第1107話

 レイが視線を向けた先では、幾つものサンドリザードマンの死体が砂漠に転がっている。

 その殆どが背を向けた状態で倒れているのは、レイと戦っても勝ち目がないと判断して逃げ出したところを背後から攻撃されたからだ。

 それも、レイはその場から殆ど動かずに……だ。

 勿論そんな真似は決して不可能という訳ではない。

 弓を武器にしている者、魔法使いと、すぐに思いつくだけでもその二種類が存在する。

 だが、レイが行ったのはそんなものではない。槍を使ってその場から殆ど動かずにサンドリザードマンを全滅させたのだ。

 その光景は、当然最初にサンドリザードマンに襲われていた四人組の冒険者も見ていたが、それを見ていたからこそ信じることが出来なかった。


(何だ? 何があった? 何がどうなってこんな真似を……俺の見間違えじゃなきゃ、投げた槍が消えて戻ってきてたぞ?)


 四人組の冒険者の中でも、レイと言葉を交わした男が内心で呟く。

 だが、自分達が今見たものが見間違えだというのは有り得ない。

 何よりの証拠として、槍によって死体となったサンドリザードマンの死体が幾つも転がっているのだから。

 唖然としている冒険者達の前で、レイが黄昏の槍をミスティリングへと収納する。

 そして振り向くと、冒険者達の方へと向かって歩き出す。

 ……普通であれば、このような状況で何も武器を持たずに見ず知らずの相手に近づいて行くのは無謀でしかない。

 それが例えモンスターに襲われていたところを助けたとしても、だ。

 しかし……サンドリザードマンを一方的に虐殺する光景を見れば、目の前にいる人物がその気になってしまうと例え素手でも自分達は勝てないというのを本能的に理解してしまった。


「さて、無事だったか?」


 フードで顔をしっかりと確認することは出来ないが、それでも声から相手が若いということは理解出来る。


(若い……いや、幼い?)


 そんな疑問を抱きつつ、四人組のリーダー格の男が口を開く。


「あ、ああ。すまない、助かった。俺達に怪我人はいない。あいつ等が姿を現した時、絶対に勝てないと判断して逃げ出したからな」

「状況判断能力は高いみたいだな。……ただ、向こうが知能の高いモンスターだと知ってたんなら、当然ただ自分達を追いかけてきたんじゃないってことを予想してしかるべきだったと思うけど」


 呟きながら空を見上げたレイの視線を追った四人組は、何かが空を飛んでいるのを目にする。

 真っ直ぐに自分達の方へと向かってやってくるその姿がはっきりと視認出来るようになった時、四人組のうちの一人が恐怖と共に声を上げる。


「グ、グリフォン!?」


 翼を羽ばたかせて自分達の方へとやって来るそのモンスターは、ドラゴン程ではないにしろ、非常に有名なモンスターだった。

 大空の死神と恐れられるだけの力を持つグリフォンは、特に遮蔽物が殆どない砂漠で遭遇するには最悪の存在の一つだと言ってもいい。

 このままでは殺されると、急いで逃げようと四人組のリーダー格の男がレイへと声を掛けようとするが……


「セト! こっちだ!」


 声を発するよりも前に、レイが空を飛んでいるセトへと手を振りながらそう声を掛ける。


「え?」


 思わずといった様子で言葉を漏らしたのは誰だったのか……リーダー格の男には分からない。

 もしかして自分の口から漏れたのかもしれないとも思ったが、そうなっても不思議ではなかった。

 いや、寧ろグリフォンを見て……更にはそのグリフォンを従えているようにすら見えるレイを見て、それでもこの程度の驚きで済ませたというのは快挙と言えるだろう。

 頭の片隅でそんな風に考えている間にも、セトは翼を羽ばたかせながら地上へと降りてくる。

 それを迎えるレイは、当然ではあるが全く怖がる様子を見せていない。


「ね、ねぇ。ちょっと。どうなってるの、これ。グリフォンなんて高ランクモンスターが出て来て、もう終わりかと思ったら……」


 槍使いの女が戸惑ったように呟くと、リーダー格の男以外の二人の冒険者もそれに同意するように頷きを返す。

 だが、四人の冒険者の常識……もしくは想像とは裏腹に、セトはレイに頭を擦りつけている。

 それはどう見ても甘えているようにしか見えない。

 そんな中、甘えてくるセトの頭を撫で終わったレイは、改めて四人の冒険者達へと向かって声を掛ける。


「話の途中で悪かったな」


 セトを……グリフォンを間近にしているというのに、何でもないかのように話し掛けてくるレイに、四人の冒険者はただ驚きしか感じられない。

 それでもリーダー格である男が言葉を発することが出来たのは、やはり自分が話さなければならないと思ったからだろう。


「えっと、その……まずは礼を言わせて欲しい。あんたのおかげで命が助かった。……けど、助けて貰ってこう尋ねるのもなんだけど、何で俺達を助けてくれたんだ? 見ての通り、俺達はあんたみたいに高ランク冒険者って訳じゃない。謝礼は……」


 レイを見て高ランク冒険者だと判断したのは、やはりセトを従魔としているからこそだろう。

 また、黄昏の槍も一目で業物だと理解出来るマジックアイテムだ。

 ドラゴンローブは隠蔽の効果でマジックアイテムだとは見られなくても、その二つだけで十分にレイを高ランク冒険者だと判断出来た。

 何より、サンドリザードマンとの戦いで見せた一連のやり取りは、自分達よりも圧倒的に上の技量だと理解出来る。

 サンドリザードマンとの戦いで空中を移動していたのも何らかのマジックアイテムの効果なのだとも想像出来た。

 そんな高ランク冒険者が何を自分達に要求してくるのか……そう思えば、言葉に詰まってしまってもおかしくない。

 レイと話している男は、一瞬だけ仲間の……槍使いの女へと視線を向ける。

 今はターバンや太陽を避ける為に覆面のようなもので顔を覆っているが、女であるのは間違いない。

 命を助けた報酬として女を一晩貸せと、そう言われるのではないかという思いからの行動であり、それは他の者達にも思うところがあったのだろう。緊張で身体を硬くする。

 しかし……レイはそんな四人の冒険者を眺めつつ、首を横に振る。


「別に何かを要求するつもりはない。ただ、このサンドリザードマンは俺が倒したんだし、所有権は俺にあると思っていいな?」

「え? あ、うん。それはまぁ」


 え? それだけ? そんな思いを滲ませながら、男は頷く。

 自分達が倒したサンドリザードマンの死体を寄越せと言われれば、思うところはある。

 だが、今砂漠に幾つも転がっているサンドリザードマンの死体は全てレイが作りだしたものだ。

 命を助けて貰っておきながら、その上自分達が倒した訳でもないサンドリザードマンの死体を寄越せなどという恥知らずなことは、口が裂けても言えなかった。

 寧ろ、それだけでいいのかと聞きそうになった程だ。結局その言葉でじゃあやっぱり……という風になるのが怖くて口にはしなかったのだが。

 そんな男の態度に気が付いたのか、気が付いてないのか、レイは特に気にしたようも見せずに言葉を続ける。


「そうか。他にも幾つか頼みたいことがあるんだが、それはサンドリザードマンの死体を処理してからでいいか」


 他にも頼みたいことがあるという話を聞いて再び四人の冒険者は緊張するが、これまでの会話から考えてレイが妙な……自分達に圧倒的に不利になるようなことを言うようには思えず、少しだけではあるが安堵しながらレイの言葉を待つ。


「まず、サンドリザードマンの死体を一ヶ所に集めるのを手伝ってくれ」

「……まぁ、それくらいならいいけど、どうするんだ? まさか、今からここで剥ぎ取りをする気か? 数が多いから、諦めた方がいいと思うけど」


 集めても持ち帰れないのなら、討伐証明部位と魔石を剥ぎ取ってその辺に捨てておけばいい。

 言外にそう告げる男の言葉は、普通であれば正しかった。

 だが……普通という言葉は、とてもではないがレイに当て嵌まるものではない。


「心配するな。手伝ってくれるならそうしてくれると助かる」

「……他にも幾つか頼みたいことがあるって話だったけど、まさかサンドリザードマンを運べって言わないよな? 言っておくけど、この量を運ぶだけの体力はないぞ?」


 人間にしろモンスターにしろ、死体や気絶していると重量以上に重く感じられる。

 そんな中、サンドリザードマンの集団を持って移動するというのは絶対に出来なかった。

 もしそう命じられれば、何としても断ろう。そんな思いで告げてくる男に、レイは首を横に振ってから口を開く。


「俺はアイテムボックス持ちだ。そう言えば、もう分かるな?」

「……は?」


 レイが何を言ってるのか分からないといった様子で短く呟く男。

 当然だろう。アイテムボックスというのは、それだけ希少性の高いマジックアイテムなのだから。

 それをあっさり持っていると言われて、すぐに信じろという方が、無理だった。

 それでも男達は、レイがどこからどうみても普通の冒険者ではないというのは知っている。

 また、ここで嘘を吐いても、すぐに嘘だと判明する。

 そんな真似をしても、自分達の信頼を落とすだけであり、意味はない。

 何より、先程の槍が消えた光景を目にしている以上、それを嘘だと言える筈がなかった。


(つまり、本当にアイテムボックスを持ってるってのか?)


 男だけではなく、三人の仲間全員がその結論へと辿り着くと、レイはそんな者達から視線を向けられつつ論より証拠と最初に倒したサンドリザードマンの死体へと触れる。

 次の瞬間にはその死体は冒険者達の前から消え去り……そうなれば、後の話は早かった。

 アイテムボックスを持っているのが明らかであるのなら、自分達の命の恩人の頼みを聞くくらいは造作もないことだ。

 サンドリザードマンも大群という訳ではなかったので、その死体とそれぞれが持っていたトライデントを一ヶ所に集めるのはそう時間が掛からなかった。

 後はそれをレイがミスティリングへと収納していけば、それで終わりだ。


「後はセト……このグリフォンが倒したサンドリザードマンの死体もあるから、ちょっとそっちを収納してくる。幸い数は少なかったから、すぐに戻ってこられるだろ。それまでは少し休んでるといい」


 そう告げ、ミスティリングから果実を何個か取り出して放り投げる。

 それを受け取った男達は、気軽に果実を渡すという行為をしたレイの行動に目を見張る。

 ギルムの屋台で購入した果実だが、ギルムとは違ってここは砂漠である以上、当然その価値も高くなるのだ。

 一応オアシスの周辺に果実の木は存在しており、その果実はある程度高額だが市場で売られてはいた。

 だが、レイが放り投げた果実は、今まで男達が見たことがない代物であり、もしゴーシュで買おうと思えばどれくらいの値段がつくか分からない。

 そんな果実を何でもないかのように放り投げられたのだから、男達が驚くのは当然だろう。

 そして男達が驚いている間に、レイはセトに乗ってその場を去って行く。

 空を飛ぶ一人と一匹を見送りながら、最初に口を開いたのは槍を手にした女だった。


「この果実……本当に私達が食べてもいいのかしら」

「そりゃあ……食えって意味で俺達にくれたんだろ?」


 痩身の男が呟くと、背の小さな最後の一人が恐る恐るといった様子で口を開く。


「けど、この果実……見たことがないような奴だぞ? それこそ、売れば相当な金になるんじゃないか?」

「売るって……貰い物だぞ? それを売るってのは、ちょっとみっともなくないか?」

「いや、でも娼婦だって男達から貰ったプレゼントを売ってるんだぜ? ……俺の送った指輪も……」


 喋っていて、何か思い出したくないことでも思い出してしまったのだろう。小さな男は落ち込んだ様子を見せ……次の瞬間には、自分が持っていた果実へと齧りつく。

 苛立ち紛れからの行動だったが、その行為は男の口の中に未知の幸福……いや、口福をもたらす。

 口の中に広がるのは大量の果汁。

 それこそここまでの果汁が詰まっているのかと思わせる程の量が口一杯に広がる。

 サンドリザードマンに追われ、命の危険を感じていただけに非常に喉が渇いていたこともあって、まさに天の恵みではないかと思ってしまう。

 果汁は甘みはあるが決して甘すぎるということはなく、口の中に爽やかな甘さが広がる。

 一口……食べたのは一口だけだったが、それでも十分に満足感を覚える程の味。

 それでいながら、まだ食べたいという欲求が身体の中からわき上がってくる。

 そして気が付けば、いつの間にか小柄な男は手に持っていた果実の全てを食べきってしまっていた。


「ふぅ……美味かった……」


 しみじみと呟く男は、つい先程まで果実を売って金に換えたらどうかと言っていた人物とは到底思えない。

 そんな男の姿を見て……当然他の三人も自分が持っている果実に興味を示し……やがて全員が初めて食べる果実の味にただ感動するのだった。

 その感動は、レイがセトと共に戻ってくるまで続くことになる。

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