第1105話
レイの目の前にあるのは、頭部を砕かれたヤシガニの死体。
自分の家でもある殻を破壊され、身体を炎で炙られ、最終的には頭部までも潰されるといった風に散々な目に遭ったヤシガニだったが、こうなってしまえばレイにとっては食材にすぎない。
(まぁ、食べられるかどうかはゴーシュに戻って聞く必要があるだろうけど)
改めてヤシガニへと視線を向けると、ハサミの部分が大きく目立つ。
セトに攻撃することは出来なかったハサミだが、当たれば相当の威力があるのは確実だった。
またハサミを含む甲殻部分も頑丈なのは間違いがなく、素材として十分使えるように思える。
「ハサミには肉がたっぷりと詰まってるだろうし」
結局レイが真っ先に考えるところはそこだった。
サンドサーペントは食べられないのに、ヤシガニは平気で食べる。
オウギュスト辺りが聞けば、首を傾げてもおかしくはない出来事だろう。
「グルルルゥ?」
このヤシガニはどうするの? と喉を鳴らすセトに、レイは即座に解体用のナイフを取り出す。
「食えるかどうかはともかく、魔石は今のうちに回収しておこう。……デスサイズとセトのどっちが吸収するのかはまだ決めてないけど」
そう告げ、セトの一撃で砕け散ってしまっているヤシガニの身体を調べていく。
するとやがて心臓と思しき場所から、魔石を発見する。
「これだな」
「グルルゥ」
「ちょっと待ってろよ」
見せて、と顔を近づかせてくるセトに、レイはミスティリングから流水の短剣を取りだして魔石を洗う。
「ほら、これだ」
大きさはそれ程でもないのだが、それでも妙にセトが興味を示しているのは、自分だけで倒したモンスターだからか。
少し疑問に思いながらも、レイはセトの頭を撫でながら尋ねる。
「この魔石、セトが吸収するか?」
「グルゥ?」
いいの? と小首を傾げるセト。
デスサイズに吸収させてもいいかと思っていたのだろう。
だが、デスサイズはサンドサーペントの魔石を吸収して腐食がレベルアップしている。
もしサンドサーペントの魔石を吸収して何もスキルを習得出来なかったのであれば、ヤシガニの魔石を吸収させたいと思ったかもしれない。
しかし腐食のレベルが上がった以上、セトだけで倒したヤシガニの魔石を欲しいとは、さすがにレイも言えなかった。
(まぁ、最初にヤシガニの気を引く行動はしたけど……俺がやったのはそれだけだったしな)
その行為のおかげでセトはヤシガニに対して奇襲出来たのだが、レイはそれを自分の手柄だとは思っていない。
だからこそ、このヤシガニの魔石はセトが吸収するべきだと判断していた。
「ほら、行くぞ」
そう告げ、セトへと魔石を放り投げるレイ。
当然のようにセトはその魔石をクチバシで受け止めて飲み込む。
【セトは『アースアロー Lv.一』のスキルを習得した】
そんなアナウンスメッセージがレイの脳裏で響く。
「……まぁ、予想はしてたけど」
セトの攻撃を砂で作った壁で防いでいたのだから、土系統の攻撃が出来ると言うのは確実だった。
それを考えれば、アースアローというのは妥当なところなのだろう。
「これで風のウィンドアローに、氷……水のアイスアロー、そして土のアースアローか。そのうちファイアアローとかも入手するのか?」
疑問に思うレイだったが、炎系等のモンスターの魔石を吸収しても、何となくファイアブレスのレベルが上がるような感じがした。
「ともあれ、ちょっと使ってみてくれるか? アースアロー……土で出来た矢ならそれなりに質量はあるし、攻撃力も期待出来ると思うけど」
「グルルルルゥ」
レイの言葉に、セトは早速喉を鳴らしてアースアローを使用する。
すると五本の土で出来た矢がセトの側へと浮かび上がった。
「五本か。……じゃあ、そっちの砂にでも撃ってみてくれ」
「グルルゥ!」
素早く飛んでいく土の矢は、ウィンドアロー程の速度はないものの、砂に命中するとその矢が完全に砂へとめり込む。
「……砂だから、威力は分からないな」
「グルゥ……」
しみじみと呟いたレイの言葉に、セトもまた同意するように頷く。
実際、突き刺さった場所が砂である以上は一定以上の威力があれば、今のような光景になってしまうのは確実だった。
(かといって、あのヤシガニに対して使うのもちょっとな)
殻は素材として使えるだろうことは間違いないし、身は恐らく食用になる筈だった。
それを土で汚すというのは、レイにとっても許容出来ることではない。
円らな瞳で申し訳なさそうに自分を見ているセトに、レイは気にするなと身体を撫でる。
「別に、今すぐアースアローの能力を分からなければならないって訳でもないしな。また明日にでもモンスターを探して、そのモンスターに使ってみればいいだろ。俺も腐食を使ってみたいし」
腐食の効果があるのは、当然のように相手が武器や防具を装備している状態だ。
素のままの……今レイの前に死体が存在するヤシガニのような存在には、基本的には効果がない。
(まぁ、腐食のレベルが五以上になれば、もしかしたら腐食の性能が上がるかもしれないけど)
今のところは金属の武器や防具しか腐食出来ないが、そのうち木や皮といった物も腐食出来るかもしれない。
そう考えているレイに、セトがもう行こう? と顔を擦りつけてくる。
「そうだな。遅くなるとゴーシュに入れなくなるかもしれないか。それに、このヤシガニについても聞きたいし。セトも食えるんなら食いたいだろ?」
「グルゥ!」
勿論! と元気よく喉を鳴らすセトに、レイも頷きヤシガニへと近づき、そのままミスティリングへと収納する。
カニ派よりもエビ派のレイだったが、だからといってカニが嫌いな訳ではない。
ヤシガニの背負っていた殻が砕けた中でも、大きなものはミスティリングへと収納し、周囲にあるのは集めるのも面倒臭い細かな破片や肉片といった代物だけ。
これは放っておけば他のモンスターが適当に処理してくれるだろうと判断すると、レイはセトの背へと乗ってその場を飛び去って行く。
そしてレイとセトの姿が消えてから数分後……近くの砂から蟻が姿を現す。
その蟻は、モンスターという訳ではなくごく普通の蟻だ。
それこそ大きいものでもレイの指先程度の大きさしかない蟻ではあったが、問題はその数だろう。
数匹、十数匹、数十匹、数百匹、数千匹、数万匹……それこそ後から次々に姿を現す蟻は、瞬く間にヤシガニの肉片や……それどころか殻の破片にまで群がっていく。
蟻の体色は砂漠に住む種らしく茶色であり、ヤシガニの肉片や殻の破片はすぐに蟻に覆われてしまい、蟻の体色もあって周囲の砂漠とは区別が付きにくくなる。
やがて蟻の姿が消えると……そこにはヤシガニの殻の一欠片すら存在していなかった。
もしこの光景をレイが見ていたら、背筋が冷たくなっただろう。
普通のモンスターではなく、あくまでもただの昆虫でしかない蟻だが、このフェリス砂漠においてはその数もあって凶悪な捕食者と言ってもよかった。
所詮蟻と侮ることは出来ない、そんな存在なのだ。
「えっと……うん? あれ? そろそろ到着してもいい頃なんだけど……どこだ?」
「グルルゥ?」
セトの背の上で、レイが困ったように呟く。
目印も何もない砂漠の上を飛んでいるのだから、当然ゴーシュの姿がどこにも見えない。
いや、目印はある筈なのだ。ゴーシュは巨大なオアシスを中心にして作られた街なのだから。
だが肝心要の、そのオアシスの姿がどこにも見つけることが出来ない。
「……やばい、か?」
そう呟くも、レイの声に砂漠で遭難したことによる悲壮さは存在しない。
当然だろう。ミスティリングの中にはマジックテントがあり、流水の短剣があり、料理も相当数入っているのだから。
この状態で深刻になれという方が無理だった。
それでもゴーシュでは自分達を待っている人がいるのだと思えば、このまま迷子という訳にもいかない。
砂漠というのは非常に厳しい場所であり、予定していた時間に戻ってこないということも普通にある。
それと同様に予定していた時間を数日という単位でオーバーしてしまえば、砂漠で命を失ったと思われても仕方がなかった。
つまり数日単位で迷っていれば、レイも砂漠で死んだということにされかねないのだ。
そうなればゴーシュのギルドからギルムのギルドへと連絡が行くのは当然であり、マリーナに心配を掛けてしまうだろう。
「エレーナは対のオーブがあるから無事を知らせることが出来るけど……でも、出来ればそんな真似はしたくないよな」
どうするべきか迷いながら、レイはセトに乗って空を飛ぶ。
ゴーシュの中心には巨大なオアシスがあるのだから、上空からであればそれを見失うことはないと、そう思っていたのだが……
「どこにも見えないな。……さて、どうするべきか」
「グルルルゥ」
レイの言葉を聞いていたセトが、不意に喉を鳴らす。
もしかしてゴーシュを見つけたのか? と思ったレイだったが、セトが見ているのは地上だった。
そして地上にいるのは、四人組の冒険者と思しき存在。
その四人組の冒険者は、必死に走っている。
それこそ全力疾走という表現が相応しいくらいにだ。
砂漠である以上、どうしても走る速度は遅くなるのが普通なのだが、その四人組は普通の大地を走るのと変わらない速度で走っている。
「へぇ……随分と素早いな。で、後ろから追いかけてきてるのは……なんともはやまぁ」
四人組の冒険者を襲っている存在を見て、レイは少しだけ驚く。
何故なら、そこにいたのはリザードマンと思しき存在だったからだ。
ただし、以前にレイが見たことのあるリザードマンとは色々な場所が違う。
継承の祭壇のあるダンジョンで見たリザードマンは、緑色の鱗を持っていた。
それに比べると、レイの視線の先にいるリザードマンは皮膚の色が周囲の砂と似た茶色。
そして、先程のヤシガニについては知らなかったレイだったが、今地上にいるリザードマンについては知っていた。
サンドリザードマン。その名の通り、砂漠に適応したリザードマン。ランクDモンスターと、通常のリザードマンとランクは変わらないが、砂漠に特化しているだけあって砂漠で相手をする分には通常のリザードマンよりは手強い。
また、通常のリザードマン同様に一定以上の知性を持っており、今のように仲間と協力しながら相手を襲撃することも珍しくない。
エグジルで遭遇したデザート・リザードマンとは、似ているようで違う種族でもある。
「……ああいう風に、な」
視線の先……冒険者が走っている先には数匹のサンドリザードマンの姿があった、
砂と同じような色の鱗だけに、必死に後ろのサンドリザードマンから逃げている四人の冒険者は気が付かないのだろう。
待ち伏せしているサンドリザードマンも、自分達の隠密性が非常に高いというのは理解してこうして待ち伏せしているのだから、気が付かれないのは当然かもしれないが。
レイがそれに気が付くことが出来たのは、単純に上にいたからだろう。
「サンドリザードマンの素材や肉を入手出来て、同時に魔石も入手出来る。その上、ゴーシュまでの道案内まで手に入れることが出来るんだから、ここで助けないという選択肢は存在しないよな」
サンドサーペントの肉を食べるのに忌避感があるレイだったが、何故かサンドリザードマンは平気だという、客観的に見れば首を傾げざるを得ない嗜好のレイ。
だが、ここにそれを指摘する者は存在しない。
セトは多少疑問に思ったが、そこに突っ込むようなことはしなかった。
「さて、じゃあ早速助けに行くか。……セト、お前は待ち伏せしている方のサンドリザードマンを頼む。俺はあの四人を追いかけている方を倒すから」
「グルルルゥ!」
レイの言葉にセトが鋭く了承の鳴き声を発する。
そんなセトの首の裏を軽く撫で、レイは座っていた背の上からあっさりと飛び降りる。
地上百mの高さ故に、当然のように落下していく。
だが、ヤシガニの時と同様にスレイプニルの靴を使って速度を殺し、丁度逃げている四人の冒険者の前へと着地する。
「っ!? 敵か!?」
先頭を進んでいた二十代の男が落下してきたレイを見て反射的に叫ぶが、レイはそれに構わずミスティリングからデスサイズ……ではなく、深紅の槍……黄昏の槍を取り出す。
レイがいつも使っている武器はデスサイズなのだが、人型のモンスターを相手にするのであれば黄昏の槍を使いこなすにも丁度いいと判断した為だ、
どこからともなくレイの手に現れた黄昏の槍に、冒険者達は一瞬目を奪われる。
限界状態に近いこの状況であっても、目を奪わせる……それだけの力を黄昏の槍は持っていた。
「このまま真っ直ぐに行けばサンドリザードマンが待ち伏せしているぞ。俺の相棒がそっちを片付けているから、もう少し……ここで俺が追ってきているサンドリザードマンを倒すのを見物でもしてろ」
冒険者達の横を通り抜けながらそう告げると、その言葉を冒険者達が理解するよりも前にレイは黄昏の槍を手にサンドリザードマンへと襲い掛かるのだった。
【セト】
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アースアロー:土で出来た矢を飛ばす。レベル一では五本。
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