第1103話

 サンドサーペントの素材を売り終わったレイは、セトと共にゴーシュの外へと出ていた。

 依頼を受けた訳でもないのに、ただこうして街の外に出るというのは怪しまれても仕方がない。

 だが、それを見越してレイはサンドサーペントの素材を売った時の受付嬢に、魔石を集める趣味があると言ったのだ。

 マリーナからある程度レイの情報を得ていたゴーシュの冒険者ギルドだったが、魔石を集める趣味があるというのは知らされていなかったらしい。

 もっとも、外に出たのは砂漠に住むモンスターの魔石を集める以外にもやるべきことがあった為なのだが。


(そう言えばベスティア帝国の闘技大会にも砂漠の出身っぽいのがいたけど……何だか微妙に違うな。砂漠に住んでるって言っても、色々と違うのか? そもそも、あの砂漠の民が特殊な一族だって可能性はあるけど)


 上空から地上一面に広がる砂の海を眺めていると、ふと思い浮かんだ疑問を考えつつ、レイはセトに乗って砂漠の空を飛ぶ。

 昼間の砂漠……それも地上百m程の位置にいるということで、直射日光はかなり強烈であり、風も強い。

 だが、ドラゴンローブを着ているレイにとっては、特に普段と変わらずに過ごすことが出来ている。


「グルルルゥ!」


 普段通りに過ごせるというのはセトも同様であり、レイと一緒に空を飛べるというのをこの上なく楽しんでいるらしく、上機嫌に喉を鳴らしていた。


「セト、周囲に人の姿はない……よな?」

「グルゥッ!」


 一面が砂漠であり、そもそも空を飛んでいるレイ達を追いかけるようなことが出来る者は殆どいない。

 少なくても、ゴーシュには存在しないだろう。

 それでも、一応念の為とレイはセトに尋ねたが、当然のようにセトは大丈夫と喉を鳴らす。


「そうか。じゃあ、適当な場所に降りてくれ。何個か検証することがあるし」


 レイの言葉に、セトは喉を鳴らしながら地上へと降下していく。

 ゴーシュを出てから十分程しか経っていないが、砂漠を歩いて移動するのであればそれこそ一日単位の場所まで既に離れている。

 街道があるミレアーナ王国と違い、この近辺は砂漠であるだけに明確な通路のようなものはない。

 そうなれば当然毎回砂の上を歩いて移動せねばならず、街道を移動するのに比べると速度に差がつくのは当然だろう。

 そうして周囲に誰もいない、まさに砂漠の真ん中といった場所へと降りると、レイがまず最初にやったのはミスティリングからサンドサーペントの魔石を取り出すことだ。


「……さて、取りあえずここにある魔石は一つだけなんだが……俺が貰ってもいいか?」

「グルゥ」


 世界樹の件で多くのスキルがレベルアップしているセトは、レイの言葉に頷きを返す。

 そんなセトの頭をそっと撫でると、レイはミスティリングからデスサイズを取り出して魔石を空中へと放り投げる。

 デスサイズの刃が一閃し、次の瞬間には魔石は真っ二つに斬り裂かれ……


【デスサイズは『腐食 Lv.四』のスキルを習得した】


 そんなアナウンスメッセージが脳裏を過ぎる。


「腐食、か。……何でだ? いや、サンドサーペントは毒を持ってるって話だったから、その関係か? けど、それならセトが持つ毒の爪と同じように毒の一撃とかそんなスキルでもいいと思うんだけど」


 少し戸惑ったようにデスサイズを見るレイだったが、それは決して嫌がってのものではない。

 武器を持たないモンスター相手にはあまり使用機会のない腐食だが、武器を手にしている存在を相手にする場合、非常に有効なスキルなのだ。


(まぁ、腐食を使えば当然武器は腐る訳で……相手を倒した後で武器を奪うようなことが出来なくなる訳だけど)


 使い勝手はいいのだが、それ故に問題もあるという……非常に扱いに困るスキルではあった。


「けど、レベル四だから、恐らく次のレベル五になれば飛斬みたいに強力になるだろ。……出来れば、それで腐食した武器を元に戻すみたいな能力を発現して欲しいところだけど……無理だろうな」


 デスサイズの刃を眺めながら呟くレイ。

 いつもであればここでスキルがどういう風な効果を持つのかを試すのだが、腐食ということは当然腐らせる必要がある訳で……レイが投擲用に用意している槍くらいしか捨てても構わない武器はなく、少し考えた後でその考えを却下する。


(槍も勿体ないし。どうせなら敵が出て来た時にでも使って見ればいいだろ)


 デスサイズのスキル習得が完了すると、次にやるべきはもう一つ……砂上船の調査だった。


「セト、一応少し離れててくれ」

「グルルルゥ」


 レイの言葉に喉を鳴らし、距離を取るセト。

 十分に距離を取ったのを確認すると、レイはミスティリングから砂上船を取り出す。

 何もない空間にいきなり現れる砂上船。

 この光景を見ている者がレイとセト以外にいた場合、何が起きたのか理解出来なかっただろう。


(いや、それとも砂丘の向こうから姿を現した……とでも思うか?)


 多少無理がある考えだったが、何もない空間から突然姿を現したと考えるよりは説明が出来る内容だった。


「さて、後はこの砂上船を普通に動かせるかどうかだけど……」


 当然レイは砂上船を動かした経験はない。それどころか、船を動かした経験すらない。

 船に乗ったことはあるのだが、それが砂上船の操縦に役立つかと言われれば、首を傾げざるを得ないだろう。

 つまり、レイは砂上船を初めて使用するのに独学で操縦方法を学ぶ必要があった。

 勿論ゴーシュの中には砂上船の操縦を出来る者もいるだろうが、レイがオウギュストと親しいというのは当然知られている。

 そうである以上、今のレイに砂上船の操縦を教える者がいるとは思えなかった。

 オウギュストが砂上船を使えれば話は別だったのかもしれないが、オウギュストの祖先であればまだしも、今のオウギュストに砂上船を操縦する機会がある訳がない。


(まさか、この砂上船の持ち主であるダリドラに聞く訳にもいかないしな)


 砂上船を見上げながら内心で考えるレイだったが、今のダリドラは何とかレイと敵対しないような道を選ぼうしている以上、もしレイが素直にダリドラへと砂上船の操縦方法を聞いていれば教えていた可能性が高い。

 ……それをレイが知ることはなかったが。


「セト、何かあったら助けてくれよ」


 軽い冗談としてそう口にしたレイだったが、セトはレイの言葉を本気で言っていると思ったのだろう。任せて! と元気よく喉を鳴らす。


「……うん、任せた」


 まさか本気にするとは思ってなかったレイだったが、セトが自分を心配してくれるのは当然嬉しい。

 そのままセトに乗せて貰って砂上船の上へと移動すると、甲板を見回す。

 本来であれば、砂賊が乗っていた砂上船なのだから甲板に戦いでついた血の跡が残っていてもおかしくはない。

 だが、今レイが見ている範囲では血の跡といったものはどこにもなかった。

 それは、砂賊を捕らえる時にセトが王の威圧を使ったおかげだろう。

 世界樹の一件でレベルアップした王の威圧は、砂賊達を動けなくするのに十分な威力を持っていた。

 勿論全ての砂賊が王の威圧で動けなくなった訳ではなく、偶然砂上船の中にいた少数の砂賊は何とか動くことは可能だったのだが……それでも王の威圧の副次効果として動きが鈍くなっており、ザルーストを含めた護衛にとってそのような者達を捕らえるのは容易い。

 そのように血を殆ど流さずに砂賊達を捕らえることが出来た為、現在レイの前に広がっている砂上船の甲板は綺麗なものだった。

 ……もっとも、それは血の跡がないという意味で綺麗なのであって、甲板の上に転がっているゴミの類はそのままなのだが。


「この砂上船を砂賊が使うようになってからそう時間は経っていない筈なんだけどな。なんだってこんなにゴミがあるんだ?」


 甲板の上にあるのは、壊れた武器だったり、中には食いかけの干し肉といったものもある。

 他にも様々なゴミが存在しているのだが、どうやれば短時間でこんなに汚すことが出来るのかと、レイの目から見ても驚くべき光景だ。


(売るにしても、俺が使うにしても、掃除はしないといけないか。……面倒臭いな。ああ、ギルドで募集すればいいのか。幸い、今なら俺からマジックアイテムを盗むような真似をする奴がいるとは思えないし)


 甲板の上を歩きながら、レイは砂上船を綺麗にする方法を考える。

 深紅という異名を持つ冒険者であることが知れ渡り、ゴーシュのギルドでは現在レイに絡んでくるような者はまずいない筈だった。

 前日に絡んできた冒険者も今日ギルドでは顔を見ておらず、恐らくレイの正体に怖がっているものだと思われる。


「ま、掃除をきちんとやったら許してやってもいいけど」


 呟き、セトに砂上船から離れるように言ってから中へと入っていく。

 魔導都市オゾスで作られたというだけあって、船体そのものは非常にしっかりとしている。

 本来であれば荷馬車と比べても圧倒的な程の積載量を誇っているのだろうが、ダリドラはこの砂上船を実用ではなく自らの財を誇示する為の品として使われていた。

 実際に使われたのは数える程であり、その数少ない機会が今回のオウギュスト襲撃だったのだが……それであっさりとレイに奪われてしまったのだから、悲惨と言うしかないだろう。

 前にこの砂上船の中へ突入した時、どこでこの砂上船を動かすのかをしっかりと見つけていたレイは、特に迷う様子も見せず真っ直ぐに操縦室へと向かう。

 そこは砂上船の内部でも中心部分にあり、とてもではないが外の様子が見える場所ではない。

 だが、それでも砂上船を操縦するのはここで正解なのだ。何故なら……


「……マジックアイテムは揃いも揃ってファンタジー的な効果を持ってるけど、これはどっちかって言えばSF的な感じじゃないか?」


 呟くレイの視線の先にあるのは、前後左右にそれぞれ一枚ずつ貼られている、合計四枚の板。

 部屋の中央には台座の上に水晶のような物が存在しており、その二つしか存在しない非常にシンプルな操縦室だった。

 その部屋の中を一瞥し、他の場所と違って全く汚されていないことに安堵する。

 ここが操縦室だと……砂上船の中で最も大事な場所だというのを、砂賊達も知っていたのだろう。


「これで動かすのか。……これは、魔石? ああ、なるほど」


 水晶を支えている台座の中には空間があり、そこには魔石が一つ存在していた。

 最初はそれが何の為なのか分からなかったレイだが、少し考えればすぐに理解出来た。

 この砂上船はマジックアイテムであり、動かすには魔力を流すか魔石を使うしかない。

 そして魔力を流す……それもこれだけの砂上船を動かすだけの魔力を自由に扱える者となれば、ある程度以上の強さを持っている魔法使いならともかく、その辺にいる砂賊にはとてもではないが不可能だった。


「俺の場合は問題ないけど」


 魔力の量だけなら、恐らくエルジィンでも自分より上の者はいない。そんな自信と共に、台座の中にあった魔石を取り出してミスティリングへと収納する。

 既に魔力の残りは殆どないと思われる魔石だが、いずれ何かの役には立つかもしれないという思いからの行動だった。


「……さて」


 水晶へと手を伸ばし、魔力を流す。

 瞬間、砂上船が軽く震動して目覚める。

 まず最初に起こったのは、操縦室の前後左右に取り付けられた板に外の景色が映し出されたことだ。

 ファンタジーより科学じゃないか? と先程と同様に思ったレイだったが、別にカメラの類で映像を映している訳ではなく、錬金術で作った鏡を何枚も使用して外の映像を操縦室に届けているだけだ。

 つまりその映像の通り道を何かが……もしくは誰かが遮ってしまえば、映像が途切れてしまう。

 そういう意味では、使いにくい外部確認装置であるのは間違いなかった。


「ま、俺だけで乗るんなら関係ないか。誰か他の奴を乗せるにしても、その辺を注意すればいいだろうし」


 呟きつつ、レイとしては既にこの砂上船に感じている魅力が大きく減っているのも事実だった。

 大勢を一気に移動させることが出来るというのはいいのだが、それ以外の使い勝手が悪すぎる。

 荷物を多く運ぶのであれば、ミスティリングがある。

 砂漠を素早く移動するのであれば、セトに乗せて貰えばいい。

 数々の利点はレイがどうにでも出来てしまう以上、唯一の取り柄が大勢を一気に運ぶというものだけだった。


「それも、砂漠……砂の砂漠限定だしな」


 岩石砂漠や草原、踏み固められた街道といった場所を移動出来るのであればまだしも、砂の上しか移動出来ないのであればレイにとって使い物にはならない。


「ギルムに戻る前にでもオークションか何かで売りに出した方がいいか」


 砂漠の上を砂上船で移動しながら、レイは呟くのだった。






【デスサイズ】

『腐食 Lv.四』new『飛斬 Lv.五』『マジックシールド Lv.一』『パワースラッシュ Lv.二』『風の手 Lv.三』『地形操作 Lv.二』『ペインバースト Lv.二』『ペネトレイト Lv.二』


腐食:対象の金属製の装備を複数回斬り付けることにより腐食させる。Lvが上がればより少ない回数で腐食させることが可能。

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