ながら、レイは視線を男のやって来た方へと向ける。
そこにいたのは、セト。
自分達の方へとこの男が走ってきたのを見て、自分が男の前に立ち、男が逃げ出さないようにとセトにその逃げ道を塞ぐように頼んだのだ。
そして男が逃げ出す可能性の中で一番高いのは人がいない方……即ち、自分が今進んできた方だろう。
だからこそセトは素早く移動して男が走ってきた道を遮るように移動したのだ。
それが可能だったのは、男が騒ぎを起こして周囲の者達の意識がそちらを向いていたからだろう。
普段であれば、セトが走っているのを見れば確実に周囲の注意が向けられた筈だ。
……ギルムであれば、別だったかもしれないが。
「グルルゥ」
レイの言葉に、セトが喉を鳴らして近づいてくる。
そんなセトの頭を撫でながら、さてどうしたものかと迷ってしまったのは、気絶した男をどうするかについてだ。
まさか殺してしまう訳にもいかないだろうし、かといってこのままにする訳にもいかない。
無難なところでやってきた警備兵に引き渡すところか……と思ったところで、自分の方へと向かって走ってくる男の姿が見える。
それもただ近づいてくるのではなく、身体には殺気を纏ってだ。
殺気を纏っているその男の姿に一瞬目を鋭くするが、それが自分の知っている人物であると知り、些か柔らぐ。
「ザルースト、お前もこいつを追ってきたのか?」
そう告げ、気絶している男の方へと視線を向けるレイ。
だが、ザルーストはレイの言葉に答えず真っ直ぐに気絶している男へと近寄っていく。
「おい?」
再度呼び掛けるレイだったが、ザルーストはそんなレイの言葉に答える様子もなく握っていた長剣を振り上げ……
「おい!」
咄嗟にミスティリングから取り出したデスサイズを伸ばし、ザルーストが放った長剣の一撃を受け止める。
レイの膂力と重量百kgのデスサイズだ。そこへ思い切り長剣を振り下ろしたザルーストは当然のように一撃を弾かれ、手からも長剣がすっぽ抜ける。
(今の一撃、腕を狙ってたな。だとすれば、殺すつもりはなかったのか? けど、何だって急にそんな真似をしたんだ?)
長剣を弾かれたザルーストは、そこで初めてレイがいることに気が付いたのだろう。
何かを叫ぼうとして、驚いたように言葉を止める。
「……レイ?」
「ああ。で、何でそんなに殺気立ってるんだ?」
「……オウギュストさんが……」
それ以上は言葉に出来ない様子を見せるザルーストだったが、レイもそれを見れば何故ここまで殺気立っているのかというのは容易に想像出来た。
「ちっ!」
ザルーストに聞き返すようなこともせず、その場を走り出す。
……ザルーストが走ってきた方へと向かって。
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